千雨Cubed   作:雑草弁士

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026話・長谷川さんたちはクラスメートの方が大事

 航宙艦『HSS-1581-A』は今現在、系外惑星『TRAPPIST-1f』の周回軌道上に乗っている。その船室の1つで、千雨は床に伏して休んでいた。付き添いの超が、彼女に声を掛ける。

 

「ん、元気そうだネ、千雨サン」

 

「まあな。40.5光年なら、疲れるは疲れるがまあ何とか。宇宙船ごとじゃなく、単独でなら数千光年の『テレポート』やった事もあるし。でもそこまで超遠距離を宇宙航行するなら、『テレポート』よりも『ラフノールの鏡』に入って宇宙飛んだ方が楽だったんだが」

 

「その『ラフノールの鏡』トハ?」

 

「あー、超能力で創造される姿見サイズの枠付き鏡状の構造物だ。強力な超能力者(エスパー)はこれに入って自身を護ったり、あとはさっきも言った様に宇宙船代わりに使う事もあるな」

 

「千雨サンは、まるでびっくり箱だネ」

 

 呆れた様に言う超に、千雨は苦笑しつつ答える。

 

「生き延びるためと、この世界に帰還するために、必死で能力も知識も限界を超えて鍛えたからなあ……。結果、本気で万能(なんでもできる)ってぐらいにはなったが。けれど全能(なんでもできる)は遥か遠くて……。まあ、迷うつもりは欠片も無いけどよ」

 

「……そうだネ。全て分かるとは言わないケド……」

 

 超は小さく溜息を吐く。千雨もまた、溜息を吐いた。ちょうどその時、船室の船窓の外が虹色のフィールドに包まれる。希雨の航宙艦が、惑星『TRAPPIST-1f』の位相が異なる別空間に生成された、『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)モドキ』へと突入したのだ。

 

 

 

 

 

 

 今、氷雨は自身の魔導機兵に同化(フュージョン)して、惑星『TRAPPIST-1f』の『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)モドキ』に立っていた。航宙艦の希雨から、通信が入る。

 

『そっちはどうだ?』

 

『ああ、何事も無く、順調だ。これから『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)モドキ』に存在する生き物を無作為に抽出して、その魂に魔法的マーカーを付ける。それと同時に、その生き物の生育状態とか身体構造とかのデータを記録して、(フネ)記憶装置(データバンク)に送るからよ』

 

『ああ、頼んだ』

 

 そして氷雨の魔導機兵は、静かに、そして徐々に高らかに、ノイズ状の圧縮呪文を唱え始める。

 

『ヒュィー……。ビビビ……。ジャッジャジャジャ、ビビビジャジャジャジャジャ……。ザッザザザザジャジャギャギャギャ……』

 

 次の瞬間、魔導機兵の機体(ボディ)が燐光に包まれて、その燐光が順次に一部ずつ切り離されて光弾となり、四方八方へと飛び去って行く。その光弾は各々が、1つが1体ずつの動物や植物に命中するとその内部へと消えて行った。

 命中した生き物は、植物はともかくとして動物などは一瞬、『?』という感じの反応を見せる。だがしばし経つと、何事も無かったかの様にそれまでの行動を再開した。まあ基本、餌漁りなのだが。

 

 一仕事終えた氷雨は、希雨に連絡を入れる。

 

『終わったぞ』

 

『そうか。どうする? 前みたいにトラクタービームで衛星軌道上まで引っ張り上げて、収容するか?』

 

『いや、転移魔法で戻るよ。今回は、消耗したって言う程にも疲れてねえからな』

 

『そか』

 

 氷雨の魔導機兵は、機体周囲に光の魔法陣らしき物を展開する。次の瞬間その姿は、希雨の航宙艦の貨物室へと『跳んで』いた。そして魔導機兵の(ひたい)から光条が発せられる。その光に乗って氷雨が魔導機兵から分離、姿を現した。

