混沌王がアマラ深界から来るそうですよ?   作:星華

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悪魔が嗤うそうですよ?

「な──魔王ですって!?」

 

 黒ウサギが、ジンが、そしてルイオスも驚愕する。黒ウサギとルイオスはその正体を見抜けなかったことに。それは箱庭における悪魔と、アマラ宇宙における悪魔とでは定義が異なるためであるが、シンが人修羅という特異な悪魔であることも手伝って、箱庭の存在ではシンを悪魔だと見抜けなかったのだ。

 

 ジンは魔王によって生み出されし悪魔が、〝打倒魔王〟を掲げるコミュニティに所属し、力を貸していたことに訝るも、ここでそれを明かす理由に思い至らず混乱する。

 

「ハハ……ハハハハハハ! おいおいマジかよ! そんな面白そうなことなんで隠してたんだ?」

 

「……言う必要がなかった」

 

 それを聞いてますます笑う十六夜だったが、ルイオスは冗談ではないと吐き捨てる。十六夜の正体はギフトの通り依然として不明だが、シンの強さの理由が分かってしまう。

 

──ただの人間を、ここまでの悪魔に引き上げる程の魔王が背後にいる。

 

 今や〝ペルセウス〟は数々の所業により〝サウザンドアイズ〟から外されかかっており、それを補うためにレティシアを売ることで、新たなコネクションを繋ぐ予定だったのだ。

 

 だが今や先代が遺したゲームを逆手に取られ決闘を受けざるを得なくなり、そしてたった二人に追い詰められようとしている。このままでは〝ペルセウス〟は敗北する。ルイオスは完全に本気を出して二人を葬ろうと覚悟を決める。

 

「──終わらせろ(・・・・・)、アルゴール」

 

 せめて、一人は潰しておく──先ほどそんな考えで返り討ちにされたことも忘れ、石化のギフトを解放し──

 

「──カッ! ゲームマスターが、今更狡い事してるんじゃねえ!!」

 

 十六夜に、踏み潰される。褐色の光はガラス細工のように砕け散り、星のように瞬いて消えていった。

 

──馬鹿な!?

 

 シンどころか、十六夜もギフトを無効化──いや破壊するギフトを持っていることに驚愕するルイオス。黒ウサギとジンも、一つしか〝恩恵〟を持たぬはずの十六夜が、天地を砕く恩恵と、恩恵を砕く恩恵の両方を供えるあり得ない事実に呆然とする。

 

 〝星霊〟のギフトを無効化し、砕く異常な存在を前にしてルイオスは自棄になっていた。それでも、頭は冷静に回っている。ゲームに勝つのに、わざわざこの二人を相手取る必要は無いのだ。相手側のゲームマスター──ジンを葬り去ればこのゲーム、勝てる。

 

 もはや使わぬと言ったはずの石化のギフトも使っている。こんな理不尽な敗北を認められぬルイオスは、卑怯な手を使ってでも勝利を掴もうと足掻く。

 

「アルゴール! 宮殿の悪魔化を許可する! ()を殺せ!」

 

「RaAAaaa! LaAAAA!!」

 

 謳うような不協和音が世界に響き、〝星霊〟は白亜の宮殿に〝恩恵〟を与える。すると辺り一帯の白壁に黒い染みが発生し、蛇を模した石柱が、次から次へと巻き込まれぬよう下がっていたジンを狙う。

 

「わ、わわ!」

 

「ジン坊っちゃン!?」

 

 慌てて逃げ惑うジン。黒ウサギは審判の立場から、ジンを積極的に守る訳にはいかない。十六夜がジンの前に一瞬で移動し、蛇たちを蹴散らす。

 

「とうとうなりふり構わなくなりやがったか! おい間薙!」

 

 ジンを守りながら、シンに呼び掛ける十六夜。

 

「──そろそろ、本気を出しやがれ!」

 

 襲い来る蛇を鬱陶しそうに振り払っていたシンは、それを聞いてゆっくりと頷いた。

 

 ルイオスはシンのギフトを確認している。どういう原理かは知らないが、あらゆる攻撃を無効化するギフト──わざわざ十六夜がジンを守りに動いている以上、他人に使えることはない。そしてシンのギフトがそれ一つならば、十六夜のような力は持っていないだろう。十六夜のような存在が例外なのだ。だが、言い知れない悪寒がルイオスの身を支配する。

 

──もし、こいつもまたその例外なら?

