混沌王がアマラ深界から来るそうですよ?   作:星華

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白夜叉は静かに覚悟するそうですよ?

 〝ノーネーム〟本拠から抜け出して、一同は〝サウザンドアイズ〟支店までやって来ていた。

 

 十六夜たちはとにかく北に向かえば何とかなるだろうと考えていたが、ジンから北側まで980000kmの距離──ちなみに地球24周半ほど──があることを知らされ、流石に断念する。シンも流石にその距離を一瞬で移動する方法は無い。アマラ転輪鼓を使えば話は別だが、当然箱庭には存在しない。

 

 そうなると、箱庭で超長距離を移動する手段は限られる。だが、〝境界門(アストラルゲート)〟の起動には莫大な料金がかかり、全員連れて行くには〝ノーネーム〟の全財産を支払っても足りないのだ。それ故に黒ウサギたちは秘密にしていたのだが、十六夜たちも鬼ではない(一名悪魔だが)。誠実に話していればこのような強硬手段を取られることもなかっただろう。

 

 そういうわけで、〝サウザンドアイズ〟が正式に招待してくれたのだから、路銀を出してもらおうと交渉しにやって来たのである。

 

「お帰り下さい」

 

 そして門前払いされたのである。

 

 十六夜たちはギフトゲームで手に入れた金品をいつもここで換金しており、一応そこそこの常連客ではある。だが第一印象が悪かったのか、そもそも〝ノーネーム〟だからか、毎回この割烹着の店員に絡まれていた。

 

 しかし十六夜たちも慣れたもの。適当にあしらって店内に入ろうとするも、店員は大の字で立ち塞がった。ここまでされるとは一体何をやらかしたのだ、とシンは他人事で見ているが、向こうからすれば問題児四人組で一括りになっていることに気が付いていない。

 

「だからうちの店は! 〝ノーネーム〟お断りで──」

 

「──よいよい、わしが招待したのだ。店の中に入れてやれ」

 

 叫ぶ店員の背後から、煙管を手に白夜叉が現れた。店員は抗議しようにもオーナーから招待されたのならば何も文句は言えない。渋々引き下がった。

 

 大人しい白夜叉に、その原因を察しつつある十六夜たちは招待状を見せ、北側への行き方を相談する。白夜叉は全てわかっていると言うように頷き、一同を店内へ招く。

 

「条件次第では路銀は私が支払ってやる。だが少し秘密裏に話したいことがあるのでな──」

 

 中庭から白夜叉の座敷に通された。店内の喧騒に興味を惹かれた十六夜たちは店について質問し、白夜叉は嬉々として答えてくれる。それを他所にシンは店を見回している。そして感じていた。

 

──白夜叉が己を警戒していることを。

 

 無理もないだろう、とシンは納得している。〝ペルセウス〟とのギフトゲームで、己の素性を一部明かしているのだ。薄々とシンの正体について勘付いているのかも知れない。

 

 だが、シンはそれに後悔はしていない。決定的な目的がバレているわけではないし、今は〝ノーネーム〟の一員として復興に協力している。もし本格的に敵対しても〝ノーネーム〟の皆がシンを庇ってくれるだろう。

 

「……なあ、白夜叉。アンタは何で間薙を警戒しているんだ?」

 

──そう、今のように。

 

「……別に、警戒などしておらぬよ」

 

 真顔で答えるも、その表情が既に本音を物語っていた。飛鳥は眉を顰め、十六夜に続く。

 

「嘘よ。だって間薙君がいる時といない時とで、あからさまに態度が違うじゃない」

 

 うぐ、と白夜叉は怯む。シンがいない時に十六夜たちが訪ねた際は、空から降って来たり、女性陣にセクハラしたり、セクハラしたり、セクハラしたりとやりたい放題なのだ。ここまであからさまなら誰でも気が付くだろう。ちなみに、セクハラを我慢するなどシンがいる時ぐらいしかやらないので、その反動で余計にはっちゃけているのだが彼らは知る由もない。

 

「シンが、悪魔だから?」

 

 耀が悲しそうに首を傾げる。白夜叉はその仕草に良心が痛むが、そういうわけではないよ、と首を振る。

 

「魔王によって悪魔の恩恵を得たものはそう珍しい存在ではない。それに、何れ出会うこともあるだろうが、更生して善性の霊格を持った者もおる。私だって、元・魔王だしの」

 

「なるほど。逆に、更生してるかどうかもわからん身元不明で得体の知れない悪魔は信じるに値しないってわけだ」

 

 シンを横目に、十六夜はニヤリと笑って見せた。しかし、それくらい十六夜にも想像はついていることだ。シンはとにかく口数が少なく、己について語ることもほぼ無い。だからこそ〝ペルセウス〟とのゲームでの発言に心底驚いたのだ。その内容がシンへの不信感に繋がっていることも分かっている。

 

 そして仲間に庇われ、白夜叉が胸の内を少し明かしても、シンは態度を改めない。

 

「──何れ戦う相手だ」

 

