千雨Cubed   作:雑草弁士

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002話・長谷川千雨、増殖

 高畑が悔恨に包まれていたのは、ほんの数瞬であった。彼は必死の気合で精神を再構築し、近右衛門とエヴァンジェリンの方を急ぎ振り向く。

 

「学園長! エヴァ!」

 

「……駄目じゃ! ワシの探査魔法にも一切の反応が無い!」

 

「……フン、その様だな。わたしの『感覚』にも何も感じられん。……賭けてもいいぞ? 今の現象は、『魔法的』現象では無いな。茶々丸!」

 

「記録は取りました。ただし現状のわたしにはそれを解析する知識も技術もありません。超、葉加瀬ならば、あるいは……」

 

 高畑は唇を噛み締める。あとわずかで、彼の手は少女(ちさめ)に届かなかった。助けを求める彼女の声が、彼の耳に反響するように残る。

 

「学園長……。何が、何が起こったのか分かりませんか?」

 

「……魔法的現象でなくとも、何がしかの転移現象ではないかと思うがの。いや、理由はある。あの黒い球体に飲み込まれかけたあの少女じゃが、ぎりぎりまで喋っておった。少なくとも、黒い球体に飲まれた身体の部分は、きっちりと『生きて』おったはずじゃ。そうでなくば、首から上だけでは声など出ぬよ。

 であらば、あの黒い球体は何処(いずこ)かへの(ゲート)の様な物ではないかと推測できるわい。少なくとも、触れた物体を即座に分解消滅させる(たぐい)の物では無い」

 

「!! 転移現象ならば、彼女は生きて何処かに居る、と言う事ですね! 茶々丸君、あの子の写真を出力できるかい? あの子を緊急で手配しないと」

 

「現状ではロボット工学研の整備用設備が必要です。PC(パソコン)との接続用インターフェースは、来週に増設予定ですので……」

 

「そうか……。エヴァ、頼めるかな?」

 

「フン、貸しにしておくぞ。茶々丸、ロボ工研へ行くぞ。それとジジイ、この場所を一般人立ち入り禁止にしておけ。あの現象が継続して起きたら、貴様らは困るのではないか?」

 

 エヴァンジェリンは踵を返す。大学部のロボット工学研は、方向が180度逆だった。高畑と近右衛門もまた、エヴァンジェリンの後を追う。茶々丸は、だがしかし明後日の方向を見つめたまま、動かない。エヴァンジェリンは茶々丸の方を振り向き、口を開く。

 

「どうした、茶々丸。行くぞ?」

 

「……緊急事態です。強烈な電波異常が発生しつつあります。それとともに、周辺の電磁場が変動中。異常動作を防止するため、各関節部および駆動系をロック。センサー系を遮蔽。記憶ドライブの接続を一時遮断。人工知能(AI)を一時スリープモードに移行します。

 電波および電磁場の異常が終了しだい、マニュアルに従い再起動処置をお願いします、マスター……」

 

「な!? ちょ、待て! マニュアルだと!? 家に置いて来たから、まったくわからんぞ!? 待て、マテ、待たんか!」

 

 慌てたエヴァンジェリンが茶々丸に駆け寄るが、茶々丸はもう既にその動きを止めていた。一方高畑と近右衛門は、再度何事かが起こると見て警戒態勢を取る。と、先ほど少女が暗黒の球体に飲まれて消滅したあたりの地点に、天から落雷と見まごうばかりの強烈な放電が落ちた。

 いや、それは絶対に落雷ではない。その放電は、一瞬ではなく数秒以上継続して続いていた。そればかりではなく、現時点の空には雲ひとつ無く、星空が輝いていた。雷雲など欠片も存在しない以上、これは落雷ではない。

 

 近右衛門が舌打ちして言う。その右手には、携帯電話があった。

 

「これはマズイのう……。茶々丸君は、電波異常とか言っておったな。携帯が繋がらん。ここら一帯を立ち入り禁止にしようと、関係各所に連絡しようとしておったんじゃが……。せめて人払いの結界だけは張ったんじゃがのう」

 

「それはマズいですね……」

 

「貴様ら! アレを見ろ!」

 

「「!?」」

 

 エヴァンジェリンの叫び声に、高畑と近右衛門は目を見開く。天から落ちる放電が、突然その強さを増したのだ。そしてその放電の中から、何かが出現する。その『存在』が出現した直後、放電はあっさりと消失した。放電が落ちていた地面には、何も痕跡は残っていない。残っていたのは、放電の中から出現した『存在』……小学校高学年から中学生程度の、1人の『少女』だけだった。

