千雨Cubed   作:雑草弁士

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023話・ネットに魔法を絡めてみよう

 電脳空間(ネットワーク)内に投影された希雨の意識体が、その右腕に輝くソードで『敵』に斬りかかる。

 

『……フミコミザン!!』

 

 『敵』電子精霊が砕け散る。更に希雨は右腕を『キャノン』に変えて叫ぶ。

 

『キャノン! ハイキャノン! メガキャノン! プログラムアドバンス! ゼータキャノン!!』

 

 すさまじい勢いの『キャノン』連射で、多数の『敵』電子精霊が消滅して行く。まれに『敵』電子精霊からも攻撃が来るが、希雨本体は半透明化していてその攻撃を透過し、すり抜ける。

 やがて希雨の半透明化が解ける。それを見て取ったか、はたまた偶然なのか、最後に生き残っていた『敵』電子精霊が特攻をかけて来た。だが希雨に動揺は無い。

 

『イアイフォーム!!』

 

 電子情報の居合切りが、『敵』電子精霊を叩き斬り崩壊させる。希雨はしばし残心を保っていたが、やがて息を吐く。

 

『ふう……』

 

『……手伝いに来たんだが、その必要も無かったな』

 

『ああ、千雨か。まあ、この程度の奴なら、な』

 

 いつの間にか、長谷川邸の電脳空間(ネットワーク)に、千雨の意識体が浮かんでいた。希雨は肩を竦める。

 

『やれやれ、一部の端末を必要上から外部ネットワーク(まほネット)に繋がないとならなかったけど……。即座に用意できる低位のセキュリティソフトだと、防壁やプロテクションモンスター()いて来やがったよ。まあ何もデータは盗まれ(とられ)なかったけどな。

 この電子精霊どもは、自律型じゃなしにハッカーのヒモ付きだな。だから低位のプロテクションは()けたんだよ。ただしこちらに発見された時点で、接続切って自律モードに切り替えて、好き勝手に暴れさせやがった。その間に本人は逃げやがったんだ』

 

『完全に逃げられたのか?』

 

『んなわきゃ、あるか。きっちり尻尾は掴んである。向こうは気付いてねえだろうが。けどなあ……。この相手は、明らかに魔法使い関係だ。電子精霊とか使って来たしな』

 

 千雨は眉を(しか)める。これまでも千雨、希雨、氷雨などの個人PC(パソコン)はインターネットに接続はしていた。だがそれらのPC(パソコン)はあくまで個人の趣味用であり、普通のインターネットにしか繋がっていない。それにそれらは、長谷川邸自体の独立した電脳空間(ネットワーク)とは切り離されていた。

 だが今回、長谷川3人娘が『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』の救済計画を進める上で、出来る限りの『この世界の魔法技術』に関する情報を必要とした。それ故に、魔法使い専用ネットワーク(まほネット)や麻帆良学園のメインコンピューターと大量のデータのやり取りをするために、彼女らは長谷川邸内の電脳空間(ネットワーク)を外部へと繋いだのだ。

 無論の事、ファイアウォールなどはしっかりと構築し、すぐに構築できる限りの防壁を張り巡らせ、この世界の電子精霊などに相当するプロテクションモンスターと言う防衛ソフトウェアを長谷川邸電脳空間(ネットワーク)中に放流したのだ。しかしそれらの防護は、今回見事に()かれてしまったのである。

 

『ま、こんなこともあろうかと、自前での見張りをしてて良かったぜ。それに今日中、って言うかあと30分もすれば、今現在の奴とは比べ物にならない高位の防壁や高位のプロテクションモンスターのソフトが準備完了する』

 

『今回の『敵』に対する措置はどうする?』

 

『んー、こういうネットライナーやデッカーの類ってのはよ。自分の技術には自負心を持ってるからなあ。それを超える様な電脳技術で攻撃を受けた場合には、けっこう脆い。そういう手法を取って、電脳技術面で相手を叩き潰す手があるが……。

 それと後は……。こう言う奴らは、ネットからの攻撃を受ける事には病的に、神経質なまでに注意を払うもんだが。物理的な面(ネットのそと)から攻撃を受ける事は、考えてもいない事が多いんだよな。

 つまり現実(リアル)からの報復攻撃を仕掛ける事ができれば、大抵はあっさりと叩き潰せるんだが……。遠いんだよな。イスラエルだ。うーん、衛星軌道上から誘導放出によるマイクロ波(メーザー)でも叩き込んで、全ての電子機器と電子情報を廃物(ガラクタ)にしてやろうか』

