混沌王がアマラ深界から来るそうですよ?   作:星華

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森の中で虎さんと出会ったそうですよ?

 生い茂った木々が光を遮り、昼前だというのに日が暮れたような薄暗さだった。街路は地下からせり上がった巨大な根に破壊され、最早道と呼べる状態では無くなっている。鬱葱と茂る木々が多くの死角を作り、隠れ潜む者にとって絶好の場と化していた。

 

 だが、耀とシンは周囲に何者も潜んでいないことを把握している。耀はその優れた嗅覚から、シンは気配を探る術から。奇襲への警戒から身を強張らせていた飛鳥とジンは、それを聞きやや落ち着きを取り戻す。

 

「詳しい位置は分かりますか?」

 

「それは分からない。風下なのに匂いが無いから、何処かの家に潜んでいると思うけど……」

 

 言い淀む耀を他所に、シンはつかつかと先へ進む。

 

「……こっちだ」

 

「わかるの?」

 

 数々の獣と絆を結び、人間から逸脱した優れた身体能力を持つ自負を持っていた耀は、シンが迷いなく断言するのを見て驚く。

 

「霊的な感覚で探っている。この森にいる存在は俺たちを除けば、奥にいる何者か一人だ」

 

「ホスト側の参加者がガルド一人なのだから、必然的にその何者かがガルドというわけね」

 

 耀と飛鳥は合点がいったように頷いた。早速ターゲットの位置が分かり、一行はこなさなければいけない仕事が減ったことに安堵する。しかし、ゲームをクリアするにはまだすることは残っている。

 

「とはいえ、ガルドに相対する前に指定武具を見つけなければいけません。まず外を探してみましょう」

 

 一行は森を散策し始めた。まるで何百年もかけて一つの街を飲み込んだような有様だが、これらは一夜にして行われた所業である。廃墟と化した家屋はまだそれほど古くなく、人の生活の痕跡を残していた。

 

 倒壊した住居や立ち並ぶ木々の間を調べてみるも、指定武具に関するヒントらしきものは見当たらなかった。耀が樹の上でガルドを警戒しながら周囲を確認するが、本拠らしき建物の他には森に飲み込まれた家々の屋根が見えるだけだった。

 

「……本拠の中にガルドの影を確認した」

 

「そう。気が進まないけれど……ガルド自身がヒントを持っている可能性も考えられるわね」

 

 本拠に隠している、あるいはガルド自身が守っているかもしれない。周囲にヒントらしいヒントが無い以上、とりあえず本拠に向かうしか選択肢は無かった。

 

 本拠の館も例外無く木々に飲み込まれ、豪奢な外観は蔦に蝕まれて廃墟と化していた。割れた窓ガラスや開け放たれた扉から覗く屋内は薄暗く、一見して人の気配は感じられない。だが耀とシンは二階に潜むガルドの気配を感じ取っていた。

 

「ガルドは二階にいる。入っても大丈夫──」

 

「──待て」

 

 だが、反応は二人で異なっていた。すぐに襲撃を受けないことを予測して中へ促す耀を、シンが止める。耀と飛鳥は怪訝そうにシンを振り返り、ジンは何やら心当たりがあるようだった。

 

「どうかした?」

 

「気になることがある」

 

 そう言うシンに、耀と飛鳥も同意するように答える。

 

「まあ、確かにね。罠の一つも無いし、居住区画どころか自分の屋敷まで壊してしまっているもの。本当に彼が作った森なのかしら?」

 

「森は虎のテリトリー。だというのに奇襲するわけでもなく、本拠に篭っている。これは少しおかしいと思う」

 

 これではガルドは、森で己のコミュニティの区画を破壊したのみである。それを活用するわけでもなく、一つの場所に留まり何も手出しをしてこない。彼らが疑問に思うのは無理なかった。

 

「奴の気配が昨日とは違っている。今の奴は夜の眷属に近い」

 

「夜の眷属?」

 

 耀が聞き慣れない単語に首を傾げる。だが、それを聞いたジンは呟く。

 

「夜の眷属……やはり彼女が……」

 

「何か知ってるの?」

 

 ジンは何か言い淀むように口を噤んだが、そういう状況では無いと思い返し、訥々と語り始める。

 

