混沌王がアマラ深界から来るそうですよ?   作:星華

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いよいよ魔王襲来の時のようですよ?

 先行した筈のアーシャが現れたのを見て、ジャックは己の推測が正しかったことを確信する。

 

「……違いますよ、アーシャ。私は移動していません。貴女がここに来たのです」

 

「えっ……そ、そんな!? 私はちゃんと出口に向かって真っ直ぐ(・・・・)……!?」

 

 混乱するアーシャを宥めようとジャックが近寄ったその瞬間──二人の間を耀が走り抜けて行く。

 

「な……お、おい! 待て!」

 

 慌てて後を追うアーシャ。ジャックもそれに続くが、その瞳には不安を隠せないでいる。

 

──もしかすると、もう我々は……。

 

 耀は何故かギフトを使っていない。捻れる根の上を常人ほどの速度で走る耀に、アーシャは容易く追いついて捕まえようと手を伸ばす。

 

「何考えてるか知らねーが、落とし前つけて──えっ!?」

 

 ふっ、と耀は姿を消す。かと思いきや、アーシャの背後から現れるとまた走り去って行く。イラついたように今度は手から悪魔の炎を放出する。

 

「今度は種も仕掛けもないぞ! これなら避けられ──何で!?」

 

 放たれた炎が着弾する瞬間、再び耀は姿を消す。今度は垂直に伸びる根を何故かそのまま垂直に登って行く。その意味不明な光景に、アーシャはまた混乱する。

 

「くそっ! 付き合ってられるか! こんな奴ほっといて出口を目指せば──だからなんでジャックさんがいるんだよおぉ!?」

 

「……貴女が後ろから来たんですよ、アーシャ」

 

 前方の通路に姿を消した筈のアーシャが、ジャックの真後ろの通路から姿を現して激突する。慌てて謝るが、何が何だかわからないアーシャはますます混乱する。

 

「落ち着きなさい、アーシャ。……道に迷うは妖精の仕業、ですか。これはしてやられましたねえ」

 

 ヤホホ、とジャックは面白そうに笑う。妖精によるなんらかのギフトによって、気が付かないうちに転移してしまうような罠が仕掛けられているのだろう。森林に入った旅人は、妖精の悪戯によって迷子になってしまった、というわけだ。

 

 一方の耀は、ピクシーの言うとおり真っ直ぐ走り、そして迷っていた。もう右も左も上も下もわからない。自分が立っているのか座っているのか、落ちているのか飛んでいるのか、何もわからない。わかるのは、自分はただ真っ直ぐ進んでいるのみだということ。

 

 どこからか、ピクシーの優しげな声が聞こえてくる。

 

『迷えば迷うほど、人間っていうのは先に進めるものなんでしょう? だからヨウ、あなたはたくさん迷いなさい。迷うから、人間は先に進むことができる。迷えないあいつらは、もうどこにも行けないのよ』

 

 耀を取り押さえようとしても、攻撃しようとしても、姿を消してしまう。かといってそれを放置して先を急ごうにも、元の場所に戻って来てしまう。アーシャとジャックは、完全に詰んでいた。

 

「やれやれ、最早正攻法ではどうにもなりませんね。この迷路を全て消し飛ばすという手も無くはないですが──」

 

『へぇ、地精だけじゃ敵わなくて、先輩悪魔のスペックゴリ押しで迫って、それが通用しなかったらゲーム盤をひっくり返す? カッコ悪いったらないわね』

 

「──貴女が許してくれる筈もありませんか」

 

 アーシャとジャックの前に、ピクシーが姿を現した。傍に耀の姿は無く、勝負を決める気なのだとジャックは悟る。

 

『もうヨウは出口に向かって真っ直ぐ(・・・・)進んでる筈よ。迷いながらね』

 

「……何故、姿を現したのです?」

 

