千雨Cubed   作:雑草弁士

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027話・『咸卦法』トラブル

 年が明けた1月3日、長谷川3人娘と超、葉加瀬、高畑、エヴァンジェリン、茶々丸、近右衛門は、長谷川邸へと集合していた。希雨が一同を代表して、言葉を紡ぐ。

 

「皆さん、あけましておめでとうございます。そして実用型ジェネシス魚雷第2次実験、ご苦労様でした。皆さんの努力で、実験を成功裏に終えられた事、御礼申し上げます。つきましては新年会を兼ねまして、ささやかな祝宴を設けさせていただきました。

 それでは僭越ながら、わたしが音頭を取らせていただきます。実験成功と新年を祝して、乾杯!」

 

「「「「「「乾杯!」」」」」」

 

 各自がソフトドリンクのコップを高く掲げる。なんで新年会と実験成功の祝宴とが今この時期に行われたのかと言うと、大きく2つの理由がある。

 1つは昨年末の実験が、年末であったが故に慌ただしく、急いで地球に帰って来たため、艦内で祝宴をやる余裕が無かった事。もう1つは第1次実験成功の宴を宇宙の航宙艦内でやったため、地球の留守を守っていたエヴァンジェリンたちが参加できなかった事だ。

 ことにエヴァンジェリンは、千雨の美味い飯を食い損ねたとあって、ちょっと前回はおかんむりであった。そのためもあり、今回は地上に戻って来てから祝宴を開いたのである。ただし年末は千雨、希雨、氷雨が実家に帰るとか色々あったので、年明けに。

 

 そのエヴァンジェリンは、おせちのお重から取り皿にいくつか確保し、ご満悦で口に運んでいる。

 

「む。この紅白カマボコは、普通のカマボコかと思っていたが……。これは手作り、か?」

 

「流石だな。よく分かったなあ。氷雨が新年に釣って来た魚を使って、すり身にして練り上げて、蒸し上げた」

 

「味がまったく違う。見事だ千雨」

 

 ちなみに雑煮も、関東風と関西風の両方を取り揃えている。これは本来は近右衛門に対する心遣いだったが、実のところ両方をいただく者が多かったりした。

 

 

 

 

 

 

 冬休みは、短い。短いが、その短さにしては冬休みの宿題は多いのが通例である。長谷川3人娘は通常の宿題はさっくりと終わらせていた。だが通常の問題集などの他に、更に自由研究か工作のどちらかの提出をしなければならない。もっとも千雨、希雨、氷雨はそれについてもぬかりは無かった。

 千雨は木製の折り畳み椅子をプロ並みに仕上げてあり、既製品と誤解されないために製作過程の写真を多数添付している。希雨は電子計算機の発達について、ENIACやABC、コロッサス等の段階から緻密に纏めた自由研究を用意した。氷雨は自分で野外を駆け回り集めた素材を使い、ハンカチ十数枚を草木染めした物を作品として提出する事にしている。

 まあ、時間がかかる物はいつも通りに、邸宅内の超加速空間を利用したのでズルいと言えばズルいのだが。だが彼女らは、宇宙での実験とか色々やる事が多すぎたので、その辺は勘弁して欲しいところだ。

 

 そんなこんなで冬休みの宿題を完了した長谷川3人娘であったが、今回も夏休みの時と同様に宿題が終わらないクラスメートたちが襲来していたりする。

 

「……馬鹿か? いや、馬鹿なんだな?」

 

「てめえら、なんで自由研究もしくは工作って、時間のかかる物を後回しにする?」

 

「あと今日、明日の2日しか無えじゃねえか。どうすんだよ」

 

「「「「面目ない……」」」」

 

 今回はこの面々、古、楓、明日菜、まき絵の4名だが奇跡的に、問題集などは何とかかんとかかろうじて終わらせるか、あるいはあと少しで終えられる、というところまで来ていたりする。

 夏休みの宿題を手伝ってもらい、中間試験で試験勉強をさせられ、期末試験でまたも試験勉強をお世話になった事で、彼女らも少しは勉強の仕方や理解が身に付いた模様だ。夏休みのときには、まき絵は居なかったが。

