混沌王がアマラ深界から来るそうですよ?   作:星華

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問題児たちと妖精が出会うそうですよ?

 黒ウサギ、北側に襲来せり。

 

 十六夜が黒ウサギと、お互いの命令権を賭けたゲームを始めた頃、レティシアに捕まった飛鳥は出店でクレープを買い、小腹を満たしていた。

 

 今までクレープを食べたことがなかった飛鳥は、どうにか品よく食べようと悪戦苦闘するが、レティシアに諭されて考えを改め、思い切りかぶりつく。

 

「……美味しいわ」

 

 口元をチョコレートムースで汚しながらも、口の中に広がる甘みに表情を緩める。それはよかった、とレティシアが頷いた。

 

「……しかし、一体どういう手品だ? お前たちの手紙を見てから慌てて出発したのはいいものの、まさか2105380外門周辺で私たちが迷子になる(・・・・・)とは思ってもいなかったぞ」

 

 黒ウサギたちの到着が遅れたのは、それが原因だった。〝箱庭の貴族〟は〝境界門(アストラルゲート)〟の起動に料金は必要無いため、黒ウサギはまずそちらに向かったのだが、何故か道を間違えた挙句に同じ所をグルグルと回ってしまい、大幅なタイムロスになってしまったのだ。〝サウザンドアイズ〟支店に向かったレティシアも途中で見知らぬ道に迷い込み、到着するのが大幅に遅れてしまった。

 

 しかも途中で無数の悪戯が仕掛けてあり、レティシアはなんとか殆どを躱せたものの、頭に血が上っていた黒ウサギは片っ端から引っ掛かり、それに怒って更に引っ掛かり、と悪循環に陥っていた。ようやく北側に辿り着いた時には髪や服はいろんな汚れでドロドロで、まるで魔王の如きオーラを発していたな、とレティシアはしみじみ呟く。

 

「わ、私は知らないわよ。間薙君が新しいギフトで何かしていたみたいだけど……」

 

「新しいギフト? いつの間に……」

 

 パチクリと驚きに目を瞬かせるレティシア。飛鳥はクレープの残りを片付けながら言葉を続ける。

 

「朝、祭典へ誘いに行ったら持っていたのよ。私たちも初耳だったわ」

 

「ふむ。どのようなものだったかは分かるか?」

 

 そう聞かれた飛鳥は食べるのを一旦止めて、宙を見上げて思い出そうとする。

 

「確か……分厚くて、真っ黒な表紙の本だったわ。表紙に赤い線で六芒星……だったかしら。そのような模様があったわね」

 

 それを聞いてほう、とレティシアは目を見開く。六芒星とは宗教的、或いは魔術的シンボルであり、それが書物の表紙にあるとするならば経典の類か、あるいは──

 

「──何らかの魔道書(グリモワール)か? 悪魔や精霊を呼び出して使役するのがオーソドックスな所だが……そうか、悪戯は使い魔にやらせたのか」

 

 推測に過ぎないものの、納得のいく理由を見つけて頷くレティシア。飛鳥はシンがギフトを起動させた時のことを思い返そうとするも、召喚の衝撃で発生した光や煙に遮られて、姿はよく見えなかったことを思い出して、眉をやや顰める。

 

「そうね。確かに何かを召喚して──あら?」

 

 宙を見上げていた飛鳥の視線が、出店の棚の下にいる小さな人影を捉える。それはとんがり帽子を被った小人の女の子だった。切子細工のグラスをキラキラとした目で眺めている。レティシアも飛鳥の視線の先の存在に気が付き、目を丸くして驚いた。

 

「あれは……精霊か? あのサイズが一人でいるのは珍しいな。〝はぐれ〟かな?」

 

 続けてレティシアは、あの類の小精霊は群体精霊という種であり、単体で行動していることは滅多にない、と教えてくれた。飛鳥はそう、と相槌を打ちながらも物珍しそうに近寄っていく。

 

