やはり"しゃちく"は辛い!
金も無いが時間もない。
皆様も、できた時間でお楽しみいただける。
そんな憩いの拙作であればいいなと願いつつ──。
カルネ村。スレイン法国の襲撃から数日、エンリに案内されて村の広場に来たアセナとペロロンチーノはその変わり様に目を丸くしていた。見た目として変わった点はあまりないが、村人たちの自衛意識と、何よりゴブリンという新たな住人を迎えていたことに驚きを隠せなかったのだ。
「いやー、まさかモモンさんからの贈り物で呼び出しちゃうなんてねぇ」
「すみません、やっぱり駄目でしたか……?」
村を救った集団が授けたアイテムを無断で使用したことに引け目を感じているのだろう、エンリは涙目になりながらアセナに自らの行いの是非を問う。
「そんなことないよ。何かあった時に呼ぶよりも、こうして仲良くなった方がいい、うん!」
その様子に救いの手を差し伸べたのはペロロンチーノ。すらすらと言葉を並べ立てているが、内心では動揺しているのがアセナには分かっていた。
(この村なら、ゴブリンを受け入れることもできるとは思うけど……。やっぱり、ユグドラシルとこの世界とじゃ、アイテムの効果も違うのかもしれないわね)
驚きと同時に、感心すらする。ユグドラシルというゲームの枠を超えて、逞しく生きる人間というものを実感してしまっていた。
「クゥ~ン……」
そんなことより自分を構えと言いたげに、三人の足元──寝転がっていた赤毛の狼が喉を鳴らす。
「あー、ごめんねルプー。今日は貴女をこの村に紹介するために来たんだったね」
ワフッっと一声吠えると、赤毛の狼──ルプーは行儀よくおすわりをした。
「そうでしたね。えっと……このルプー……さんは皆さんのご家族ですか?」
村の救世主に対してペットという言葉を使うのは憚られたのだろう、エンリは言葉を選んで尋ねた。
「うーん、あの日家族になった、が正しいかな? この子が私たちを村に呼んでくれたんだ」
「そうだったんですね……ありがとう、ルプー」
エンリは村が襲われた日にモモンガたちが駆け付けた時の事を思い出したのか、屈んでルプーを撫でていた。
──カルネ村をアインズ・ウール・ゴウンの、人間たちとの関わりを学ぶ足掛かりとする。
アセナが打ち出した計画だった。
カルネ村での一件から、ナザリック地下大墳墓を取り囲むようにリ・エスティーゼ王国、バハルス帝国そして、スレイン法国の三国が存在することが分かった。もっとも近いのは王国の都市、エ・ランテルだと分かったのだが、アインズ・ウール・ゴウンはいくつかの問題を抱えていたのだ。
それは、ナザリックNPCの人間に対する態度。
アルベドの反応や連絡を受けたエントマの態度から感じ取ってはいたが、人間に対して高圧的かつ支配的な感情を抱いているNPCが殆どを占めている。
アインズ・ウール・ゴウンの特徴として間違ってはいないのだが、今後の現地の人間の協力者が必要となる今となっては些か不安を感じさせる。アセナの考えとして、カルネ村を交流の場とすること、見返りとして一定の繁栄を与えることを考えていた。
見返りも、目に見えて恩着せがましく行うのではなく、あくまでこのカルネ村のためにという姿勢を崩さない。その姿勢を形作る為にプレアデスの次女、ルプスレギナ・ベータに白羽の矢が立った。
「わ、私っすか!?」
モモンガから許可を得て実際にルプスレギナと面談をしたアセナはほくそ笑む。この計画の真意について、再三に渡ってぶくぶく茶釜とペロロンチーノには説得されたのだ。
エンリに撫でられ喉を鳴らすルプスレギナを見て、アセナはまだ見ぬ未来に目を細めるのだった。
その後、ペロロンチーノは村人に防衛術──主に弓術を教えるために広場に残り、アセナはエンリに連れられ村長の家を訪ねていた。
「アセナ様、先日はありがとうございます。なんと感謝すればよいのやら……」
深々と頭を下げる村長を制止し、アセナは回答を用意する。
「いいえ、その言葉だけで我々は満足なのです」
その言葉に「おお、なんと……」と言葉を漏らす村長。勿論、こちらの要求は当然あるのだが。
「ですが、我々も隠遁生活が永かった身。暫くはこの地に逗留する予定です。我ら"アインズ・ウール・ゴウン"の者が人との交流を求めて訪れた時には迎え入れていただきたい」
もてなせとは言わない。受け入れろとも言わない。ただ、村の者との交流を受け入れさせることが目的なのだ。
「勿論です。恩ある皆様とそのご家族に無礼を働く者がいましょうか!」
たったそれだけでいいのか、と村長は瞳を潤ませる。もう一手、こちらの要求はあるのだが。
