混沌王がアマラ深界から来るそうですよ?   作:星華

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お嬢様は己の道を見出したそうですよ?

 境界壁・舞台区画。大祭運営本陣営、その屋根の上でシンとピクシーは静かに佇んでいた。

 

 その視線の先には、ポルターガイストたちに先導されながら歩を進めている飛鳥の姿がある。ピクシーはその様子を眺めながら、シンにくすくすと笑いかけた。

 

『あーあ、先を越されちゃったわね?』

 

 揶揄されるシンだが、どうということはない、とでも言うように首を振る。

 

「……力を得るのならばその出処はどうでもいい。他所のコミュニティの力でもな」

 

 だから問題ないと、シンは断ずる。

 

 視線の先の飛鳥は路地裏に足を踏み入れた途端、その姿を消した。恐らくは悪魔のみが使える抜け道でも通っているのだろう。道中はただの人間には危険だが、後はポルターガイストが守るだろうと監視を止め、踵を返す。

 

『しっかし、まさかあいつらが箱庭に居るなんて思いもしなかったわね。一体どういう経緯で居るのか知らないけど、私たちの邪魔だけはしないで欲しいものだわ』

 

 内部に戻る途中、シンは箱庭の〝ヤタガラス〟について思考する。

 

──本当に、偶然か?

 

 魔王が襲来する予定の祭典に、出展者として紛れ込んでいた〝ヤタガラス〟。白夜叉から招待され、ギリギリになって参加を決めた〝ノーネーム〟。そして、ある目的のために召喚に紛れ込んでいた〝人修羅〟。

 

 必然と呼ぶには不確定要素が多く、偶然と呼ぶにはタイミングが良すぎる。飛鳥が落ち込み、力を求めるよう誘導したのは(・・・・・・)シンの策略だが、そこを絶好のチャンスで〝ヤタガラス〟が掻っ攫っていったのだ。

 

 それに──

 

『〝ヤタガラス〟ってことは、アスカが向かっている先にあいつ(・・・)がいるのかしら?』

 

 気にならない? そう問い掛けるピクシーだが、シンは答えず歩き去る。

 

 愚問だったわね、と首を竦めたピクシーは後を追ったのだった。

 

 

    *

 

 

 奇妙な光景だった。

 

 路地裏に入った途端、飛鳥の目に映る街は一変した。天は妖しい黄昏に染まり、ペンダントランプは青白く光って街を不気味に照らし出す。元々人気の無かった街はますます人間味を失い、建物の影には魑魅魍魎が蠢いていた。

 

 飛鳥は先導するポルターガイストを見失わないよう、必死に追いすがっている。やや息を乱れさせる飛鳥に、肩に乗っていたとんがり帽子の精霊が心配そうに声を掛ける。

 

『あすかー? だいじょうぶ?』

 

「そうね、少し……速度を落としてもらえないかしら……」

 

 流石にきつくなってきたのか、飛鳥はポルターガイストたちに声を掛けた。息を切らしている飛鳥を見て、彼らは一旦立ち止まる。

 

『あれれ~? もうつかれたの?』

 

『だらしないサマナーだな~!』

 

『ちがうよ兄ちゃん、このコはまだサマナーじゃないよ~』

 

 ふわふわと喧しく騒ぐポルターガイストたち。その間に飛鳥は息を整える。

 

「……そうね、この先身体も鍛えないといけないかしら」

 

 ギフトで補えるとはいえ、基本スペックを底上げするに越したことはない。微々たるものだろうが、今後は身体を鍛えようと決意する飛鳥。ついでに、先程から気になっていたことを訊ねる。

 

「それで、この場所は何なのかしら。さっきまでいた場所とはなんだか雰囲気が違うようだけれど……」

 

『ここは〝異界〟だよ~!』

 

『ボクたち悪魔の世界なのさ~!』

 

 けけけ~、と驚かすように飛鳥の周りを飛び回るポルターガイストたち。わかったようなわからないような説明に飛鳥が首を傾げていると、その内の一体が得意気に語り出す。

 

『わかりやすくいうと、元のセカイと魔界のあいだにあるのが、この〝異界〟なんだ。サマナーや悪魔の力でつくったりするし、グーゼンできることもあるのさ!』

 

「なるほど……つまり、貴方たちがこの世界を作ったということ?」

 

『セイカクには、ボクたちのサマナーだね。内部のコウゾウはあるていど自由がきくから、おねえちゃんのところまで近道をするためにつくったんだよ』

 