 

 希雨の案に、千雨は疑問を呈する。

 

『そこが中継点で、実は本拠地が別にあったりとかは?』

 

『電子的にはそこが終端だ。ただ、そこからアナログで別の場所とやり取りが無いとは断言できねえな』

 

『……この件は、学園長先生に話して相談してから対応を決めよう。場合によっては『わたし』が向こうに『跳んで(テレポートして)』始末を付ける』

 

 千雨の眼が、恐い光を帯びていた。希雨は、電脳空間の意識体であるのに、ごくりと唾を飲む。そして彼女たちは電脳空間を離脱(ジャックアウト)し、自身の肉体に戻った。

 

 

 

 

 

 

 翌日の事である。この日は、木曜日であった。授業終了後に学園長室に寄って、昨晩の電子的侵入者について学園長に報告と相談を行った長谷川3人娘であるが、近右衛門からはとりあえずこの件については、うかつに動かない様に言われる。

 近右衛門曰く、下手に動くと相手に気取られる、との事であった。どうやら近右衛門は、今回の『敵』がメガロメセンブリアの手の者ではないかとの疑いを持っている模様である。

 

 その理由は幾つもあるが、最大の物は電子精霊を用いた事である。長谷川邸の電脳空間(ネットワーク)を防衛している防壁とプロテクションモンスターは、昨晩は低位の間に合わせの物であったとは言え、『この世界』の電子精霊に例えて言えば最新のバージョンに匹敵するのだ。

 それをハッカーの制御下にあったとは言え、それほどの防御を()いて希雨の手を煩わせたのだ。おそらくは今回使われた電子精霊は、最新の中でも最高級の強力な物であった可能性が高い。

 

 つまりはそれ程の電子精霊を用意できる後ろ盾が無ければ、昨晩の様な芸当はできない。裏ルートで流通している電子精霊を改造したり、自身で電子精霊を構築したりした可能性も無くも無いが、若干説得力に欠ける。

 

(となると、動いたのはメガロメセンブリアの(おおやけ)のエージェントか、悪けりゃ裏の間諜(スパイ)か何か。何にせよメガロ直属の配下である可能性があるって事か)

 

(うかつに狩るのは悪手、か……。分かるは分かるが、ストレス溜まるなあ)

 

(狩れば狩れるってのが、よけいにストレス溜まるよな)

 

 3人は念話で愚痴りながら、自宅への道を歩く。やがて帰り着いた彼女らは、長谷川邸のメインコンピュータをチェックする。やはりイスラエルの『敵』からちょっかいをかけられていたが、昨晩と違い強化された防壁やプロテクションモンスターは、()かれる事なく『敵』を撃退していた。

 

「あー、腹立つなあ。新しくした防壁やプロテクションモンスターは、間に合わせの奴と違って現状の電子精霊ごときじゃ()かれる事はねえけどよ」

 

「あー、『うかつに』手出しするんじゃなければ良いんだろ?ちょっとした案があるんだがよ」

 

 氷雨がいたずらっぽく笑う。何か考えついた模様だった。

 

 

 

 

 

 

 週末の土曜日深夜、またもやイスラエルからネットを介して長谷川邸の電脳空間(ネットワーク)に、くだんのハッカーが侵入を試みて来た。どうも相手は、連続して撃退されたことで少し意地になっているのかも知れない。千雨は、近右衛門に電話連絡をする。

 

「学園長先生、来ましたよ」

 

『ほんとに大丈夫なんじゃろうの?』

 

「ええ。この相手は麻帆良学園だけじゃなく、あちらこちらに手を出して首突っ込んでます。アメリカ国防総省(ペンタゴン)とかね。もしも『仕込み』がバレても、そちらからもらったウィルスとかのせいです。『わたしら(まほら)』は何ら、関係ありません。

 それにこっちからの『仕込み』は、相手の機材に感染した後、役目を果たしたら自壊しますから。見つかる事はまず心配いらないですね」

 

(やっこ)さん、今日はここに来る前にイスラエル諜報特務庁(モサド)にちょっかいかけてやがるよ。そこから貰ったウィルスのフリして、奴の機材にデータを送り込む。……先日アメリカ国防総省(ペンタゴン)と、日本の内閣情報調査室から貰ったウィルスのフリして送り込んだデータが、今回のデータと奴の機材内部で統合される。

