混沌王がアマラ深界から来るそうですよ?   作:星華

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問題児たちがチケットを手にするそうですよ?

 十六夜たちが意識を取り戻すと、一同は薄暗い迷宮から、無機質な明かりが照らす人工的な部屋の中に移動していた。突然の展開に言葉を失う一同。

 

「……は?」

 

「ど、どういうこと……?」

 

 戸惑うように周囲を見渡す。彼らは大きな長机を挟み、椅子に座り込んでいた。机の上には迷宮のようなジオラマがあり、所々に人形が置いてある。状況が飲み込めない一同の元へ、二つの聞き覚えのある声が掛けられた。

 

「──皆さん! よくご無事で……!」

 

「──生き残ったか」

 

 満面の笑みを浮かべる黒ウサギと、いつものように無表情のシンが一同を出迎えた。その姿に驚き、そして飛鳥は合点がいく。

 

「……そう。つまり、貴方たちも私たちも、最初からここに居た(・・・・・・・・・)というわけね?」

 

「はい! 命の危険はないということでしたが、黒ウサギはもう心配で心配で……飛鳥さんのHP(ヒットポイント)が0になった時は、心臓が止まるかと思いました」

 

 ヒットポイント? と首を傾げる飛鳥を他所に、黒ウサギはウサ耳をぴこぴこ動かして喜んでいる。そして耀は机の上のジオラマや人形、そして紙やサイコロが転がっているのを見て、ゲームの正体に気が付いた。

 

「そっか……RPGはRPGでも、TRPG(テーブルトーク)だったんだね」

 

「──ご名答。皆様、お楽しみいただけたかな?」

 

 パチパチと品の良い拍手が響く。一同が視線を向けると、奥の席の方に男と少女が並んで立っていた。男は薄く微笑み、一礼する。それを見た十六夜は、獰猛そうな笑みを浮かべた。

 

「まあまあだったぜ。もう少し自由度があると良かったがな。ギフトが使えない、というのは新鮮で良かったが、やれることが狭まって手数が限られるのが頂けない」

 

「ははは、それは悪かった。実はこのゲーム、箱庭に慣れていないようなコミュニティを鍛えるために作ったものでね。故にプレイ方針を強要する仕組みがあったのだが……すぐに用意できたのはこれしか無かったのだよ」

 

 十六夜の意見に、申し訳なさそうに苦笑する男。それを聞いて十六夜は首を竦めた。

 

「それで? 何やら素敵なものが貰えるんだろ?」

 

「ああ、それなのだが──君たち、サーカスに興味はあるかね?」

 

 男は懐から数枚のチケットを取り出すと、十六夜たちに掲げて見せる。十六夜と耀は目を丸くし、そのチケットを興味深そうに見つめた。しかし飛鳥は一人首を傾げる。

 

「ちょっと待って。サーカスって何の事?」

 

「ああ、飛鳥がいた時代じゃまだ知られてないんだね。サーカスはね、人や動物が輪っかをくぐったり、空を飛んだり、玉乗りをしたり……とにかくいろんな芸をする見世物なんだよ」

 

 戦後間も無い時代から来た飛鳥のために、耀が説明する。飛鳥は野蛮そう、と呟くも、そわそわと瞳を輝かせて明らかに興味がある様子だった。

 

 飛鳥は想像力の翼を羽ばたかせる──火の輪をくぐる黒ウサギ。

 

『キャー』

 

──空を飛ぶ黒ウサギ。

 

『キャー』

 

──玉に乗られる黒ウサギ。

 

『キャー』

 

 そんな想像をされているとは気が付きもしない黒ウサギは、パアッと表情を輝かせて元気良く答える。

 

「黒ウサギも大変興味があります!」

 

「箱庭の貴族様には申し訳ありませんが、三人分しか無いのですよ」

 

「がーん!?」

 

 残酷な事実に、絶望したように項垂れる黒ウサギ。それを見た十六夜は、苦笑して口を挟む。

 