 しかしながらこの4名、自由研究または工作が、何も手つかずだったりするのであった。本当にどうするつもりであったのか。

 

「で、ほんとにどうする?」

 

「古は自由研究テーマだけは決まってんだな。夏が中国の武術に関するまとめだったから、今度は日本の武術と中国の武術の比較か。仕方ねえ、ネットで資料集めよう。ほんとなら図書館島行くところなんだが、あそこに(こも)って調べてる時間が無え」

 

「申し訳ないアル……」

 

「ああ、もういい、もういい。それより急げ。希雨、古の事たのむな」

 

「わかった」

 

 希雨は古を連れて、PC(パソコン)部屋へと急ぐ。その一方で千雨と氷雨は、残る3人に向き合った。千雨が肩を竦めて語る。

 

「で、おまえら3人はもう時間が無え。だから工作だ。わたしは折り畳み椅子作ったんだが、作品を椅子に決める前に、何を作るか幾つか検討したんだ。その設計図をてめえらにやるから、それで作れ」

 

「「「おおー……」」」

 

「と言う訳で、ちょっと見た目が簡単すぎてインパクト無えって候補から外したのが、本棚、小テーブル、木刀、飾り棚、収納ボックス、工具箱だな。まあ木刀は実際のところバランスとかグリップの握り具合だとか色々大変なんだが。工具箱も見た目単純に見えても、けっこう難しい。

 うーん、神楽坂は壁から吊り下げる飾り棚だ。これは部品構成が簡単だからな。同じく部品構成が簡単な、卓上用の本棚を佐々木。長瀬は残りのうち、どれがいい?」

 

「木刀でも良いのならば、木刀作りが慣れているでござるな」

 

「わかった。んじゃ、早速作業に入るぞ。お前ら作業着無いだろ。作業ツナギ貸してやるから、着替えろ」

 

 そして千雨と氷雨の指揮のもと、3人は木工作業に入る。楓はさほど苦労せずに、適切な木材を選び、丁寧に削り、砥の粉を塗って乾かし、翌日にニスを塗って仕上げの乾燥作業に入る事ができた。ここまでは問題は無い。

 問題は、明日菜とまき絵であった。2人とも、微妙に不器用なのである。(のこぎり)で板を切断する際も、角材や丸棒を切断する際も、見ている方がおっかない。

 とりあえず千雨と氷雨は、まき絵には『新体操の道具を扱う時の感覚を思い出せ』とか言ってやった。そうしたらまき絵は唐突に、上手く道具を扱い出したりする。それ以後はどんどん技量が上達し、見ている方が唖然とするぐらいであった。

 そして明日菜である。彼女には、とりあえず事故を起こさない様に丁寧に作業を進めさせるしか無かった。明日菜は精神を集中し、気合を入れて、自身を無にして作業にあたる。そう、自身を『無』にして。

 

 

 

 

 

 

 そして、事故は起こった。

 

 

 

 

 

 

「うん……。何と言うか……。わたしらは知らなかったが、神楽坂『ではなく』アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシアが、『咸卦法』の経験があったって事なんだろうけどよ……」

 

「佐々木も長瀬も、唖然としてやがったなあ……。別室で自由研究のまとめをしてた古まで、泡を食って飛び込んできたもんなあ……」

 

「精神を集中して木材を切ってたら、唐突に『咸卦法』が発動して木材はおろか、木工作業台、そして床板まで(のこぎり)でさっくり切断しちまうって、何なんだ……」

 

 とりあえず口八丁手八丁でその場は誤魔化し、作業を続けさせた長谷川3人娘ではあった。まあ何はともあれ、冬休み最終日には明日菜の飾り棚、まき絵の本棚、楓の木刀はなんとか完成し、古の自由研究もどうにか形になった。まあやはり明日菜の作品は、微妙に歪みがあったりするが、それも愛嬌だろう。

 閑話休題(それはともかくとして)

 

「一応学園長先生には話は通したが……。難しい顔になってたなあ。木工作業台と床板の修理代は、持ってくれるって言ってたが。ちょっと悪い気もする。

 それとなあ……」

 

