千雨、希雨、氷雨の3人は浴衣を着て龍宮神社の夏祭りを見物していた。
「……いいもんだな、風情があって」
「射的の屋台があるな。金魚すくいも」
「やるのか?」
「いや、わたしらが本気出したら店主が涙目だろ。でも本気出さないってのは、やる意味が無え」
「ま、そんなもんだな。眺めるだけでも、楽しいだろ」
長谷川3人娘は、のんびりと屋台の列を眺めつつ歩く。先にも述べたとおりに勝負事の屋台は眺めるだけだが、食べ物の屋台などは普通に楽しんでいる。わたあめ、焼きトウモロコシ、リンゴ飴、etc、etc……。
「んー、こんな素直な気持ちで夏祭りを楽しめたのは、いつ以来だ?」
「そうだな。小学校に上がる前ぐらいまでじゃねえか?」
「……あんまり考えるとドツボにはまるから、話題変えようぜ」
「「おう……」」
そんなこんなで色々と夏祭りの風情を楽しみながら、彼女らは歩く。と、その視線の先に見覚えのある人物が捉えられた。
「ありゃん……。近衛と桜咲……。浴衣着て、祭り見物か。桜咲が近衛に引きずられてるみたいに見えるが……」
「一緒に居るってことは、何とかなったのか?」
「なったみてえだな。と言うか、祭りでもあの野太刀、放さねえんだな桜咲……。いや護衛だもんな」
千雨、希雨、氷雨は踵を返す。ここで余計なちょっかいをかけて、下手に介入して万が一にも台無しにしてしまうのはマズいだろう。せっかく
*
とか思っていたらしばらく後に、再度行き会った木乃香と刹那の方から、長谷川3人娘に声を掛けて来た。と言うか助けを求めて来たのである。
「は、長谷川さんたち! お祭り来ていたんですね」
「あー、千雨ちゃんに希雨ちゃんに氷雨ちゃん。この子……リカちゃんのお母さん、見いへんかった? この子と同じ模様の浴衣を着てるらしいんやけど」
今現在木乃香と刹那は、べそをかいている5~6歳ぐらいに見える女の子を連れていた。氷雨は溜息を吐いて言う。
「なんで迷子センターに連れてかねえんだ? この子の母親も、そっちに行ってるかも知れんだろう」
「それがなあ……。この子がどうしても嫌がるんよ。なんや、前にも迷子になった時に迷子センターで嫌な思いしたらしゅうてなあ」
「無理に連れて行こうとしたら、逃げようとするんですよ」
それを聞いた千雨、希雨、氷雨は顔を見合わせる。
「うーん、だからって母親がそっち行ってないとは限らんしな」
「しょうがねえな。わたしが迷子センター行って、母親が来てねえか聞いて来る。わたしの携帯のカメラで、その子を撮るからよ」
「頼んだ、氷雨」
氷雨が迷子センターの方に小走りで去って行く。まあ木乃香と刹那が手分けして、子供の面倒と迷子センターに分かれる手もあったかも知れない。しかし刹那に取って第一義は、木乃香の護衛である。動くに動けなかったのだろう。
*
少しばかり経ってから、千雨の懐の携帯電話が着信音を立てた。ちなみに着メロは、某人気ロボットアニメ『モビ●フォース ガ●ガル』の主題歌である。実は千雨はいったん『魔法少女ビブリオン』にしようかと思ったのだが、希雨や氷雨と被りそうだったので諦めたのだ。後で聞いたら、希雨も氷雨も同じことを考えて別アニメの主題歌にしたとの事だったが。
何はともあれ、千雨は急ぎ電話に出る。
「はい、長谷川です」
『いや、こっちも長谷川だから、名字じゃ分かんねえよ。千雨か? こっちは氷雨だ』
「ああ氷雨、どうだ?」
『やっぱり母親は迷子センターに来てた。今から連れてく』
「わかった。しかし見つかって良かったぜ」
千雨は安堵の息を吐く。周囲で聞いていた希雨や木乃香、刹那も、台詞からどうやら母親が見つかったらしいと分かり、安心した様子を見せる。千雨は電話向こうの氷雨と少々の打ち合わせを終えて、電話を切った。
「さて、と。母親は見つかった。やっぱり迷子センターに来てたらしい。今、氷雨が連れて来る」
「そか! それはほっとしたえ」
「一安心ですね」
