千雨Cubed   作:雑草弁士

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021話・洋菓子を食べよう

 古菲と楓は結局のところ、朝の05:30時まで長谷川邸に留まって夏休みの宿題を片付ける羽目になった。ちなみに外泊許可は昨晩に寮監へ電話して、あくまで例外的な措置と言う事で特別許可を貰っている。本来は電話ではなく、直接に許可を貰いにいかねばならないのだが。

 まあ寮監も、夏休みの宿題を終わらせるためだと言うのは理解しているし、鬼では無いのだ。そして彼女らは、長谷川3人娘の厚意で朝食を頂いてから、寮へと帰って行った。

 ところで残る1人の明日菜はと言うと、彼女も宿題は一応完了している。彼女は一足先の03:00時に宿題を完了させ、その足で直接に新聞配達のアルバイト先へとカッ飛んで行った。

 なお彼女が宿題を終えるのが2時間半も早かったのは、まあ毎日とは言わないが真面目に宿題をやっていた事が大きい。と言うか、真面目にやっていたのに全然間に合わず、千雨、希雨、氷雨の助けを求めて来たのだが。

 

 そんなわけで、その3人は……。いや、3人に限らず麻帆良学園本校女子中等部1-Aの面々の、けっこうな割合は、始業式の最中に時々うつらうつらと眠そうにしていたりする。まあしかし、その努力の結果もあって、宿題が未提出や提出遅れになった者は出なかったのだから、良かったと言えよう。

 

「さて……。今日は流石に、お料理研に顔出して行かなきゃならんよなあ」

 

「だな。今日の料理は決めてあったよな?」

 

「今日は洋菓子だな。部長たちにも話は通してあるから、材料は用意してくれてるはずだが……」

 

 長谷川3人娘は、のんびりと話をしながら家庭科室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 そして今、千雨、希雨、氷雨は山の様な洋菓子をかかえて、自分たちの邸宅へと帰還中であった。先ほどまでは四葉五月も居たのだが、既に彼女は寮へ向かっている。長谷川3人娘はきょろきょろと左右を見て、おまけに超感覚で人の気配が無い事を確認すると、抱えていた洋菓子の箱や袋を、空間歪曲庫やら異空間収蔵庫やら影を媒介にした貯蔵庫に放り込む。

 

「やれやれ……。シュークリームとエクレア、見本として大量に作り過ぎたぜ。各々、29個ずつありやがる」

 

「あー、わたしもカスタードプリンを幾つ作った? ええと、お料理研部員に1人1つ配っても、うっかりわたしの手元に31個って妙に中途半端な数が残っちまった」

 

「わたしはアップルパイを5台持って帰って来た。ちょっと調子に乗って、作り過ぎたな」

 

 それぞれ難易度がそこそこ高い(たぐい)の洋菓子を、それだけ大量に作って1個の失敗も無いと言うのは、けっこうとんでもない技量である。

 

「けど、こんだけ大量に持って帰ってもなあ」

 

「どうする? 異空間収蔵庫の設定いじれば、時間経過遅くできるが」

 

「影の貯蔵庫も同じく。外で数年経過しても、中じゃ1秒も経ってないってレベルにできるが」

 

「わたしの空間歪曲庫だってそうなんだがな。けどなあ……。あんまり大量に保管してても、飽きるしなあ。と言うか実は既に、以前異世界に居た頃に作った菓子や保存食が大量に入ってる」

 

「「あー……」」

 

 千雨の台詞に、思わず納得の声を上げる希雨と氷雨だった。

 

「まず消費するとしたら、保存食はともかくとして菓子類は、先に作ってたやつから食べないと、とは思うんだが。まあ客とかには、作り立てのやつを出してるけどよ」

 

「異世界の菓子かー。興味あるな。帰ったら、わたしもご相伴したいな」

 

「わたしも食べてみたいな」

 

「んじゃ、帰ったら幾つか出してみるか」

 

 お互いの言葉に、笑みが漏れる。だが現状での問題点は、なんら解決していない。

 

「……ところで、異世界の菓子なんてのは身内以外に出せるもんじゃねえけどよ。今日作った菓子類は、どうする?」

 

「そうだったな。うーん」

 

「とりあえず、寄り道してくか」

 

 千雨、希雨、氷雨の3人は、近場の友人宅へと寄り道する事にした。

 

 

 

 

 

 

「馬鹿者、こんなに食えるか」

 

 エヴァンジェリンは、一言のもとに切って捨てる。肩を竦めた千雨が、(おもむろ)に口を開いた。

 

「それは分かるさ。だから、このうち少しだけでも引き取ってもらえればありがたいんだが」

 

「たしかにシュークリームもエクレアも、焼きプリンもアップルパイも好物ではあるさ。だがな、いきなりこんなに大量に目の前に出されては、胸やけがすると言う物だ!