 送り込んだウィルスそのものは、自壊。跡形も無く消えたぞ』

 

 希雨の声が、端末機の1つのスピーカーから響く。今現在彼女は、電脳空間に意識体を送り込んで(ダイブして)いるのだ。

 更に魔法の儀式場に居る氷雨の声が、インターホンから流れ出る。

 

『あー、『敵』の機材内部で組み上がったデータによって、魔法陣が起動したぞ。(やっこ)さんの防壁とかの内側からの発動なんで、もう好き放題だ。遠隔で、『読心(マインドリード)』とか可能だ。

 ……ふむ、こいつはメガロメセンブリアの諜報員ではあるな。ただ、麻帆良に手を出したのはこいつ自身の稚気によるものだ。本国からの命令とかじゃねえ。……そうだな、このまんま始末しちまった方が安心じゃねえかな』

 

「ちょっと待て。学園長先生に聞いてみる」

 

 千雨はざっくりとした事情を、電話向こうの近右衛門に伝える。近右衛門は少々考え込んだ。

 

『むう……。始末せんでも、こちらから都合の良い情報を流す窓口としてなり、利用はできんかね?』

 

「いえ、この『敵』が麻帆良とわたしらの家を狙ったのは、あくまでこいつの遊び心です。こいつは麻帆良のネットワークに、別の小規模ネットワークであるウチが接続されたんで、単なる興味本位で覗き見しに来たんですよ。

 それで撃退されたんで、意地になって何度も来てるんで。正直迷惑ですし。それに(おおやけ)の装備として支給された電子精霊とかを、興味本位の覗きに使う様なゲス野郎です。こっちから都合の良い情報を流そうにも、こいつの『遊び』の結果ですし。上にその情報を伝えるかどうか。抱え込むだけ面倒ですよ」

 

『……そうかの。じゃが、始末と言っても、どの様に始末をつけるつもりかの?』

 

 近右衛門の疑問に、千雨はにっこりと笑った。

 

 

 

 

 

 

 翌週、月曜日の学園長室である。近右衛門はやって来た千雨、希雨、氷雨を前に、様々な資料を広げて見せる。

 

「イスラエルで、サイバーテロリストが検挙されたそうじゃ。おそらくは、コイツはアレじゃろ? 君らの所に手を出しとったハッカー」

 

「ええ、間違いないですね」

 

「どういう手段を取ったんじゃ?」

 

 近右衛門は怪訝そうに問う。それに答えたのは、氷雨であった。

 

「こいつはあちこちの機密情報を、電子精霊を使って愉快犯的に覗き見ていましたからね。本国(メガロメセンブリア)からの指示以外にも。なので、あちらこちらから貰ったウィルスを装ってこいつの機材に感染させ、複数のウィルスの更にその中に忍ばせたデータを、機材の中で統合させたんですよ。メモリ内で電子的に魔法陣を構成する様に。

 そしてその魔法陣を中継点として、こいつに色々な魔法をかけて調査しました。『読心(マインドリード)』とかね。で、こいつは使えない、抱え込むにも厄介なだけな奴だと判断しましたので、『運気低迷(バッドラック)』の魔法をかけてやったんです。対象を、電脳技術とかに絞ってやって、最大パワーで。その後、相手の機材への『仕込み』は完全に自壊させたんで、もう痕跡も残ってません」

 

「なるほどのう……。こちらの尻尾は掴まれる事は無いと言う事で、良いんじゃの?」

 

「ええ。でもって、コンピュータ関係の運勢が最悪に落ち込んでいる状態で、こいつはいつも通りあちこちに覗き見を仕掛けたわけですね。でもってこいつは、『運悪く』ネット上でイスラエル当局に発見されて、リアルでの現在地まで捕捉されちまったわけですよ。あくまで『運悪く』ね」

 

 それを聞いた近右衛門は、しかし大きく溜息を吐く。

 

「はぁ~……。ふうむ……。しかしのう……。此度(こたび)の相手は、信じがたいほど阿呆じゃった模様じゃて」

 

「……何やったんですか?」

 

「魔法を使って、逃げようとしおったんじゃよ。イスラエルの当局が動いた事を知り、メガロメセンブリアの別エージェントが火消しに動いたらしいんじゃが。

 最終的な結果として、当のハッカーはサイバーテロリストとして逮捕され、裁判を待つ身という事じゃて。魔法の事も、何かのトリックと言う事で収まった様じゃ。彼奴は万一釈放されるなり、刑期を終えるなりしたとしても、今度は魔法使いとしての刑罰でオコジョ刑が待っておるの」

