混沌王がアマラ深界から来るそうですよ?   作:星華

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妖精も決闘に参加するそうですよ?

『はぁ~あ……どうしたらシンおにいちゃんはわかってくれるかな……』

 

『アンタねー、いい加減諦めなさいよ』

 

 〝サウザンドアイズ〟旧支店。来賓室で話し合いをしている十六夜たちを他所に、その屋根の上でコダマがため息をつき、カハクは諦めさせようと説得を続けていた。

 

 しかし話は平行線を辿る一方である。カハクはコダマが飛鳥にそこまで拘る理由が理解できず、コダマ自身も何故拘るのか語らぬまま飛鳥に執着するのだから、解決のしようがない。我が儘をなんとか押し通そうとコダマが頭を捻る隣で、カハクが首を竦めるのみだった。

 

『そんなにあの子を気に入ったわけ?』

 

『うん! それに、アスカおねえちゃんはきっとすごいサマナーになるよ! 今はまだ悪魔を召喚できないみたいだけど、ボクにはわかるんだ!』

 

 そう言って、くるくると回るコダマ。カハクは頬杖をつき、あの子がねぇ……、と疑わしい様子だった。

 

『ま、どっちにせよ決めるのはあの子だし、悪魔を使役するための道具も調達しないといけないしね。サマナーになるとしてもずっと先よ』

 

 そう言ってカハクはくるりと宙返りし、うぅん、と背伸びする。そして誰に聞かせるでもなく呟く。

 

『──あなたもそう思わない? そこのヴァンパイアさん』

 

「──すまないな。盗み聞きするつもりはなかったんだ」

 

 庭の方からレティシアが翼を広げ、屋根の上に降り立った。絹のようなプラチナブロンドの髪がふわりと浮き、月光を浴びてまだ髪に残っている僅かな水滴がキラキラと星のように輝く。カハクはくすりと笑いかけた。

 

『別にいいわよ。大した話じゃないし』

 

『ヴァンパイアのおねえちゃん、やっほ~!』

 

「そう言ってもらえると助かる。月光浴をしに来たら先客が居たものでな」

 

 レティシアはコダマに手を振りかえし、温和な表情で微笑んだ。西洋系の人種だが、和風の浴衣がどことなく似合っている。その裾を抑えながら、レティシアは音を立てないように座り込んだ。

 

「コダマ、だったかな。そんなに飛鳥が気に入ったのか?」

 

『うん! だからサマナーになって、ボクを仲魔にして欲しいんだ!』

 

「君はシンの使い魔じゃないのか?」

 

 レティシアは不思議そうに首を傾げる。彼女からすればシンの僕であるはずのコダマが飛鳥に鞍替えしようと言い出すのが不思議だったのだろう。カハクは苦笑してフォローする。

 

『うーん、正確には〝仲魔〟って言ってね。まぁパートナーであり、シモベであり、ゲボクでもある、契約上の関係なわけね。契約の仕方によっては、あなたの言う使い魔みたいな完全な道具として扱われることもあるけど、シンとの契約はそこまで厳しいものじゃないから、こういうワガママも結構言えるわけ』

 

 受け入れるかどうかは別だけど、とカハクはコダマを見て溜息をつく。コダマはぶつくさ呟いた。

 

『シンおにいちゃんはすっごく強いんだし、ボクがアスカおねえちゃんの所に行ったって平気だと思うのになあ』

 

『そう言う意味で断ったわけじゃないでしょ。単にあの子の問題なんだから』

 

 レティシアはほぅ、と興味深そうに頷いた。

 

「飛鳥程の人物でも、その悪魔召喚士(デビルサマナー)とやらになるのは難しいのか?」

 

『才能はあるでしょうね。けど、その才能を開花させるための設備も道具も無いのよ。そして何より──まだ意志が弱い』

 

 カハクは気怠そうに、しかし真剣な眼差しで何処かを見据え、言葉を続ける。

 

『サマナーになろうか迷っている、なんて気持ちじゃ絶対にサマナーになれないわよ。サマナーになって何を成すかは人それぞれだけど、絶対にサマナーになる、という確固たる意志だけは共通しているわ。……ま、なんの因果か流されてサマナーになっちゃう哀れな奴もいるけどね』

 

 それを聞いて、レティシアは納得がいった。飛鳥にはまだ他の道がある。サマナーはその内の一つでしかなく、また過酷な道なのだろう。しっかりと考え、悩み抜いた上で己の道を選ぶべきなのだ。感心したように頷く。

 

「……案外、考えてくれているんだな。こう言っては悪いが、基本的に人間のことなんかどうでもいいのだと思っていたが」

 