 それどころか白夜叉を真っ直ぐ見つめながら、静かにシンは宣言する。

 

「手の内を晒すつもりはない」

 

「ヤる気満々だなオイ!」

 

 十六夜が嬉しそうにヤハハと笑い、飛鳥と耀は顔を見合わせ、ジンは頭痛を抑えるように頭を抱える。白夜叉はまさかここまで率直に言われるとは思っていなかったらしく、パチクリと瞬きすると、すぅ、と目を細める。

 

「……いつかおんしとは決着をつけねばならんらしいのぉ」

 

 ふっふっふ、と威圧感を出しながらお互い睨み合う白夜叉とシン。星霊の半ば本気の威圧と、悪魔の静かで冷たい威圧が部屋の中でぶつかり合い、ジンは顔色を悪くする。面白そうにそれを眺めていた十六夜だったが、ふと時間が無いことを思い出して二人に割り込む。

 

「ま、そいつは後にしてくれ。今は時間が惜しい。俺たちに話があるんだろ?」

 

 白夜叉はおおそうだった、と我に返る。カン、と煙管で灰吹きを叩いて気持ちを切り替え、厳しい表情で話し始めた。

 

「本題の前にまず、一つ問いたい──」

 

 白夜叉はジンに、〝ノーネーム〟が〝打倒魔王〟を掲げ、魔王に関するトラブルを引き受ける噂の真偽を確かめる。その視線を真っ向から受け、ジンは名と旗印を奪われたコミュニティの存在を手早く広めるため、トップとしてその方針を決めている、と告げる。

 

「魔王を引き付けることになるでしょうが、覚悟の上です。仇の魔王からシンボルを取り戻そうにも、今の組織力では上層まで出向くことは出来ません。それなら、誘き出して迎え撃つまでです」

 

「無関係な魔王と敵対するやもしれん。それでもか?」

 

 上座から身を乗り出し、更に切り込む白夜叉だが、不敵に笑った十六夜が代わりに答える。

 

「それこそ望むところだ──」

 

 倒した魔王を隷属させ、より強力な魔王を打倒していく〝打倒魔王〟を掲げたコミュニティ──それをカッコいいだろうと茶化したように、しかし一切笑わぬ瞳で答えた。白夜叉は、十六夜が傍目より遥かに物事を考え、リスクを冷静に天秤にかけて判断できる者だと評価している。

 

 ふむ、と暫し瞑想した後、これ以上は老婆心であろうと話題を切り上げた。白夜叉はいよいよ本題に入ることにする。

 

「──さて、それではジン殿。此度の共同祭典について、東のフロアマスターから正式に頼みたいことがある」

 

「は、はい! 謹んで承ります!」

 

 改めて組織の長として接する白夜叉に、ジンは少しでも認められた喜びを抑えながら佇まいを正す。

 

「北のフロアマスターの一角が世代交代したのは知っておるかの? 急病で引退だとか」

 

 いえ、とジンが答えた。〝ノーネーム〟になって以来、組織の情報収集力も大幅に落ちている。他の方角のフロアとはいえ、同階層のフロアマスターの交代も知らなかったのは無理もないことだった。

 

「おんしらにも誘いをかけた此度の〝火龍誕生祭〟とは、その新たなフロアマスターのお披露目を兼ねた大祭でな。五桁・54545外門に本拠を構える、コミュニティ〝サラマンドラ〟が主催なのだ」

 

「そうですか、〝サラマンドラ〟とはかつて親交がありましたが……それで、今はどなたが頭首を?」

 

 そう言ってジンは前頭首の長女・サラと次男・マンドラを挙げるが、白夜叉はいや、と首を振って実際の新頭首の名を告げる。

 

「頭首は末の娘──サンドラが火龍を襲名した」

 

 は? とジンは小首を傾げて暫し固まる。その理由を知らぬ十六夜たちはジンに視線を向け、そして驚嘆の声を上げたジンは身を乗り出して驚いた。

 

「サ……サンドラが!? 彼女はまだ十一歳ですよ!?」

 

 だが、一応〝ノーネーム〟のリーダーであるジンも同い年である。それを飛鳥が茶化したように指摘する。

 

「あら、ジン君だって十一歳で私たちのリーダーじゃない」

 

「なんだ、まさか御チビの恋人か?」

 

「そうですけ──いやっ違います! 失礼なことを言うのは止めてください!」

 

 十六夜と飛鳥のからかいに素直に反応し、顔を赤らめて怒鳴り返すジン。それを他所に、白夜叉は説明を続ける。

 

「……さて。そのサンドラだが、その幼さ故に此度の大祭でこの私──東のマスターに共同の主催者(ホスト)を依頼してきたのだ」

 

 一見すれば何の変哲もない依頼である。だが、ジンは意義を唱える。

 

「そ、それは筋が通りません──」

 

 〝階層支配者(フロアマスター)〟とは箱庭の秩序を守り、コミュニティの成長を促す役職であるが、北側には複数のマスターが存在している。精霊や鬼種を始めとする、多数の種族が混在する治安の悪い土地であるためだ。

 