「ありがとうございます。早速と言っては何なのですが、我々は動物の飼育に慣れていない。不安も抱えられているかもしれませんが家の前で待たせているあの赤毛の狼が村に現れた際には面倒を見ていただけないでしょうか」
その要求に、自分たちがカルネ村に駆けつけることができた
「そういう事であれば、その狼──ルプーは我々と"アインズ・ウール・ゴウン"との友好の証です。村を訪れた時は責任を持って、我々が面倒を見ます」
「ありがとうございます」
(なんだ、自分にもできるじゃないか──)
とてつもない達成感と優越感。それと同時に嫌悪感が全身を駆け巡る。
「あの、アセナさん。どうかされましたか?」
感傷に浸っていると、エンリが俯いた顔を覗き込んでいることに気が付いた。自分の表情がどうであったかは知らないが、即座に柔和な笑みに切り替える。
「隠遁生活を辞めて最初に出会った方々が温かくて感動していたのよ」
まだ、決して多くは語らない。それは、これからなのだ。これから、この村との関係性は永くなる。ナザリックのNPCを人間慣れさせる必要もある。その過程でやるべきことは
「その様に思っていただけるなど……。そう言えば、ペロロンチーノ様もいらっしゃっているんでしたな?」
「はい、今は広場で村の方々に防衛の一環として弓の扱いを教えているはずです」
「なんとありがたい……。今、この村では皆様へお返しできるものは限られています。いずれは我々からの友好の証をお受け取りいただきたい」
「それは、モモンに聞かねばなりません。あくまで我々はあの者の下に集まった酔狂な人間ですので」
ころころと、慣れない笑いをする。言っていることは間違いではない。少なくとも、私は。
「そうですか。ですが、今は落ち着けることがこの村の取り柄です。どうぞごゆっくりなさってください。皆様に取り戻していただいたものですがな、カッカッカ!」
安心したのか笑い声をあげる村長に礼を言い、家を後にする。
◆◇◆
「いい感じ! みんな飲み込みが早くてすごいよー!」
カルネ村の広場で村人に弓の扱いを教えていたペロロンチーノ。
一度襲撃を受けたからか、村人たちの意識は高くいち早く村を護る術を身につけようとペロロンチーノの教えに喰らいついた。
年寄りは未来ある若者のために──。
若者は村を今のカルネ村を築き上げた先人のために──。
互いにこの穏やかな生活を護る為に生きる術を学ぶ。
(あー、何か、昔を思い出すなぁ。……人間がこんなに頑張るなんて)
脳裏を過ったのはアインズ・ウール・ゴウン設立に至った経緯。異種族狩りが横行していたユグドラシルで、自分たちが悪のRPをし、PK術を学んだ日々を思い出す──。
(……ん? 俺、今何を考えて……)
が、すぐに懐かしい思い出は流される。脳天から背筋に落ちるドロリとした悪寒が温かい思い出を塗り替えていく。
自分は今、一体どの目線で彼らを見ていたのだろう。まるで、自分が人間ではない様な視点で彼らを見ていなかっただろうか。言うなれば、空高くから矢を番えて地上を歩く”小物”を視る
(これは、アンデッドやそれ以外の違いみたいに、人間と異種族の違いもあるっぽいなぁ……。気にするだろうし、後でアセっちゃんに報告するか)
弓の訓練を終えて口々に礼や更に教えを乞う言葉をかける村人に返事をするが、その心はここにあらずなのだった。
今回のカルネ村訪問──の目的をアセナから聞かされた時のモモンガ、ペロロンチーノ、ぶくぶく茶釜の反応は真っ二つに割れた。
「なるほどぉ、確かにわざわざナザリックの兵力を動かさずに間接的な統治ができるのであれば試験的なモデルケースにできますね。ルプスレギナも、プレアデスの中では比較的まともな様ですし、アセナさんの計画で進めてもいいですよ」
と、今後の王国や帝国、人間至上主義を掲げる法国との接触を考えて前向きな反応を示すモモンガ。
「うーん……私はいいと思うんだけど、それをアセナちゃんが仕切るとなると素直にそうですか、とは言えないなぁ……」
「ダメ! ダメダメ!! アセっちゃんがやることないよ、ほら、リュコスとかアルベドとか、適任はいるんだから!」
反対意見の色が濃い返事をするぶくぶく茶釜、ペロロンチーノ姉弟。
特にペロロンチーノは真っ向から反対した。勿論その後、姉から「反対するだけなら猿でもできるんだよっ!!」とヘッドロックされたのは言うまでもない。
カルネ村の青空に浮かぶ雲を見て溜息を吐く。その点は反省してるよ、ねーちゃん……。そう、心の中の謝罪文に刻むペロロンチーノ。結局、自分からリュコスとアルベドという名前を挙げた事でアセナから反論を喰らってしまった。
