混沌王がアマラ深界から来るそうですよ?   作:星華

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お嬢様には悪魔召喚士の道があるそうですよ?

 白夜叉が黒ウサギのウサ耳を掴んで引っこ抜くと、黒ウサギは飛鳥に近寄って怪我がないか、無遠慮にあちこち弄って確かめる。

 

「き、傷は大丈夫でございますか? 乙女の肌に痕が残るようなものはございませんか?」

 

「だ、大丈夫よ。コダマ君のお陰で大した怪我はしなかったわ」

 

 僅かな生傷も、既に湯の効能で癒えている。黒ウサギは飛鳥の顔をじっと見て、痩せ我慢などはしていないことを確認すると、安心したように長いため息をついた。

 

「……失礼しました。飛鳥さんが襲われたと聞いて思わず……ご無事で何よりです」

 

 そう言うと、黒ウサギは湯船で遊んでいる悪魔たちの方に視線を移す。それに気が付いた彼らは、泳ぎながら飛鳥たちの側に寄ってきた。

 

『な~に、ウサギのおねえちゃん?』

 

「ええ、一度お礼を言っておこうかと思いまして。この度は我らコミュニティの同士を助けていただき、誠にありがとうございました!」

 

 礼を言われたコダマは照れたように頭を掻き、くねくねと泳ぐ。

 

『へへ~、どういたしまして!』

 

『ま、アタシは大したことはしてないけどね』

 

 カハクは肩を竦めるが、そこへ苦笑しながら声を掛けてくる人影があった。

 

「──謙遜するな。君が情報を伝えてくれたお陰で、私も飛鳥を守り切ることができたのだから」

 

「──私からもお礼を言わせて。飛鳥を守ってくれてありがとう」

 

 脱衣所の方から、レティシアと耀が現れた。とんがり帽子の精霊も共にやってきて、そのまま飛鳥の体をよじ登る。

 

 照れる悪魔二体を、ピクシーが悪戯っぽい笑顔でうりうりと小突く。その様子を飛鳥は穏やかな表情で眺めた。しかし、ふとあることを思い出して心配そうにコダマに話し掛ける。

 

「そういえば、あの時無理をさせてしまったけれど……もう体は大丈夫なのかしら?」

 

『うん、もう大丈夫だよ! ボクたち悪魔はガンジョーだからね。もう心配いらないよ!』

 

 もう平気だと言わんばかりに宙に浮かび上がり、元気よくくるくると回るコダマ。それを聞いてピクシーはへぇ、と興味深そうな声を上げる。

 

『地霊の中で一番弱い筈のあなたが、そんなに活躍したの?』

 

『へっへ~ん! おねえちゃんのコトダマを受けて、とっても強い風(マハザンマ)を出すことができたんだ!』

 

 ぱわーあーっぷ! と叫びながら力こぶを作るような仕草をするコダマ。しかしそれを聞いて、黒ウサギはピクリとウサ耳を動かした。白夜叉も陰で目を細める。

 

「……その時の経緯を、詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

「ええ、いいわよ──」

 

 そうして、レティシアから逸れた後のことを皆に語って聞かせた。ネズミたちにギフトが通じず、追い詰められたこと。咄嗟の判断でコダマへギフトを行使し、その力を一時的に高めたことを。

 

 それを聞いた黒ウサギと白夜叉は、顔を向かい合わせて考え込む。それを他所にピクシーは、感心したように飛鳥を見た。

 

『悪魔にとってはかなりありがたい能力ね。一時的とはいえ、己の領分を超えた力を行使出来るんだもの』

 

「でも、コダマ君はかなり消耗した様子だったけれど……危険は無いのかしら?」

 

『大丈夫じゃない? コダマも言ったけど、あたしたちの存在って結構融通が効くのよ。消耗するのも、与える力を加減すればそれほどでもなくなるでしょ。それより──』

 

──あなた、サマナーの才能あるかもね、とピクシーは面白そうに言う。

 

「サマナー?」

 

『正確に言うと悪魔召喚士(デビルサマナー)ね。その名の通り、あたしたち悪魔を召喚して使役する術士のこと。あなた、保有しているマガツヒの量も相当だし、鍛えれば結構いい所まで行きそう……』

