高畑は今、軽環境用スーツを着用して惑星『TOI-700 d』の上に降り立っていた。軽環境用スーツとは、比較的軽量の汚染防護服的な装備品である。これは通常ヘルメットかフィルター・マスク、あるいは呼吸器と併用して用いられる品で、軽度のBCN汚染などに対処する目的の物だ。なお高畑は、呼吸器が付いたヘルメットと軽環境用スーツを併用していた。
『やれやれ……。ただ付いて来ただけと言うのも何だからと、何かしら仕事が欲しいとは言ったけどね』
そして高畑は、『気』と魔力を混ぜ合わせて強烈な『咸卦の気』を纏う。彼はそれをもって、目の前の巨大な獣を一瞬で打倒した。それすなわち、豪殺居合拳。
その後彼は、軽環境用スーツの手首に内臓された通信機で、希雨の宇宙船と連絡を取る。
『こちら地上調査A班、タカミチ・T・高畑。希雨君、聞こえるかな?』
『こちら航宙艦『HSS-1581-A』艦長、長谷川希雨。高畑先生、感度良好です』
『カメラで見てたと思うけど、巨大イノシシっぽいのを倒したんだが。どうすればいいかな?』
『貴重なサンプルですので、
希雨の言葉に、高畑は頷く。
『了解だ。その後は当初の予定通りに植生のサンプルとか採取して帰艦かな?』
『それでお願いします。
『うん、了解だよ』
高畑は追いついて来たロボットたちと共に、巨大な死体袋っぽいものに獣の死体を詰め込むと、スプレーでその袋の外部を滅菌する。そしてロボットたちの一部に袋詰めの獣を
*
葉加瀬は完全密閉された滅菌医療用防護服を着込み、高畑が倒してきた巨大イノシシっぽい生物を解剖していた。相棒は、ロボットの助手が数体である。
「ううん、身体構造はプログラムした設計データ通りですねー。まあ、きちんと繁殖とかするかどうかは後日と言うか、年単位で確かめないといけませんが」
『今、サンプルから採取した細胞のDNAをチェックしたけド、設計データ通りだたヨ。ジェネシス
隣部屋で各種検体のDNA分析を行っている超の声が、壁に
「この防護服ですが、息苦しいし動きづらいです。いえ、必要性はわかるんです。だから、もっと動きやすく、もっと呼吸も楽に改良できませんかね」
『残念だが駄目だヨ、葉加瀬。その手のモノは呼吸器以外、使い捨てガ前提ネ。使い捨てるモノに多額の費用、掛けてられないヨ。ワタシもちょと、その防護服に関して、希雨サンの技術力なら、もと良いモノ作れるんじゃないカと思テ、データ見せてもらたヨ。
……ぶちゃけた話、ソレは原価ト高い防護効果トの芸術的なバランスした逸品だたネ。ワタシや葉加瀬ならバ、もっと着心地良くテ防護効果も充分ナ防護服設計できるヨ? ダケド、値段が跳ね上がるネ。使い捨てなんか出来なイ。使う
「……」
『……ソレトモ、もっと動き易いカワリに防護効果低いシロモノを使うカ? 万が一のジェネシス魚雷のプログラムミス、万が一のバグで発生しタ、未知のウィルスに感染するカ? そして研究者
三食昼寝付きだヨ。タダシ自由は無いシ、命の保証も無いけどネ』
「いえ、感謝してこの防護服、着させていただきます」
『ヨロシイ』
彼女ら2人は、その後も氷雨と高畑が採取して来る
*
「よお」
『よお。もう100光年テレポートした疲れは、大丈夫なのか?』
「ああ、もう完璧だ」
『そか。だったら科学士官席で、ちょっと惑星情報の分析を手伝ってくれ』
「了解」
千雨は科学士官席に座り、手を
同じく
『……たしか、超能力の『電子使い』だったか。わたしの経験してきた異世界では、類似する超能力を『エレクトロキネシス』って呼んでたがなあ。
『まあ
少し遠い目になった千雨に、希雨は溜息を吐く。それはそうだろう。彼女らの長い、永い『人生』の間、それこそ超越者と余裕で言えるほどの『
『『できる事』は増えても、その数倍、数十倍、数百倍で『できない事』も増えてくもんなあ』
『そうだな……。さて、仕事だ仕事。ほれ、こいつの解析頼む』
『ああ』
希雨が『流して』来たデータは、
『こうして見ても、ジェネシス魚雷の作用は完璧だな』
『大元になった技術には、ちょっとばかり問題あったんだけどな。基盤に源物質使ったせいで出来上がった惑星が不安定化したり。だけどその辺の問題点は、わたしがきっちり解決済みだ』
『うん……。核の安定度、問題無し。マントル対流、順調。地殻プレートの移動も想定通り』
2人は電脳空間の中で、センサーで得られた莫大な情報を次から次へと高速で処理して行った。
*
第2船体にある