 

 そしてシンは両足をやや開き、両腕を前で交差する。腕の間から見える瞳は、ようやく熱を持っていた──殺意という熱を。

 

「いいだろう──そろそろ飽きてきたところだ」

 

 十六夜が期待に瞳を輝かせ、黒ウサギが事態に備えて構え、ジンは視線を逸らすまいとシンを見つめ、ルイオスは直感のままにアルゴールすら放って遥か上空に退避する。

 

 

──そして、死がやってきた。

 

 

 ジンも、黒ウサギも、十六夜ですらも、臓腑を凍て付かせるような圧倒的な死の恐怖に身を竦ませる。まるで液体のように重くなった空気が呼吸を妨げ、殺意がビリビリと肌を叩き、鳥肌に冷や汗が流れて行く。

 

 シンの身に紅い稲妻が走り、その肌に漆黒の刺青のような模様が浮かび上がってくる。その縁を輝く翠が彩り、パーカーの下からでもわかる程に発光している。うなじから黒い角が生えてきて、フードの陰から覗く。

 

──そしてその瞳は、真っ赤に染まっていた。

 

「ま、魔王……!?」

 

 黒ウサギとジンは、この圧倒的な死の気配に覚えがあった。

 

──それは三年前。コミュニティが崩壊し、全てを奪われたあの日。

 

 魔王が振るうような圧倒的で強大な圧力を前にして、そのおぞましい記憶が蘇る。だが、当時その身を支配したのは力への畏怖、命を失うかもしれない恐怖だった。これは違う、と心の何処かで思うも、その正体がわからずただその身を震わせる。

 

 十六夜だけは直感的にその正体を掴んでいた。

 

──こいつは死、そのものだ(・・・・)

 

 おぞましき死の化身──魔人。その強大な力故ではなく、死を連想させるその外見故ではなく、ただその存在理由のままに死を振りまく、悪魔すら恐れるおぞましき存在──それが魔人、人修羅である。

 

「RaAAaaaGYAAAAAAaaaaaa!!」

 

 恐怖のあまり、アルゴールがシンに襲い掛かる。ジンを狙っていた蛇たちも脅威を排除しようと全てがシンに向かう。ルイオスが止める間もない。十六夜たちは無防備なシンに襲い掛かるアルゴールたちを見て、あろうことか敵に同情してしまった。

 

──理性を失ってさえいなければ、自殺(・・)しようだなんて思わなかっただろうに。

 

 当然、アルゴールの──〝星霊〟の全力の殴打を受けて、揺るぎもしないシン。その身を幾千の蛇に絡まれても微動だにしないシン。そして、シンの攻撃はまだ始まってすらいない。それなのにアルゴールはシンの目の前に来てしまった。蛇たちは絡みついてしまった。

 

 ……まあ、どこにいても逃げられないのだが。

 

──世界が揺れる。

 

 宙に浮かぶ宮殿だというのに、地震が発生していた。大気すらも振動し、ビリビリと悲鳴をあげている。あまりの振動に黒ウサギとジンは立っていられなくなり、十六夜は冷や汗を流しながらいつでも離脱できるように身構える。

 

 遥か上空で、震えながら闘技場を見つめるルイオスは見た。この世界全てが震え、宮殿が崩れ始め、そして──絶望的な力がシンに集まりつつあることに。

 

 シンの足元から亀裂が発生し、光が漏れ始める。太陽が闘技場を照らしているというのに、その光は太陽よりも輝き、目を焼いた。十六夜は黒ウサギとジンを抱きかかえ、タイミングを測る。

 

──一歩間違えば、死ぬ。

 

「GYAAAAAAaaaaaa!!」

 

 アルゴールは叫び声を上げながら狂ったようにシンを殴り続け、蛇たちはシンから発せられる圧力にじわじわと後退して行く。全ては遅すぎた。亀裂は闘技場全体に広がり、漏れた光がその場を包む。そして、集結した力が臨界点に達し──

 

「──ジャッ!!」

 

 轟音、そして閃光。

 

 

──闘技場は、この世から消滅した。

 

 

    *

 

 

 十六夜たちは一瞬のチャンスを掴み取り、宙に逃れていた。黒ウサギとジンは体が急激に上昇したことで目を回している。爆発的な気流と、肌を叩く小さな石の欠片だけが、その場に建物があったことを示す最後の痕跡だった。

 

 十六夜が着地すると、建物があった場所は砂地になっていた。──まるで、〝ノーネーム〟が抱える傷跡のように。だがこれは単純な破壊である。そして恐らくは手加減した上での。

 

──どちゃり、と紅いゴミが降ってきた。

 

 それは全身をズタズタにされ、四肢の幾つかがもげ落ちて、ただの肉の塊と化したアルゴールだった。虫の息だが、まだ生きている。伝説では首を切り落とされても威光を残す程に生命力が強いゴーゴンとはいえ、まさか生きているとは思わなかった十六夜だが、単に眼中になかったのだろうと思い至る。あの攻撃はただ、悪魔と化した宮殿を砕くためだけのものだったのだ。たまたま生きていただけ。運が良かっただけ。あるいは、運が無かったのだろう。

 

「……はっ! ここは? シンさんは!?」

 

 黒ウサギが意識を取り戻した。シンの姿が見えず、黒ウサギはきょろきょろと辺りを見回し、十六夜は忘れていた奴がいたことを思い出して顔を上げる。

 

──直後、地面にルイオスが叩き付けられる。

 