『基本的にはそうよ。見下してるわ』

 

 キッパリと言うカハクだが、だけど、と続ける。

 

『見下してはいても、軽んじてはいない。人間が持つ大きな可能性をシンは知っているから、有益になるようなその可能性をわざわざ潰すようなことはしないのよ。……ま、元人間だしね』

 

「そうなのか?」

 

 驚きに目を丸くするレティシア。魔王によって生み出されたとは聞いていたが、まさか元人間だとは思っていなかったのだ。カハクはあら、と意外そうに反応する。

 

『聞いてなかった? 元々見た目通り、ただの人間の子供だったのよ。それが何の因果か魔王様に見初められて、強制的に悪魔化ってワケ』

 

 運が無いわねー、とケタケタ笑うカハクに、レティシアは沈痛そうに俯く。聞いてはならないことをうっかり聞いてしまったか、と悩むレティシアに、ぺちんとデコピンをかますカハク。

 

『別にシンは気にしないわよ。気にするような人の心はもう無いんだし、今はもう立派な悪魔なんだから』

 

 アンタってマジメねー、とカハクはまだ笑っている。だがレティシアはそれを聞いてますます思慮に耽る。

 

──それはきっと、とても悲しいことじゃないのか?

 

 だがもう本人はそれを悲しむ心を無くし、仲魔も気にせず笑っている。部外者である己が思い悩むこと自体が不毛なことなのだろう。そう結論付けたレティシアは、ひとまずその問題は考えないようにした。

 

『ね~ね~、結局アスカおねえちゃんはどうすればいいのさ~』

 

『あの子が決断するまで待ってなさいよ。てゆーか、そろそろ送還されるんじゃないの? あの子を捜索するって役割はもう果たしたわけでしょ』

 

『ええ~! ヤダヤダ~!』

 

 コダマは嫌がるようにジタバタくねくねと暴れるが、カハクは首を竦めるばかり。そんなに言うならシンに直訴して来なさいよ、とカハクが言うと、コダマは早速シンの元へ飛んで行った。

 

『やれやれ……いつまで経っても子供なんだから』

 

 あたしはもう戻るわ、とカハクはふわふわと飛び上がり、レティシアに振り向く。

 

『もうすることもないし、あたしは素直に送還されておくわ。召喚されたらまた会いましょう?』

 

「ああ、色々と教えてくれてありがとう。また会えるといいな」

 

 じゃねー、とカハクは何故か投げキッスを送ると、バチン、と紫色の雷の中に消えて行った。昼間はこれのせいで騒ぎになったな、と苦笑するレティシア。

 

「明日は〝魔王襲来〟か……無事、乗り越えられるといいのだが」

 

 街を見下ろすと、相変わらず無数のペンダントランプが街を朱色に照らしている。美しい光景だが、レティシアはどこか不吉な印象を拭い去れないのであった。

 

 

    *

 

 

 境界壁・舞台区画。〝火龍誕生祭〟運営本陣営。

 

 〝ノーネーム〟一同は名無しのコミュニティでありながら、運営側の特別席という特例を許されていた。一般の席が空いていないということでサンドラが取り計らってくれたのだが、これも〝打倒魔王〟を掲げて活動するが故か、と十六夜は嬉々として席に腰掛ける。

 

 日が登り切り、審判・進行役を引き受けた黒ウサギがいよいよ舞台中央に立つ。黒ウサギは胸いっぱいに息を吸うと、観客席に向かって満面の笑みを浮かべて開催の宣言を始める。

 

『長らくお待たせ致しました! 火龍誕生祭のメインゲーム〝造物主達の決闘〟決勝戦を始めたいと思います! 進行及び審判は〝サウザンドアイズ〟専属ジャッジでお馴染み、黒ウサギが務めさせていただきます!』

 

「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉおおおッ!!!」

 

「本物の月の兎だああああああぁぁぁぁ!!」

 

「黒ウサギいいいいいぃぃぃぃ!! 今日こそうぉれにスカートの中をみせろおおおおぉぉぉぉ!!」

 

 割れんばかりの熱い歓声と、無数のアレな欲望を込めた奇声が舞台を大いに揺らす。黒ウサギはドン引きして笑顔を固めたまま、ウサ耳をへにょりと垂らした。

 

「……随分と人気者なのね」

 

『すごいね~!』

 

 当然飛鳥はドン引きし、コダマは面白そうにはしゃいで見せた。十六夜はヤハハとおかしそうに笑っている。

 