 まったく……。シュークリームとエクレア、焼きプリンを2個ずつ、それとアップルパイを2ピースだ。それ以上貰うと、いかに美味でも見るのも嫌になりかねんわ。最初にテーブルに出す量を、少し絞っておけ。本当に……」

 

 そう、エヴァンジェリン宅の食卓には今現在、長谷川3人娘が持ち込んだ山の様な菓子が文字通り山を為していた。いくらなんでも、食いたくも無くなるという物である。いや、食えば物凄く美味であるのは保証付きなのだが。

 

「まあ、貰ってもらえただけ良しとするか」

 

「さて、あとコレを貰ってくれそうな人は……」

 

「うーん……。女子寮にでも行くか? あそこなら古や龍宮、長瀬に桜咲、神楽坂、洋菓子が好きそうな連中は多いだろ?」

 

「とりあえず、この菓子の山を仕舞え。わたしが貰う分は、茶々丸が取り避けたからな」

 

 千雨、希雨、氷雨はエヴァンジェリン宅を辞する。そしていったん自分たちの邸宅へと戻り、荷物を置いて私服に着替えてから再度外出した。とりあえず行く先は、再度麻帆良学園本校女子中等部の校舎である。女子寮に行こうかとも思ったのだが、なんとなく足が向かなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 そしてここは、女子中等部に何故か存在する学園長室である。学園長たる近右衛門は、愛想よく長谷川3人娘を迎えた。

 

「おお、良く来たのう長谷川君たち。今日はどうしたのかね?」

 

「いえ、何時もお世話になっているお礼も兼ねて、お料理研の部活で大量に作った洋菓子をお裾分けに来ました。ちょっと流石に作り過ぎたので、貰っていただけると凄く助かるのですが」

 

「ほう、それは嬉しいのう。どんなのがあるのかの?」

 

「シュークリーム、エクレア、焼きプリン、アップルパイですね」

 

「本気で大量にあるので……」

 

「ふむ、では各々を2個ずつ貰えるかの?」

 

「「「どうぞ、どうぞ」」」

 

 今度は彼女らも、いっぺんに大量に出すことはせず、言われた分量だけを学園長の執務机に出した。学園長は、相好を崩す。

 

「ほほう、美味しそうじゃの。さっそく1つ、貰ってもいいかの?」

 

「どうぞどうぞ。あ、良かったらお茶を淹れましょう」

 

「備え付けのお茶と茶器、使っていいですか?」

 

「うむ。いや、何から何までありがとう。

 ……むお!? これは美味い!! 有名菓子店のシュークリームにも負けぬ、いや(まさ)っておらぬか!?」

 

 近右衛門も、長谷川3人娘も、笑顔が(こぼ)れる。美味しそうに、本当に美味そうにシュークリーム1つをたいらげた近右衛門は、幸せそうに希雨の淹れたお茶を飲み干す。そして彼は、残りの菓子を備え付けの冷蔵庫に仕舞うと、棚から何がしかを取り出した。

 

「うむ、まっこと美味かった。よかったら、この静岡の朝●奈玉露じゃが、お礼に持っていきたまえ」

 

「あ、なんか恐縮です。ありがたく頂きますね」

 

「ふぉ、ふぉ、ふぉ。む? 誰か来たかの?」

 

 そこへ学園長室の扉をノックする音が聞こえた。近右衛門は誰何する。

 

「むう、誰かの?」

 

『学園長、ガンドルフィーニです』

 

「ほ、ガンドルフィーニ先生か。入ってくれて、かまわんよ」

 

 扉が開いて、長身の黒人教諭が入室して来る。彼の名はガンドルフィーニ。本校女子中等部の教師では無いのだが、麻帆良学園に務める教諭の1人ではある。そして彼もまた、高畑などと同じく魔法先生であった。

 ちなみに彼は、魔法先生の中でも少々頭が固く、融通が利かない面も持っている。そしてエヴァンジェリンの事なども、凶悪犯と思っていたりするのだ。だがその彼の顔は、物憂げでいささか落ち込んでいる様に見えた。

