入学式が行われた日の晩の事である。麻帆良学園本校女子中等部1-Aの教室は、19:00を回っていると言うのに電灯が煌々と灯っていた。何故に灯りがついていたかと言うと、この時間に1-Aに在籍する魔法関係者たちの顔合わせが行われていたためである。
ちなみに本来ならば、この顔合わせは行われるはずでは無かった。これは長谷川3人娘が急に加わったため、予定を変更して急遽行われたのである。学園側と言うか近衛学園長としては、色々とヤバい背景を持つ生徒たちを集めた面倒なクラスで、千雨、希雨、氷雨らが魔法先生や魔法生徒との横の繋がりが無くては、色々とやりづらいだろうと考えたのだ。
なお本来であれば、1-Aの担任教師で魔法先生である高畑も一緒に参加しているはずであったが、急用があって遅れて来る事になっている。そして夕飯時を潰してしまうと言う事で、学園側の厚意で教室には様々な料理と飲み物が用意されていた。それをつまみながら、出席番号順に各自の自己紹介が始まる。
「えー、出席番号9番の春日美空っス。一応シスター・シャークティの下で魔法生徒やってるっスけど、まだまだ未熟者っスよ。得意な魔法とかも無いっスし。魔法生徒としての活動も、本格的にはやってないっスね。あ、この唐揚げ美味いっスねー」
「……出席番号10番の絡繰茶々丸と申します。認識阻害が効果を為さない魔法先生、魔法生徒の皆様であれば、ご覧になれば分かる通り、ガイノイドです。マスターであるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの、魔法使いの従者です」
「え゛。ちゃ、茶々丸……さん? ガイノイドって何スか?」
「女性型のアンドロイドを、特にそう呼称いたします」
「そ、そうなんスか」
美空はクラスメートにロボが居る事で、唖然としていた。ちなみに彼女は、茶々丸のマスターであるエヴァンジェリンが、『
「出席番号15番、桜咲刹那です。京都神鳴流の剣士で、補助程度に陰陽術もたしなんでいます」
「出席番号18番、龍宮真名。厳密には魔法生徒の扱いにはなっていないが、傭兵として学園からは既に幾度か依頼を受けた事があるよ。魔法は使わないが、魔眼を持っていてね。狙撃任務では重宝しているよ」
(魔法を『使えない』じゃなく『使わない』か……。微妙な言い回しだな)
(いいんじゃね? 自己紹介だからって、全部明かすわけじゃないだろ)
(だあな。まあ、コイツら自分が
こっそり念話で会話する、長谷川3人娘。千雨、希雨、氷雨の『目』には、刹那が
そして彼女たちの順番が来る。
「出席番号25番、長谷川希雨。魔法はちょっとかじった程度だが、機械とか科学技術とか、そう言った方面には下手な学者や技術者よりも強いつもりだ。昼間、クラスでの自己紹介でも言った通り、千雨と氷雨とは
「出席番号26番、長谷川千雨。まあ、なんと言うか。わたしは良く言えばオールラウンダーだが、悪く言えば器用貧乏だな。まあ、普通程度には魔法も使えるが。希雨と氷雨とは
「出席番号27番、長谷川氷雨。魔法はまあ得意な方だが……。前の2人が言い忘れてる事があってな。わたしたちが学んだ魔法は、一般の魔法使いが使ってる魔法とはちょーっとばかり違う流派でな。普通の魔法は今、学んでる途中だ。
まあ、とは言っても……。わたしは『
ここで真名が口を挟む。ちょっと……いや、かなり興味を惹かれた模様だ。
「最上位攻撃魔法と同等か、凄いな。その『
(探りを入れて来たなあ)
(まあ、教えてもいいんじゃないか? 実は『
(まあな。そうするか)
そして氷雨は、イイ笑顔で答える。
「ん。『
「……頼むから、それらの魔法使わないでくれよ?」
「必要に迫られなきゃ、な。あとは生命体相手で単体攻撃の基本魔法なんだが、コストパフォーマンスに優れてて、どんな場合も過不足ない威力という使い勝手のいい魔法を愛用してる。『
「……ほんとに、そのまんまだな」
真名は引き攣った笑いで引き下がる。千雨、希雨、氷雨はニヤニヤ笑いをあえてわざと浮かべて見せた。
(……わたしが『
(信じないんじゃね?)
(核爆発魔法は使えないけれど、核爆弾とか水素爆弾とか窒素爆弾とか反物質爆弾とか、普通に造れるぞ)
((絶対造るなよ、希雨))
(新規に造らなくても、もうストックあるから造らねえよ)
((あんのかよ!!))