「リュコスは対人間でも一通りの応対は可能だと思います。だからこそ、今はナザリックのNPCとの触れ合いを優先させたい。それに、アルベドは守護者統括。おいそれと外に出せる様な存在じゃないですよ。かと言って、他のNPCはちょっと難しいでしょ?」
各階層守護者やNPC達の顔と現在担当している仕事を思い浮かべると、オーバーワークである。かと言って領域守護者──恐怖候やニューロニスト、未だ人間に侮蔑的な感情を向けるプレアデスや一般メイドたちはアセナの目的には不向きだった。
「だからって、自分から傷口に塩を塗らなくてもいいじゃない……」
アセナが提案したカルネ村訪問の目的。それは、カルネ村にナザリック由来の宗教を確立することだった。
アセナの主張はこうだ。
・土地の所有権の主張はナザリックを取り囲む周辺諸国の感情を逆撫でする。仮に、王国領土内に絞って主張したとしても、軍事的衝突をすれば周辺諸国にとっては『明日は我が身』と言う警戒心を根付かせてしまう。
・経済的支配はナザリックに現存するユグドラシル由来のリソース消費が未知数なため、最悪じり貧に発展する。需要を増やすことができたとしても、我々がこの世界由来のリソース供給に切り替えるタイミングを間違えると大損しかない。ついでに、またモモンガさんに営業をさせるのは心苦しい。
・形式的な関わりを取り払って、ナザリックの前線力を以てこの世界を支配する。それこそ、石橋を叩く前に川底に沈む様なものである。
〇そして何より、今の我々が為すべきことは世界征服などではなく周辺との良好な関係を築くこととまずは王国の内情を知る事である。持っている力の使いどころを間違えるな。
まさか、数日前に自分が勢いで問いかけた世界征服を逆手にとってぐうの音も出ない理論武装をしてくるとは思わなかった。ペロロンチーノとぶくぶく茶釜としては、妥協案を模索するしかなく、結果、姉弟でアセナを見守る形となったのである。
(アセっちゃん、あれだけ宗教に傷つけられたのに、どうしてその方法を提案したんだ……)
ペロロンチーノは
アセナのリアルは転落に次ぐ転落。行きつく先は地獄と言った、楽観的なペロロンチーノでさえ、友人でなければ顔に手を当てて「かわいそうに」と思わず呟く様なものだった。
現実は、政府から企業に政治の実権が移って久しかった。アセナの両親は大企業の管理職、つまりは勝ち組の線路に乗って生まれた特急電車だったのだ。終着点は勝ち組。そう思われていたことだろう。
しかし、
アセナの両親は更なる高みを目指した。が、現実は頭打ち。彼らの栄光は、本来であれば娘に託すべき行き止まりだったのだ。しかし、その欲は自らの利益を娘に還元させることを忘却させ、内へ溜め込む皮算用と化す。
ユグドラシル内でもネタになったものだ。
「まだ行ける、まだ大丈夫は危険のサインだ」
と──。
行き止まりを超えることは叶わない。一縷の望みを抱くアセナの両親に、当時社会の裏を這っていた毒蛇が鎌首をもたげた。名も知らぬ宗教団体。
「こうすればうまくいく」
「助言が欲しい」
「託宣を聞くにもコストがかかる」
「金ならある」
「あなたは信心深い」
「どうして叶わない」
「真意に迫るほどの信心が足りない」
「どうすればいい」
毒が回るのは早かった。
日に日に暮らしが逼迫する環境。知らぬ人間の干渉。荒れる両親。
自らの線路を他人に整備させた両親は、あるべき道を逸脱した。それでも、叶えられない欲望。正気に戻った時には、そこに手に入れた栄華も権威も残ってはいない。
「嗚呼、燃える三つ眼に魅入られなければ」
そう言って、アセナの両親は自ら命を絶った。
果たして、思春期の少女の瞳にこの”日常”はどう映ったのだろうか。
その感情の一部を姉弟は直接聞かされていた。だからこそ、アセナがカルネ村を宗教的統治の実験的対象とすると聞かされて反対したのだ。
(あー、姉ちゃんの邪魔するし、何やってんだよ俺は!!!)
村人たちとどんな話をしたかなど憶えていない。いや、次はいつ来るのかと尋ねられて近い内とは答えたか。
気が付くと、広場を離れて樹に背中を預けていた。村人たちの人数は減り、力仕事に戻る者や引き続き個人で弓の訓練をする者が見えた。
──それでも、自分の”役目”を崩すことはできない。本心と言う
その恐怖が、幼馴染である姉弟には在った。
(姉ちゃんはモモンガさんにはまだ言うなって言ってたけど、じゃあ、どうしろってんだよ)
独り言ちて、ゆるく、弓を引く動作をする。
「あー、俺が心も射抜けたらなぁ」
ぽろり、番えた矢は心に落ちた。