千雨Cubed   作:雑草弁士

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028話・ガンドルフィーニの謝罪

 3学期に入ってしばらくの間、特に何事も無い日々が続いた。長谷川3人娘、超、葉加瀬は第3次実験のための予備実験を、スケジュール通りにこなして行く。エヴァンジェリンにも時折この世界の魔法について、色々とアドバイスをもらったりもした。

 それ以外にもエヴァンジェリンは、そこはかとなく裏側で色々とサポートをしていたりする。浅いところでは、朝倉和美の詮索の妨害。深いところでは、麻帆良に入り込んだメガロメセンブリアの手の者(エージェント)などに対し、彼らに気づかれないままに幻惑し、学園長の本意や超の正体、それに長谷川3人娘たちの計画について隠し通している。

 

 そんなこんなで、『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』の崩壊に対処する計画も、その他の雑多な事柄も、一応は順調な日々が過ぎて行った。そんなある土曜日の事である。

 長谷川邸の、固定電話のベルが鳴った。普段は他者からの連絡は大抵の場合、3人娘の代表者である千雨の携帯電話にかかって来るので、この固定電話が鳴るのは本当に珍しい事である。千雨は急ぎ、電話に出た。

 

「はい、長谷川です」

 

『長谷川君かね? お久しぶり、こちらはガンドルフィーニだ』

 

「ガンドルフィーニ先生? 本当にお久しぶりです。ああ、ちなみにこちらは千雨です」

 

 電話の相手は、ガンドルフィーニであった。千雨はしばし、ガンドルフィーニと通話すると、電話を切る。氷雨が怪訝そうに、千雨に訊ねた。

 

「ガンドルフィーニ先生? 珍しいな。何の用だったんだ?」

 

「いや、用事の本筋はこれからだそうだ。ちょっとわたしらに頼みたい事があって、予定が空いてるか聞くための電話だった。今からなら空いてるって言ったら、すぐに来るって言ってたぞ」

 

「あの人の頼み? いったい何なんだろうな」

 

 希雨もまた、怪訝そうな顔になった。何はともあれ彼女らは、とりあえずお茶の準備をして来客を待ち構えたのである。

 

 

 

 

 

 

 ガンドルフィーニは、長谷川邸にやって来てしばらくの間、自身の用件について触れなかった。何と言うか、彼が思い惑っている様子がありありと分かる様子だったので、千雨、希雨、氷雨もまた相手側の心の準備ができるのを、じっと待つ。

 

 そしてようやくの事で、ガンドルフィーニは本題に入る。

 

「……今日は君たちにお願いしたい事があって来たんだ。本当は学園長に頼もうかとも思っていたんだが、学園長は今現在『西』との話し合いが難しい局面に入っているとかで、余裕が欠片も無さそうだったのでね。

 いや、君たちも『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』問題で忙しいのは理解しているんだが……。まだ若干余裕はありそうだとの事だったので」

 

「まあこっちの問題は、現状は順調に進んでいます。とりあえずは余裕あります」

 

「ガンドルフィーニ先生の頼み事って、そちらの件に影響でるほど大事(おおごと)なんですか?」

 

「いや、大事(おおごと)と言う程の事は無い。だが、少なくともわたし個人にとっては大事(おおごと)なのだがね……」

 

 そしてまた、ガンドルフィーニは口ごもる。千雨、希雨、氷雨の3人は、話を促す事もせずに、ただ待った。やがてガンドルフィーニは決然と目を開き、口を開く。

 

「わたしはエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと、腹を割って話がしたい。ただ、今までの経緯(いきさつ)があって、こちらはともかく相手方としても、色々と難しいだろう。

 それ故に、見た目通りの年齢では無くエヴァンジェリンとの親交も深い、君たちにお願いしたい。彼女との対談の仲立ちをして欲しいんだ」

 

「「「……了解しました」」」

 

 長谷川3人娘は、異口同音に言った。

 

 

 

 

 

 

 そして翌日の日曜日、エヴァンジェリン宅である。ファンシーなパッチワーク模様のソファに居心地悪げに座ったガンドルフィーニと、その付き添いで来た長谷川3人娘は、対面に座ったエヴァンジェリンと相対していた。