と、ここで千雨は、先ほどまでベソをかいていた子供……リカが、目を丸くして千雨の方を見ているのに気付く。
「ん? どうした?」
「お姉ちゃん、ガンガ●好きなの?」
「ん、お、おう」
少女の純真な瞳にまっすぐ
「あれ、いいよね! たしか『す、凄くねぇ。仕様情報の3分の1のゲインじゃないか!!』って!」
「……いや、リカだったな。なんでそんな
「ママといっしょにテレビ見てたの! ママは『赤いツチノコ シュ●少佐』が大好きなんだよ!」
「「「「うわぁ……」」」」
千雨と希雨ばかりでなく、木乃香と刹那すらも微妙な感慨を抱く。その後しばらくの間、彼女らはリカの熱い●ンガル語りに付き合わされるのだった。
*
「本当に、ありがとうございました! 本当にもうこの子は……」
「ああ、いえ。あまりお気になさらずに。それよりも、あまりお子さんから目を離されると……」
「あっ! また何処へ行くのリカ! あ、どうも済みませんでした。それでは、あっ! リカ、勝手にどっか行かない!」
千雨、希雨、氷雨、木乃香、刹那は、リカと母親が去って行くのを見遣る。リカと揃いの浴衣を着た母親は、親と合流して安心したリカが興味の惹かれるままに動き回るのを必死で追っていた。
「あー、あれじゃ迷子になるのも、さもありなん」
「なんか母親が、焼きイカの屋台で代金を支払ってる間に、ちょろちょろーっと居なくなったらしいぜ」
「親っつうのも、大変だよなあ……」
ちなみに長谷川3人娘は、長生きはしていても親になった経験は無い。孤児とかを育て上げた経験は、何度かはあるが。だがそれらの記憶は、ひたすらに冷たく痛い、喪失の記憶とセットになっている。
彼女たちからすれば、育てた子供が自分を置いて逝くのは避けられないのだ。それは身を切られるよりも、つらい事である。と言うか、実際につらい記憶であった。まあ、育てた子供に限らず、親しくなった相手は必ず彼女たちを置いて、逝ってしまうのだが。
だからと言って彼女たちは、親しくなった相手を不死者にするつもりは無い。やればできるが、それをやってしまっては、大事な相手に凄まじい重荷を背負わせる事になると理解しているのである。
(まあ、何にせよだ。結局は今この時を、楽しく、充実して、『生きて』行くしか無えんだよな)
(おう。わたしはまあ一時期、全部が全部嫌んなって、世捨て人気取って隠棲したりしたが……。結局は人里に出ちまったし、今もこうやって
(それが人間性ってもんだろ? それ捨てちまえば、楽になるんだろうが……。喜びも無え)
去り行く親子の姿を見つつ、千雨、希雨、氷雨は念話で語り合う。その瞳が見つめているのは、去り行く現実の親子か、それとも彼女たちにとっての遥かな過去の幻像か。
優し気な、しかし何処かに悲しみを湛えた視線で、人波に消えて行く少女と母親を見つめていた長谷川3人娘であったが、そこへ刹那と木乃香が話し掛けてくる。
「あ、は、長谷川さん、たち……」
「千雨ちゃん、希雨ちゃん、氷雨ちゃん……。皆には、わたしらきちんとお礼言わないかんなあと思うとったんや」
「「「あ? 礼?」」」
「はい」
「そや」
一瞬きょとんとする長谷川3人娘。だがすぐに、刹那の台詞で事情は分かる。
「いえ、先日のご助言、まっこと有難く。長谷川さんたちのお陰で、こうしてお嬢様と……」
「あー、せっちゃんまた『お嬢様』言うとるー。『このちゃん』て言うてなー」
「あ、いや、いえ、あの、その……」
「まあ、そんなわけやの。千雨ちゃん、希雨ちゃん、氷雨ちゃんのおかげで、せっちゃんと仲直りできたんや。そのお礼を、言うておかなと思うてなあ」
千雨、希雨、氷雨は木乃香の言葉に、ニヤリとした笑みで応える。
「そっか、良かったじゃねえか」
「ま、わたしらは目に見えるところで色々と感情的にトラブってるのは、ちょっと腹立たしかったんでな」
「だから好き放題、って言うか言いたい放題言わせてもらっただけだ。礼は受け取るが、あんま気にすんな」
「ん、わかったえ」