 

 その言葉に、千雨、希雨、氷雨はそれぞれ肩を竦めるなり(かぶり)を振るなり、各々で呆れた様子を見せる。魔法を使う事自体は、百歩譲って許容範囲としよう。しかしバレる様な使い方は、やはり駄目だろう。

 

 そして、気を取り直した千雨が(おもむろ)に口を開く。

 

「まあだけど、これで迷惑な奴も居なくなりましたし。またすぐに別のが湧いて出そうな気もしなくもないですけど。

 何にせよ、しばらくは安心して作業や実験が出来ると言う物です」

 

「たしか『幻想の存在』に対し、ジェネシス波がもたらす影響を検証する実験、じゃったか」

 

「あくまで実験本番は冬休みですけどね。系外惑星まで行って、惑星1つを使う大実験ですし。失敗はしたくありません。失敗したなら、再度別の系外惑星を使って再実験とか、半年一年単位で計画が伸びます。

 冬休みと春休みの実験を成功裏に完了させるため、その他の小実験でやっておかなければならない事は、いくらでもありますから」

 

 千雨に続き、希雨や氷雨も語りだす。

 

「あー、『幻想の存在』で構成された『世界』の構造情報をセンサーなり何なりで感知して、それを直接にジェネシス魚雷用の世界設計情報として扱える様にする手法も、実験しておきたいですね。理論では確立してますし、ハードとしても設計完了してますが。

 これが上手く動けば、『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』を保有する火星にジェネシス魚雷(改)を撃ち込んだ際に、現実の火星に生成される新世界は『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』と完全に相似した物になります。これが上手くいかないと、千雨の案の実現が難しくなりますからね」

 

「その実験と、ソレから派生した幾つかの実験が上手く行かない場合は、神楽坂を『人柱』として使わないといけません。ですが、それは避けたいですね。わたしらは神楽坂の境遇に、ちょっとばかり思い入れがあります。そればかりでなく、ここ半年ばかりクラスメートとして過ごしてきた間に、若干の愛着も湧いてますからね」

 

 そして近右衛門も、その言葉に大きく頷いた。

 

「そうじゃの。明日菜君には、これ以上重荷を背負って欲しくは無いわい。ただでさえ、この上なく重い物を抱えておるんじゃしのう」

 

「そう言えば、神楽坂の記憶封印ですが。あれって、本人同意の上で?」

 

「ひょ? うむ……。彼女曰く、『ガトーさんの望んだ事だから』だとの事じゃて。彼女の同意無くば、魔法で彼女の記憶を消すなど出来ぬからの。

 ただのう……。ワシとしても、あれが正しかったのかは今なお疑問に思う。本人が同意しておっても、のう」

 

 ガトーさんと言うのは、『ガトー・カグラ・ヴァンデンバーグ』と言う名の、『紅き翼』の1員である。厳密には、『であった』と言うべきか。彼は既に故人である。彼は命を賭して敵からアスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシアを護り抜き、そしてアスナの辛い記憶を消してやって幸せに過ごさせてやる様に遺言したのだ。

 その遺言を託され、実行したのがかつての高畑である。彼は麻帆良学園学園長である近衛近右衛門の助力を得、アスナの記憶を消す。厳密には封印と言った方が正しい模様だが。そうしてアスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシアは消え、神楽坂明日菜が誕生したのだ。

 

 近右衛門は瞑目して、その時の事を思い出している様だった。千雨、希雨、氷雨は何かしら地雷を踏んだ様な気になり、とりあえず挨拶してその場を辞する。いや本当は、『名前とかも変えて、もっときっちり隠す算段を付けた方良かったのでは。『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』とかも狙ってる事だし』とか言いたかったのだが。

 しかし過去の記憶に思い悩むご老人に、余計なツッコミを入れるのも申し訳なく、彼女らはそおっと学園長室を立ち去ったのだった。




 今話では、用語として俗な意味で『ハッカー』と言う言葉を使っています。近年では『クラッカー』の方が似合いかもしれませんが、この話ではあえてわざと『ハッカー』という単語を用います。どうかご容赦ください。

 ちなみに今話を書いた理由は、『フミコミザン』とか『プログラムアドバンス』とか主人公陣に言わせたかっただけだったりします。ごめんなさい。
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