 その証拠に、この世界に入ってからほぼ一本道だった。とはいえここでポルターガイストと逸れれば元の世界に戻れる保証はない。それに周囲に潜む悪魔たちが飛鳥を放って置かないだろう。

 

 改めて自分を置いて行かないように言い含め、飛鳥はポルターガイストと共に異界を進む。見覚えのあるようなないような場所をいくつも通り過ぎ、上下左右に反転する重力に四苦八苦しながらも前に進んでいく。

 

──皆、ごめんなさい。私は皆の力になりたいから……。

 

 今頃ゲームの為に皆、一生懸命謎解きに専念しているというのに、己だけ勝手に外出していることに後ろめたさを感じていた。書き置きを残してきたとはいえ、それでも怒るかもしれない。黒ウサギは特に、魔王に遭遇するかもしれない危険を案じて動揺しているだろう。

 

──間薙君は……案外味方についてくれるかもね。

 

 悪魔だからというわけではないが、彼は本気で強くなろうとする者を引き止めようとしない。そう飛鳥は感じるのだった。

 

『──ついたよ~!』

 

『お~いサマナー! つれてきたぞ~!』

 

 ふと飛鳥は我に返ると、そこは先日訪れた展示会場だった。しかし一切の装飾や美術品が取り払われ、代わりに何処かで見たような和風の飾り付けがされている。先入観無しに見れば、そこは神社か何かに見えたことだろう。

 

 とんがり帽子の精霊が、物珍しそうにそれらを眺めながら呟いた。

 

『ふしぎー?』

 

 ポルターガイストたちははしゃぎながら奥へ入っていく。飛鳥は後に続くと、完全に一本道になっている細道を進んでいく。やはり展示場の奥で見た提灯とそっくりだった。鳥か何かを模した模様が描かれ、ぼんやりと通路を照らしている。

 

 そして奥まで進み切ると、大空洞に出た。

 

『ただいま~! これでニンムタッセイだね~!』

 

「──ご苦労様です。ポルターガイスト」

 

 

──大空洞の中心に、一人の女がいた。

 

 

 真っ黒な着物に、黒い尼頭巾を被っている。その顔は頭巾に覆われて艶やかな口元しか見えないが、僅かに目元を覆う仮面が覗いていた。明らかに身元を隠そうとするその姿に、飛鳥はやや訝しげに睨む。

 

「……貴女が、この伝言を寄越した本人──ということでいいのかしら?」

 

 飛鳥は一枚の手紙を取り出し、突き付ける。

 

──力を欲さんとするならば、精霊と共に我が元へ来られたし。

 

 女はゆっくりと頷くと、静かに語り出す。

 

「生憎、まだ名は明かせません。何れ然るべき場所で会うこともあるでしょう。その時までは──〝顔亡き者(フェイスレス)〟と、そうお呼びください」

 

 そう言って、一礼する。名を隠すとは益々怪しい。飛鳥は警戒するが、フェイスレスは薄く微笑んだ。

 

「得体の知れない存在からの招待状──それでも貴女は力が欲しかったのでしょう?」

 

 いくら飛鳥が警戒したところで今更である。ここはフェイスレスが作り出した異界の中。彼女に敵意があれば最早飛鳥に助かる術はない。無事なまま彼女と相対した事それ自体が、相手に敵意がない証拠だった。

 

 そう言われた飛鳥はふぅ、と気持ちを落ち着かせるように息を吐く。

 

「……私が貴女に会おうと思ったのは、貴女達が〝ヤタガラス〟だったからよ。〝ラッテンフェンガー〟と共同出展をしていた、ね」

 

 あの場所に出展されていた、共同製作による一品。それを思い出しながら飛鳥はフェイスレスを見つめた。それを聞いた彼女は思い出したかのように懐をまさぐる。

 

「そうでしたね、まずは彼女達に会っていただきましょう」

 

 懐から取り出したのは──件の共同製作された品だった。棒状のそれを人差し指と中指の間に挟むと、胸の前で掲げる。すると輪の付いた部分がグンと伸びて、そのまま翠色に輝く中の部分が引き摺り出された。

 

 そして光が周囲一体に溢れ、飛鳥は眩しさに顔を覆う。

 

 やがて、光が収まるとそこには──無数のとんがり帽子の精霊が宙を舞っていた。

 

 

    *

 

 