「恐らくですが……吸血鬼が黒幕として協力していると思われます。この森を用意したのはその人物でしょう」

 

「き……吸血鬼!?」

 

 耀と飛鳥が思いも寄らない存在に驚愕する。この箱庭に吸血鬼が存在すること自体は知っていたが、それが何故このゲームに関わってくるのか。ジンもそこまでは分からないと頭を振る。

 

「もしかしたらガルド自身も吸血鬼に変えられているかもしれません。耀さん、窓から中の様子を覗けませんか?」

 

「……やってみる」

 

 耀は屋敷からやや離れた樹に移動し、駆け上る。葉の中に隠れ、細心の注意を払い中を覗くと、闇の中で蠢く影があった。常人ではその暗がりに何も見つけることはできないが、生憎耀はその常人ではない。友人たちから受け取ったギフトを駆使し、部屋の中に潜む巨大な虎と、その背後に隠された剣らしき物体を何とか視認した。

 

 それをジンに伝えると、確信したように大きく頷く。

 

「巨大な虎……それに剣。間違いありません、ガルドは吸血鬼化しており、その剣は銀製でしょう──」

 

 続けてジンは、ガルドは虎の生まれに人化のギフト、悪魔から得た霊格によって成るワータイガーだったが、吸血鬼によって人化のギフトが鬼種に変えられ、人の姿になることができなくなったのだろうと説明する。

 

「銀の剣で吸血鬼退治ね……さすが箱庭、初っ端から盛り上げてくれるわね」

 

 呆れたように言う飛鳥だが、その表情は厳しい。ワータイガーの時点では襲いかかられてもまだなんとかなりそうだったが、それが吸血鬼化しているとなるとその力は未知数だった。

 

「指定武具はその銀の剣なのでしょうが……吸血鬼化したガルドが守っているとなると、それを手に入れるのは容易ではありませんね……」

 

 焦りの表情でジンは呟く。不利なルールを始め、状況はどんどん悪化しているのだ。下手すれば飛鳥たちが重傷を負うことになりかねない。必死に頭を巡らせる。

 

 だがシンは二階の窓を見つめ、静かに、しかしはっきりと聞こえるように言う。

 

「──手はある」

 

「……シンさん?」

 

 ジンが呆然と、飛鳥と耀は真剣な眼差しでシンを見つめる。それを受けてシンは皆を見回し、頷く。

 

「まずは、それぞれが何をできるのかを確認していくとしよう──」

 

 

    *

 

 

 門前で待っている黒ウサギと十六夜。黒ウサギは心配そうに、十六夜は退屈そうに落ち着きなく佇んでいた。

 

「あー……暇だな。前評判より面白そうなだけに、こうして待ってるだけなんて退屈だぜ。なあ、見に行ったらまずいか?」

 

「お金を取って観客を招くギフトゲームもありますが、今回は最初の取り決めにないので駄目ですね」

 

「なんだよつまんねえな──」

 

 うんざりしたように十六夜がぼやいた瞬間──

 

「──……ガオオオオオオオオオォォォォォォォォッッ!!!」

 

 獣の咆哮が響き渡る。

 

 それは空気をビリビリと震わせて、野鳥たちを一斉に森から追い出した。状況からすればガルドの何らかのギフトによる咆哮かと思われたが、生憎二人はこの声に聞き覚えがあった。顔を見合わせ呆然と呟く。

 

「……今のは」

 

「……春日部か?」

 

 

    *

 

 

 耀はガルドが潜んでいた部屋の扉を開け放ち、ガルドが反応する前に猛獣の友人から得た咆哮のギフトによって先制する。

 

 ガルドは理性を失っていたため、たった今放たれた恐るべき咆哮と目の前の小さな獲物が噛み合わず、一瞬混乱し竦んでしまう。その隙に耀は一瞬で剣の元へ跳躍し、それを掴み取った。己の恐るべき存在が敵の手に渡ったことを察したガルドは耀に襲いかかろうとするが、いつの間にか懐に忍び寄っていたシンが抑え込み、動きを止める。その隙に耀は窓から脱出した。

 

「GEEEEYAAAAaaa!!」

 