 一同は、ガンドルフィーニが手土産として持ってきた有名洋菓子店のケーキを茶菓子に、茶々丸が淹れた紅茶を楽しんでいた。ただしガンドルフィーニを除いて。ガンドルフィーニもまた、紅茶を口に運んでこそいるものの、それを楽しむほど気持ちに余裕は無い様だった。

 

 そしてエヴァンジェリンが口を開く。

 

「……いつまでダンマリを続けるつもりだ? わざわざ長谷川たちにまで口利きを頼んで、わたしの時間を空けさせたのだ。さっさと本題に入ればよかろう」

 

「……たしかにその通りだ」

 

 ガンドルフィーニはそう答えると、居住まいを正す。そして彼は、いきなり深々とエヴァンジェリンに頭を下げた。

 

「? ……何のつもりだ、ガンドルフィーニ」

 

「済まなかった……。申し訳なかった、エヴァンジェリン。わたしはこれまで、貴女を見誤っていた。そしてあろうことか、貴女を知ろうともせずに迫害する側に立って、正義を気取っていたのだ。赦してくれ、とはとてもではないが言えたものではない。けれど……詫びる事だけは、せめても許して欲しい」

 

「……」

 

 ガンドルフィーニは、訥々と語る。

 

「わたしはメガロメセンブリアが、地球侵攻を企んでいるのを知って以来、その語る正義を……。その(かた)る正義を信じられなくなり、彼らのこれまでの行いを色々と検証していた。そしてエヴァンジェリン、貴女にメガロメセンブリアが賞金をかけた件について、偶然ながら僅かに残された資料に行き当たった。

 メガロメセンブリアは、かつても地球への侵略を企図していた事があった。今回の様に、『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』崩壊などという危機的状況に陥っての事ではない。単純に欲得ずくの行いだ。それを防いだのが貴女であり、メガロメセンブリア元老院がその腹いせで、貴女を貶めて賞金をかけたと言うではないか」

 

「……懐かしい出来事だな」

 

「わたしの眼は、節穴だった。押し付けられた価値観で、貴女を邪悪と断じ、迫害した。本当に申し訳ない事をしてしまった……」

 

「ガンドルフィーニ」

 

 エヴァンジェリンは、ガンドルフィーニを見遣る。その表情は、皮肉気な笑みを浮かべていた。

 

「わたしは悪だ。貴様の行いは、『正義として』なんら間違ってはおらん。第一、わたしは何も気にもしておらんぞ? そのような事は、『あたりまえ』なのだ。繰り返して言うが、わたしは気にしてはおらん。気にするほどの事でもない。『あたりまえ』の事なのだからな」

 

「一見優しそうにも聞こえるが、そりゃガンドルフィーニ先生に取って厳しくねえか?」

 

「わたしは悪だからな。基本、悪とは厳しいものだ」

 

 千雨の台詞に、エヴァンジェリンは笑って言葉を返す。千雨はだが、苦笑を交えつつ更に言った。

 

「わたしは『赦せ』とは言ってねえんだ。というか、お前にとっては『赦す』もなにも、当然すぎて気にする事じゃねえんだろうしよ。けど、『許す』事はいいだろ。詫びたがってるんだし、詫びる事を『許す』のはよ。

 それは善と悪や、正義と悪って問題じゃねえ。年長者として、道を誤った後進に対する『慈悲』ってもんだ。ここで詫びる必要すら無いって切り捨てるのは、簡単だぜ? けど、それさえも『許す』事が無かったらよ? ガンドルフィーニ先生は真面目な人だし、思い詰めて迷走しちまうかもしれねえ。

 そうしたらよ。お前、いつか遠い未来でふと思い出してしまって、苦い想いを感じるかもしれねえぞ? そんな記憶は、経験は、てめえにゃ無いのか?」

 

「貴様にも……。貴様らにも、その様な経験や思い出は、多数ありそうだな」

 

「「「いっぱいあるぜ?」」」

 

 長谷川3人娘は、一斉に言った。エヴァンジェリンは苦笑する。その肩から、いつの間にか入っていた力が抜けた。

 

「わかった、ガンドルフィーニ。詫びは、受け取ろう」

 

「……感謝する。長谷川君たちも、とりなしてくれて感謝する」

 

「それこそ気にしないでください」

 

「わたしたちは、後味の悪い思いをしたく無かっただけです」

 