 出現した『少女』は、先ほど暗黒の球体に飲まれて消滅した、あの少女……『長谷川千雨』に瓜二つである。ただし衣装は何と言うか、年齢に見合わないきっちりした女性用のスーツ姿であったが。それはまるで、何かしらの制服の様にも見える。

 と、その『少女』が小さく口を開いた。そこからは、抑えきれない歓喜の笑声が漏れ出している。フレームレス丸眼鏡の奥の目が、ぽろりと涙を零した。

 

「くく……。ふふふ……。あはははは!! 帰って来た! わたしは帰って来たぞ! 次元座標、空間座標、どちらも『跳ばされた』ときと同じ! 時間軸座標も、せいぜい数分程度の差異しかない! 帰って来た! 『故郷(ふるさと)』だ!! あははははははは!! ははははははははは!!」

 

 そして『少女』は高らかに笑い続ける。その目から、ぼろぼろと涙を(こぼ)しながら笑い続ける。

 

「……あー。すまんがの、お嬢さん」

 

「!?」

 

ピシッ!

 

 近右衛門の言葉に、空気が凍る音が聞こえた。いや、その場に居た者たちが、そんな音が聞こえた気がしただけの話ではあるが。そしてギギギィッと(きし)む様な音を立てて、その『少女』が振り返る。『少女』とエヴァンジェリン、高畑、近右衛門の視線が交錯した。

 

「……み、見ましたか?」

 

 その『少女』の問いに、3人は頷く。そして『少女』は一瞬愕然としたかと思うと、ゆっくりと3人に歩み寄って来る。次の瞬間、『少女』は叫んだ。

 

「……記憶を失えーーーっ!!」

 

「「「待てーーーっ!?」」」

 

 何処からともなく『少女』が取り出した巨大ハンマーを、高畑は反射的に『咸卦法』での『豪殺居合い拳』で狙い撃ちする。高畑はそのハンマーから、そうしなければならない、という程の『威』を感じたのだ。もっともハンマーを振るう『少女』自身は何故か、『威』どころか強者の気配すら感じさせなかったが。巨大なハンマーをまるで手足の様に操っていると言うのに。

 実のところ、『豪殺居合い拳(ソレ)』で正解であった。巨大ハンマーは『豪殺居合い拳』によりわずかに狙いを逸らされ、高畑の頬を(かす)って地面を叩いたのだ。言い換えれば、『豪殺居合い拳』をもってしてもわずかしか狙いを逸らせなかったと言う事だ。高畑は叫ぶ。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! こんなもので殴られたら、記憶が消えるどころか頭が潰れる!」

 

「大丈夫、『そういう』ハンマーだから、記憶が飛ぶ以外はちょっと痛いで済むんだ! だから安心して記憶を失え!」

 

「断固、御免被(ごめんこうむ)る!」

 

「タカミチ、貴様の死は無駄にせん」

 

「頑張ってくれい、タカミチ君」

 

「エヴァ!? 学園長!?」

 

 なんとエヴァンジェリンと近右衛門は、高畑が必死でハンマーを(かわ)している間に、道端の自動販売機の陰に隠れているではないか。高畑は2人の口に、その自動販売機の抹茶コーラと抹茶オレンジを突っ込んでやりたくなった。

 ちなみに茶々丸は全身の間接をロックしたまま、前衛芸術的なポーズで立ち尽くしている。高畑は、『少女』が振るう巨大ハンマーを必死になって(かわ)し続けた。

 

 

 

 

 

 

 数分後、『少女』は残念そうに巨大ハンマーを下ろした。

 

「駄目だ……。これだともう記憶を消せない……」

 

「え?」

 

「……このハンマーだと、5分までしか(さかのぼ)って記憶を消せないんです。『10分ハンマー』も『1時間ハンマー』もありますが、すぐには出せないところに仕舞ってあるので……」

 

 心から残念そうにしている『少女』に、高畑はほっと息を吐く。

 

「ま、まあ落ち着いてくれ。とりあえず、話がしたい」

 

「あ、ええ。はい、そうですね。こうなったら、きちんと話をして、互いに納得の行く落としどころを見つけるしか無いでしょう……。はぁ……。超次元転移に悪影響を与えないために、余計な『能力(チカラ)』は一時的に封印してたのが悔やまれますね。全力とは言わなくても、数%でも『能力(チカラ)』を使えてれば、さっくりあと腐れなく貴方たちの記憶を消せてたんですが」