「その辺、どうにかならないか?」

 

「生憎、これは人間用のチケットでね。純粋な人間にしか使えないギフトでもあるのだ」

 

「へえ?」

 

 なら仕方ないか、と頷いた十六夜はそのチケットを受け取った。一同はそれを覗き込み、どのようなサーカスか心躍らせる。サーカスの表題の下には、サブタイトルらしき文章が並んでいる。十六夜はその一つを読み上げた。

 

「……〝悪魔の悪魔による悪魔のためのサーカス〟? そうか、本来は人間が入場できないんだな」

 

「その通り。そしてそのチケットはその例外だ。実は我々が主催するサーカスでね。そこでは様々な見世物と──いくつかのギフトゲームを行うつもりだ」

 

 その言葉に、十六夜たちは目を光らせた。

 

「へえ、そのゲームに人間は参加できるのか?」

 

「そのチケットがあれば可能だ。とはいえ、難易度は悪魔向けになっている。君たち人間には少々難しいかもしれないがね。だがその分、君たちにとって魅力的な景品が手に入る筈だよ」

 

 男は帽子を目深に被り、ニヤリと笑う。十六夜たちもまた、ゲームに期待を膨らませてニヤリと笑った。

 

「これはまた、素敵なものを貰ったな。なかなか面白そうだ」

 

「うう、黒ウサギが行けないのは残念ですけれど……楽しんで来てくださいませ」

 

「おやおや、案ずることはありません。貴女達は実に運がいい。身内に悪魔の方がいらっしゃるのだから」

 

 そう言うと、男は再び懐から一枚の封書を取り出した。それを手渡された少女はシンの方にトコトコと歩いて行き、笑顔で封書を差し出す。シンはそれを無言で受け取った。

 

「──はい、お兄ちゃん! 絶対来てね!」

 

「箱庭の、力ある悪魔の方々にお送りしている招待状で御座います。これはその中でも上位のもの。お連れの方を二名まで誘うことができますので、箱庭の貴族様にも是非ご参加頂ければ、と」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

 暗い表情だった黒ウサギが元気を取り戻し、瞳を輝かせる。特に異論が無かったシンは、いいだろう、と黒ウサギを連れの一人とすることに同意した。黄色い声を上げ、黒ウサギはシンに飛び付いて喜ぶ。

 

「ありがとうございます、シンさん!」

 

「…………ああ」

 

 黒ウサギの柔らかく豊満な胸が押し付けられ、甘い香りがシンの鼻をくすぐる。年頃の少年なら鼻の下を伸ばしそうな役得だったが、シンは喜ぶどころか鬱陶しそうに横目で睨むのみだった。

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、絶対に来てね! 私とのギフトゲームもあるから、今度は一緒に遊ぼうね!」

 

「ああ。楽しみにしておくぜ、御チビ娘」

 

 十六夜がそう言うと、少女はむぅ、とむくれる。

 

「御チビ娘じゃないもん。私の名前は〝アリス〟だもん! 最初に自己紹介したでしょ?」

 

「ああ、そんなこともあったかな」

 

 もー! とプンプン怒るアリスに、十六夜はからかうように笑った。男はそれを微笑ましそうに見つめると、ふと気が付いたように帽子を取って胸に当てる。

 

「そうだった。アリスが名乗った以上、私も名乗らなくてはならないが──それはサーカスまでのお楽しみとしておこうかな。それまでは〝黒男爵〟と名乗らせていただこう」

 

 そう言って、一礼する。そこで始めて黒ウサギは怪訝そうな顔をするが、男爵は誤魔化すように帽子を被って姿勢を正した。そこへ、アリスが声を掛ける。

 

「ねえ、お兄ちゃん、お姉ちゃん。アリスのお願い聞いてくれるかな?」

 

 両手を後ろ手にもじもじと、彼らを上目遣いで見つめている。飛鳥は優しく笑って答えた。

 