「流石だな。個人の人気はともかく、〝箱庭の貴族〟が審判だとこうも盛り上がるものなのか?」

 

 十六夜が疑問を覚えると、サンドラが答えてくれた。

 

「ジャッジマスターである〝箱庭の貴族〟が審判となることで、そのゲームはルール不可侵の正当性の元に〝箔〟付きとなる。その戦いは名誉と共に箱庭の中枢に記録され、〝両コミュニティが誇りの元に戦った〟という太鼓判を押される。これはとても大事」

 

「へえ──」

 

 箱庭に来て一年にも満たない十六夜にはその辺りの価値観がピンと来ないが、とにかくこの誕生祭は箔付きのゲームとして認められたのだと理解して頷く。

 

 その隣では、飛鳥が落ち着きなくそわそわと大会の進行を見守り、とんがり帽子の精霊が不思議そうにそれを見上げている。コダマはやや上空に飛び上がって、空から舞台を眺めて楽しんでいた。

 

「どうした、お嬢様。落ち着けよ」

 

「……昨夜の話を聞いて心配しない方がおかしいでしょう?」

 

 相手は格上なのだから、と呟く飛鳥。それを聞いた白夜叉はうむ、と返すと手を宙に翳す。すると空中に光る文字で〝ウィル・オ・ウィスプ〟と〝ラッテンフェンガー〟のそれぞれの名が刻まれた。

 

「通常は下位の外門のゲームには参加しないものだが、フロアマスターから得るギフトを欲して降りてきたのだろう」

 

 一筋縄ではいかんだろうな、と白夜叉はシミジミと頷いた。

 

「そう……白夜叉から見て、春日部さんに優勝の目は?」

 

「ない──」

 

 即答する。いくら耀が優れたギフトを持つといっても、まだまだ経験の足りないひよっこである。その程度では一つ上の階層のコミュニティ相手には到底及ばない。ましてやあの〝ウィル・オ・ウィスプ〟ならば。

 

 しかし、不確定要素が一つ。

 

「──だが、あの妖精次第であろうな」

 

 

    *

 

 

「──〝ウィル・オ・ウィスプ〟については、今お伝えした通りです。参考になればいいのですが……」

 

 観客からは見えない舞台袖、耀は次の対戦相手の情報を確認していた。セコンドについたジンとレティシアが相手の伝承について解説してくれたため、ある程度の対策は思いついている。

 

 ただ、唯一不満なのは──

 

『大丈夫、大丈夫! ケースバイケースで臨機応変に対応するから!』

 

 きゃはは、と耀の頭上で笑っているのはピクシーだった。ゲーム中に魔王が襲来する万が一の事を考えて、シンがサポートにつけたのだ。尤も、元々退屈していたピクシーが参加したがって物凄い駄々を捏ねたのがそうした理由なので、シンが言わなくても無理やり参加しただろうが。

 

 元々一人で挑戦するつもりだった耀は、ピクシーに一つ約束させた。

 

「……邪魔はしないで」

 

『はいはい、わかってるわかってる。手を出すのはあなたが負けそうになってから、よね』

 

 適当に返事をするピクシーに、ムッと不満を隠せない耀。この妖精は耀が負けること、つまりピクシーの助けが必要になるであろうことを端から疑っていないのである。

 

 このゲーム絶対勝って見返してやる、と強く意気込む耀を、ニヤニヤ笑って見つめるピクシー。ジンとレティシアはその凸凹コンビぶりに、不安そうに顔を見合わせた。

 

 舞台の真中では黒ウサギがゲームを進行させ、いよいよプレイヤーを迎え入れようと両手を広げて紹介を始める。

 

『それでは入場していただきましょう! 第一ゲームのプレイヤー・〝ノーネーム〟の春日部 耀と──』

 

 名を呼ばれ、通路から舞台に続く道に出た──その瞬間、耀の眼前を高速で駆ける火の玉。

 

「YAッFUFUFUUUUUuuuuuu!!」

 

「わっ……!?」

 

 耀は堪らず仰け反り、尻餅をついた。

 

 その頭上には、火の玉に腰掛ける少女がいる。白銀のツインテールの髪に、白黒のゴシックロリータの派手なフリルのスカート。そして無様に尻餅をついた耀を、愛らしくも高飛車な声で嘲笑っている。だが──

 

「あっはははは『きゃはははは! 〝わっ!〟だって〝わっ!〟。そこはアスカを見習って〝きゃっ!〟とかにしておきなさいよ。今からでも女らしくしとかないと、将来嫁の貰い手が、』──って、聞けえええええええっ!!」

 

