航宙艦『HSS-1581-A』は今現在、系外惑星『TRAPPIST-1f』の周回軌道上に乗っている。その船室の1つで、千雨は床に伏して休んでいた。付き添いの超が、彼女に声を掛ける。
「ん、元気そうだネ、千雨サン」
「まあな。40.5光年なら、疲れるは疲れるがまあ何とか。宇宙船ごとじゃなく、単独でなら数千光年の『テレポート』やった事もあるし。でもそこまで超遠距離を宇宙航行するなら、『テレポート』よりも『ラフノールの鏡』に入って宇宙飛んだ方が楽だったんだが」
「その『ラフノールの鏡』トハ?」
「あー、超能力で創造される姿見サイズの枠付き鏡状の構造物だ。強力な
「千雨サンは、まるでびっくり箱だネ」
呆れた様に言う超に、千雨は苦笑しつつ答える。
「生き延びるためと、この世界に帰還するために、必死で能力も知識も限界を超えて鍛えたからなあ……。結果、本気で
「……そうだネ。全て分かるとは言わないケド……」
超は小さく溜息を吐く。千雨もまた、溜息を吐いた。ちょうどその時、船室の船窓の外が虹色のフィールドに包まれる。希雨の航宙艦が、惑星『TRAPPIST-1f』の位相が異なる別空間に生成された、『
*
今、氷雨は自身の魔導機兵に
『そっちはどうだ?』
『ああ、何事も無く、順調だ。これから『
『ああ、頼んだ』
そして氷雨の魔導機兵は、静かに、そして徐々に高らかに、ノイズ状の圧縮呪文を唱え始める。
『ヒュィー……。ビビビ……。ジャッジャジャジャ、ビビビジャジャジャジャジャ……。ザッザザザザジャジャギャギャギャ……』
次の瞬間、魔導機兵の
命中した生き物は、植物はともかくとして動物などは一瞬、『?』という感じの反応を見せる。だがしばし経つと、何事も無かったかの様にそれまでの行動を再開した。まあ基本、餌漁りなのだが。
一仕事終えた氷雨は、希雨に連絡を入れる。
『終わったぞ』
『そうか。どうする? 前みたいにトラクタービームで衛星軌道上まで引っ張り上げて、収容するか?』
『いや、転移魔法で戻るよ。今回は、消耗したって言う程にも疲れてねえからな』
『そか』
氷雨の魔導機兵は、機体周囲に光の魔法陣らしき物を展開する。次の瞬間その姿は、希雨の航宙艦の貨物室へと『跳んで』いた。そして魔導機兵の
彼女は首をコキコキと鳴らしてコリを取ると、
*
航宙艦の
希雨の言葉が、艦長席に在る本人の肉体ではなく、
『よお、超。千雨の調子はどうだった? ああいや、艦内のカメラとかで見えてはいるんだがな』
「千雨サンは、以前の100光年テレポートの時と違テ、それほど調子悪く無いネ。まあ疲れてる事は疲れてるガ」
『そか。それならいいんだ。んじゃあいよいよ第2次実験を開始するぞ。超、科学士官席に着いてくれ』
「了解ネ」
そして希雨は重々しい口調で語る。
『これより第2次の実用型ジェネシス魚雷起動実験を開始する。全
*
惑星『TRAPPIST-1f』の周回軌道上に乗った、白に近いグレーの航宙艦から、オレンジの光の尾を引いてジェネシス魚雷(改)が射出される。その魚雷は数瞬後、惑星『TRAPPIST-1f』の表面に着弾。惑星表面に、輝きが走った。
惑星表面に走ったそのオレンジの輝きは、まるで水面に波紋が広がるのを思わせる動きで、惑星全体を包み込む様に広がって行く。オレンジの光の波紋が通り過ぎた後には、青い海、緑の大地、そして惑星表面を薄く覆う大気の層が見て取れる。
やがてオレンジの光の波紋が、惑星全体を嘗め尽くす。そして惑星『TRAPPIST-1f』は、地球に良く似た美しい
*
ジェネシス魚雷(改)は、とりあえず惑星『TRAPPIST-1f』を
『高畑先生、ソレは放置しておいてください。実験前に氷雨が魔法的マーカー付けた個体じゃないので、データがありません。持って帰っても、比較実験できませんので』
「こちら高畑、了解。あっちの狼っぽいのは、どうだい?」
『アレは……。マーカーの反応ありです。逃がさないでください』
「わかった。なるべく無傷で捕まえるよ」
今現在高畑、千雨、氷雨の3人は、ロボット乗組員の一団をそれぞれ率いて地上に降り、
高畑は捕まえた狼らしき動物を、ロボット乗組員の1体に任せると、次の獲物を探し始める。