 怒り狂い、シンを殴り飛ばそうともがくガルド。しかし幾度腕を叩きつけてもシンはびくともせず、抑える手を離さない。

 

 抑えることに専念しているのは、下手に抑え込もうと力を込めたり、捻じ伏せようとすると、指定武具以外の攻撃を封じる〝契約(ギアス)〟により攻撃とみなされて、無効化される恐れがあったからだ。シンはそのまま微動だにせず抑え続ける。

 

 暫し膠着状態に陥っていたものの。やがて窓から石が投げ込まれる。その合図を確認したシンはぱっと手を離し、急に抑える力が無くなったガルドが踏鞴を踏む。その隙に、シンは耀と同じく窓から離脱した。

 

 侵入者が去り、もはや屋敷に執着する程度の理性しか残っていないガルドはシンを追わなかった。ギフトゲームの事など頭に無い。縄張りを主張するだけの獣でしかなかった。

 

 だから、気が付くのが遅れた。侵入者たちの企みに。

 

 パチパチと何かが弾けるような音が聞こえる。そして鼻を突く異臭。それは獣の本能を怯えさせる原初の恐怖──炎だった。何者かによって一階に火が放たれ、木々によって廃墟と化していた屋敷は容易く燃え広がる。

 

「──GEEEEEYAAAAAaaaa!!?」

 

 獣は一目散に屋敷を逃げ出した。屋敷を守る最後の理性は焼き切れて、森へ飛び出した獣は本能のまま駆けていく。そして吸血鬼としての食人の本能が鎌首をもたげ、先ほどの侵入者たちの匂いを追い、一直線に(・・・・)駆け抜ける。

 

「……待っていたわ。思っていたより早かったのね」

 

「待ちかねた」

 

──そこで、足を止める。

 

 待っていたのは瓦礫に火を灯した耀と、銀の剣を持った飛鳥だった。ガルドは獣と吸血鬼の両方の本能が恐怖し、それ以上進むことができないでいる。

 

「あら、今更尻込み?」

 

「……なんて情けない。せめて森の王者として、勇ましく襲いかかってくるべき」

 

「──GEEEEEEYAAAAAaaaa!!!」

 

 二人が挑発する。ガルドにもはや人の言葉を理解できるだけの理性は無い。だが、飛鳥の言葉は理解できなくとも、耀の──獣の言葉は分かる。恐怖によって燻られた精神は容易く激昂し、炎と銀に目もくれず襲いかかる。

 

 知性が残っていても、怒り狂い盲目になった獣は気付くことはなかっただろう。侵入者を阻むように伸びていた木々が分かれ、一本道になっていたことを。そして、道を限定されるということは、動きも限定されるということを。

 

「やっ……!」

 

 耀がガルドに向かって瓦礫を投げつけた。鬼種を持ち、怒り狂ったガルドはその程度で止まることはない。だが、炎を顔面に振るわれたことで、本能から一瞬だけ体が竦む。だが、それだけだ。豹の如く突き進むガルドを止めるには至らず──

 

「今よ! 拘束なさい(・・・・・)!」

 

 飛鳥によって支配されたギフト──鬼種化した木々がガルドへ枝を伸ばした。

 

「間薙君が言っていたわ──傷つけられなくてもやりようはあるってね」

 

 シンと同じく攻撃するのではなく、拘束のために力を振るったのだ。黒ウサギの助言によってその支配の力をギフトへ向けた飛鳥は、十全に木々を操って見せた。

 

「GEEEEEYAAAAAaaaa!!」

 

 耀が作った一瞬の隙によって木々に絡め取られた獣は、それを振り払おうと絶叫する。だが、それよりも早く飛鳥が剣を振るった。飛鳥の支配によって破魔の力を十全に発揮した白銀の十字剣が、獣の額を貫く。

 

「GeYa……!」

 

 破魔の極光と歯切れの悪い断末魔が、獣──ガルド・ガスパーの最後を飾った。

 

 最後の抵抗で吹き飛ばされた飛鳥を、耀が優しく受け止めた。二人の目の前でガルドは崩れ落ち、その身を灰に変えていく。それが合図だったかのように、周囲の木々も霧散していく。

 

「生きて裁かれる間も、己の所業を後悔する間もなかったけれど──地獄でせいぜい、裁きを受けるのね」

 