 彼女は首をコキコキと鳴らしてコリを取ると、(おもむろ)にターボリフトに乗り込み、艦橋(ブリッジ)へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 航宙艦の艦橋(ブリッジ)に超が戻って来たのは、ちょうど航宙艦が『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)モドキ』から通常空間に離脱した時点であった。主映像盤(メインスクリーン)に、位相空間を抜ける際の虹色のフィールドが消失していく様子が映る。ちなみに氷雨は、既に艦橋(ブリッジ)に戻っていた。

 希雨の言葉が、艦長席に在る本人の肉体ではなく、艦橋(ブリッジ)に据えられたスピーカーから流れ出す。

 

『よお、超。千雨の調子はどうだった? ああいや、艦内のカメラとかで見えてはいるんだがな』

 

「千雨サンは、以前の100光年テレポートの時と違テ、それほど調子悪く無いネ。まあ疲れてる事は疲れてるガ」

 

『そか。それならいいんだ。んじゃあいよいよ第2次実験を開始するぞ。超、科学士官席に着いてくれ』

 

「了解ネ」

 

 そして希雨は重々しい口調で語る。

 

『これより第2次の実用型ジェネシス魚雷起動実験を開始する。全人工知能(AI)を含む総員は、魚雷本体、魚雷発射管、関連システム及び惑星『TRAPPIST-1f』の状況を総点検せよ』

 

 艦橋(ブリッジ)に居る全員に、緊張が走る。いよいよ実験本番の開始だ。しかもこの第2次実験は、単純にジェネシス魚雷の動作確認であった第1次実験と異なり、『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)モドキ』を保有する惑星に対しての効果を確認するための物である。重要度も、難易度も、第1次実験とは比べ物にならなかった。

 

 

 

 

 

 

 惑星『TRAPPIST-1f』の周回軌道上に乗った、白に近いグレーの航宙艦から、オレンジの光の尾を引いてジェネシス魚雷(改)が射出される。その魚雷は数瞬後、惑星『TRAPPIST-1f』の表面に着弾。惑星表面に、輝きが走った。

 惑星表面に走ったそのオレンジの輝きは、まるで水面に波紋が広がるのを思わせる動きで、惑星全体を包み込む様に広がって行く。オレンジの光の波紋が通り過ぎた後には、青い海、緑の大地、そして惑星表面を薄く覆う大気の層が見て取れる。

 

 やがてオレンジの光の波紋が、惑星全体を嘗め尽くす。そして惑星『TRAPPIST-1f』は、地球に良く似た美しい(みどり)の星へと変わっていた。

 

 

 

 

 

 

 ジェネシス魚雷(改)は、とりあえず惑星『TRAPPIST-1f』を地球化(テラフォーミング)する事には成功した。だが第2次実験が真の意味で成功したかどうかを確認するのは、これからである。

 

『高畑先生、ソレは放置しておいてください。実験前に氷雨が魔法的マーカー付けた個体じゃないので、データがありません。持って帰っても、比較実験できませんので』

 

「こちら高畑、了解。あっちの狼っぽいのは、どうだい?」

 

『アレは……。マーカーの反応ありです。逃がさないでください』

 

「わかった。なるべく無傷で捕まえるよ」

 

 今現在高畑、千雨、氷雨の3人は、ロボット乗組員の一団をそれぞれ率いて地上に降り、検体(サンプル)となる生物を捕まえては宇宙連絡艇(シャトル)で航宙艦へと送り込んでいた。ちなみに千雨は充分休んで、体力も回復済みである。

 

 高畑は捕まえた狼らしき動物を、ロボット乗組員の1体に任せると、次の獲物を探し始める。

 

「しかし、今回の第2次実験……。第1次実験では、あらかじめ魚雷にプログラミングしていた通りの世界を惑星に構築するものだった。大気も、海も、陸地も、そしてそこに居る生命体さえも。だけど第2次実験では……」

 