 

 ピクシーはそう言ってニヤリと笑うと、とんがり帽子の精霊がいる方とは反対側の飛鳥の肩にふわりと座る。

 

『もしサマナーになりたいって言うなら、あたしがレクチャーしてあげてもいいわよ? 勿論、対価は戴くけどね』

 

 そう言ってぺろり、と扇情的に舌舐めずりをするピクシー。それを聞いた飛鳥は思慮に耽る。

 

 ギフトを支配するのでもなく、他人を支配するのでもなく、悪魔を使役し、強化するギフト。己の方向性に迷っていた飛鳥にとって、突如現れた第三の選択肢だった。

 

『それがいいよ! アスカおねえちゃんがサマナーになったら、ボク仲魔になるよ!』

 

『ちょっとちょっと、アンタはシンの仲魔でしょ』

 

 呆れたように言うカハクだが、コダマの勢いは止められない。興奮したように飛鳥の周りを飛び回り、風と水飛沫を撒き散らす。

 

『ねぇねぇ、いいでしょ? おねえちゃん。シンおにいちゃんにはボクから言っておくからさ~』

 

 幼子のように我が儘を言うコダマに、カハクは呆れ果てたように湯船に浸かった。ピクシーはニヤニヤと笑っているばかりで飛鳥の返事を待つつもりのようだ。飛鳥は助けを求めるように黒ウサギたちの方へ視線を移すが、真摯な表情でこくりと頷く黒ウサギ。飛鳥の意思を尊重するらしい。

 

 飛鳥は溜息をつくと、苦笑しながら答えた。

 

「……少し考えてみるわ。間薙君にも相談してみましょう?」

 

『やった~! 大丈夫だよ! きっとシンおにいちゃんもわかってくれるよ!』

 

 

    *

 

 

「──却下だ」

 

 開口一番。取り付く島もないとはこの事だった。飛鳥とコダマは暫し呆然とするが、すぐに気を取り直して反論する。

 

『ええ~! なんでなんで~!? シンおにいちゃんのケチ~!』

 

「……理由を聞いてもいいかしら?」

 

 場所は〝サウザンドアイズ〟旧支店・来賓室。女性陣が風呂から上がり、先に待っていた男性陣と合流した。そこで、飛鳥とコダマはシンに話を切り出してみたのだが、バッサリと断られたのである。

 

 シンは温度の無い視線を飛鳥に向け、説明する。

 

悪魔召喚士(デビルサマナー)は一朝一夕でなれるような存在ではない。特別な才能や特殊な装置が無い限り、無理に力を求めた者は、無様に悪魔に喰い殺されるだけだ」

 

 心配するような意思は感じられないが、一応飛鳥の身を案じてのことではある。それでも納得いかないと、コダマは文句を言う。

 

『ボクたちがサポートすればきっと大丈夫だよ~! シンおにいちゃんも手伝ってくれればいいじゃない!』

 

「そこまで面倒を見るつもりはない」

 

 キッパリと言い、話は終わったとばかりに目を瞑るシン。コダマは憤慨したように飛び上がると、シンおにいちゃんのケチ! と言ってどこかへ飛んで行ってしまった。カハクが呆れたようにそれを追う。

 

「──コダマ君!」

 

「放っておけ。いつでも回収できる」

 

 飛鳥は追いかけようとしたが、これから明日の祭典について話し合いが始まる。伸ばした手をゆるゆると下げると、シンへ謝罪した。

 

「……ごめんなさい。少し浅はかだったわね」

 

「…………」

 

 シンは気にしていないとばかりに首を振った。飛鳥は少し気落ちしたように席に着き、とんがり帽子の精霊が慰めるように飛鳥の名を呼ぶ。ピクシーはシンの肩でくすくすと笑った。

 

『珍しく入れ込んでるわね。あいつらが候補(・・)ってとこなのかしら?』

 

 それには答えず、飛鳥に声を掛ける十六夜たちを眺めながら、シンは心中で呟いた。

 

──精々悩め。お前たち人間には、あらゆる可能性が残されているのだから。

 