「うん。『咸卦法』が使える生徒を、一般生徒扱いにしとくのって、出来るのかよ?」

 

「高畑先生が『悠久の風(いつもの)』関係で出張中ってのも痛いな。帰って来るのは、冬休み最終日(ほんじつ)の夜遅くだっけ?」

 

 明日菜には今のところ、希雨が隠蔽装置による完全ステルスの偵察機(ドローン)を、見張りに付けている。それの報告によると、明日菜は時折思い出したように『咸卦法』を行使し、『咸卦の気』を身に纏ってみたりしているらしい。

 

「……身体に悪いとか嘘ついて、禁止した方良かったか?」

 

「嘘は良くねえだろ。素直に『その力はむやみに使うとアブねえ』って言い含めて置いた方が。ただし今からだと、今更感が強いが」

 

「問題は他にもあるぜ。同室の近衛、そして近衛にぴったりくっついてる桜咲だ。少なくとも、桜咲にはある程度の事情を説明した方がいいな」

 

 そして千雨、希雨、氷雨は近右衛門に連絡し、学園長室に刹那を呼び出す事にする。その間の木乃香の護衛は、氷雨が代理をする事にした。

 

 

 

 

 

 

 あくる日、3学期の始業式の裏で、千雨、希雨、氷雨はこっそり念話で話し合っていた。

 

(桜咲は、あまり深いところ聞いて来なくて助かったな)

 

(ありがたい事だよ。学園長の『明日菜君は、ちょっとばかり特異な生まれの血筋での。本人は忘れておるが、幼い頃に『咸卦法』の手ほどきを受けた事もあるのじゃ』って言葉を丸飲みしてくれたもんなあ)

 

(嘘は言って無いが、全てを語ってるわけじゃ無いんだよな)

 

 昨晩に近右衛門は、刹那に対して明日菜が『咸卦法』を使える理由について、おおざっぱに明かした。そして刹那に、明日菜に対し『『咸卦法』の力をむやみに使うのは、他人を怪我させたりの危険があるため、あまり使わない様に』と言い諭す役割を振ったのである。

 刹那は近右衛門の頼みを、快く承諾してくれた。特に深い事情も、あえて聞く事もせずに。これは当人が重い秘密を抱えている事も、この場合には良い方向に働いたのだろう。

 

(けど、出張から帰って来た高畑先生が話を聞いて、あれほど狼狽してたのはちょっと可哀想に思ったな)

 

((それはなあ……))

 

 3人は、講堂の(かたわ)らに並んでいる、教師の列に目を遣る。そこには疲労感を漂わせ、目の下に隈を浮かべた高畑が居た。おそらくはその疲れは、『悠久の風(いつもの)』関係の出張によるものばかりでは無い。明らかに、明日菜の事に関しての悩みから来る疲労であった。

 

(……『咸卦法』の使い方を思い出したからと言って、封じられた記憶全てを思い出しちまったわけでも無いんだし。そこまで悩まなくてもいいんじゃないかと思うんだが)

 

(そうもいかんだろう。高畑先生としては、恩師の最後の……最期に遺した文字通りの遺言だったから、神楽坂の記憶を消すのを実行したんだろうが。だからと言って、思うところや悩みが無かったとは言えねえだろ。単に助力した立場の学園長先生ですらも、かなり思い悩んでるみたいだしな)

 

(つまりは神楽坂が封じられた記憶を思い出すか否か、で悩んでるんじゃなくて……。記憶消去って言うか封印をかけた当時の、その時の悩みとか苦しみがフラッシュバックしてる様なもんか)

 

 これがここまで唐突な話でなく、徐々に段階を踏んでそう言う状況になったのであれば、高畑や近右衛門としても心の準備が出来ていたのかもしれない。しかしながら、『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』をどうにかする目途が立ちかけて、ようやく一息ついたかと思っていた矢先にこの騒ぎである。

 

 だが3人の視線の先に居た高畑は、一瞬瞑目すると次の瞬間目を開き、柔らかな表情を浮かべて自然体に戻った。千雨、希雨、氷雨は、ほおっと息を吐く。

 

(お、気を取り直した。とりあえず棚上げしたのか、何かしら決意したのか、それは分からんが)

 

(まあ、それでも自分を取り戻したのは良い事だな。お、心配そうに高畑先生を見てた神楽坂が、先生が復活したの見て、眼をハートマークにしてやがる)

 

(さもありなん。さっきのあの表情だけで、並の女だと惚れるんじゃね?)