そしてその希雨が音頭を取って、乾杯の挨拶をした。まあ、今回の立役者は希雨であるし、妥当なところだろう。宴会の調理担当は、当然ながら千雨である。
「それではわたし希雨が、僭越ながら乾杯の音頭を取らせていただきます。実用型ジェネシス魚雷第1次実験の成功を祝って、乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
まあ乾杯とは言っても、超と葉加瀬は未成年である。また長谷川3人娘は、表向き未成年。いや、彼女らは毒が効かないから、基本的にアルコールでは酔わないのだが。唯一表向きでも裏向きでも成人の高畑だが、流石に生徒たちがメインの宴会で酒を飲むほどアレでは無い。教師であるのだし。
そんなわけで一同は、ノンアルコールのソフトドリンク類で乾杯し、千雨謹製の宴会料理に舌鼓を打つ。
「あ、このマリネ美味え」
「オオ、この一口ステーキ、一口に切ってあるのニ、何故にここまで肉汁逃げないネ!?」
「お寿司もできるんですね、千雨さん。とても美味しいです」
「むむむ。この魚のポワレ、できる……」
「ううん、この焼き鳥のボンジリ、もう1本欲しくなるね」
「高畑先生、まだキッチンに追加ありますので、遠慮なしに食べていただいても大丈夫ですよ」
和気藹々とした会食が続く。そんな中、超が微妙に物憂げな表情で居るのに気付いた千雨は、超に声を掛けた。
「……どうした、超。不味い物でも食った様な顔して」
「あ、イヤ! お料理はとても美味しいヨ! ……ちょと、これから先のシナリオについて考えてたネ」
「なるほどな。正直な話、わたしらがやってる事ってのは、力任せな改変だ。細かい問題点とか、多数出てくるのは目に見えてる」
「分かてるヨ……。けど、それらを丁寧にモグラ叩きして、潰して行くしか無いネ」
「差し当っての火種になりそうなのは、やっぱりメガロメセンブリアの奴らなんだよなあ……。ああ、ったく。面倒くさい奴らだよな」
2人は、肩を落とす。が、まず千雨が気を取り直した。
「まあ、せっかくの飯が不味くなりそうな話は後回しにしようぜ。ほら超、食え食え」
「ソウだネ。千雨サンも、飲んで飲んで。また帰りにハ、千雨サンのテレポートに頼らないとイケナイからネ」
「はっはっは」
そうして、宴会は続く。とりあえずは今のうちだけでも、気を休ませんとするかの様に。
*
航宙艦『HSS-1581-A』は、太陽系は土星の近傍に、千雨のテレポートで出現した。一同は
「うわぁ……。土星ですよ超さん……。それがこんなに近くに……」
「これは凄いネ。ワタシの未来でも、こんなに土星の近くにハ……。火星圏と地球圏ノ往復だたからネ」
『往路では、土星とか見られない軌道通ったからな。千雨と相談して、皆にサービスだ。当の千雨も、今回は舷側の船室を用意したから、ベッドに寝っ転がりながらこの光景を
希雨が笑みの込められた声で、語る。超も葉加瀬も、普段の天才にして天災っぷりが嘘の様に、年相応の驚きを露わにしていた。
『この後、いったん木星の周回軌道に入るから、木星の大赤斑を
「えっ……。木星の大赤斑って、消えるのかい!?」
『高畑先生は理系じゃないから知らないのも無理は無いですが、あれって基本は台風やハリケーンみたいな嵐ですから。実際その直径も、大昔は地球の4倍ほどでしたけど、今では地球の1.3倍ぐらいになってますね。
ただ、本当に消えるかどうかは学者の間でも論争が絶えないみたいで。わたしが巡って来た異世界の太陽系では、大赤斑無い木星も、きっちりある木星も、両方見ましたね』
一同は、本当なら見られるはずも無かったこの天文ショーに大喜びだ。希雨はその様子に、笑みを零す。
『さあて。それでは航宙艦『HSS-1581-A』、木星へ向けて発進いたします』
土星の周回軌道を離れた航宙艦が、ワープドライブに入る。星々が光の線と化し、後方へと流れた。ここで超が、希雨にちょっとした疑問を問う。
「希雨サン、単なるどうというコトも無い疑問なのだがネ? この
『ん? ねえよ? いや、各々の艦の区別が付けばいい話だろ? わたしは間違えねえしな』
「いや、希雨さんは間違えなくても、他の人は艦番だけじゃ混乱しますよ? 何か艦名を考えた方いいのでは。これまではともかく、今後は他の人も乗艦する可能性も」
葉加瀬の言葉に、希雨はちょっとだけ考えた模様だが、すぐに承諾する。
『その方が良いってんなら、そうするか。後で千雨や氷雨と相談して、名前決める』