 やっぱり珍しいと、ピクシーは意味深に笑った。

 

 

    *

 

 

 白夜叉が来賓室の席の中心に陣取り、十六夜たちは下座に適当に座る。十六夜、飛鳥、耀、シン、黒ウサギ、ジンと、その他にとんがり帽子の精霊が飛鳥にひっついている。これから、明日の〝造物主達の決闘〟決勝戦について話し合いが始まろうとしていた。

 

 そうして、白夜叉はこの上ない真剣な声音で話を切り出した。

 

「それでは皆のものよ。今から第一回、黒ウサギの審判衣装をエロ可愛くする会議を──」

 

「始めません」

 

「始めます」

 

「始めませんっ!」

 

 白夜叉のお馬鹿な提案に悪ノリする十六夜。黒ウサギは速攻で断じてハリセンを振るう。ピクシーはそれを見てケラケラと笑った。

 

「──というのは冗談でだな。実は、明日から始まる決勝の審判を黒ウサギに依頼したいのだ」

 

「あやや、それはまた唐突でございますね……何か理由でも?」

 

 白夜叉はニヤニヤ笑いながらも本題を切り出した。戸惑う黒ウサギが問うと、白夜叉はうむ、と頷いて話を続ける。

 

「おんしらが起こした騒ぎで〝月の兎〟が来ていると知れ渡ってしまっての。滅多に見ることのできないおんしを、明日からのギフトゲームで見られるのではないかと期待が高まっておる──」

 

 十六夜と黒ウサギは、昼間に追いかけっこのギフトゲームを行い、多くの衆人に目撃されてしまっていた。特に一方が〝箱庭の貴族〟と謳われる種族であったために、憶測が憶測を呼び結構な噂になっているらしい。

 

『ああ、その噂なら聞いたわよ。なんでも決勝戦には百人のウサギが登場するとか、ウサギが巨大化するとか、宙を舞うウサギロボが変形合体するとか』

 

「な、なんなんですかその噂は!?」

 

『さあ? 噂に尾鰭が付きまくったんでしょうね。ま、あたしもちょっと加担したけどさ!』

 

 そう言ってきゃはは! と笑うピクシー。黒ウサギはがっくりと項垂れ、とにかくその依頼承ります、と白夜叉へ弱々しく呟いた。

 

「う、うむ。感謝するぞ。……何、本物の〝箱庭の貴族〟を目の当たりにすれば、そのような荒唐無稽な噂は頭からすっ飛んでしまうであろうよ!」

 

 だから気にするな、と白夜叉は苦笑し、黒ウサギをフォローする。十六夜と飛鳥は巨大ウサギやウサギロボを想像して、吹き出すのを必死に堪えていた。シンと耀は我関せずと茶を啜る。

 

 そうして一息付いた耀が、思い出したように白夜叉に訪ねる。

 

「……そういえば、私が明日戦う相手ってどんなコミュニティ?」

 

「すまんが、それは教えられんよ。フェアではなかろう? 〝主催者(ホスト)〟が教えてやれるのはコミュニティの名前までだ」

 

 そう言って白夜叉はパチン、と指を鳴らす。すると予選会場で現れた羊皮紙が出現し、文章が浮かび上がった。飛鳥は予選の観戦に間に合わなかったのでじっくりと目を通すと、そこに記されたコミュニティの名前を見て、驚愕に目を丸くする。

 

──〝ウィル・オ・ウィスプ〟に……〝ラッテンフェンガー(・・・・・・・・・)〟ですって?