そして最後の魔法生徒の自己紹介になった。なったのだが……。
「ありゃん? おい、マクダウェル。マクダウェル? ……寝てやがるよコイツ」
「仕方ないだろう。一昨日から寝ずに呪いの修正してたんだ。わたしら3人や、絡繰とは違うだろ。封印で魔力も制限されてるし。身体能力とかも、見た目相応になってるって話だしな」
千雨がエヴァンジェリンに、何処からともなく無造作に取り出した毛布をかけてやる。ちなみに魔眼でその毛布を取り出す過程を確認できなかった真名が、ぎょっとしていたりもするが。
ここで千雨の台詞に引っ掛かりを覚えた美空が、千雨らに問いかけた。
「あ、あのー。長谷川さんたち? マクダウェルさんの呪いの修正とか封印とかって、何なんっスか? 何やら嫌な予感がするんスけど……」
「ん? ああ、マクダウェルの奴はなんか12年前に、当時の英雄『
「ぶふぉっ!?」
美空は吹き出した。ちなみに刹那と真名は動じていない。おそらくは知っていたのだろう。美空は顔面蒼白で引き攣り、絶叫した。
「な、な、なんで『
「待て、わたしはミンチより酷い状態で死ぬ気はないぞ? って言うか、そんなにビビらんでも。確かにコイツの逸話とか、ヤバさげなのばっかりだけどさ。でも、まだ付き合いは浅いけどな? コイツは悪者(笑)ではあるらしいけどさ、でも非道な奴じゃないって、そうわたしらは感じたぜ?」
「それとも春日……。お前は伝聞情報や、うわっつらだけで、相手をどうしようもないクズだって決めつける様な奴なのか? だとしたら、わたしらもお前との付き合い方、考えねえといけないんだが」
「そ、そ、そんな事言われても……」
氷雨に強い視線で見据えられて、美空は萎縮する。そこへ真名が割って入った。
「まあ、そう言うな。魔法関係者の間では、『
長谷川たちは、独自流派の魔法使いだって話だったな? おそらくそれ故に、一般的な魔法社会とは距離を置いていたんじゃないか? だからエヴァンジェリンに対する恐怖とか無いから、分からないんだろう」
「「「……」」」
真名に
「悪かった、春日。そうだな。子供の頃から染み付いて来た恐怖心とか、そう簡単な話じゃないもんな」
「うん、わたしも悪かったよ春日。言い過ぎた、すまん」
「けどよ。龍宮は流石だな。負うた子に教えられ、ってのはこの事か」
「……わたしと長谷川たちは、同い年じゃなかったか? 『負うた子』、は無いだろう。いや、この見た目だからな。若く見られるのは有難い事なんだが」
真名は、千雨、希雨、氷雨の実年齢を知らない。実際のところ、話題になっているエヴァンジェリンよりもずっと年上なのだが。そして千雨が、美空に向かい言葉を紡ぐ。
「……だけどよ。難しいのはわかった。だけど、できるならマクダウェルをあんまり色眼鏡で見ないでやってくれ。こいつ、悪い奴じゃないわけじゃないけれど、悪党かも知れないけれど、別にそこまで悪逆非道ってわけでもねえし。誇りもあるし。絡繰との関係見てると、けっこう情にも厚いようにも思う。
たぶん吸血鬼だって事で、色々と
「わわわ、わかったっス。わかったっスけど……。むむむ難しいっスよ……。いえ、努力はします」
「ああ、それで充分だ」
その後は、ちょっと微妙な空気が一部で流れていたりもしたが、比較的に
「ああ、済まない皆。どうしても手が放せない用事が出来てしまってね。遅れて申し訳ない。各自の『裏』での顔合わせは、終わったのかな?」
「はい、終わりました。厳密にはエヴァンジェリンさんが眠り込んでしまったので、そこだけ飛んでいますが、彼女の事は一応別口で知らされておりますので大丈夫です」
「そうか、桜咲君」
「刹那で結構ですよ? 高畑先生」
「了解だ、ありがとう刹那君」
そして高畑は、改めて一同に向き直る。
「さて、僕が基本的に君らの担当となる、魔法教師タカミチ・T・高畑だ。まあ一部春日君の様に、他に担当魔法先生を持っている魔法生徒も居るけれどね。ふふ、まあ魔法教師とは言っても、僕は魔法を使えないんだけどね。それでも『気』や魔力そのものを用いた戦闘術には一家言あるから、そちらについては相談に乗れるよ?」
(あれ? 高畑先生魔法を使えないのか?)
(はじめて聞いたな。『
(……この場でその件について聞いちゃ、空気読めてねえよなあ。ところで……気付いてるか?)