 とんがり帽子の精霊──〝群体精霊〟の正体は、ハーメルンで天災により命を落とした百三十人の御霊だったのだ。伝説や伝承に謳われる死という名の功績によって、彼女たちは人の身から精霊へ転生した。

 

 飛鳥は己と共にいた精霊を見つめ、静かに問う。

 

「……貴女が、私と出会ったのは──」

 

『──全くの偶然でした。偽りの〝ラッテンフェンガー〟を探るため、私たちの一体を撒き餌としましたが、まさか貴女と出会う奇跡を齎すなんて思ってもいなかったのです』

 

 そして長い旅路の果て、現れた偽りの〝ラッテンフェンガー〟に追われていたところをコミュニティ〝ヤタガラス〟が匿ったのである。彼女たちはその見返りに大地の精霊としての力を振るい、コミュニティに貢献してきた。

 

 その結晶の一つが、フェイスレスが手にするギフト──〝封魔管〟である。

 

「封魔管とは、一定の条件を満たした悪魔を強制的に己の物とし、格納するギフトです。特に彼女たちが作り上げたこれは特別品。如何に未熟なサマナーでも、最低限悪魔を扱えるようになります」

 

悪魔を扱う(・・・・・)──それって、」

 

「そう、貴女には──〝悪魔召喚士(デビルサマナー)〟になっていただきます。それこそが、我々が久遠飛鳥へ与えられる力」

 

 息を呑む。一度は迷い、そして断念した道を半ば強制的に突き付けられる。

 

『私たちは封魔管を作り、そして私たちの一人は貴女という、悪魔を使役する才能を持つ存在と出会いました──』

 

 それは、如何なる偶然なのか。

 

『──奇跡なのだと、そう思いました。故に〝ヤタガラス〟に協力してもらい、貴女を呼んだのです』

 

 飛鳥は俯き、黙り込んだ。

 

 聞き様によっては、勝手な言い分である。才能があるからといって、偶然の一致に任せて己の道を決定することはない。だからこそ、己の意思で決断して欲しいと群体精霊とフェイスレスは言う。

 

「決断は貴女に委ねます。断るのならば、ポルターガイストたちに元の場所まで──」

 

「──いくつか確認させて」

 

 飛鳥は抑制の無い声で訪ねた。

 

「その力があれば、奴らに勝てる?」

 

「貴女に使いこなせれば」

 

「その力があれば、皆を助けられる?」

 

『貴女が正しく扱えば』

 

「その力があれば──もう、誰も死なせないようにできるかしら」

 

「貴女が、その道を歩むと決めたのならば」

 

 飛鳥は、決意の表情で顔を上げる。その瞳は真っ直ぐにフェイスレスを見つめていた。

 

「……覚悟を決めたようですね。では始めましょうか」

 

 そう言うと、フェイスレスは再び懐から封魔管を二本取り出す。一本を飛鳥へ向かって放り、もう一本を飛鳥へ向かって突きつけた。

 

「一体の悪魔を召喚し、貴女を襲わせます。貴女なりの方法(・・・・・・・)で交渉し、契約を果たしなさい」

 

 群体精霊たちは心配するように飛鳥を見つめる。その表情には信頼と、心配と、そして隠しきれない期待があった。

 

『これはギフトゲームでもなんでもなく、一体の悪魔が貴女を襲うというだけ。失敗すればそれは死を意味します』

 

「──貴女たちは、私が成功すると信じているのでしょう?」

 

 飛鳥は見様見真似で封魔管をフェイスレスへ突き付ける。こんなところで死ぬような存在ではない。飛鳥自身を含め、この場にいる者は皆そう信じていた。

 

 フェイスレスは微笑み、ゆっくりと頷いた。

 

「──当然です。悪魔と契約が終わったら、時間ギリギリまで訓練ですよ。むしろ早々に終わらせなさい」

 

「あらあら、それなら尚更覚悟を決めないとね」

 

 悪戯っぽく笑う飛鳥。しかしすぐに表情を引き締め、真剣な眼差しを見せる。

 

「それでは、行きますよ──」

 

 フェイスレスが掲げる封魔管が展開され、光り輝く。

 

 そして、現れたのは──

 

 

    *

 

 

──交渉から既に六日が経過した。

 

 境界壁・舞台区画。大祭運営本陣営、隔離部屋個室。

 

 〝ノーネーム〟の中で耀だけが黒死病を発症し、仲間たちから隔離されていた。しかし十六夜はやはり発症しないのか、隔離部屋に忍び込んだ挙句にベッドの脇で本を読んでいる。