『ええ。今回の第2次実験で使ったジェネシス魚雷(改)は、世界のマッピングデータをあらかじめプログラミングするのではなく、その惑星が持つ『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)モドキ』から情報を読み取り、そのコピーを現実の惑星上に構築する物です。その辺の処理は、魔法の専門家である氷雨が組み上げました。

 あ、そのウサギもどき逃がさないでください』

 

「了解。そして同時に、その『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)モドキ』に存在する生命体の『魂』を、現実に構築したコピー生命体の肉体に繋ぎなおす……。つまり『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)モドキ』に存在する『幻想の生命体』を現実世界に生まれ変わらせる、って事か。

 世界創世(ジェネシス)も含めて、まさに神の領域に挑んでいるね……」

 

 新たにウサギの様な動物を捕まえつつ、高畑は呟く様に言う。希雨は苦笑の混ざる口調でそれに応える。

 

『わたしや氷雨ですらも、いや、一番『深い』ところまで逝っちゃってると思しき千雨ですらも、神の領域にはまだまだですよ。少なくともわたしらは、()から()は創れませんからね。

 でも……。それでも挑まなければならない。『本番』に失敗すれば、無数の幾多の『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』人は下手すればエネルギーの渦に還元されて、消失します。けれどこの方法を採れば、少なくとも『神楽坂は人柱にならずに済む』んです』

 

「……そうだね。僕らはもう、選んでいたんだ。天秤の片方に明日菜君を乗せて、もう片方には無辜の、しかし彼らの知らないところで明日菜君に背負いきれない重荷を背負わせた『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』の人々を乗せて。

 そして僕らは、僕は明日菜君を選んだ」

 

『まあ、そこまで悲観的になる事も無いでしょう。全てが成功裏に完了したならば、『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』の人も神楽坂も、まるごとまとめて助かるんです。

 それに、罪悪感を感じると言うならば。当初わたしらが神楽坂を選んだ理由は、神楽坂がかつて人間兵器扱いを受けて来たって事による共感と、その時点で若干育まれてきた顔見知りとしての程度の仲間意識でした。その程度でも、見知らぬ『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』人よりかは重かったんですがね』

 

 希雨は一拍置いて、話を続ける。

 

『今現在で言うならば、もはや神楽坂を切り捨てる選択肢は、候補にすら上がりませんよ。それが罪だと言うならば、わたしらは堂々とそれを受け止めたうえで、無視します。高畑先生も、割り切った方が楽になりますよ』

 

「強いね、君たちは……」

 

『年の功ですよ。少なくとも、亀の甲よりかは硬いですから。それに、成功すればいいんです。万一失敗したとしても、失敗した時には少なくとも超が来た未来で起きた惑星間戦争は、起こせるはずも無いですし。

 何にせよ、もう既にルビコン川は渡り、賽は投げられてるんです。毒食らわば皿まで。皿までなめ尽くした後は、テーブルに零れたパンくずまで拾い食いするまでです』

 

「ははは。了解だよ」

 

 そして高畑は、その後も動物、植物などのサンプルを集めて回った。そのサンプルは航宙艦に運び込まれ、超と葉加瀬の手で綿密な調査が行われるのだ。

 

 

 

 

 

 

 5日後の12月30日、超と葉加瀬は大量の検体(サンプル)を全て一通り検査し、結果を希雨に報告していた。

 

「……と言う訳で、収集した全てのサンプルについて、魂のマーカーを確認できたネ。確実に、『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)モドキ』に居た生命体の魂ガ、ジェネシス魚雷(改)にて創造された新たな肉体に入テるのを確認したヨ。更には古い魂と新しい肉体との結合モ完璧だヨ。オマケで言えば、ネズミの魂が獅子に入テルなどの事故も、1例も無いネ」

 

「流石にあれだけの数をチェックするのは、疲れましたよー」

 

『ご苦労さん、超、葉加瀬。とりあえずは現状、第2次実験は成功って事か』

 