 飛鳥の影が掛かったのか精霊は驚いて振り返り、二人の視線がしばし交錯する。

 

『……………………』

 

 途端にひゃっ! と可愛らしい声をあげて逃げていく精霊。

 

「残りはあげるわ!」

 

 レティシアに食べかけのクレープを預け、獲物を見つけた猫のように追いかけていく飛鳥。

 

「……やれやれ」

 

 一人取り残され、レティシアはクレープを齧りながら苦笑する。暫しチョコレートムースの味を楽しみながら、ふと空を見上げると我に返る。

 

「──いかん。いくら飛鳥でも、北寄りの土地で単独行動は危険すぎる」

 

 慌てて立ち上がるが、既に飛鳥は精霊を追って行方を眩ましてしまっていた。痕跡を追おうにも今だ人混みが激しく、それどころか何処かで騒ぎがあったらしく、野次馬が反対側へ行こうと押し寄せてくる。

 

「くっ……失態だ。急いで探さないと──うわっ!?」

 

 突如路地裏から出てきた人影にぶつかり、レティシアは尻餅を突く。

 

「あたた……すまない、こちらの不注意──って、シンじゃないか!? 何故こんな所に……?」

 

 慌てて謝ったその人影はシンだった。微動だにせず、無言でレティシアを見下ろしている。その様子に苦笑しながらやれやれ、とスカートの埃を叩いて立ち上がるレティシア。

 

「手ぐらい貸してくれてもいいだろうに。女の子というような年ではないが、女性には優しくするべきだよ」

 

「……己で立ち上がれる者に、手は貸さない」

 

「それは逆に言うと、立ち上がれない者には手を貸すのかな?」

 

「その価値があればな」

 

 ドライなことだ、とレティシアは肩を竦める。だがこうしている場合ではない、と我に返り慌ててシンに問いかける。

 

「そうだ、飛鳥を見なかったか? さっきうっかり見失ってしまったんだ。この辺りは夜になると鬼種や悪魔の活動が活性化して治安が悪くなる。このままでは飛鳥が危ない……!」

 

「…………」

 

 シンは辺りを見回すが、人が多いせいで正確に飛鳥を探知出来ない。その様子を見て心当たり無しと見たレティシアは、がっくりと肩を落とす。

 

「そうか……悪いが協力してくれ──そうだ、新たなギフトを手に入れたのだろう? 使い魔らしき存在を召喚できると聞いている。それで飛鳥を探せないか?」

 

 シンは暫し考え込んだものの、やがて頷くと懐からギフトカードを取り出し、そのギフトを実体化させる。レティシアが見たそれは、飛鳥から聞いた通り六芒星が描かれた黒い書物だった。

 

「二体貸す。一体を捜索に出し、一体を連絡用に手元に置いておけ。俺は黒ウサギの所へ事態を伝えに戻る」

 

「分かった。助かるよ」

 

 安堵したように笑うレティシアを他所に、シンはそのギフトを広げる。そこから黒い靄が溢れ、宙に二つの塊を作る。靄は帯電し、暗黒の雷を発し始め、光り輝き始める。その様子を見て、レティシアは冷や汗を流す。

 

「……ちょっと派手過ぎないか?」

 

──辺り一体が轟音と閃光によって騒ぎになるまで、あと数秒のことである。

 

 

    *

 

 

 場所は境界壁・舞台区画。コミュニティ〝サラマンドラ〟による〝火龍誕生祭〟運営本陣営。その謁見の間にて十六夜たちと白夜叉、そして新たに北のマスターとなったサンドラ=ドルトレイクとその兄マンドラが、今回の裏の事情について話し合っていた。

 

『──火龍誕生祭にて、〝魔王襲来〟の兆しあり』

 

 白夜叉は〝サウザンドアイズ〟の幹部によって齎されたその予言を伝え、今回〝ノーネーム〟に協力を要請した真の事情を告げた。この予言は絶対であり、覆すことのできる類ではない。