──ギフトゲーム〝ハンティング〟、プレイヤー側の勝利。

 

 

    *

 

 

「──さて、それじゃあ待ちかねているお二方に、私たちの勝利を伝えに行きましょうか」

 

 背伸びをしながら、飛鳥が疲れたように言う。あまり動いたわけではないし、ギフトを使用した時間も僅かだったが、生まれて初めての命のやり取りで精神がやや疲弊したのだった。耀も頷き、出口へ踵を返す。

 

 そこへ、シンがジンを伴って歩いてきた。飛鳥と耀がガルドに対峙している間、後方でジンを守っていたのだ。

 

「あら、間薙君。お疲れ様」

 

 労わるように声をかける飛鳥だが、シンはそれを無視して答える。

 

「──こいつを連れて黒ウサギの所へ戻れ」

 

「ど、どういうことですか?」

 

 事態についていけないジンが問う。飛鳥と耀も理解できず顔を見合わせる。

 

「何者かの気配がする──恐らく黒幕だ」

 

「……へえ、丁度いいわね」

 

 飛鳥はそれを聞いてニヤリと笑い、腕を組む。自分が始めたゲームに茶々を入れた存在だ。これを機に文句の一つでも言ってやろうと思ったのだろう。しかしシンは頭を振り、それを許さないとばかりに断る。

 

「油断するな……今は安全を確保しろ。お前たちは先に行け」

 

 三人を庇うように周囲を警戒し、撤退を促す。

 

「俺はここで牽制しておく」

 

「そ、そんなの駄目──もが!?」

 

「わかった。任せて」

 

 シンを一人残すことに反論しようとするジンを制し、耀は頷く。飛鳥も諦めたようにため息を付き、耀に続く。

 

「合流したらすぐ戻るわ」

 

「駄目だ、門で待っていろ。足手まといだ」

 

「────っ!」

 

 飛鳥はその言葉に怒り、かあ、と顔を赤らめるが、ギリギリで思い留まった。今回ガルドを打倒したのも、シンの作戦あってのことである。そのシンが言うのだから、ここは引くべき場面なのだろう。だが、無言で引き下がることをプライドが許さず、文句を言う。

 

「……いつまでもそう言わせておかないわよ」

 

 そう言って、飛鳥は踵を返す。耀とジンがそれに続き、三人は警戒しながら出口への道を進んで行った。

 

──そして、一人残ったシン。

 

 暫し佇み、三人が門へ戻ったこと、黒ウサギたちがこちらへ来ようとするのを押し留めていることを感じ取る。時間をかければすぐにやってきてしまうだろう。それまでに全てを済ませてしまうことにする。

 

 シンは足元の砕けたレンガを拾い──すぐ側の倒壊した家屋に投げつける。

 

「────」

 

 レンガに当たった何かが、音も無く弾け飛ぶ。

 

 黒幕と言う確信があったわけじゃないが、少なくとも監視の類だろうとシンは踏んでいた。己が手を出したゲームを見ていない筈がないと言う勘である。別に見られていても構わなかったが、これからすること(・・・・・・・・)を見られるのは困るのだ。

 

 シンはしゃがみ込み、ガルドだった灰に手を突っ込む。集中するように目を閉じると、手から紅い浮遊体──マガツヒが溢れ出し、灰に混ざりこむ。

 

 やがて混ざり合ったそれはぶるぶると震えだし──シンは、それから一気に手を引き抜く。

 

──その手には、虎柄の蛇のような奇妙な虫が掴まれていた。

 

 まるで怯えるかのようにびちびちと跳ね回るが、しっかりと掴まれていて逃げ出すことは叶わない。やがてシンはソレを持ち上げ、ゆっくりと口を開けてその上に掲げる。するとますます跳ねるソレだったが、それは何の意味も成さず──シンに呑み込まれた。

 

 びくりと、一瞬だけシンの体が跳ねる。

 

 そして、全ては終わっていた。

 

 何かを確かめるかのように手を開閉させていたが、やがて踵を返し出口へ向かって歩き出す。ガルドの灰は何も残っておらず、木々も既に消滅している。後には崩壊した住居が残るのみ。

 

 歩き続けるシンはただ満足そうに──薄く笑っていた。


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