混沌王がアマラ深界から来るそうですよ?   作:星華

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魔王と混沌王が睨み合うようですよ?

 十六夜を連れた黒ウサギが戻ってきたのは、日も暮れた頃だった。一同は噴水広場で合流し、事の顛末を説明すると案の定ウサ耳を逆立てて怒り狂う黒ウサギ。

 

「こ、この短時間に〝フォレス・ガロ〟のリーダーと接触して喧嘩を売り、しかもゲームの日取りは明日!? 一体どういうつもりがあってのことです!」

 

 しかし、それに怯まず答える飛鳥。

 

「──当然、一刻も早くあの外道を裁くのよ」

 

 真っ向から答えられ、やや冷静になる黒ウサギ。それをニヤニヤと笑って見ていた十六夜が口を挟む。

 

「別にいいじゃねえか。譲れねえ理由があって喧嘩売ったんだから、許してやれよ」

 

「ですがリスクが高過ぎます! この〝契約書類(ギアスロール)〟を見てください!」

 

 黒ウサギの見せた〝契約書類(ギアスロール)〟には、ゲーム内容やルールなどについて書かれており、〝主催者〟側コミュニティのリーダーの署名がしてある。

 

 戦いの舞台は敵のテリトリー内、日取りは明日、準備する時間もお金も無い。〝ノーネーム〟がそれなりの規模のコミュニティを相手取るゲームとしては、不利もいいところだった。勿論、彼らがただの〝ノーネーム〟であったなら、の話だが。

 

 しかし、黒ウサギが指摘するのはそれだけではない。このゲームで得られるのはただの自己満足。時間をかければ出来ることを、わざわざ取り逃がすリスクを背負ってまで短縮するのである。失う物はないが、得る物もない。

 

 そして、飛鳥はその程度当然理解していたし、狙いはそれだけでは無かった。

 

「間薙君、子供たちの霊は真実を明らかにすれば救われるのよね?」

 

「……己の死を気が付いてもらえないこと、死んだ己の為に罪を重ね続けること、それらが解消されればもう迷うことはないだろう」

 

 当然、全ての原因がそうと決まったわけではないし、それらが解消されてもまだ迷うものはいるだろう。だがシンはそこまで面倒を見る気はなく、飛鳥もそれは承知していた。

 

「十分だわ」

 

 頷くと、飛鳥は黒ウサギに向き直り、言葉を続ける。

 

「それにね──これは他人事ではないのよ、黒ウサギ。貴女たちの残りのメンバーは殆ど子供なんでしょう? そんな貴女たちの生活圏のすぐ側に、子供を攫い、食い殺していた外道が野放しにされているのよ。ここで逃がせば、次の犠牲者は〝ノーネーム〟から出ることになりかねないわ」

 

「そうだよ黒ウサギ。殺された人たちの為にも、僕たち自身の為にも、ここでガルドを逃がしちゃいけない」

 

 ガルドの危険性を説く飛鳥とジン。流石にここまで言われて、責めるわけにもいかない。黒ウサギは諦めたように、しかし嬉しそうに頷いた。

 

「〝ノーネーム〟の子供たちを案じてのことなら、仕方ありませんネ。腹立たしいのは黒ウサギも同じです。〝フォレス・ガロ〟程度なら十六夜さんがいれば楽勝でしょうし──」

 

「──何言ってんだよ、俺は参加しねえよ?」

 

 十六夜は黒ウサギの言葉を一刀両断する。飛鳥はそれに頷く。

 

「当たり前よ、貴方なんて参加させないわ」

 

 両者の言葉に、思考が停止していた黒ウサギは慌てて口を挟む。

 

「だ、駄目ですよ! コミュニティの仲間なんですから協力しないと──」

 

「そういうことじゃねえよ黒ウサギ」

 

 十六夜が真剣な顔で、しかし口惜しそうに黒ウサギを制する。

 

「いいか? この喧嘩はこいつらが売って、ヤツらが買った。なのに、俺が手を出したら無粋だろうが」

 

「あら、分かっているじゃない」

 

 飛鳥は満足そうに頷く。だが、十六夜が本気で参加したいと言ったら断らなかっただろう。ガルドを許せない気持ちは同じであろうことは、その表情を見れば一目瞭然なのだから。

 

「……ああもう、好きにしてください」

 

 丸一日振り回され続けて疲弊した黒ウサギに、ここから更に言い争う余力は残っていなかった。

 

「そうするぜ。もしゲームが終わってもそいつにまだ元気が残っていやがったら、俺が立て続けにゲームを挑むかな」

 

「どうかしらね? 間薙君もいることだし、それは難しいかもしれないわよ」

 

「へぇ? 腕に覚えありって所か」

 

 面白そうにシンに視線を向ける十六夜だが、シンは話す気は無いと佇むだけだった。それを興味深そうに眺める耀が、代わりに答える。

 

「……ガルドを一撃で沈めていた」

 

「そうね。顎を打ったのかしら? 全く見えなかったけど」

 