「……!」
長谷川3人娘の言葉に、木乃香はほんにゃりとした笑顔を浮かべ、刹那は生真面目に深々と頭を下げる。そして千雨、希雨、氷雨は歩き出した。
「あ、どこ行くんや?」
「よろしければ、ご一緒に……」
「ああ、いや。せっかく仲直りできたんじゃねえか。せっかくの祭りだし、今日はお前ら2人きりで楽しめばいい」
「そういう事だ。お邪魔虫は退散するとしよう」
「これまでの数年分、取り戻すつもりでな」
再度刹那は、深々と頭を下げた。木乃香はふにゃりとした笑みのまま、手を振っている。千雨、希雨、氷雨は手を振り返すと、のんびりと歩みを進めた。
*
やがて長谷川3人娘は、とある屋台の前で足を止める。そこは金魚すくいの屋台であった。千雨が
「……何やってんだ、マクダウェル」
「む? 長谷川たちか。今良いところなのだ、ちょっと待て」
「いや、待ても何も。ポイ1つで、どんだけすくうんだっての。屋台の店主、泣いてるじゃねえか」
「1つではない。これで3つ目だ」
「「「なお悪いわ」」」
浴衣姿のエヴァンジェリンの隣には、金魚と水が入った大量のビニール袋を持った茶々丸がこれも浴衣姿で立っている。茶々丸は他にも、わたあめや焼きイカ、焼きトウモロコシなどなど大量の荷物を抱えていた。茶々丸はその状態のまま、器用に礼をして来る。
「いや、絡繰。挨拶はどうもだけどよ。荷物落としたりしたら大変だから、無理しないでいいぜ?」
「バランサー許容量にはまだ62%以上余裕がありますが」
「うん、おまえが高性能なのはわかるが、見てる方が怖え」
「店主のおっちゃん。コイツこんなナリでも合気柔術のちょー達人だからよ? 金魚すくいとかやらせちゃいかんぜ」
「待て、こんなナリとはなんだ」
「それを早く言ってくれーーー!!」
その後、店主のおっちゃんがエヴァンジェリンに土下座をして許してもらい、一同は金魚すくい屋台を離れる。エヴァンジェリンはカラカラと笑いながら、上機嫌だ。茶々丸は無表情だが、時折金魚に目を向けている。
「マクダウェル、この大量の金魚どうすんだよ」
「ん? それは普通に家で飼う予定だ。まあ、たまの慰みには良いだろうさ。茶々丸の情操教育にもな。さて、水槽とかポンプとか、色々と手配せんといかんな」
「なるほど。食うわけじゃ無えんだな」
「誰が食うかッ!!」
そしてエヴァンジェリンは、ふうっと溜息を吐くと祭りの人波を眺め遣る。
「……ああ、楽しいな。久しぶりだ、この様に普通に祭りを楽しめたのは。礼を言うぞ」
「……それは中3の卒業式まで取っとけ」
「ふ、その通りだな」
エヴァンジェリンも、千雨、希雨、氷雨も、笑った。楽しそうに、そして儚げに笑った。
*
自宅へと戻るエヴァンジェリン、茶々丸と別れ、長谷川3人娘は祭りの喧噪の中を歩き続ける。
「さて、たしか学園長先生は今日も仕事漬けだったな。まあ学園長だから仕方ねえんだが、祭りを見にも行けねえのは可哀想だ。焼きそばとかお好み焼きとか、なんか土産でも買ってってやるか?」
「いいかもな。あれ? あれ、長瀬と双子じゃね?」
「レイニーデイも居るな。あいつ、あんなに魔族連れてて大丈夫なのかよ。いくら麻帆良でもよ」
彼女らが相手を見つけると同時に、楓やザジの側でも千雨、希雨、氷雨を見つけた模様である。楓が手を挙げて、歩み寄って来た。相手側も全員浴衣であるが、何故か日本人でないザジが一番似合っているのはどう言う事か。
「長谷川殿たちも、お祭りに来ていたでござるか」
「……」
「あ、千雨ちゃん希雨ちゃん氷雨ちゃんですー!」
「むむむ、髪型が無ければ見分けがつかないねー。三つ子でも無いのに。双子と言うボクらのアイデンティティが……」
いや鳴滝姉妹には悪いが、長谷川3人娘は表向き従姉妹でも、その実は双子や三つ子どころか同一人物である。希雨と氷雨は後付けで魔法やら何やらの手段で指紋とか変更したが、本来は指紋も同じだったのだ。双子や三つ子、クローンですらも指紋は個体ごとに違うのだ。