 

「どちらも一つ上の階層のコミュニティですね。詳しくは知らないのですが、手強い相手になるかと」

 

「うむ、余程の覚悟はしておいた方がいいぞ」

 

 飛鳥の動揺に気付かず、ジンと白夜叉は参加コミュニティについて軽く補足する。その真剣な忠告に、耀はコクリと頷いた。一方十六夜は、〝契約書類(ギアスロール)〟を睨みながら獰猛に笑った。

 

「へえ……〝ネズミ捕り道化(ラッテンフェンガー)〟のコミュニティか。なら明日の敵は差し詰め、ハーメルンの笛吹き道化だったりするのか?」

 

 飛鳥はその言葉に反応するが、黒ウサギと白夜叉の驚嘆の声に掻き消された。

 

「ハ、〝ハーメルンの笛吹き〟ですか!?」

 

「待て、どういうことだ小僧。詳しく聞かせろ」

 

 予想外の声に、思わず瞬きをする十六夜。その反応に白夜叉は声のトーンを下げ、具体的に質問し直す。

 

「すまんの。最近召喚されたおんしらは知らんのだな。〝ハーメルンの笛吹き〟とは──とある魔王の下部コミュニティだったものの名だ」

 

「……何?」

 

「魔王のコミュニティ名は〝幻想魔道書群(グリムグリモワール)〟。全200篇以上にも及ぶ魔書から悪魔を呼び出した、驚異の召喚士が統べたコミュニティだ」

 

 ピクシーは召喚士という単語に反応し、興味深そうに口を挟む。

 

『へぇ……悪魔召喚士(デビルサマナー)だったってこと?』

 

「それどころではございませんよ。一篇から複数の悪魔を召喚し、特に目を見張るべきは、その魔書の一つ一つに異なった背景の世界が内包されているのです。魔書の全てがゲーム盤として確立されたルールと強制力を持つという、絶大な魔王でございました」

 

『うわお。流石にそんなとんでもない力を持ったサマナーにはお目にかかったことはないわね』

 

 驚くピクシーを他所に、へぇ? と十六夜の瞳に鋭い光が宿る。そこへジンが訝しむように続ける。

 

「ですが……その魔王は既に敗北し、この世を去ったはずです」

 

 黒ウサギはそれに頷くが、緊張した様子で十六夜に視線を向ける。

 

「しかし、十六夜さんは〝ラッテンフェンガー〟が〝ハーメルンの笛吹き〟だと仰いました。童話の類は黒ウサギも詳しくありませんし、万が一に備えご教授して欲しいのです」

 

 そう言って真剣な表情を見せる。祭典に現れたコミュニティが、滅びた魔王と関連のあるコミュニティと知って冷静でいられないのだろう。

 

「──なるほど、状況は理解した。俺が……いや、俺たち(・・・)が知っているのは童話についてだけだがな。というわけで御チビ様、成果を見せてやれ」

 

「え? あ、はい」

 

 突如話を振られたジンは、戸惑いながらもコホン、と一度咳払いをし、姿勢を正すとゆっくりと語り始めた。

 

「〝ラッテンフェンガー〟とはドイツという国の言葉で、意味はネズミ捕りの男。これはグリム童話の〝ハーメルンの笛吹き〟を指す隠語です──」

 

 〝ハーメルンの笛吹き〟とはハーメルンという都市で起きた実在の事件を原型とする童話であり、一枚のステンドグラスと共にある碑文には、こう書かれている。

 

──1284年 ヨハネとパウロの日 6月26日

 

 あらゆる色で着飾った笛吹き男に130人のハーメルン生まれの子供らが誘い出され、丘の近くの処刑場で姿を消した──

 

 続けて、その道化師がネズミを操る道化師だったために〝ネズミ捕り道化(ラッテンフェンガー)〟が隠語とされていると説明する。飛鳥はそれを聞いて、ネズミたちに襲われた時にどこからともなく響く笛の音を聞いたことを思い出した。

 

 説明を聞き終えた白夜叉は、滅びた魔王の残党コミュニティが〝ラッテンフェンガー〟の名を騙って紛れ込んでいる可能性が高いと結論付ける。

 

 魔王への対策として、祭典の参加者は〝主催者権限〟を使用できないなどのルールを定めてあるが、予言がある以上魔王の出現は不回避である。これはあくまで最低限の対策として、魔王が現れれば〝ノーネーム〟の出番となる。

 

「──その時は、頼んだぞ」

 

 白夜叉の言葉に、一同は頷いて返した。

 

 しかし飛鳥は、〝ラッテンフェンガー〟と名乗ったとんがり帽子の精霊の正体について不安を募らせ、浮かない顔をするのだった。


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