 手加減していたとはいえ、下手すればそのまま首が飛んでいたような一撃だ。常人の肉眼では捉えられよう筈も無い。耀だけがそのギフト故にギリギリ見ることができたくらいだった。

 

「……間薙君が一人でやればすぐに終わってしまうかもしれないけれど、出来るだけ私たちにもやらせてもらっていいかしら?」

 

 飛鳥は心配そうにシンに尋ねる。その懸念は正しい。シンが本気になれば一分と経たずにゲームは終了するだろう。だが、シンはそれをする気はなかった。

 

「……好きにしろ」

 

「……ありがとう」

 

 ぶっきらぼうに答えるシンに、飛鳥は小さく笑って礼を言った。

 

 興味深い能力を持っているようではあるが、飛鳥と耀の二人はまだまだ弱すぎるとシンは見ていた。下手をすればガルドに負ける可能性がある。だが、弱いならば鍛えればいいのだ。そして、その弱さを覆す特殊な力を二人は持っている。そのどちらの重要性も、あのボルテクス界で学んだ事だった。

 

 

    *

 

 

 萎れていた黒ウサギがようやく元気を取り戻し、ギフトを鑑定してもらうためにコミュニティ〝サウザンドアイズ〟へ皆を誘う。ガルドのこともあり、夜遅くなると危険なためジンは先に帰らせることになった。それぞれ思うことはあるが異論はなく、一行は〝サウザンドアイズ〟へ向かう。

 

 途中、桜のような桃色の花を咲かす並木道を通り、皆の季節感のズレからそれぞれ別の世界から召喚されたことを黒ウサギが説明する。シンは当然それを承知でこの世界に潜り込んだので驚きはないが、立体交差並行世界論とやらには少し興味が湧く。

 

 そこで店に着いたものの、既に店員は看板を下げ始めていた。黒ウサギが滑り込みで待ったをかけようとするも、ぴしゃりと素気無く拒まれる。

 

「なんて商売っ気の無い店なのかしら」

 

「ま、全くです! 閉店時間の五分前に客を締め出すなんて──」

 

 そんな店員にケチを付け、反撃で出禁を食らいそうになっている黒ウサギを眺めながら、シンは人間だった頃、友人に聞いた日本と海外の就業時間における豆知識を思い出していた。

 

 日本では終業時間が過ぎてから帰り支度を始めるが、海外では多くが終業時間までに帰り支度を始め、時間きっかりに退勤するという。この店もその類なのだろう。どちらが良いなどではなく、この店ではそういう習慣なのだ。それをわざわざ指摘するシンではなかったが。

 

 それにしても懐かしい事を思い出した、とシンは懐古する。混沌王になってから、人間の時のことを思い出したのは初めてだった。

 

──まあ、その友人は殺したのだが。

 

 シンが考え事をしている間に、黒ウサギは店員にコミュニティの名と旗印を求められ、黙り込んでいた。無い物を出すことはできない。心の底から悔しそうな顔をして、敗北宣言を──

 

「──久しぶりだな、黒ウサギ」

 

 いつの間にか、店先に着物風の服を着た白い髪の少女が、腕を組んで立っていた。そして何故か黒ウサギは謎の構えを取っている。不思議そうに少女は問い掛ける。

 

「……何をしておる?」

 

「──はっ!? いつもいつも飛び付かれては抱き締められ、胸に頬ずりされていたのでつい反射的にカウンターの構えを取ってしまいました!」

 

「……そ、そうか」

 

 目を逸らし、冷や汗を一筋流す少女。傍目から見ても黒ウサギがこの少女にいつも迷惑をかけられ、少女自身にその自覚があるのは見え見えだった。そんな少女に、飛鳥が声を掛ける。

 

「貴女はこの店の人?」

 

「うむ、この〝サウザンドアイズ〟の幹部である白夜叉だ。以後お見知り置きを、ご令嬢」

 

 ここに来てようやく、白夜叉の様子がいつもと違うことに気が付く黒ウサギと店員。普段ならば隙あらば女性にセクハラしようと眈々と狙っているセクハラが服着て歩いているセクハラ駄神だというのに、今日に限ってはやけに大人しい。しかし、その理由に思い至らず首を傾げる。

 

 そして、白夜叉もまたそう思われていることを察していた。普段ならばしたであろう行為をしなかったのは、シンの存在があるからだった。

 

──こやつ、底が見えぬ。

 

 白夜叉は四桁の門に本拠を構え、東側の〝階層支配者(フロアマスター)〟であり、東側四桁以下のコミュニティでは並ぶ者のいない、最強の主催者(ホスト)と呼ばれている。そんな彼女が、シンを見定めることができない。正体を見破ることができない。その事実は白夜叉を警戒させ、軽挙を慎ませていた。

 

「それでは、話があるなら店内で聞こう」

 

 だが、敢えて白夜叉は迎え入れる。今の所シンに悪意が感じられないのと、己の力への自負故だった。

 

 規定を盾に店員が文句を言うが、〝ノーネーム〟だと分かっていながら性悪な話の持って行き方をしたことを突かれ、拗ねるような顔で引き下がった。

 