「しかし、今回の第2次実験……。第1次実験では、あらかじめ魚雷にプログラミングしていた通りの世界を惑星に構築するものだった。大気も、海も、陸地も、そしてそこに居る生命体さえも。だけど第2次実験では……」
『ええ。今回の第2次実験で使ったジェネシス魚雷(改)は、世界のマッピングデータをあらかじめプログラミングするのではなく、その惑星が持つ『
あ、そのウサギもどき逃がさないでください』
「了解。そして同時に、その『
世界
新たにウサギの様な動物を捕まえつつ、高畑は呟く様に言う。希雨は苦笑の混ざる口調でそれに応える。
『わたしや氷雨ですらも、いや、一番『深い』ところまで逝っちゃってると思しき千雨ですらも、神の領域にはまだまだですよ。少なくともわたしらは、
でも……。それでも挑まなければならない。『本番』に失敗すれば、無数の幾多の『
「……そうだね。僕らはもう、選んでいたんだ。天秤の片方に明日菜君を乗せて、もう片方には無辜の、しかし彼らの知らないところで明日菜君に背負いきれない重荷を背負わせた『
そして僕らは、僕は明日菜君を選んだ」
『まあ、そこまで悲観的になる事も無いでしょう。全てが成功裏に完了したならば、『
それに、罪悪感を感じると言うならば。当初わたしらが神楽坂を選んだ理由は、神楽坂がかつて人間兵器扱いを受けて来たって事による共感と、その時点で若干育まれてきた顔見知りとしての程度の仲間意識でした。その程度でも、見知らぬ『
希雨は一拍置いて、話を続ける。
『今現在で言うならば、もはや神楽坂を切り捨てる選択肢は、候補にすら上がりませんよ。それが罪だと言うならば、わたしらは堂々とそれを受け止めたうえで、無視します。高畑先生も、割り切った方が楽になりますよ』
「強いね、君たちは……」
『年の功ですよ。少なくとも、亀の甲よりかは硬いですから。それに、成功すればいいんです。万一失敗したとしても、失敗した時には少なくとも超が来た未来で起きた惑星間戦争は、起こせるはずも無いですし。
何にせよ、もう既にルビコン川は渡り、賽は投げられてるんです。毒食らわば皿まで。皿までなめ尽くした後は、テーブルに零れたパンくずまで拾い食いするまでです』
「ははは。了解だよ」
そして高畑は、その後も動物、植物などのサンプルを集めて回った。そのサンプルは航宙艦に運び込まれ、超と葉加瀬の手で綿密な調査が行われるのだ。
*
5日後の12月30日、超と葉加瀬は大量の
「……と言う訳で、収集した全てのサンプルについて、魂のマーカーを確認できたネ。確実に、『
「流石にあれだけの数をチェックするのは、疲れましたよー」
『ご苦労さん、超、葉加瀬。とりあえずは現状、第2次実験は成功って事か』
希雨の言葉に、高畑が感慨深げに頷く。
「つまりはこれで、『
「まだですよ、高畑先生。今度は春休みまでに、そのジェネシス
基本的に今回の実験で確かめましたが、ジェネシス
「そいつらを現実の火星に連れて来る事自体は、難しくは無えが。ジェネシス魚雷(改)をブチ込んだ後に、連続して
千雨と氷雨の言葉に、いったんは緩みかけた高畑の表情も引き締まる。氷雨は言葉を続けた。
「それよりもだ。現実世界に定着した『
『衣食住は、既に短期間の目途は立ってる。なんとか『
「でも可能なら、そこら辺で火星は『火星人』に任せちまいたい気分だな。いつまでも手助けしてやるほど、縁も無いし恩も義理も無いからな。
まあしかし、火星と言うか『
3人娘は異口同音に言葉を紡ぐ。
「「『地球に戦争を仕掛けて来る事なんざ、できた物じゃねえな』」」
「後は地球から火星に戦争を仕掛ける可能性だガ……。ソレも当面では心配いらなそうだネ」
「現状の地球の宇宙技術では、火星は遠いですからねー」
超と葉加瀬が肩を竦める。そして超は、溜息混じりに言った。
「それでも火星にちょっかいかける様な動きハ、丁寧に潰して行くしか無いネ」
『まあ血迷って核ミサイルとか火星に発射しようとするんなら、宇宙空間で撃墜するぐらいはやってやんよ。それと商業的に成功し得るレベルの
さて、だいたい用事は済んだな。んじゃ、太陽系に帰るとするか』
希雨はそう言うと、
*
そうして希雨の航宙艦『HSS-1581-A』は、太陽系へ向かいテレポートしたのである。
というわけで、明日菜を犠牲の