 

「学園長、あ……。あ、いえ。来客中でしたか」

 

「いや、大丈夫じゃよ。今日はいったいどうしたね?」

 

「あ、いや。彼女らが、その……」

 

「ああ、ガンドルフィーニ先生とはまだ顔合わせが済んでおらなんだのう。大丈夫、彼女らは魔法生徒じゃし……。それに、例の事……。メガロメセンブリアの件についても知っている、協力者じゃて」

 

「!!」

 

 ガンドルフィーニは目を見開く。そして大きく息を吐いた。

 

「……ふう。学園長、今日はお返事をしに参りました」

 

「うむ」

 

「『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』が崩壊の危機に晒されている事……。そしてメガロメセンブリアが、地球への脱出を計画している事……。その脱出手段が、魔法を兵器に使っての、地球侵略である事……。

 見せていただいた資料ですが……。納得するのに随分とかかりましたよ。そして随分と悩みました。夏休みの間中、ずっと」

 

「……」

 

 訥々と語るガンドルフィーニ。対して、近右衛門は黙したままだ。

 

「『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』の……メガロメセンブリアの人々を見捨てるのは、断じて正義ではありません。いえ、悪です。大きな悪です。

 ですが、ではメガロメセンブリアの思惑に乗って、彼らの地球侵攻に手を貸す? そして地球に世界大戦級の悲劇をもたらす? これも悪です。大きな悪です」

 

「……ガンドルフィーニ先生」

 

「悩みました。悩みました。学園長たちが、別個の『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』救済プランを検討、実施している事もお教えいただきましたが……。もしそれが成らなければ、即座にこの問題の切っ先は、わたしの首筋に突き付けられる。

 悩んで、悩んで、そしてどうにもならなくなった時に……。わたしの目に映ったのは、娘の顔でした。……わたしは『現実世界(ムンドゥス・ウェトゥス)』の人間です。娘が生きる、この世界こそが大切です。

 学園長、わたしは貴方に加担しましょう。正義では無い。正義と名乗る資格など無い。わたし自身の、身勝手な、娘贔屓(ひいき)の思いによって」

 

 ガンドルフィーニは、真摯な瞳で近右衛門を見つめる。近右衛門も真正面からその視線を受け止め、深々と頭を下げた。

 

「ありがとう、ガンドルフィーニ先生……。まっこと、ありがたいわい……」

 

「顔を上げてください、学園長」

 

「うむ……。『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』救済計画の方なんじゃが、今現在ここにいる長谷川君たちが中心になって、色々と予備実験を進めている最中じゃ」

 

 その言葉に、ガンドルフィーニは目を丸くして驚く。それはそうだろう。長谷川3人娘は中学1年生の少女に過ぎないのだ。

 

「ええっ!? し、しかし彼女たちはまだ……」

 

「……ダイオラマ魔法球は知っておるね? 外での1時間が中での1日になったりするアレじゃが。そんな感じで、彼女らは見た目若年でも、おそるべきほどの経験を積んでおるのじゃ」

 

 近右衛門は、嘘はついていない。ダイオラマ魔法球は例として挙げただけで、長谷川3人娘がソレを使って長年の経験を積んだとは一言も言っていないのだ。まあ、ちょこっとガンドルフィーニを誤魔化す意図が無かったとは、口が裂けても言えないが。

 

「なんと……。いったい君たちの実年齢は……」

 

「ガンドルフィーニ先生」

 

「女性に歳を訊くものでは無いですよ?」

 

「あまりに失礼です」

 

「も、申し訳なかった」

 

 千雨、希雨、氷雨の冷たい視線に、ガンドルフィーニは慌てて謝罪する。まあ、長谷川3人娘も本気で怒っていたわけでは無く、すぐに普通通りに戻るが。

 近右衛門は(おもむろ)に語る。

 

「何にせよ、『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』を救えるにせよ失敗するにせよ、我々関東魔法協会の立ち位置は、変わらざるを得ん。具体的にはメガロメセンブリアから、どの様な形になるかははっきりせぬが、距離を置かねばならぬ」

 

「そして場合によっては、完全に離反して戦いを挑む、と言う事ですね」

 