「──そのため、新たなフロアマスターの誕生祭なら、同じ北のマスターたちと共同主催すると思います。サンドラはなぜ白夜叉様に……?」

 

「……うむ、まあ、そうなのだがの」

 

 難しい表情で問うジンに、白夜叉は急に歯切れが悪くなる。頭を掻いて言い難そうにしているそれを見て、十六夜は実情を察して助け舟を出す。

 

「新たに生まれる幼い権力者を良く思わない奴らがいる──とか、そんなところだろ?」

 

「……そう、箱庭の長たちでも思考回路は人間並みなのね」

 

 在り来りだが、だからこそ陳腐で呆れた話である。飛鳥は不愉快そうに眉を顰めた。白夜叉は気まずそうに項垂れ、重々しい口調で話を続ける。

 

「……手厳しいが、全くもってその通りだ。実は東のマスターである私に共同祭典の話を持ちかけてきたのも、様々な事情があって──」

 

「──ちょっと待って。その話、まだ長くなる?」

 

 そこへ、耀が割り込んだ。白夜叉が不思議そうにあと一時間ほどかかると告げると、十六夜たちは顔色を変えた。今は黒ウサギと追いかけっこの最中なのである。悠長に話していれば、何れここを突き止められるだろう。

 

「し、白夜叉様、どうかこのまま──」

 

「──ジン君、黙りなさい(・・・・・)!」

 

 往生際悪く引き留めさせようとしたジンは、飛鳥のギフトで強制的に口を閉じられる。その隙を逃さず、十六夜は白夜叉を急かした。

 

「白夜叉! 悪いが俺たちは今すぐ北に向かう!」

 

「む、むぅ? それは構わんが、何か急用か? というか、内容を聞かず受諾してよいのか?」

 

「構わねえから早く! ──その方が面白い(・・・)!」

 

 十六夜の言い分に白夜叉は瞳を丸くすると、呵々と哄笑を上げて頷く。ジンは声にならない悲鳴を上げ、暴れ出すも当然十六夜たちが許さない。

 

「ふむ、面白い(・・・)か。──それならば、仕方ないのぉ!」

 

 箱庭の修羅神仏にとって、娯楽こそ生きる糧である。白夜叉も例外ではなく、十六夜たちに取り押さえられるジンを一瞬すまなそうに見やるも、嬉々として両手を出し柏手を二回打つ。

 

 そして、暫し静寂がその場を支配する。白夜叉が何をしたのか分からず、その両手を見つめる一同だったが、白夜叉は悪戯っぽく笑い、十六夜たちに告げる。

 

「──着いたぞ(・・・・)

 

『…………は?』

 

 素っ頓狂な声を上げ、顔を見合わせる十六夜たちだったが、その疑問は期待で押し流され、瞳を輝かせながら店外へ駆け出して行く。

 

 シンも遅れて立ち上がり、店外へ歩き出す──

 

「──待て」

 

 そこへ、白夜叉が呼び止めた。

 

 シンは歩みを止め、顔だけ振り返り白夜叉を見つめる。白夜叉のその表情は、敵意は無いながらも隠れた覚悟が伺える。

 

「……下手におんしを警戒するのはもう止めにしよう。藪蛇をつつくことになりかねんからの」

 

 ば、と扇子を広げ、表情を隠した白夜叉は目を細め、何かを見通そうとするように、シンを睨み付ける。

 

「怪しいながらも今は〝ノーネーム〟の味方でいてくれておる。そこに悪意は感じられんし、黒ウサギも助かっているようだし、そこは信じておいてやろう」

 

 そこでふ、と目を閉じ、暫し何か考えるように眉を顰める。やがて目を見開くと──温度の無い壮絶な視線がそこにあった。

 

「だが、私の勘が告げておる──おんしに絶対に気を許すな、とな」

 

 何千、何万年と生きてきた星霊の勘──それは最早確信に等しいだろう。白夜叉はその瞳で多くの始まり、そして終わりを見つめてきた。何かを生み出すもの、破壊するもの、治すもの、殺戮するもの、多くの霊に出会ってきた。

 

 そしてシンから感じられるのは、圧倒的な終わらせる者(・・・・・・)の気配。

 

「コミュニティのために尽力している内はよいが、少しでも危険な兆候を感じれば──私は神格を返上してでもおんしを処分する」

 

 そう、宣言する。

 

 白夜叉の瞳は本気だった。シンのその目的が知れれば、白夜叉は魔王に返り咲いてでも全力でシンと戦うだろう。そうなれば最早〝ノーネーム〟に留まることはできない。それどころか、それまでに準備が整っていなければこの分霊が破壊される恐れがあった。

 

 シンは一瞬だけ眉を顰め、一言だけ答える。

 

「……覚えておこう」

 

 そう言って、店外へ歩き去って行った。

 

 白夜叉はその後ろ姿を眺め、内心呟く。

 

──まあ、それでも止まらないのだろうがな。

 

 ふう、と長いため息をつき、出て行った彼らを追って、ゆっくりと店外へ歩き出すのだった。


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