 

 だが、事はそう単純ではない。この予言をした幹部には、犯人も犯人の動機も全て分かっている。しかし〝サウザンドアイズ〟のリーダーより、内容は予言者の胸の内一つに留めるよう厳命が下っており、主犯の名を表に出すことが出来ない。

 

 十六夜はその事情を推理し、白夜叉に問いかける。

 

「……今回の一件で、魔王が火龍誕生祭に現れる為、策を弄した人物が他にいる──その人物は口に出すことが出来ない立場の相手ってことなのか?」

 

 ハッ、とジンが息を漏らし、サンドラを見た。北側へ来る際、白夜叉の話では『幼い権力者をよく思わない組織が在る』ということだった。もしその人物が『口に出すのも憚れる人物』だというのなら、それは──

 

「まさか──他のフロアマスターが、魔王と結託していると……!?」

 

 秩序の守護者である〝階層支配者(フロアマスター)〟が、その秩序を乱すという。ジンの叫びに白夜叉は悲しげに深く嘆息し、まだ分からん、と首を左右に振った。

 

 白夜叉自身はまだ確信に至っていないが、サンドラの誕生祭に北のマスターたちが非協力的だったのは事実であり、共同主催の候補が東のマスターである白夜叉まで回ってきた程である。

 

「──北のマスターたちが非協力的だった理由が〝魔王襲来〟を計画してのことであれば……これは大事件だ」

 

 唸る白夜叉に、絶句する黒ウサギとジン。だが一人十六夜は、そんなに珍しいことか、と首を傾げる。ジンは声を荒げて反論するも、十六夜は冷めたように笑い飛ばした。

 

「所詮は脳味噌のある何某だ。秩序を預かる者が謀をしないなんて幻想だろ?」

 

 十六夜が生きてきたのは、そのようなことが珍しくもない冷めた時代なのだ。彼からすればそんなことに一々激昂する彼らの方が奇異に映るのだろう。それを察した白夜叉は静かに瞳を閉じて、なるほど一理ある、と首を振る。

 

「──しかしなればこそ、我々は秩序の守護者として正しくその何某を裁かねばならん」

 

 だがここで真実を広めれば、箱庭の秩序に波紋を呼ぶことになるだろう。そのため今は一時の秘匿が必要だ、と白夜叉は言う。

 

「目下の敵は、予言の魔王──ジンたちには魔王のゲーム攻略に協力して欲しいんだ」

 

 続くサンドラの言葉に、一同は頷く。〝魔王襲来〟の予言があった以上、これは新生〝ノーネーム〟の初仕事となる。ジンは事の重大さを受け止めるように、重々しく承諾した。

 

「分かりました。〝魔王襲来〟に備え、〝ノーネーム〟は両コミュニティに協力します」

 

「うむ、すまんな。協力する側のおんしらにすれば、敵の詳細が分からぬまま戦うことは不本意であろう──」

 

 しかし今回の件は魔王を退ければいいという話ではない。箱庭の秩序のため、情報を制限されたまま挑まねばならなかった。事の重大さと、〝サラマンドラ〟も協力してくれるとはいえ正体不明の魔王に挑まねばならない事実に、緊張を隠しきれないジン。

 

 それを見て、白夜叉は敢えて表情を崩し哄笑する。

 

「そう緊張せんでもよいよい──」

 

 

『ふーん、〝魔王襲来〟か。なんだか面白そうじゃない?』

 

 

 突如、謁見の間に聞き慣れぬ少女の声が響いた。

 

 瞬間、一同は身構えて周囲を警戒する。しかし声は奇妙に響き渡って発生源を特定出来ず、姿形も見当たらない。マンドラは青筋を立てて怒声を上げる。

 

「何者だ! 姿を現せッ!!」

 

『あら怖い。あなた、さっきから怒ってばかりね。まるで何かに焦ってるみたい』

 