「その通りじゃ、ガンドルフィーニ先生。じゃが今の段階では、救済計画の予備実験が順調に進んでおるとの報告を受けておる。無事に計画が完遂できれば、もう少し穏やかな形でメガロメセンブリアとおさらばする事が叶うじゃろうて」

 

 実のところ千雨、希雨、氷雨たちの計画では、『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』の救済が叶った場合であっても、『火星側(あちら)』との交流は可能な限り、物理的、技術的な手段を使い、絞るつもりだ。彼女らは、メガロメセンブリアの事を信じていない。できるなら、相互の交流を出来る限り遮断したいのは、むべなるかな。

 

「はぁ……。しかしそうなると少し厄介なのは、関西呪術協会との関係じゃのう。現状ではメガロメセンブリアは、曲がりなりにも麻帆良の後ろ盾になっておる。それ故に、関西呪術協会(あちら)関東魔法協会(われわれ)に対し不満は持っておっても、うかつに手出ししてこれない、という背景がある」

 

「学園長先生は本来、関西呪術協会(あっち)関東魔法協会(こっち)の取り持ち役を期待されて、西から送り込まれて来たんですよね」

 

「それがいつの間にか、西からは裏切り者扱いですか……。損な立ち位置ですよね」

 

「今の内から、学園長先生の本心を裏で流してやるわけには行きませんかね。メガロメセンブリアからの離反とか考えてるとかって。そして昔からそう言う考えがあって、決して西を裏切ってるわけじゃなかった、とかって。

 ああ、けど駄目か。メガロに学園長先生の叛意を知られたら、学園長先生が更迭でもされたりしたら、わたしたちの行動にも影響が出ますし」

 

 あちらを立てれば、こちらが立たず、であった。それに『火星側(あちら)』との交流が遮断されてメガロメセンブリアとの繋がりが薄れてからでは、近右衛門が西にすり寄ったとしても『最初からそういうつもりだったんじゃ!』『信じられっか、嘘つけーーー!!』となる事は目に見えている。

 その場にいる面々は、大きく溜息を吐いて肩を落とす。近右衛門は、だがあえて明るい表情を作って口を開いた。

 

「ま、暗い話はこの辺にしよう。そうじゃ、ガンドルフィーニ先生。長谷川君たちが、お料理研の部活でお菓子を作り過ぎてしまったそうなのじゃよ。彼女たちを助けると思って、少しばかり食べていかんかね?」

 

「あ、は、はあ。良いのかね? 君たち……」

 

「ええ。本気で沢山ありますから、遠慮なしに食べて行ってください」

 

「と言うか、食べてくだされば助かります」

 

「ああ、今お茶を淹れますね。日本茶にしますか? 紅茶の方が好みですか?」

 

「あ、ああ紅茶で……」

 

 そして学園長室の脇に(しつら)えてある応接セットに座したガンドルフィーニは、シュークリームとエクレアを頂く。そして、その眼が見開かれた。

 

「こ、これは……!!」

 

「どうじゃの? 美味かろう」

 

「これは素晴らしい……。娘や妻にも食べさせてやりたいぐらいですよ」

 

「だったら、包みますから持っていかれますか?」

 

「えっ! い、良いのかね!?」

 

「もちろんですよ」

 

 ガンドルフィーニ先生は、シュークリームとエクレアを3個ずつ、カスタードプリンを6個、そしてアップルパイを1台まるごと持って、今日のところは帰って行ったのだった。

 

 なおその後、学園長室には葛葉刀子先生、大学部の明石教授、女子中等部の瀬流彦先生、しずな先生、あげくに新田先生まで姿を見せた。なので長谷川3人娘と近右衛門は、それらの先生方に洋菓子をプレゼントし(おしつけ)た物である。先生方は喜んでそれらを持って帰った。

 ちなみに千雨、希雨、氷雨は、普段厳しい新田先生が満面の笑顔で洋菓子を受け取って帰って行くのを、ちょっとばかり微笑ましい気持ちで見ていたりした。まあ普段苦労の割に、報われる事の少ない新田先生だ。たまには(ねぎら)ってあげるのも、悪くは無いはずだ。




 ガンドル先生、とりあえず陰謀グループ入りです。まあ、高畑先生ほど深い立ち位置には来ませんが。彼は基本、地球で色々頑張ってくれる予定です。
 あと多分、エヴァンジェリンに対する態度も少しは柔らかくなるのでは。まあそこまで一足飛びにとはいかないでしょうけど。
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