 希雨の言葉に、高畑が感慨深げに頷く。

 

「つまりはこれで、『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』の生き物たちを人間も含めて、現実世界の存在として地球化(テラフォーミング)した火星に定着させる目途がついた、って言う事か」

 

「まだですよ、高畑先生。今度は春休みまでに、そのジェネシス(ウェーブ)のプロセスに、例外処理を噛ませないと。メガロメセンブリアの『現実の』人間たちが居ますからね。今回の実験では、『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)モドキ』の中にいる全ての生命体の魂を、現実世界に持ってきましたが。

 基本的に今回の実験で確かめましたが、ジェネシス(ウェーブ)は『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)モドキ』そのものの構造には影響を与えてません。だから実際の『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』でも例外処理さえ噛ませれば、基本的にメガロ連中はそのまんま『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』に残される事になりますね」

 

「そいつらを現実の火星に連れて来る事自体は、難しくは無えが。ジェネシス魚雷(改)をブチ込んだ後に、連続して抗魔(アンチマジック)弾を乗せた魚雷をブチ込んでやれば、『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』そのものが壊れて中にある現実の存在は、外に出て来る。春休みの第3次実験で、それも確認する予定だが」

 

 千雨と氷雨の言葉に、いったんは緩みかけた高畑の表情も引き締まる。氷雨は言葉を続けた。

 

「それよりもだ。現実世界に定着した『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』人を最低限、支援してやらんと駄目だろうに。衣服も無いはずだろ。希雨、たしか無人艦を派遣して小惑星帯で生産基地を建設してるはずだよな?」

 

『衣食住は、既に短期間の目途は立ってる。なんとか『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』人が自立して生産体制を整えるまでは保つだろ』

 

「でも可能なら、そこら辺で火星は『火星人』に任せちまいたい気分だな。いつまでも手助けしてやるほど、縁も無いし恩も義理も無いからな。

 まあしかし、火星と言うか『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』の工業力は、この時点でブチ壊れる。失われる。現状存在する艦隊とか魔法武器とかも、魔力に変じて雲散霧消する。更に『現実世界(ムンドゥス・ウェトゥス)』とのゲートは『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』だからこそ存在したのであって、火星には存在しない」

 

 3人娘は異口同音に言葉を紡ぐ。

 

「「『地球に戦争を仕掛けて来る事なんざ、できた物じゃねえな』」」

 

「後は地球から火星に戦争を仕掛ける可能性だガ……。ソレも当面では心配いらなそうだネ」

 

「現状の地球の宇宙技術では、火星は遠いですからねー」

 

 超と葉加瀬が肩を竦める。そして超は、溜息混じりに言った。

 

「それでも火星にちょっかいかける様な動きハ、丁寧に潰して行くしか無いネ」

 

『まあ血迷って核ミサイルとか火星に発射しようとするんなら、宇宙空間で撃墜するぐらいはやってやんよ。それと商業的に成功し得るレベルの宇宙都市(スペースコロニー)技術でも、さも新技術の様に発表してやろうか? 地球圏の開発で採算が取れれば、火星に向かう意欲の圧力も少しは減るだろ。

 さて、だいたい用事は済んだな。んじゃ、太陽系に帰るとするか』

 

 希雨はそう言うと、(フネ)を惑星周回軌道から外して飛翔させる。千雨もまた、(フネ)をテレポートさせるために、(フネ)の中心である第4デッキ『保安部員待機室』へとターボリフトで向かった。

 

 

 

 

 

 

 そうして希雨の航宙艦『HSS-1581-A』は、太陽系へ向かいテレポートしたのである。




 というわけで、明日菜を犠牲の人柱(ひとばしら)にしないために、色々と苦労してますって話でした。でもって、『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』人にもその尻ぬぐいを押し付けます。でも主人公勢は明日菜の方が大事と言う話。長谷川さんたちは、明日菜を犠牲にしないために、『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』人にリスクの大きな方法をあえて選択したのです。
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