 

「いや、だから待ってくれ」

 

「いえ、単なる愚痴ですから」

 

 肩を落とす少女を見つつ、高畑もまた肩を落とす。そして彼は近右衛門とエヴァンジェリンに、ジト目を送った。無論その2人は、その程度の事で動じるような神経はしていない。

 エヴァンジェリンが辛辣な口調で、『少女』を問いただす。

 

「……で、貴様は何者だ? 先ほど闇の球体に飲まれたガキと瓜二つなのは? あのガキと入れ替わって、この麻帆良に潜入でもするつもりだったのか?」

 

「……なるほど。一瞬『わたし』よりもちっちゃな子供かと思ったが、そこの3人の中でアンタがいちばん年上なんだな。というか、吸血鬼の真祖か。力を封じられているみたいだが……」

 

「貴様ッ!?」

 

「ああ、怒るなよ。『()』たところ、数百歳は行ってるんだろ? 年齢に相応しい落ち着きとか持ってくれよ。

 アンタの質問に答えるとだな。『わたし』は闇の球体に飲まれて消えた『ガキ』と同一人物だ。ただし『わたし』個人の時間において、数えるのも馬鹿らしい年月が経過してるけどな」

 

「「「!?」」」

 

 エヴァンジェリン、近右衛門、高畑はその言葉に驚愕する。だが更に言い募ろうとした彼らの台詞に被せて、『少女』が口を開く。

 

「おっと。こんな道端でこんな話をしてて大丈夫ですか? どこか防諜がしっかりした場所で、ゆっくり話をした方が良いんじゃありませんか?」

 

「む……。うむ、そうじゃの。それでは麻帆良学園の女子中等部にある、学園長室に……」

 

 だがしかし、近右衛門がそう言いかけたその時である。『少女』が叫んだ。

 

「アンタら! 下がれ!」

 

「「「!?」」」

 

 反射的に後ずさったエヴァンジェリン、近右衛門、高畑の視界に、新たな異常現象が捉えられる。暗黒の球体が少女(ちさめ)を吸い込んで消滅した場所、そして新たな『少女(ちさめ)』が放電と共に出現した場所に、今度は光り輝く円柱の様な物が出現したのだ。

 光の円柱は、輝きを強めて行く。そしてその内側に、何か人型の存在が光のワイヤーフレームで形作られ、それが実体化して行った。まるで3DのCGを作成しているかの様だ。その人型の存在は、『少女』の形状を取る。エヴァンジェリン、近右衛門、高畑の3人はギョッとして、先に出現した『少女』を見遣った。

 

 だが、見つめられた『少女』の方も半ば呆然としつつ、首を左右に振る。さもありなん。新たに出現した少女もまた、『長谷川千雨』であったのだ。ただし衣装は何と言うかSFチックな、メカニックきらめくパワードスーツじみた代物だったが。

 そして新たに出現した方の少女が、口を開く。

 

「くく……。ふふふ……。あはははは!! 帰って来た! わたしは帰って来たぞ! 次元座標、空間座標、どちらも『跳ばされた』ときと同じ! 時間軸座標も、せいぜい十数分程度の差異しかない! 帰って来た! 『故郷(ふるさと)』だ!! あははははははは!! ははははははははは!!」

 

 涙を流しつつ笑い続ける、新たな『少女(ちさめ)』……。近右衛門が強烈な既視感(デジャヴュ)に耐えつつ、声を掛ける。

 

「……あー。すまんがの、お嬢さん」

 

「!?」

 

 振り向いた2人目の『少女』は、泡を食って叫びつつ、大型拳銃の様な光線銃の様なものを取り出した。

 

「み、見られた!? 記憶を失えーーー!! って、え!?」

 

「それはさっき、『わたし』もやった」

 

 だが2人目の『少女』は、歩み出た1人目の『少女』を見て唖然とする。なお1人目の少女は疲れ果てた表情で、肩を落としている。

 

「な!? 『わたし』が居る!? なんで!? まさかミスジャンプして、元の世界じゃなく近隣世界群のどれかに落ちた!? い、いやその可能性はほとんど無いはず……」

 

「……安心しろってのも何だがよ。ミスジャンプとやらとは違うぜ。『アンタ』も『わたし』も、間違いなくこの世界の『わたし』が『帰って』来た存在だ」

 

「「「「!?」」」」

 