 

 まあ明日菜が高畑に惚れているのは、最初っからなのだが。

 

 

 

 

 

 

 数日後、千雨、希雨、氷雨は自分たちの邸宅に造り付けた実験場で、幾つかの基礎実験を行っていた。これは呪的処理を導入したジェネシス魚雷(改)に、『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』にいる現実の生き物、つまりはメガロメセンブリア等の住人たちについて、例外処理させるための実験である。

 

「……ん。こっちの条件下だときちんと例外処理されるが」

 

「ちょっと空間の位相がズレると、現実の存在であるか否かに関わらず、『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』内の全生物の魂を、ジェネシス効果で創造した新しい肉体に移植しちまうな」

 

「いっその事、例外処理なしにして、『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』内の生き物は全部まるごと新しい肉体に入れちまうってのも考えなくも無いんだが……。そうなると、『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』内に残された元の肉体が、魂と魔法的な共鳴とかしかねないのが問題なんだよな。」

 

「やっぱり、きちんと例外処理を盛り込んだ方が、安全確実だぜ? 『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』内の現実の生き物連中は、別個に新世界に放り出そう」

 

 そして彼女たちは、色々とパラメーターを変えて幾つもの実験を行う。その実験が一段落した頃合いで、(おもむろ)に千雨が口を開いた。

 

「結局、神楽坂の件は現状様子見、か」

 

「今更記憶を取り戻させても、今度は今の神楽坂の人格がどうなるか、って話だもんな」

 

 氷雨もまた、小首を傾げて答える。希雨もまた、それに続いた。

 

「後は、魔法を使って記憶を回復させるのは、神楽坂に効くかどうかって話もあるしなあ。記憶を消したときは、アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシアが曲がりなりにもそれに同意したんだろ? ガトウさんだったかの遺言だからって」

 

「まあ、記憶を戻すのに必要ならば、わたし(ちさめ)や希雨が手を貸す必要があるかもな。わたしらなら、『完全魔法無効化能力(マジックキャンセル)』による影響なしで他の手法使って、記憶戻せるし」

 

「あー、わたし(ひさめ)は魔法主体だから、この件に関しては助力は難しいな。魔法は色んな事が手軽にできて便利だが、『幻想』っていう『理不尽』を『現実』の空間に押し付けると言う『無理』を押し通してる技術だからな。

 神楽坂の『完全魔法無効化能力(マジックキャンセル)』だけじゃなく、色んな手段でそれこそ簡単に、魔法ってのは妨害とかできるんだよな。魔法でしかできない事じゃないなら、魔法にベッタリと頼り過ぎない方がいいんだよ。魔法主体のわたしが言うのもなんだが」

 

 氷雨が自嘲気味に苦笑しつつ、言葉を紡いだ。千雨と希雨も苦笑する。

 

「さあて、んじゃあ実験も一段落ついたし。データの纏めが終わったら、飯の準備にかかるか」

 

「今日は何だ?」

 

「サーモンステーキ」

 

「おお、そりゃ楽しみだ」

 

 一同はてきぱきと実験結果の記録を処理して纏め、楽し気に実験場を後にしたのである。




 明日菜さん、切っ掛けがあれば肉体に染み付いた経験なんて、ひょんな事で出てしまいそうな気がしますな。よくあれだけトラブルが巻き起こる麻帆良で、ネギが来るまで過去の情景とかフラッシュバックせずに済んだものです。
 まあ、ネギが来た後だと命がけだったり命がけだったり命がけだったり、トラブルの連打ですからね。麻帆良日常のトラブル程度なら、大丈夫だったのかもですが。
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