「ええ、私たちにできることならね」

 

「本当!? それならお願いがあるのー」

 

 そうして、アリスは十六夜たちを見つめた。その表情は彼らが断ることを疑わず、期待に胸を膨らませている様子だった。愛らしい少女のその微笑ましい様子に、一同は心温まる──その筈なのに、何故か背筋に悪寒が走った。

 

 

「あのねー……お兄ちゃん、お姉ちゃん──」

 

 

「──アリス」

 

 そこへ、男爵が強引に口を挟む。遮られた様子のアリスは不満そうな表情を見せるが、男爵はどこか不気味な笑顔で首を振る。

 

「そのお願いは、また今度にしようじゃないか。次回のゲームで勝った時にお願いしてもいい」

 

「……うーん。わかったわ、おじさん」

 

 アリスは渋々と引き下がる。その一連のやりとりに不自然なものを感じた飛鳥は口を挟もうとするが、男爵はその前にステッキを一同に突きつける。

 

「それでは、君たちの本拠の近くまで送らせて頂こう。2105380外門の近くで良かったかな?」

 

「……ああ、その辺でいい」

 

「なかなか緊張感のあるゲームだった」

 

「また会いましょうね、アリス」

 

「うん! お兄ちゃん、お姉ちゃん、ばいばーい!」

 

 十六夜たちが頷くと、男爵は十六夜たちにステッキを突きつけた。すると一同の視界はぐるぐると渦巻いて暗転し──部屋から姿を消した。

 

 

    *

 

 

「……本当にこのサーカス、大丈夫なのでしょうか」

 

「どうしたの? さっきはあんなに喜んでいたのに」

 

 一同はペリドット通りの噴水広場の近くに転送され、そこから帰路についていた。日は沈みかけ、真っ赤な夕日が一同を照らし、伸びた影が歩みに合わせて揺らめく。そんな中、黒ウサギが不安そうにポツリと呟いたのだった。

 

「確かにサーカスには興味はありますし、今日のゲームもやや理不尽なルールはありましたが真っ当なものでした。しかし己の名を隠すということがどうにも解せないのです」

 

「それってそんなにおかしなことなの?」

 

「はい。箱庭に招かれた存在は修羅神仏か悪鬼羅刹かどうか問わず、己の名と存在に誇りを持っています。特に名はその者の格を表す最も判りやすいシンボル。それを隠すなど、自らを〝ノーネーム〟と偽ることと同義なのです」

 

 無意味であり、デメリットしかない行為。そう言う黒ウサギだが、十六夜はヤハハと笑い飛ばした。

 

「案外魔王様だったりしてな。悪魔のサーカスを開く以上、あいつらも悪魔なんだろうし、いろんな悪魔に招待状を送れるような名のある悪魔なら、大抵魔王とかそんなクラスだろ」

 

「そ、そんな……!」

 

 黒ウサギはその表情を蒼白に染めた。

 

「……シンは何か知らない?」

 

 耀は振り返って最後尾にいるシンに話を振るが、シンは静かに首を振る。耀はそう、と残念そうに顔を前に戻すが、シンはあの悪魔の正体に思いを馳せる。

 

 シンは一人の少女を囲い、そして熱心に愛を注ぐ強大な二体の悪魔の噂を聞いたことがあった。ある街で平和に暮らしていたのだが、ある人間によって打ち倒され、その時に砕けてあらゆる世界に飛び散った少女の魂を集めて回っているという。

 

 噂が確かなら、その悪魔たちは魔王クラス。それもかなり上位の存在のはずである。〝ノーネーム〟は勿論、十六夜にも手が余るかもしれない。今回のゲームのこともある。あまり悪魔どもが出しゃばるようであれば、シンも本気を出さざるを得ないだろう。

 

 背後で静かにシンが殺意を高めているのを他所に、十六夜は軽薄そうに笑って言う。

 

「ま、どうせ開催日はかなり先だ。それまで精々力をつけないとな」

 