 1人目の『少女』は、何が起きたか既に理解できている模様だ。しかし2人目の『少女』は、何が何だかわかってない様子である。なおエヴァンジェリン、近右衛門、高畑は何が何だか最初からわけがわからない状態だ。と、近衛門が2人に語り掛ける。

 

「とりあえずは、その辺にしておいてくれぬかのう。一応君らの事情を話して聞かせてくれれば、まあそちらに悪意が無い限りではあるが、悪い様にはせんつもりじゃて」

 

「……そう、だな。いえ、そうですね。ただ、とりあえず互いの区別がつかないとやってられないだろ? 『わたし』が最初に出現したから、暫定的に『1st』で。『アンタ』は続いて出現したから、暫定的に……あくまで暫定的にだ。『2nd』で頼む」

 

「……わ、わかった。『アンタ』が『1st』で、『わたし』が『2nd』な?」

 

「とりあえず、この爺さん……。小学校の頃の遠い記憶に、なんとか残ってるけどよ。麻帆良学園の学園長先生のハズだ。とりあえず話し合って、落としどころを見つけないといけねえよ」

 

 その『1st』の言葉に、『2nd』は渋々頷く。そして2人の『長谷川千雨』は、エヴァンジェリン、高畑、近右衛門に向き直った。『1st』が口を開く。

 

「学園長先生、とりあえず自己紹介しますと、『わたし』も『2nd』も、どちらも同一人物なんですが……。この春から麻帆良学園女子中等部にお世話になる予定の、長谷川千雨と言います。とりあえず、お互い色々と話し合わなければならないと思いますが……」

 

「う、うむ。長谷川君じゃの? 同一人物じゃと? なんと言うか、なんじゃの。とりあえずは、麻帆良学園女子中等部にある学園長室までご足労願えるかのう? あそこは魔法的にも物理的にも防諜がしっかりしておるでの。

 しかし、同一人物じゃと? むむ? まさかもう1人増えたりはせんじゃろうの?」

 

「それは無いでしょう、いくら何でも。天丼は2回まで、ですし」

 

「オイ!! ジジイ! タカミチ! それにそこの2人! あれを見ろ!」

 

 突然エヴァンジェリンが叫び声を上げる。その声に促され、その場の全員がエヴァンジェリンの指差した方向を見遣る。『1st』の千雨が叫んだ。

 

「天丼は2回までが、お約束だろーーー!?」

 

 彼らの視線の先には、突如地面から湧いて出た漆黒の全高10m弱の巨大ロボが、片膝をついた姿勢で鎮座していた。ただ、そのロボが普通の代物でない証に、近右衛門、エヴァンジェリン、高畑は、『ソレ』から放たれる強圧的な魔力を感じ取る。そのロボは、どうやら機械工学的な代物と言うよりは、魔法的技術による産物である様だ。

 そしてそのロボの頭部から光が放たれ、その光に乗って人影がロボから抜け出て来た。お約束のごとく、その姿は『長谷川千雨』そのものである。服装は長衣(ローヴ)にマントと言ったものだが。そしてその3人目の千雨は、やはりお約束のごとく涙を流して笑った。

 

「くく……。ふふふ……。あはははは!! 帰って来た! わたしは帰って来たぞ! 次元座標、空間座標、どちらも『跳ばされた』ときと同じ! 時間軸座標も、せいぜい数十分程度の差異しかない! 帰って来た! 『故郷(ふるさと)』だ!! あははははははは!! ははははははははは!!」

 

「……セリフにも、ほとんど差異が無いね」

 

「同一人物だと言うのも、嘘では無さそうだが……。この調子で、ずんどこ長谷川とか言うのが増えるのか?」

 

「それはちと困るのう……」

 

「あー、いえ。今位相空間やら虚数空間やら高次元空間やらをチェックしました。並行異世界からこの時空、この世界線を目指して跳躍して来る存在は、もうありません。あの『3rd』で最後っぽいですね」

 

 近右衛門は『1st』の言葉を聞き、大きく溜息を吐く。そして彼は気を取り直し、『3rd』の少女(ちさめ)へと声を掛けるのだった。

 

 無論、『3rd』が近右衛門や高畑、エヴァンジェリンの記憶を消そうとしたり、『1st』、『2nd』が止めに入った事で『3rd』が混乱したり、様々なドタバタが繰り広げられたのだが、それは割愛する。まあ、基本的に天丼は2回までというのが鉄板であるし。




 いきなり千雨、増殖いたしました。何がどうなって増えたのかは、次回をお待ちください。
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