 ジャックはランタンをゆらりと掲げ、アーシャは左手を構える。今までの現象が妖精によるものならば、この妖精を打倒すれば罠は解除されるだろう。耀が今どこを進んでいるのかわからないが、彼らが勝利できる目は最早それのみである。それだというのに、一人でピクシーが姿を現した理由がわからなかった。

 

『それは当然、あなたたちを馬鹿にするために決まってるじゃない。ねえねえ、今どんな気持ち? どんな気持ち?』

 

 ケラケラと笑うピクシーだが、二人は挑発に乗らず黙り込むのみ。それを見て鼻を鳴らすピクシー。

 

『ふぅん、こんなか弱い女の子相手に二人掛かり?』

 

「ヤホホ! 悪いとは思っていますが、アーシャが諦めていない以上、私もベストを尽くすつもりなのですよ」

 

『ああ、別にいいわよ。だって──全然足りてないもの』

 

 ピクシーのその言葉に訝しむジャックだったが──次の瞬間、全力で距離を取る。

 

「ジャ、ジャックさん!?」

 

 その腕に抱え込まれたアーシャが驚いたように目を丸くする。だがジャックは答えず、その炎の瞳でピクシーを睨み付けるのみ。

 

 そのピクシーの顔には、見たことのない冷たい表情が浮かんでいる。

 

『あんたら木っ端悪魔が、このあたしを倒すですって? そのチンケな炎で? あたしを? あたし、そういう冗談は嫌いなのよね。笑えないからさ』

 

 ジャックの身を、凍るような悪寒が襲い続けている。その長きの渡る生の中で、このような強大な威圧感を持った存在は数える程しかいなかった。先程まで少女のように笑い転げていたというのに、今や魔王もかくやという重圧である。

 

『──それでもやろうって言うならいいわよ、不死の怪物がどんなものか確かめてあげようじゃない』

 

 ピクシーがゆっくりと両腕を広げると、その身に膨大なエネルギーが集まり始める。大気は鳴動し、漏れ出たエネルギーがバチバチと火花を散らした。その小さな身体に見合わぬ強大な力を滾らせ、その顔にはゾッとするような嗜虐的な笑みが浮かんでいる。

 

「あ、貴女は一体──」

 

 戦慄するジャックが何かを問おうとした次の瞬間、

 

 

『──勝者、春日部 耀!』

 

 

 黒ウサギの声がゲームの終了を宣言した。

 

 世界はガラス細工のように砕け散り、元の会場に戻ってくるプレイヤーたち。会場を割れんばかりの歓声が包んでいた。

 

『あー、終わった終わった!』

 

 ピクシーはさっきの態度が嘘かのように呑気に伸びをすると、耀の方へ飛んで行った。ジャックは暫しそれを見つめていたが、勝者を讃えるために耀の元へ進み出る。

 

 耀は眩暈を抑えるように頭を抱えていた。ピクシーによって混乱するに任せていた感覚がようやく戻って来たのだ。自分が勝ったらしいことだけギリギリ知覚し、フラフラとよろめいている。俯く視線の先にジャックのローブが入って来たことで、ようやく頭を上げた。

 

「いやはや、見事なゲームメイクでしたよ、お嬢さん」

 

 ジャックは健闘を讃えるように、その大きな手を差し出す。耀は暫しそれを見つめたが、やがてその手を取りゆっくりと握手をする。

 

「いい経験になった。ありがとう」

 

「こちらこそ。アーシャは勿論、私も妖精は決して侮ってはいけないことを学びましたよ。……いい仲間を持ちましたね」

 

 ちらりと観客に手を振るピクシーを見遣ると、ジャックは舞台袖に戻っていく。それと入れ替わりに、アーシャが怒り肩でズンズンと詰め寄って来た。その顔は心底悔しそうで、不機嫌そのものである。

 

「──おい、オマエ! 名前はなんて言うの?」

 

 ゲーム開始前に紹介されている筈だが、耀はなんとなく自分で答えたくなった。

 

