村で命を助けた少女──名をエンリ・エモットと言う──とその妹、ネモを落ち着けるために雑談をしていると、存外早く襲撃者の鎮圧は片付いたようだ。
モモンガは襲撃者の生き残りを帰還させることに決め、その監視としてアセナは隠密能力に長けた狼型のモンスターを召喚し、放った。一応の落ち着きを取り戻したこのカルネ村にて、待ちに待った情報収集の時間となる。
「モモンガさん、嫉妬マスクを着けてるんですね」
「流石に骨の顔はマズいと思ったんで……変ですか?」
「いえ……その、お似合いと言うのも憚られる品なのでコメントは差し控えます」
そんなやり取りをしながら、今後の方針をぶくぶく茶釜と《
事の発端は村長を筆頭に村の面々から救世主である自分たちに「どうかお名前だけでも教えていただきたい」と頼み込まれたこと。『アセナ』はエンリとネモの名前からアリと判断して名乗っていた。ペロロンチーノも、本人が構わないと名乗っていたのだが、ここでモモンガが気づいてしまう。
「俺、モモンガって名乗るのちょっと恥ずかしいんですよね」
悲しいかな、モモンガはギルド内でもネタにされるほどネーミングセンスが壊滅的だった。モモンガと言う名もユグドラシル時代であれば嬉々として名乗っていたのだが、カルネ村でのある意味悪の救世主然とした振る舞いを行った後で名乗る名をモモンガとするのはどうしたものかと考えたのだ。第一候補として、ギルド名であるアインズ・ウール・ゴウンが上がったのだが、それはやはりギルドの名前であり、それを名乗る以上は現存するギルドメンバーの総意が必要だとなった。そのため、こうしてアセナが茶釜と交渉をしているのだ。その結果──。
「モモン様!」
名前から一文字取り、『モモン』と名乗ることと相成った。代わりに、自分たちの設定をカルネ村近くで隠遁生活を送っていた
一仕事を終えたアセナはモモンが引き出す情報を基に今後の方針を頭の中で描いていく。
◆◇◆
村で得られた情報は満足とまでは言えないが有益であることに変わりはなかった。当面の問題として、ユグドラシル産となってしまい代替の利かないリソースの管理が挙がる。具体的には、ユグドラシル金貨とスクロールである。これらについては消耗品であることと、この世界の貨幣がユグドラシル金貨でないことが理由だ。
そして、ナザリックの於かれた位置が非常に厄介であることも分かった。
今回救援したカルネ村はリ・エステーゼ王国領の村であり、王都はここから西に存在する。一方、東には村を襲撃した騎士を擁するバハルス帝国が。そして、南方には人間以外の他種族に排他的なスレイン法国と、少しも自分たちの主権を主張する隙も無かったのだ。
また、アセナは交代の狼からの報告を受け、今回の襲撃はバハルス帝国の仕業に見せたスレイン法国の行いだと確信していた。
(離れた森にいかにも信仰者の様な集団、ね。法国がちょっかいを掛けられる相手か見ておくのもいいかもしれない)
アセナの中で法国の信用度は著しく低下していた。人間至上主義を掲げておきながら人間の村を襲うなど言語道断だろう。目的は何であれ、接触することがあれば敵対することは必至なのだ。
(まずは王国の内情を知る事を優先しようかしら。地盤を固められそうであれば次は帝国……。法国の調査は守護者に一任するぐらい慎重な方がいいか。他にいい方法があれば採用ぐらいかしらね)
「あー、まさかアインズ・ウール・ゴウンが今更金策に走らないといけなくなるなんてね」
殺害された村人たちの葬儀が落ち着いたこともあり、村長の家の裏手で壁にもたれながら情報を整理していたアセナは何かが繋がる感覚を覚える。村の外で動きがあったのだろう。茶釜と交渉していた時に追加で派遣を依頼した《
「動きがあったかしら?」
『はいぃ、至高の御方々が逃がした者と法衣の者たちに大きな動きはありません~。しかしぃ、ソリュシャンがそちらへ向かう騎士風の者たちを補足致しましたぁ』
間延びした口調で報告を行うのは戦闘メイドプレアデスのエントマ・ヴァシリッサ・ゼータだ。どうにも、狼だけでは往復の手間がかかる為、《
何もなければそれで良い、殺された村人の葬儀さえ終わればエントマとソリュシャン、召喚した狼に命じて指揮官の捕縛とそれ以外の始末を行う予定だったのだが。ここに来てまたもや騎士様の登場とは、つくづくこちらの頭を休ませてくれないと心の中で悪態を吐く。
「……我々が逃がした者たちと同じかしら?」