「その方がいいですよ。ちなみに艦番の『HSS』って、何かの略称ですか?」
『ああ、あれは『Hasegawa Star Ship』の略だ』
つまりは『長谷川さんの宇宙船』である。何と言うか、そのまんまだった。ちょっと唖然とした一同を乗せて、航宙艦『HSS-1581-A』は木星へと飛翔した。
*
ようやくの事で、希雨の航宙艦は地球周回軌道まで戻って来た。一同は
「……希雨さん。ターボリフト乗る
「あ、ソレはワタシも思っていたヨ。ただ、一仕事終わるまでハ、と思テ我慢してたんだヨ」
「ああ、それは物質転送機が設置されてる部屋だ。数名の人間とその持ち物を転送するための小型の転送室が3つ、貨物用の大型転送ポートが1つ、計4つの転送室が、この
ほんとなら、この
その希雨の言葉に、超と葉加瀬は色めき立つ。
「完全に科学の力での転移、物質転送ですか!?」
「魔力も何も介在せずにカ!?」
「ぜ、是非その理論を教えてくだ……」
「駄目」
希雨はにべも無く断る。
「この件に限らずわたしらは、わたしらの知識を広範囲に広める気は、あんま無いんだ。まあ、わたしらの呪文書から幾分か、マクダウェルに写しを渡したりもしたが、あれはマクダウェルをわたしらが認めた事もある。無駄に広めたりしない、ってな。
わたしらは長く生きてる分だけ、科学に関わらずあらゆる技術の進歩が、人類社会に対して貢献するどころか害になる事例を、山の様に見て来たんだ。だからわたしらは、わたしらの技術については、わたしらだけで独占的に使うのが主になる。流出させるにしても、様子を見つつ可能な限り小出しにする。
たとえば超に見せてやった、滅菌医療用防護服のデータとかな。アレは今現時点の超や葉加瀬でも、充分に製作できるレベルの技術だし。秘密にする意味が、あんま無い。高畑先生にもちょっとばかり技術提供したが、アレはアレで分析不能のブラックボックス化してあるし。あとはジェネシス魚雷やワープドライブに関しても、表面的な概要だけで基幹技術は教えてねえだろ?」
「ですが……!」
「マンハッタン計画」
ここで脇で聞いていた氷雨が、ぽつりと致命的な単語を呟く。言い募ろうとした葉加瀬は、それを聞いて言葉に詰まる。そして超が言った。
「そうネ、葉加瀬……。ここは退くべきヨ。希雨サンたちは、明確な根拠のモトに技術の流出と拡散を危惧してイル。考えて見るネ。転送が実用化サレた世界で、それヲ妨害する手段無しに技術が流布されたラ。
世界は爆撃機、ミサイルに続く、新たナ核爆弾の投射手段を得る事になるンだヨ。しかも防御手段なしで、国家中枢にイキナリ核を放り込めるネ」
「……残念ですが、了解しました。でも、転送自体はちょっと経験してみたかったですね」
「悪いがソレも駄目だ。最低限、類人猿での動物実験に成功してからじゃねえと。今のところ、生物を含まねえ物資とかの転送には成功してるが、まだまだ先の話だ。
ちなみにこの技術が開発された元々の世界でも、ごく稀ではあったが転送事故とかはあったんだぞ? 転送機の作動不良で、受信に失敗して実体化できなかったんだ」
希雨が肩を竦める。そしてターボリフトは
*
「ただいま戻りました、学園長。実用型ジェネシス魚雷の第1次実験は、現時点において成功裏に終了しました。向こうに置いて来た監視装置からの情報をチェックしながら、今後しばらくは様子を見る必要はあるでしょうが」
「うむ、ご苦労さんじゃったのう」
「土産は無いのか?」
「ははは、エヴァ……。万が一の汚染とか考えると、石1つたりと地球に持ってくるわけにもね。写真で我慢してくれよ」
無人の自動操縦で再び空の彼方へと飛び去って行く
「ふぅ……。さて、とりあえず学園長先生たちに報告したら、
「そうだな。千雨は100光年跳ぶので今回一番苦労してるし、希雨は艦長やっててこれも大変だったし。だから今晩の飯は、わたしが作るよ」
「頼んだ、氷雨。んじゃ、学園長室行くか」
そして一同は、一仕事終えた達成感と共にその場を歩み去る。これでなんとか、『
結局のところ、航宙艦に艦名は今現在ついておりません(笑)。まあ何にせよ、計画は徐々に、徐々に進んでおります。
なお、ジェネシス魚雷の実験において、知性体である動物はプログラムしておりませんです。高畑先生が倒したイノシシモドキあたりが、最高位じゃないですかね。ああ、生態系の頂点という意味なら、アレに匹敵する肉食動物も存在しますが。