「よお、お前ら。楽しそうだな」
「うむ、楽しいでござるな。地元ではこの様な催し物は少なかったでござるが故に。と言うか、里の神社でお祭りはあっても、里の外のテキ屋とかの出店は来ようにも来れなかったでござるし」
「言動も少しは忍べよ」
「おおっと」
そしてザジが話に入って来る。
「……」
「あー、そっか。わたしはいったん入寮したけど、中等部入学式の前に寮から出ちまったもんな。寮の部屋、おまえ1人になっちまったのか。すまねえな」
「……」
「いや、何。わたしは急遽、3人になっちまったもんでな。ちょっと寮を出なきゃならなくなったんだ。……何? そうか、お前、アレだもんな。わたしらの事、『
「……」
鳴滝姉の風香が驚く。鳴滝妹の史伽も驚く。
「「ええーっ!? なんか話が通じてるーーー!?」」
「いや、そりゃ通じる……のは変か。いや、でも、お前らもレイニーデイの雰囲気とかから、なんとなく言いたい事わかるだろ?」
ぶんぶんぶん。
氷雨の言葉に、鳴滝姉妹は首を左右に振る。ザジはちょっと寂しそうだ。
「見ろ、レイニーデイの奴が悲しそうじゃねえか。……え? ザジでいい? あー、わかったザジ」
「ところでよ、ザジ。お前のお供。こいつら、アレだろ? 大っぴらに出歩いてて大丈夫か? 何? あー、そっか。麻帆良なら大丈夫か。うん、大丈夫だな。見つかるなよ?」
希雨の視線の先には、いかにも怪しげな見るからに化生じみた存在が、『わたしら仮装です!』というフリをしてザジに付いて来ていた。これが仮装で通るんだから、本当に麻帆良はおおらかである。ちょっとおおらか過ぎるが。
*
麻帆良学園本校女子中等部に存在する学園長室で、学園長たる近衛近右衛門は多数の書類に埋もれていた。
「ふぅ……。やれやれ、大変じゃのう……」
思わず愚痴が漏れる。いつもはしずな先生か誰かが手伝ってくれるのだが、今日は夏祭りと言う事もあって全員早目に帰してしまった。まあ自分で決めて全員を帰してしまったとは言え、この大変さにはやはり愚痴の1つや2つ出ようと言う物。
その時、学園長室の扉をノックする音が聞こえる。
「ひょ? 誰かの?」
『長谷川です。希雨と氷雨もいます』
「おお、君らか。入って来ておくれ」
扉を開けて、長谷川3人娘が入って来る。彼女らは、仕事の山に囲まれている近右衛門を見て目を見開いた。
「「「うげ」」」
「どうかしたかの?」
「ああ、いえ。失礼しました」
「やっぱり学園長って、大変な仕事なんですね」
「夏休みなのに、この仕事の山ですし」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ。今日はどうしたのかの?」
3人を代表して、千雨が手に持った焼きそば、たこ焼き、お好み焼き等などを執務机の空きスペースに置く。
「いえ、学園長先生は今日もお仕事だって聞いたので。せっかくのお祭りですし、せめて気分だけでもと、お土産を持ってきたんですよ」
「ほ!? ……そうか、そうか。ありがとう、嬉しいのう。
ではワシからのお礼じゃて。ここら辺に……おお、あった、あった。貰い物じゃが、老舗洋菓子店のチーズケーキプリンじゃ。ちょうど3つ残っておったのを、持って行くといい」
「うわ、中々手に入らないやつじゃないですか!」
「ありがとうございます。でもいいんですか?」
目を丸くする千雨、希雨、氷雨だったが、近右衛門は満面に笑みを浮かべて頷いてみせる。
「構わんとも。さて、ワシもこれ食べて、もう一仕事頑張ろうかのう」
「ありがたく頂いていきますね。それではお仕事、頑張ってください」
「それではまた今度」
「おやすみなさい」
「うむ、ではまた。ふぉ、ふぉ、ふぉ」
学園長室の扉が閉まる。残された近右衛門はだがしかし、元気百倍、新しい顔だよ状態で、山積する仕事に取り組んだのであった。
今日は閑話的なお話。やっぱり超人たちであっても、肉体的にはともかく心のお休みは必要ですよねー。