『いえぇ、風貌は似ていますが、森の中の一団とやり取りを交わした形跡もなくぅ。まっすぐそちらへ向かっておりますぅ』
「なるほど、到着予定はどれぐらい?」
『もう半刻はかかるかとぉ。始末致しますかぁ?』
「いえ、彼らにはここへ来てもらうわ。こちらで情報を得た後、こちらから《
『畏まりましたぁ』
《
「アセナ様、ペロロンチーノ様がお呼びです。至急広場へとの事」
「え、ああ。そっか、もうそんな時間か。ありがとう」
「いえ、参りましょう」
考え込んでいる間に時間が経ったのだろう。村からも例の一団を確認したらしく、再びざわついた雰囲気に包まれていた。
リュコスを侍らせ広場へ向かうと、そこには生き残りの村人たちと村長、そしてモモンガとペロロンチーノがいた。
「アセナさん、先程村に騎士風の一団が近づいているという話がありまして……」
「こうなれば最後まで付き合うのがいいでしょうね。村長とモモンさん、そして私たちで応対しましょう」
「分かりました」
「あ、モモンさん。我々についての問答があった場合は原則モモンさんが対応してください。何があっても顔に出ないでしょうから」
「あー、あはは……分かりました」
そう言って、モモンガは嫉妬マスクをひと撫でする。暫くすると、村の入り口から馬に乗った一団が広場へ入り込んできた。
一団の武装に統一性はなく、正規軍かも怪しい。先程の統一された装備でない点から、歴戦の猛者、或いは傭兵集団と言った印象を抱いてしまう。
総勢二十人。
このリーダーらしい屈強な男は、村長、
幸いなことにモモンガもペロロンチーノも頭部の装備品で表情は分からない。アセナもまた、その鋭い視線に怯むことなく男を見つめている。
やがて、男は重々しく口を開く。
「──私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らしまわっている帝国の騎士たちを討伐するために王の御命令を受け、村々を回っているものである」
響き渡った声にざわめきが聞こえてきた。
「王国戦士長……」
ぼそりと呟く村長にどの様な人物かの説明を促す。
曰く、かつて王国の御前試合で優勝を果たし、王直属の精鋭兵士たちを指揮する人物なのだと。村長も噂話でしか知らず真偽の程は不明だが、胸に刻まれた紋章から察するに可能性は高いだろう。
「この村の村長だな。横にいる者たちは何者なのか教えてもらいたい」
「それには及びません。はじめまして、王国戦士長殿。私はモモン。この村が騎士に襲われておりましたので助けに来た
村長を押し止め、自己紹介を行ったモモンガに続いて、アセナとペロロンチーノも各々をレンジャーと射手だと紹介する。
それに対し、ガゼフは馬から飛び降り、重々しく頭を下げた。
「この村を救っていただき、感謝の言葉もない」
思いもしなかった王国戦士長の言動にその身分を信じ、友好的な話ができるかとも思われたが、そうでもなかった。
やはり、モモンガの仮面や
これらの質問に対し、仮面は
アセナは数歩下がると、耳に手を当てた。
『アセナ様、法衣の一団が動き出しました。いかがいたしましょうか』
(なるほど、そういう事)
「手出しはするな。後程、私から茶釜さん経由でシャルティアにゲートを開かせる。その足で帰還しなさい」
『よろしいのですか?』
先程とは変わり、硬い口調で報告を行うエントマ。やはり至高の御方々が攻撃に晒されるというのは耐え難いのだろう。
「こちらにはアルベドとリュコスがいる。二人には我々が帰還した後に監視中の出来事について報告を頼みたいの。情報をまとめておきなさい」
『畏まりました』
《
それらを終えるとすぐに、騎兵が広場に駆け込み、乱れた息のまま緊急事態を告げる。
「戦士長! 周囲に複数の人影。村を囲むような形で接近しつつあります!」
◆◇◆
「こちらアセナ。モモンガさん、聞こえますか?」
『はい』
「では、こちらからの報告のみ聞いてもらえれば。王国の騎士は法衣の集団と戦闘と開始しました。後は、そちらの動きに合わせます」
村から少し離れた小高い丘に、アセナの姿はあった。謎の集団の接近の報せを受け、モモンガとガゼフとの間でやり取りがあった様だが、その辺りは先程聞いて把握している。本来であれば自分もモモンガや村人たちと共に村の倉庫に隠れる手筈だったのだが、王国戦士長とやらの実力を見てみたくなり、こうして村の外へ出ている。
ペロロンチーノも同じだったのか、倉庫の警護を名目にしてその屋根から戦場を眺めていることだろう。