「……耀。春日部、耀」

 

 それを聞いたアーシャは頷き、次に宙で欠伸をしているピクシーへ指を突きつける。

 

「アンタもだ!」

 

『あら、あたしも? ……あたしは妖精ピクシー。今後ともよろしくね』

 

「そうか……耀! ピクシー! 私は678900外門出身、アーシャ=イグニファトゥス! 次は絶対私が勝つからな! 覚えておけよ!」

 

「うん、覚えておく」

 

『はいはい、次はもっと楽しませてちょうだいね』

 

 ふん! と踏ん反りかえったアーシャは、敗者だからといって俯くような真似はせず、胸を張って舞台袖へ戻って行った。観客も惜しみない拍手を送る。

 

「……ピクシーもありがとう。お陰で勝てた」

 

『ま、自分から言い出したことだしね。あたしがあの程度の悪魔に負ける筈がないし?』

 

 ふふーん、と偉そうに腕を組むピクシー。

 

 それを見て、耀は小さく笑うのだった。

 

 

    *

 

 

「勝ったわ! ねえ、春日部さんが勝ったわよ!」

 

「一緒に観戦してたんだから、わかってるってお嬢様」

 

 はしゃぐ飛鳥に十六夜は苦笑する。ジャックに追い詰められた時は心底心配そうに見つめていたと言うのに、逆転勝ちしてからはこの有様である。白夜叉もそれを温かい目で見つめる。

 

 サンドラは満足感に溜息を尽きながら言葉を漏らした。

 

「シンプルなゲーム盤なのに……とても見応えのあるゲームでした」

 

「うむ。シンプルなゲームはパワーゲームになりがちだが、両者ともなかなか良いゲームメイクだった。特にあの娘はそちらの才能があるのやもしれんな」

 

 最終的に本気を出したジャックに追い詰められてしまったものの、それまでの敵の挑発を受け流したり、必要最低限のやりとりで得た情報を最大に生かすそのやり方を、白夜叉は高く評価していた。

 

「それにあの妖精。六桁の中でも最上位の一角と謳われる〝ウィル・オ・ウィスプ〟──その主力のジャックをあそこまで翻弄するとはな。流石はあの小僧の使い魔と言ったところか」

 

 生意気なところもそっくりだ、と白夜叉は不敵に笑う。最後に見せたあの威圧感は、並大抵の妖精が持つものではない。その正体は神話や戯曲に謳われる名のある妖精かもしれん、と推測している。

 

『……ねえねえ、みんな。あれって何かな?』

 

 ふと、コダマが上空を見上げながら疑問を口にする。十六夜は既に空を見上げており、白夜叉はコダマの言葉を聞いて怪訝そうに空へ目を向ける。観客の中にも異変に気が付いた者たちがいた。

 

──それは、黒い封書だった。

 

 遥か上空から雨のようにばら撒かれ、人々の手に渡って行く。黒ウサギも慌ててそれを掴み取り、震える手で開封する。

 

「──黒く輝く〝契約書類(ギアスロール)〟……ま、まさか!?」

 

 十六夜が、飛鳥が、耀が、白夜叉が、サンドラが、コダマが──その黒い封書を手に、上空を見据えた。

 

 黒い封書をばら撒く四つの人影は遥か上空、境界壁の突起にある。

 

 一人は、露出の多い白装束を纏う白髪の女。二の腕ほどの長さのフルートを右手で弄んでいる。

 

 一人は、黒い軍服を着た短髪黒髪の男。その長身とほぼ同等の長さの笛を握っている。

 

 一人は、擬人化した笛のような巨大なヒトガタ。陶器のようなフォルムに所々空いた穴から絶えず鳴動を繰り返している。

 

──そして最後の一人は、白黒の斑模様のワンピースを着た少女。眼下の静まり返った会場を、無機質に見下ろしている。

 

 誰もが言葉を失い、呆然と彼らを見上げる中──一人の観客が、耐えきれなくなったように絶叫する。

 