「──ガハァッ!!」

 

 轟音と共に砂地は陥没し、内臓を破壊されたルイオスは血を撒き散らす。だが明らかに手加減されていた。本気でやれば、空中で腹を貫いていただろう。それをしなかった理由は、わざわざルイオスの上に着地したシンの表情が物語っていた。

 

──嗤っている。

 

 弱いものイジメが心底楽しいというように、ルイオスを踏み躙る度に漏れる悲鳴が、心底可笑しいというように。虫の足をもぎ取って笑う少年のような残酷な笑顔だった。

 

 勝敗はとうに決している。敗者に対する仕打ちを、急いでやめさせようと、黒ウサギが宣言しようとするも、

 

「──それじゃあ、お前たちの旗印を戴こうか」

 

「──な、ガフッ!?」

 

 シンがあまりにも残酷な事を告げ、ルイオスは血反吐と共に驚愕する。

 

「旗印を盾にすぐさま次のゲームだ。それで名前を戴く。後は〝ペルセウス〟が箱庭で永遠に活動できないように、名も旗印も徹底的に貶め続ける。お前たちは箱庭に完全に居場所を無くすだろうな」

 

「や、やめ……ぎゃああああああッ!?」

 

 ばきん、と靴のギフトごとルイオスの足を踏み潰す。まるで枯れ木のように容易くへし折れたそれを見て、シンはくひ、と息を漏らす。

 

「まあ、そんなことを心配する必要もないか。何故ならお前はここで──」

 

 シンは足を上げてルイオスの頭を──

 

「──やめろ」

 

 ズダァン! と、その横の空間を踏み潰した。

 

 シンは無表情に戻り、肩を掴む十六夜を睨む。それを真っ向から受けながら、十六夜はシンを止める。

 

「俺たちが手に入れるのは、レティシアだけで十分だ」

 

「何故止める? お前が考えていたことだろう」

 

 それを聞いて背筋が凍る十六夜だが、悪魔が心を読んだから何だと強がった。

 

「……俺を楽しませてくれれば許すつもりだったんだよ。もう、叶わねえみたいだがな」

 

 十六夜は死に体で地面に転がるルイオスとアルゴールを見ながら、ため息をついた。ルイオスは心折られ、死の恐怖に怯え、幼子のように血と涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして震えていた。強きを挫き、弱きも挫く十六夜だが、ここまで追い詰めた挙句、殺そうとするような男ではない。むしろ胸糞が悪くなる類の光景だった。

 

「それに、こいつにはまだまだ働いてもらうことがある。それには死んでもらっちゃ困るし、〝ノーネーム〟に関わりたくないと完全に心折られても困る」

 

 もう遅いかもしれないけどな、と十六夜は肩を竦めた。

 

 暫し、両者は睨み合う。

 

 十六夜はチャンスはある、と内心己を奮い立たせる。シンはルイオスの生死に拘っていない。止められてなお殺そうとはしないはずだ、と推測する。

 

「……いいだろう。好きにしろ」

 

 シンが退き、十六夜は己の推測が当たっていたことに安堵した。

 

「──だが、これだけは貰って行くぞ」

 

 何を、と十六夜が止める間も無く、シンはルイオスの頭を掴むと、ゆっくりと何かをずるり、と引き摺り出した。

 

──それを見て、十六夜は一瞬魂だと思った。

 

 それは紅い無数の何か。宙をふわふわと蠢き、シンの手に従ってルイオスから音も無く引き摺り出されて行く。ルイオスは壊れた機械のようにガクガクと震え、白目を剥く。その異常事態に黒ウサギが叫ぶ。

 

「シ、シンさん! 貴方は──何を!?」

 

 やがて引き摺り出したそれはシンの掌に収束し──それを握り潰す。飛び散った紅がシンの身体に纏わり付き、やがて吸収されて行く。それはまるで──

 

「お前まさか──魂を」

 

 味わうように目を閉じていたシンが、ゆっくりと答える。

 

「マガツヒ──わかりやすく言えば、負の感情を戴いた。苦痛、恐怖、絶望……それが俺たち悪魔の糧だ」

 

 ルイオスは昏い視線を宙に向けて、何も感じていないように呆けている。それを見て、十六夜は心底不愉快そうに舌打ちした。

 

「……そうかよ。お約束だな」

 

 勝敗は決した。〝ペルセウス〟は敗北し、レティシアが〝ノーネーム〟に戻ることに決まる。だが十六夜も黒ウサギも、ここまで後味が悪くなる結末が待っていようとは、思ってもいなかった。

 

──ギフトゲーム〝FAIRYTALE in PERSEUS〟、プレイヤー側の勝利。




アルゴールを強制的に仲魔にした挙句に封印を解いてルイオスにぶつける案もありましたが、あまりにもかわいそうなのと完全体アルゴールのキャラが掴めなかったので、今回の展開としました。
ちょっと思うところがあるので、いつか書き直すかもしれません。

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