「この場合、口出しするのは当然でしょう」

 

 長谷川3人娘は、優しい目でガンドルフィーニを見遣る。その視線は、ガンドルフィーニではなく、どこか遠い物を見ている様だった。おそらくは似たような状況下での、かつて『許す』事すらしなかった過去でも見ているのだろう。その結果、たぶん大きく後味の悪い結果になったのかも知れない。

 

 その後、ガンドルフィーニはエヴァンジェリンと色々と話をした。その中でエヴァンジェリンがポロっと、彼女が吸血鬼になったのは彼女自身の意図では無かった事を、本気でうっかり漏らしてしまったりもしたりする。

 それによりガンドルフィーニが、エヴァンジェリンは根っからの邪悪な吸血鬼ではなく、元々は邪悪な魔法使いの魔法実験による犠牲者であった事を知ってしまい、再度慙愧の念にかられたりもした。まあその辺りは枝葉の出来事である。

 

 

 

 

 

 

 ガンドルフィーニが帰った後、エヴァンジェリンは彼の事で、長谷川3人娘に対し毒づく。

 

「まったく……。なんと七面倒くさい奴だ。もういいと言うのに、何度も何度も頭を下げて来て……」

 

「誠実で、いい人じゃないか。ちょっと堅苦しいところは否めないけどな」

 

「世界はああいう人たちが地盤とか土台になって支えてくれてこそ、きっちり動くんだ」

 

「一部の突き抜けた英雄的存在だけじゃ、世の中は回らねえよ。って言うか、ああ言う人こそしっかり評価されるべきなんじゃねえかな」

 

 長谷川3人娘はしたり顔で、うんうんと頷き合う。愚痴を吐いていたエヴァンジェリンも、そこまで腹を立てているわけでもない。

 

「まあ、何にせよ丸く収まった感じで良かったよ」

 

「そうだな。流石にガンドルフィーニ先生がマクダウェルに詫びるため、自害するとかは無かったと思うが」

 

「いくらなんでも、そこまでは無いんじゃね? あの人には娘さんも居るし、自害とかしたら後に遺される家族とかに対して、無責任すぎるだろ。そこまでは無いだろな。胃に穴ぐらいは開くかもしれんが。

 何にせよ、良かったよ」

 

 まあ、ガンドルフィーニは素行の悪い生徒からは鬱陶しがられるが、基本的に家族思いであり生徒思いであって、かつ職務に忠実である。基本的に理想的な教師であり、実力も確かだ。その様な立派な魔法先生であるため、周囲からの信頼も厚い。

 そんな人とエヴァンジェリンの関係がある程度改善されたと言う事実は、千雨、希雨、氷雨らにとっても有難い事ではある。彼の積極的な協力があるならば、今後彼女らも随分と動き易くなると言う物であった。

 

 

 

 

 

 

 2月初頭の、とある金曜日の夜。麻帆良学園本校女子中等部の学園長室に、いつもの陰謀メンバーに加えてガンドルフィーニ、瀬流彦、葛葉刀子、神多羅木、明石教授が集まっていた。近右衛門が口を開く。

 

「さて、改めて紹介しておこう。ここにいるタカミチ君、ガンドルフィーニ先生、長谷川千雨君、長谷川希雨君、長谷川氷雨君、超鈴音君、葉加瀬聡美君、そしてエヴァンジェリンとその従者の絡繰茶々丸君じゃが、前年よりこのメンバーで『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』の崩壊とそれに(まつ)わる諸問題に対処するため、色々と働いておる。

 一方こちらの瀬流彦君、葛葉先生、神多羅木先生、明石教授じゃが、今後新たに我々の企てに協力してくれる事になった。これだけの面々の協力を得られたのは、本当に幸いじゃ」

 

「それはいいんですけど、学園長先生。何故明石教授以外のわたしたちは、明日から急な海外出張になったのですか?」

 

「うむ、当然ながらこの件に、きっちり関係しておるよ、葛葉先生。氷雨君、頼むわい」

 

「はい」

 

 氷雨が、無詠唱呪文で幻影魔法を行使し、一同の眼前に地球の模式図を表示する。氷雨の実力を知らない高畑以外の魔法先生たちは、その魔法行使の精度とスピードに驚きの声を上げた。