 爆笑して全力で耀を馬鹿にするピクシー。その声に邪魔された少女は、怒り心頭で怒声を上げる。目を白黒させたピクシーがその少女を見つめ、イラついた耀はピクシーを横目で睨んでいた。

 

『……あなた、誰?』

 

「対戦相手だよ!? 〝ウィル・オ・ウィスプ〟のアーシャ=イグニファトゥス様だよ! 馬鹿にしてんのかアンタら!」

 

 怒りに顔を赤らめて文句を言うアーシャだが、如何せん相手が悪過ぎた。相手は妖精。悪戯や他人をおちょくることにかけては箱庭随一のエキスパートなのである。

 

『油断しないでヨウ! 敵は……えーと、イグニなんとかよ! きっとその長い名前で舌を噛ませる作戦に出るつもりだわ。気を引き締めて行きなさい!』

 

「だ、誰が長くて覚えにくくて舌を噛みそうな名前だッ!? いい加減にしろよこの妖精風情がっ!」

 

「YA、YAHu……」

 

 誰もそこまで言っていない。火の玉はいつの間にかカボチャのお化けに姿を変え、アーシャを宥めるように肩をつつく。

 

 至近距離で見ていた黒ウサギは、同じくピクシーに痛い目を見たもの同士として同情し、頭を抱えた。

 

『正位置に戻りなさい、アーシャ=イグニファトゥス。それとピクシー、コール前の挑発行為は控えるように!』

 

『えー? あたしは単に、ヨウに注意するよう伝えてただけよ?』

 

 注意されたピクシーが納得いかない、とブー垂れる。それにますます苛ついたように口を挟むアーシャ。

 

「くっ……どの口が! 大体ほら、あのウサギは私の名前を普通に言えたじゃねえか! 長くないし覚えやすいし舌も噛まないだろ!?」

 

『事前に練習しただけじゃないの? ねークロウサギ?』

 

『ノ、ノーコメントで……っていうか両者とも! 早く正位置に着きなさいッ!』

 

 黒ウサギの怒号で、慌ててお互い所定の位置に着く。カボチャのお化けは頭痛を抑えるように、そのカボチャの頭を抱えていた。

 

 

    *

 

 

「……やれやれ、早速問題を起こしておるようだ」

 

 白夜叉は舞台上のやりとりをこっそりと聞いて、溜め息をついた。ゲームが始まる前から色々と引っ掻き回してくれる。

 

 まだまだ未熟な耀には、勝利も敗北も貴重な経験である。敗退するとわかっていてもこのゲームを勧めたのは、そういった経験をさせるためなのだが、あの妖精がそれを台無しにするかもしれない。全力を出した結果ならともかく、気が散って無意味な敗北をされると困るのだ。

 

 カボチャのお化けを見てはしゃいでいた飛鳥は、事前に耀は勝てないだろうと言い含められていたことを思い出して、心配そうに耀を見つめる。すると、こちらに気が付いた耀が手を振ったので、飛鳥は若干緊張を解いて手を振り返す。

 

『──そんなに心配しなくても大丈夫だよ、アスカおねえちゃん』

 

 飛鳥の側に降りて来ていたコダマが、安心させるように胸を張った。それを聞いた白夜叉は、ほう、と意地悪な笑みを浮かべてコダマに問う。

 

「あの妖精がいれば、いい勝負になるとでも言うのかのう?」

 

『勝つよ!』

 

 迷いなく勝利を即答され、目を丸くする白夜叉。コダマは確信しているように言葉を続ける。

 

『ピクシーおねえちゃんはヨウおねえちゃんを助けるって決めたんだ! だから、絶対に勝つよ!』

 

「だが、相手は六桁のコミュニティだろ? ピクシーが付いたからって──」

 

 十六夜がニヤリと挑発するように言うと、コダマは更に声を大きくして叫ぶ。

 

『だってピクシーおねえちゃんは、シンおにいちゃんの一番最初の仲魔(・・・・・・・)だもん! あんな悪魔なんかに負けたりしないよ!』

 

「──なんだと?」

 

 白夜叉は双眼鏡を構え、慌ててピクシーの方へ視線を移す。どう見ても、ただの妖精にしか見えない。だが、あのシンの最初の仲魔がただの妖精である筈がない。シンと同じように、隠された力があるのでは、と白夜叉は推測した。

 

 十六夜は満足したように身を乗り出し、観戦に集中した。飛鳥もコダマがそこまで言うのなら、とピクシーと耀を信じてみることに決め、応援する。

 

──そしてピクシーは白夜叉の視線を感じ取り、くすり、と扇情的に笑うのだった。


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