 なんだと、とマンドラが唸るが、くすくす、と少女の声が響き渡るのみ。サンドラは進み出て、正体不明の声に警告する。

 

「ここはコミュニティ〝サラマンドラ〟の領地内です。無断で侵入したとなれば、それ相応の処置を取らせて頂きますよ!」

 

『なによ? 人聞きの悪いことを言わないでよ。ずっとあなたたちの隣にいたでしょ』

 

「──えっ?」

 

 それを聞いて、一同は周囲を見渡す。しかしそれらしい人影は見当たらず、困惑するのみ。だが──

 

「──ひわあぁぁ!?」

 

「何事だ!?」

 

 黒ウサギが突如奇声を発した。一同は驚いて黒ウサギの方へ視線を移すと、羽根の生えた小さな少女が、黒ウサギの首筋をつついている所だった。周囲の視線を浴びた少女はくすくす、と笑って一同を見渡す。

 

『やっと気が付いた? 難しい話ばかりしてたから退屈になっちゃって。つい口出ししちゃったわ』

 

 その少女はいかにも妖精、という出で立ちだった。虫のような薄い羽根をふわふわと動かし、空中に浮いている。しかしどことなく近代的でもある。ブルーのレオタードに手袋を着け、オーバーニーソックスを履いている。長い睫毛にパッチリとした瞳には悪戯っぽい表情が浮かんでいる。

 

「い、いつの間に……?」

 

 黒ウサギはここまで接近されて気付けなかったことに驚く。何らかのギフトを使っていたのだろうか、と訝しむのを他所に、白夜叉は硬い表情でその少女を見つめ、更なる警告をする。

 

「この場で行われた会話は〝サウザンドアイズ〟・〝サラマンドラ〟・〝ノーネーム〟の三コミュニティにおける最高機密。それを無断で聞いたならば、それなりの処罰は受けてもらうぞ」

 

『嫌よ。だって、出ていけなんて言われていないもの。それなら無断じゃないでしょう?』

 

 惚けるような声に、白夜叉は目を細める。マンドラが苛ついたように剣の柄に手を掛けるも、サンドラがそれを制した。場の緊張が高まり、サンドラが最後の警告をしようとしたその瞬間──

 

「──ハッ! こ、この声は!?」

 

「知ってるの? 黒ウサギ」

 

 黒ウサギが何かに気が付いたように声を上げた。ジンが問い掛けると、黒ウサギは黒いオーラを発し、低い声で説明を始めた。

 

「ええ、ええ……忘れもしませんよ……〝境界門(アストラルゲート)〟に向かう途中、散々その笑い声を聞きましたからねぇ……!」

 

 その時の怒りと屈辱を思い出しているのか、髪色とウサ耳を緋色に染めてギリギリと拳を握る。問題児を追う道中、五感や身体能力に優れているはずの黒ウサギは、何故か次から次へと悪戯に引っかかり、落とし穴に落ち、水路に叩き込まれ、壁に激突し、バナナの皮で滑り、終いにはタライが落ちて来た。そして、その時々でどこからともなく少女の笑い声が聞こえてきていたのだ。

 

「……と言うことは、だ」

 

 十六夜は少女の正体に気が付き、ニヤリと笑う。それを見てもジンは話が見えず、眉を顰めて問い掛ける。

 

「一体どう言うことなんですか? 貴女の正体、それに所属コミュニティを教えてください。一体何が目的なんです?」

 

『あら、まだ分からないの? 我らが(・・・)〝ノーネーム〟のリーダーくん?』

 

「……え?」

 

 揶揄しているというにはやや含みのあるその呼び方に、ジンは混乱して目を白黒させる。少女は悪戯っぽく笑うとくるりと宙返りし、空中で寝そべって両手で頬杖をついた。そしてしょうがないわね、と呟くと己の正体を一同に告げる。

 

 

『……あたしはシンによって召喚された、妖精ピクシー。今後ともヨロシク、ね』

 

 

 そう言って、鈴のような声で笑うのだった。


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