 

 参加者たちの話し合いにより、ギフトゲームや魔王陣営に関する情報がほぼ出揃いつつあったが、最終的な解釈で割れていた。

 

 また、主催者権限そのものやそれを持つコミュニティを制限していたにも関わらず侵入された原因として、十六夜は美術工芸の出展者として参加したのだろうと推測していた。事実、十六夜たちとは別枠の〝ノーネーム〟名義によるステンドグラスが百枚以上出展されていたことが判明しており、十六夜の推測を裏付けている。

 

──偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ。

 

 契約書類(ギアスロール)にある勝利条件とは、偽りの伝承のステンドグラスを砕き、正しい伝承のステンドグラスを掲げることなのだ。しかし、その正しい伝承が何なのかがまだわかっていない。

 

 十六夜は天を仰ぎ、苦笑を洩らす。ゲーム再開まで二十時間を切っている。そろそろ方針を決めないと参加者たちを纏めることができず、最悪の事態を引き起こしかねない。

 

 自棄気味の十六夜を横目に、耀は窓の外を眺めた。黒死病の発熱により、頭がうまく働かない己にできることは少ないだろうと、せめて煮詰まった十六夜の気分を和らげるために別の話題を振る。

 

「……そういえば、飛鳥はどうしてる?」

 

「────、」

 

 しかし、その話題こそが地雷だった。十六夜は眉間に皺を寄せ、無言で耀に紙切れを渡す。その中身を見た耀は目を丸くする。

 

「……武者修行の旅に出たってこと?」

 

「……ま、そんなところか」

 

 紙切れの中身は飛鳥の書き置きだった。コミュニティ〝ヤタガラス〟から来た迎えと共に行き、新たな力を手に入れるつもりである事や、勝手な真似をしたことへの謝罪などが記されていた。

 

「このコミュニティ〝ヤタガラス〟って? 身元は確かなの?」

 

「ああ、サンドラに確認してある。今回の祭典には美術品を出展していたのみらしいが、基本的には悪魔を使役する──つまり悪魔召喚士(デビルサマナー)を多く擁する、かなり実力派のコミュニティらしい」

 

悪魔召喚士(デビルサマナー)って……飛鳥がなろうとしていた、あの?」

 

 十六夜はゆっくりと頷く。

 

「〝ヤタガラス〟からも伝言が来ていてな。お嬢様は時間ギリギリまで修行させるから任せて欲しい、だとよ」

 

「移籍する……訳じゃないんだよね?」

 

 心配そうに言う耀だが、安心させる様に、しかし訝しげに十六夜は答える。

 

「ああ、詳細は書いてなかったが……どうも何かの取引をしたらしい。詳しくは戻ってきたお嬢様に聞くつもりだけどな」

 

「……それで、十六夜はそれが気に入らないんだ?」

 

 ちが、と口を開き掛けた十六夜だが、苦笑する耀のその表情を見ると、溜め息を付いてガリガリと頭を掻いた。

 

「……何だろうな。別に、この緊急事態に抜け出されたことを怒ってるわけじゃないんだ。お嬢様が新たな力を手に入れるなら、こっちだって助かる。だが……何となく気に掛かる」

 

 十六夜は耀から書き置きを返してもらうと、それを懐にしまう。そうして腕を組むと、再びぼんやりと天を仰いだ。

 

「誰かに誘導されているような(・・・・・・・・・・)……そんな気持ち悪い感覚がするんだよな。考えすぎだと良いんだが……」

 

 溜め息を付くと、再び謎を解く為に本を手に取ったのだった。

 

 

    *

 

 

 そう呟いた十六夜は、別に確信があるわけではなかった。何となく思ったことを吐露しただけで、何者かが自分たちを裏から操っているなど端から信じていない。己の選択は、己の決断は、己自身によって決めてきたのだと、そう信じている。仲間たちも当然そうで、運命などという胡散臭いものに縛られているなど考えもしていない。

 

 しかし、この時から徐々にその心は揺らぎ始める。自分たちが箱庭に来たことに、自分たちが魔王と戦い続けることに、そして自分たちのその恩恵に、徐々に疑いを持ち始める。

 

 当然、それは今ではない。

 

 しかし、そう遠い話でもない。

 

 

──数刻後、耀は大量の血痕を残して失踪する。

 

 

 その瞬間から、十六夜の心に疑問が生じ始めるのだった。


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