 

「魔王が……魔王が現れたぞオオオォォォォォ────!!!」

 

 

    *

 

 

──時を大幅に遡る。

 

 日時は昨日の昼間、場所は場末のバー。シンと金髪の男がカウンターに並んで座り込み、会合を行っているその時まで遡る。

 

 長い間男が一方的に話し続け、シンは何の反応も返すことなくそれを聞いていた。やがてその話が終わると、男は喉を潤すようにグラスを傾ける。

 

「──こんなところかな。とはいえ、まだ動き出したばかりだからね。君の出方次第でいくらでも修正されるだろう……参考になったかな?」

 

 男は薄く微笑み、シンに視線を向けた。当然それに取り合わず、シンは男から聞いた情報を吟味する。

 

 男から齎されたのは彼が企む計画の他に、これから襲来する魔王の正体、ギフトゲーム名とその内容、攻略法までに至る全ての情報だった。それらを総合して考えたシンが出した結論が、単体では恐るるに足らない魔王だということだった。

 

「君に取っては問題無くとも、君の側にいる人間たちはどうかな?」

 

 からかうように言われたシンは、ようやく男の方を横目でちらりと睨む。今のシンはコミュニティ〝ノーネーム〟の一員であり、ルールを逆手に取られればコミュニティとして敗北する可能性は十分にある。更に十六夜はともかく、飛鳥と耀が今回の魔王に相対すれば確実に死に至るだろう。〝打倒魔王〟を掲げてから懸念されていた力不足が、いよいよ具体的な問題を伴い、目の前に立ちはだかったということだ。

 

 そして、〝ノーネーム〟に関しては男の話には無かった。彼らに関しては最初からシンに一任されているためである。しかしシンは既に、この問題を解決する鍵となる物を受け取っている。懐からカードを取り出すと、シンの手の中に分厚く黒い書物が顕れた。

 

「今朝、君に与えた新たなるギフト──〝悪魔全書(マニアクス)〟を存分に使いたまえ。そのギフトは邪教の館に存在する同名の書物を、遥かに超える可能性を秘めた一品だ。必ずや君の力となるだろう」

 

 〝悪魔全書(マニアクス)〟──その名の通り、シンが統べる全ての悪魔(・・・・・)が記された魔道書(グリモワール)である。驚くべきは、これもまた邪教の館の主が作り出した人造(・・)ということだ。彼が人類にカテゴライズされるのかは定かではないが。

 

 そして、そこに記された悪魔を召喚することができるが、当然何のペナルティも無いわけではない。召喚にコストが掛かるのは勿論、召喚できる悪魔に制限がある。考えなしに召喚していては、やがてその力を失うのみだ。故に、使い所を慎重に考える必要がある。

 

「──そろそろお互い、動き出すべき時間だな。君はこれから迷子になる(・・・・・・・・・)お嬢さんの所へ行ってあげたまえ。召喚する悪魔(・・・・・・)は……君に任せよう」

 

 そう言うと男は空のグラスを起き、優雅に立ち上がる。シンもまた立ち上がり、男を一瞥すらせずに出口へ歩いていく。

 

 店内に居た筈の客は、皆姿を消していた。テーブルの上にはまだ中身が残ったままの器やグラスが残るのみ。

 

「ここはこちらで片付けておこう(・・・・・・・)。──それでは、健闘を祈るよ」

 

 

    *

 

 

 ある建物の屋根の上で、シンは襲来した魔王たちを見上げる。その傍らには、青い帽子を被った雪ダルマが楽しそうにはしゃいでいた。

 

「ヒーホー! 魔王様のご登場だホ! いよいよオイラの出番も近いホー!」

 

 ヒホヒホ笑う悪魔を他所に、シンは魔王たちの中でもワンピースの少女を睨みつけ、薄く笑みを浮かべる。

 

 

──その力、見せてもらおう。


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