千雨の念話に、氷雨も希雨も思念で頷きを返す。
(ああ。なんか覗き見してやがるのが居るな)
(あ、ソレはわたしの領分だな。魔法による使い魔の類じゃなしに、機械……偵察用のドローンだ。センサーに反応がある。ただ……)
希雨の視線が、ちらっと茶々丸の方を見遣る。彼女は念話を続けた。
(あの偵察用ドローンだが設計思想的に、絡繰のボディと共通項が多い。絡繰の外装デザインそのものは、マクダウェルの趣味が出てるらしいから、外観自体はそんな似てないんだがな。
けれど想定される内部的機構とか、そう言った部分で絡繰と共通する部分が多いんだ。まず間違いなく、設計者は同じだろうな)
(と、なると……。出席番号19番の超鈴音と24番葉加瀬聡美だったか。後でマクダウェルと学園長先生に話を聞いておくか)
(……とりあえず撃墜とかして、脅しかけといた方が良くね?)
氷雨は無断で覗き見されている事に、強く不快感を示す。だが千雨はそれを宥めた。
(今のところは、泳がして置こう。無駄に敵対心を煽る必要性も、現状では無いだろ。それよりは、警戒させちまう方が始末に悪いかも知れんし。今は知らんふりしとこう)
((……了解だ))
そして食べ物や飲み物も無くなり、会合は流れで解散となった。一同は三々五々、散っていく。と言っても大半は女子寮に行くので同じ道を帰るのだが。そんな中、別方向に行くのは長谷川3人娘とエヴァンジェリン、茶々丸に高畑だった。
彼女らは女子寮に入らずに、別方向の森に建てられている家で暮らしている。そして高畑は、眠ってしまって起きないエヴァンジェリンを背負って送るため、彼女らと同行していた。茶々丸が遠慮がちに高畑に話しかける。
「……高畑先生。マスターはわたしが背負ってもよろしいのですが」
「いや、構わないさ。絡繰君はエヴァの従者であるけど、生徒だからね。先生であり年長者のメンツってもんがあるのさ、ははは」
「了解しました。……難しいものですね」
その後一同は、しばらく無言で歩き続ける。だが意を決した氷雨が、高畑に問うた。
「高畑先生……。お気になさっていたなら申し訳ないんですが、魔法が使えない、とは? 以前ざっくりと『
「ん? ああ、僕はどうも体質的に呪文詠唱ができない
「ああ……。わたしが会った事のある人でも、ごく少数ですがそう言う症例の人は見てきましたね。そう言う人は、詠唱を代行する呪具とか、あるいは機械的な『詠唱代行機』の
千雨の言葉に、一瞬高畑が目を丸くする。
「詠唱……代行……機?」
「図面はわたし持ってるから、希雨なら作れるんじゃね?」
「へえ、じゃあ帰ったら図面見せてくれ。……高畑先生は、魔法を使いたいですか? 先ほどのお話では、それ以外の技術で戦闘面はどうにでもなってるみたいでしたが」
「……うん。使えるものならば、使いたいね。でも、いや、本当に?」
高畑は目を白黒させた。歓喜、諦観、疑念、色々なものが入り混じった表情だ。それはそうだろう。一度は完全に諦めたものが、手の中に転がり込んでくる。それがどうにも信じられないのだ。
「作ってみて、使えるかどうか試してみていただけますか?」
「う、うむ。うん。了解、だよ。……もし、本当に魔法が使えるのなら。こんなに嬉しい事はないよ……」
未だ高畑は、降って湧いたこの幸運が信じきれない模様だった。その様子を、周囲の女生徒たちは柔らかな視線で見つめていた。いや、エヴァンジェリンは高畑の背中でぐーすか寝こけていたが。
*
「……なんで千雨サンが3人に分裂してるネ? しかも3人とも魔法生徒だト?」
「超さん、いったいどうしたんですか?」
「あ、イヤ、なんでもないネ、葉加瀬」
超鈴音は、焦っていた。先ごろの秋口に、彼女は『この時代』へと遥かな未来から時間遡行して来た。未来での『ちょっとした不幸』を防ぐために。せめても、その未来社会は見捨てても、多少なりともマシな並行世界の『芽』を紡ぐために。
(……ケレド、なんで千雨サンが3人になってるネ? 本当にここは、ワタシの世界の過去なのカ? まさカ、『
何が、何ガ起きたネ……! い、イヤ、計画に変更ハ無いヨ。なんとシテも、『
超は拳を握りしめる。
高畑先生、強化開始です(笑)。足りなければ、他所から持ってくればいい。詠唱ができないなら、自分以外に詠唱させればいいんです。
そして超鈴音、大混乱。ごめんよ超さん(笑)。