戦闘は王国兵士の劣勢。勝つ見込みは極めて薄いことは分かっていた。法衣の集団が召喚した下級の天使相手に劣勢とは、とため息を吐いていたが、ガゼフが興味深い行動をとった事で態度を改めることにした。
最初は
──あの様な技を扱えるようになれば
ふと、記憶の片隅に追いやった人物の背中が脳裏に浮かぶ。が、今はそれどころではないと頭を振る。
その間に、戦況は見るも無残な状況になっていた。
「さて、行きますか」
──そろそろ交代だな。
平穏であった村の外に、
◆◇◆
夕日の下、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフのいた場所に佇んでいるのは非常に高価な漆黒のローブを纏った人物と、同等の価値を持つであろう
「はじめまして、スレイン法国の皆さん。我々はアインズ・ウール・ゴウン。どうぞお見知り置きを」
モモンガの"交渉"が始まった。モモンガが知りたかったことは、法国が使役する
「先程、私は取引と言ったが、その内容は諸君らが抵抗なく命を差し出すことなのだよ。そうすれば痛みはない。拒絶するのであればその愚行の代償として、絶望と苦痛、それらの中で死に絶えていけ」
そうして、一歩踏み出したモモンガに対し、相手は一歩引き下がる。漏らす声には恐怖が混じるという有様だ。
何者だ、と問うていたがモモンガが答えることはない。応えなど不要。結果は決まっているのだから。
「天使を突撃させよ! 近寄らせるな!」
掠れた悲鳴のような号令に、集団が、天使が応じる。しかし、モモンガを攻撃した天使たちがその後動く気配はない。
あまりの現実に問いを投げかける相手にモモンガは丁寧に回答してやり、そしてアルベドを下がらせる。今度は
《
モモンガを攻撃した四十体の天使が消滅する。
それから暫くは強さに物を言わせた情報の収奪だった。モモンガも必勝と分かっているが故に相手に切り札に至るまでの全てを吐き出させるつもりであった。
面々が放つ魔法がすべてユグドラシルで知りえる物であることが分かったのも、十分な収穫といえよう。──途中、投げられた鉄のスリングをアルベドが跳ね返して相手を殺してしまうという不慮の事故はあったが。
「プ!
そして、いよいよ指揮官は
都合よくモモンガはアルベドを下げたところだ。そろそろ出番が欲しい。
動き出した
「な……何なのだ。これは、何なんだ!!」
「出るならここかなと思いまして」
「アセナ様の御手を煩わせるなど……。申し訳ございません」
正気を疑う会話を繰り広げる集団に恐怖と怒りをぶつける指揮官。と、その空気を打ち破るようにパリン、と空に亀裂が入る。
「「あ」」
と
「最高位天使を召喚する。時間を稼げ!」
その言葉に双方に緊張が走る。指揮官が掲げているのは超位魔法まで収めることができる魔封じの水晶であったのだ。
「見よ! 最高位天使の尊き姿を!
想像の斜め下を行く宣言に、アセナの中でさっさとこの場を治めようという考えが浮かぶが、モモンガが「試したいことがある」と呟いたため、待機することとした。
試したいこととは、ダメージを受けたいと言う事だった。
「この程度とはな。やはり、我々からのお返しは必要だな?」
この言葉が引き金となり、カルネ村の方角から一条の光が
◆◇◆
「なるほどねぇ。ニューロニスト、ご苦労様」
後日、アセナは連れ帰った法国の人間について報告を受けていた。彼らは質問を三回すると死んでしまう。使い勝手の悪い存在だった。
やむを得ず残りの人数を三等分し、一つはモモンガの実験に、もう一つは何かあった時の為のリソースに。そして最後の一つは──。
「今回は監視と索敵の任務ご苦労だったわね。急な出来事にも対応してくれて、感謝しているわ」
「勿体なきお言葉ですわ、アセナ様」
「勿体ないですぅ」
「とは言え、今回は多くの者が関わっての行動だった。だからこれは、私たちから現場に赴いてくれた貴女たちへの簡単な褒美よ」
ドサッ、と麻袋が床に投げられる。袋は蠢き、中からは男の呻き声が聞こえてくる。
「これで、いいもの食べて頂戴」
「はっ、ありがとうございます」
「ありがとうございますぅ」
部下への示しと"絶望と苦痛"を与えられる一石二鳥の名案にアセナは一人満足げにナザリックを歩くのだった。
カルネ村編、終了。
速い様な気もしますが、実は今後につながる物が色々あったりなかったり。
いよいよ、次回から王国に手を伸ばし始める……のか?