「……そうね。今回はいいところが無かったのだし、次こそは活躍して見せるわ」

 

「うん、相手が魔王ならそれこそ〝ノーネーム〟の出番だから」

 

 問題児たちは怯むどころか一層張り切り、拳を握りしめて気合いを入れた。黒ウサギはそれを頼もしく思うも、言い知れない不安に身を震わせるのだった。

 

 

    *

 

 

 十六夜たちが去り、部屋には黒男爵とアリスが残されていた。アリスは己を模した人形を手に取ると、男爵に懇願する。

 

「ねえねえ、おじさん! お兄ちゃんたちとはあまり遊べなかったし、このままアリスと遊ぼうよ! いいでしょう?」

 

「うーん、そうだなあ。せっかく準備した迷宮も殆ど手付かずだし、遊んでもいいかもしれないね」

 

「やったー! ありがとー!」

 

 はしゃぐアリスは人形を握り締めたまま両腕を振り回し──人形から目玉が零れ落ちる。

 

「あっ! お人形、壊れちゃった……ばっちいわねー」

 

 零れた目玉は何処かへ飛んで行き、空いた眼孔からはどす黒い液体がじくじくと流れ始めてアリスの手を汚す。アリスは慌てて人形を放り投げると、机に叩きつけられた人形はぐちゃりと潰れて、肉片と液体を撒き散らした。

 

「こらこら。いくらでも代わりはあるとはいえ、壊したら駄目じゃないか」

 

「はーい、ごめんなさい」

 

 あまり反省していないような少女の態度に、しかし男爵は微笑ましそうにニコリと笑うと、指を鳴らす。すると潰れた人形は消えて、アリスの前にやや大きめの箱が現れる。その中にはアリスそっくりの人形が無数に蠢いていた(・・・・・)

 

『ウォォ……』

 

『ア、ア、アァ……』

 

 虚ろな目で涎を垂らし、呻くそれをアリスは楽しそうに選んでいる。やがて一体のそれを掴み上げると男爵に手渡した。男爵が軽く手を翳すとそれは黙り込み、動くのを止める。

 

──それは人形ではなく、死体(・・)だった。

 

 術によって人形のサイズに縮め、玩具としてアリスに与えていたのだ。迷宮のジオラマに置いてあるのも全て死体であり、男爵が術で操っていた。十六夜が飛鳥の容体を確かめた時に死んでいると判断したのも当然、その体が死体だからだった。

 

 ちなみに外見はいくらでも改造できるが、黒ウサギの髪色の性質は流石に組み込めなかったのだ。元々知らなかったということもあるが。

 

「ありがとー、おじさん!」

 

「はっはっは、どういたしまして」

 

 そう言うと男爵はステッキを振るい、ゲームの準備を始め出す。ジオラマがその姿を変えていき、人形は一人でに飛び回ってしかるべき位置へ配置されていく。しかしそこへ、アリスが不安そうに声を掛けた。

 

「……お兄ちゃんとお姉ちゃんたち、来てくれるかな?」

 

「ああ、きっと来るとも」

 

「そうしたら、アリスとお友達になってくれるかな?」

 

「なってくれるとも」

 

「やったー! それならきっと  くれるよね! アリスと一緒になってくれるよね!」

 

 喜ぶアリスに男爵は微笑み、その頭を優しく撫でた。

 

 それはきっと優しい光景の筈なのに──人が見ればきっと、途轍もなくおぞましい光景に映っただろう。

 

 黒男爵とアリス──正体不明の悪魔たちに招待された〝ノーネーム〟一同は、熾烈で過酷な遊戯に巻き込まれようとしていた。




これにてアリス編は一旦終了となります。
続きは二章が終わってからになりますので、気長にお待ちください。

そして本編は7月1日から開始させていただきます。
……ちなみに書き溜めは間に合いませんでした。
投稿は途切れないようにいたしますので、どうかお付き合いくださいませ。

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