 

    *

 

 

 一行は白夜叉の私室に通された。香の焚かれたやや広い和室である。日本人である問題児三人組にとって特別目新しい部屋では無かったが、和室を久々に見たシンは少し部屋を眺めていた。それを他所に白夜叉は語り始める。

 

「改めて自己紹介しておこうかの。私は四桁の門、3345外門に本拠を構えている〝サウザンドアイズ〟幹部の白夜叉だ──」

 

 自己紹介は続き、黒ウサギと縁あって援助を続けていること、箱庭を構成する外門のこと、十六夜が遭遇したと言う蛇神のような〝世界の果て〟に棲まう強力なギフトを持ったものたちのことについて話してくれた。箱庭と外門の図を見てバームクーヘンだと盛り上がるが、一人シンはボルテクス界のアサクサ周辺を思い出していた。あれは高低が逆だったが。

 

「して、一体誰が、どのようなゲームでアレに勝ったのだ? 知恵比べか? 勇気を試したのか?」

 

 そう言いながらも、視線をシンから逸らさず攻撃的な笑みを浮かべる。まるで、お前が力ずくで奪ったのだろうと、そう言うように。しかし事実は当然異なる。黒ウサギは何故かシンに矛先が行っているのを見て慌てて、真実を告げる。

 

「い、いえ、この水樹はこちらの十六夜さんがここに来る前に、蛇神様を素手で叩きのめしてきたのですよ」

 

「なんと! クリアではなく直接的に倒したとな!?」

 

 シンに気を取られ、残りの問題児のことを考慮していなかった為に余計に驚く。だが、それも当然のことだろう。蛇神は神格を持ち、それを打倒するには同じく神格を持つか、圧倒的な種族のパワー差がなければならない。一見するとただの人間である十六夜は、神格を打倒できるような力の持ち主には見えなかった。

 

「白夜叉様はあの蛇神様とお知り合いだったのですか?」

 

「知り合いも何も、アレに神格を与えたのは私だぞ──」

 

 それを聞いて、十六夜たち問題児組は瞳を輝かせる。白夜叉も敢えて自分の最強ぶりを自慢し彼らを煽る。闘争心むき出しに、白夜叉と戦う気マンマンの問題児たち。それを見て大いに慌てる黒ウサギ。しかしシンはそれには付き合わず、白夜叉を静かに観察する。

 

「──ゲームの前に一つ確認しておく事がある」

 

 白夜叉は着物の裾から〝サウザンドアイズ〟の旗印である向かい合う双女神の紋が入ったカードを取り出し、壮絶な笑みを浮かべ──シンを一瞬見やる。それを真っ向から受け止めるシン。そして──

 

「おんしらが望むのは〝挑戦〟か──もしくは、〝決闘(・・)〟か?」

 

──瞬間、世界がひっくり返る。

 

 無数の未知なる光景が脳裏を掠めて行き、やがて白い雪原と凍る湖畔、そして水平に太陽が廻る世界に辿り着く。この異常な事態に、想像を遥かに絶するその御技に、十六夜たちは絶句した。白夜叉はその様子に満足そうに薄く笑い、彼らに今一度問い掛ける。

 

「今一度名乗り直し、問おうかの。私は〝白き夜の魔王〟──太陽と白夜の星霊・白夜叉。おんしらが望むのは、試練への〝挑戦〟か? それとも対等な〝決闘〟か?」

 

 少女の笑みとは思えぬ凄みに、息を呑む三人。この世界の光景と、白夜叉が語った身分から、十六夜はこの少女の正体が太陽の化身に近しいものだと当たりをつける。飛鳥と耀は相手の強大さにただ驚愕するばかりである。

 

 冗談ではない。このようなモノは、人間が相対していい存在ではない。スケールが違いすぎる。飛鳥と耀は勿論、自信家の十六夜ですら勝ち目が無い事を悟り、しかしプライドが邪魔をして素直に答えることができない。

 

 暫しの静寂の後、諦めたように笑う十六夜が挙手しようとして──

 

「……ふむ、そちらの三人は退くつもりのようだが──どうやらおんしは違うようじゃの」

 

「──な!?」

 

 白夜叉が獰猛な笑みを浮かべ、十六夜が驚愕したように振り返る。そこにはシンが全く引かずに仁王立ちをしている姿があった。白夜叉を真っ直ぐ睨みつけ、視線を外そうとしない。

 

──そして、薄く笑みを浮かべている。

 

 シンが初めて見せる表情に、そして魔王に真っ向から刃向かうその態度に驚きを隠せない十六夜たち。黒ウサギはもうついていけなくて蒼白になっている。

 

「……戦う必要がなければ戦うつもりは無い」

 

 言葉とは裏腹に、やや腰を落として戦闘体制を取るシン。

 

「だが……必要があるのなら、挑戦だろうと決闘だろうと関係ない──戦うのみだ」

 

 ぎらりと、翠色の瞳が輝いた。


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