 

「今ここで光っている地点が、地球の地脈が集まっている地点です。このうちの3か所に、わたしが開発した魔法装置を仕掛けます。すると『現実世界(ムンドゥス・ウェトゥス)』と『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』の間の位相空間に変異が発生、相互の転移が不可能になるのです。

 ただし、自然現象の結果である様に装うため、一時的な転移不能現象を何度か繰り返した上で、完全な転移不能に陥る様に仕向けますが」

 

「なるほど、それでメガロメセンブリアの軍隊が、『現実世界(ムンドゥス・ウェトゥス)』へ派遣されるのを食い止めるわけかい。あ、この地脈が集まってる地点、僕らの出張場所じゃないかい? なるほど! 今回の僕らの出張は……」

 

「そうじゃ、瀬流彦君。君とガンドルフィーニ先生、葛葉先生と神多羅木先生で組んでもらい、申し訳ないんじゃがタカミチ君だけは単独で現地に向かってもらう。そして地脈の集中する地点で、別便で秘密裏に送られた魔法装置を地下深くへ打ち込んでもらう。

 その後は魔法装置を断続的に起動し、最終的には『現実世界(ムンドゥス・ウェトゥス)』と『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』の間の転移を完全に遮断してしまう。そうして時間を稼いでいる間に、『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』の救済、というよりは『現実世界(ムンドゥス・ウェトゥス)』への定着計画じゃな。それを実施する。そしてメガロメセンブリアの地球侵攻計画を、無意味な物にしてしまうのじゃて」

 

「「「「「了解です」」」」」

 

 明石教授以外の魔法先生が、一斉に返答をする。その明石教授に、近右衛門が声を掛けた。

 

「明石教授、済まんが君には明日からワシと共に、隠密裏に『西』へと出向いてもらいたい。メガロメセンブリアとオサラバするよりも前に、関西呪術協会との関係を改善しておかねばならん。残り時間はあまりに短い。

 幸い『西』の長である近衛詠春(ムコどの)は、ワシらへの全面協力を申し出てくれておる。じゃが油断はできぬ。対『東』の強硬派はともかくとして、過激派連中が動かんとも限らぬのじゃ」

 

「了解です。既に持っていく資料の類は、準備万端整ってますよ。そして万が一の場合は……」

 

「うむ……。長谷川君たち、超君、葉加瀬君。そちらの計画の方は、進捗はどうなっておるのかの?」

 

 その問いに、千雨が頷いて答えた。

 

「超とわたしらで手分けして、予備実験を何度も繰り返してます。今のところは、出て来た問題はたいした事ありません。全部解決済みです。春休みの第3次実用型ジェネシス魚雷実験は、予定通り行えるはずです」

 

「うむ……。では諸君、特に明日からの海外出張の先生たちと、明日からワシと『西』へ赴く明石教授! 心して任にあたってくれい!」

 

「「「「「「はい!」」」」」」

 

 全員の気合が入った声が響く。まあ海外出張組はそこまで心配は無いだろう。普通の出張業務をこなした後に、適当に郊外へ出向いてこっそり地面にトランクケース大の魔法装置を埋め込むだけだ。後は魔法装置が自動的に地脈の中まで潜っていく。

 問題は、秘密裏に『西』へ向かう近右衛門と明石教授であろう。『西』の長である、近右衛門の娘婿である近衛詠春が味方だとは言え、過激派連中が何をするか分からない。更にもしかしたら、強硬派連中までもがその動きに乗せられないとは限らないのだ。

 

(万が一の場合には、学園長先生を助けにいける様にしとくべきだな)

 

(わたしもそう思う。準備だけは、しておこうか)

 

(うーん、西洋魔法に類似した術じゃなく、日本の呪術に似た術の準備をしておこうか? その方が、色々言い訳効きそうな気も)

 

 千雨、希雨、氷雨は念話で話し合った。近右衛門が万一ここでリタイアされては、困ると言うレベルの問題では無いのである。彼女らは、万一に備えて準備を開始した。




 ガンドル先生メインの回でした。なんとかエヴァンジェリンと和解、って言うのかな? まあともかく、今までよりはずっとマシな関係を結び直しました。
 近右衛門、関西呪術協会の懐に飛び込みます。はたして、どうなるか。
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