千雨Cubed   作:雑草弁士

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006話・魔法使いタカミチ・T・高畑

 高畑が、飛んでいた。空を、自由自在に、『魔法の力』で、飛んでいたのである。その表情には、歓喜の色が浮かんでいた。

 厳密には、高畑は空中での機動ができないわけではない。魔力で魔法陣を編んだり、あるいは『気』で足場を作り、それらの上に乗って跳躍したりする事で、疑似的に空を飛翔した事は何度もある。だが、これほどまでに自由に、これほどまでに自在に、大空を意のままに舞ったことは今までに無かった。

 彼の眼下には、海辺に屹立した巨大な塔が見える。エヴァンジェリンの『別荘』だ。彼は『魔法』を制御(コントロール)し、塔の屋上へと降りて行った。大空を舞う感覚は、名残り惜しかったが。

 

「……ふふ、初めての飛行魔法とは思えんな。まあ、これまでの魔力の制御(コントロール)などの鍛練が活きた、という事だろう」

 

「『別荘』を使わせてくれて、ありがとうエヴァ。……うん、何と言うか、感無量だよ」

 

「一昨日『火よ灯れ(アールデスカット)』に成功したばかりで、ここまで飛行魔法を使えるとはな」

 

「この『詠唱代行機』のおかげさ。頭の中で呪文を詠唱すれば、それを読み取って『詠唱のできない』僕に代わって、呪文を詠唱してくれる」

 

「何、頭の中に呪文をしっかりと構築していなければ、意味の無い機械だと希雨も言っていたではないか。それに術式を制御(コントロール)しているのもタカミチ自身だ。確かにその腕輪の機能(チカラ)はあるだろうが、本質は貴様自身の地力(チカラ)だ。自信を持て」

 

 エヴァンジェリンの言葉に、高畑は思わず笑みを漏らし、そしてゆっくりと、しみじみと頷く。と、そこへ声がかかった。

 

「ああ、でも高畑先生。それは試作品なので、耐久性が無いので戦闘には持ち出さないでくださいね? 近いうちに、きっちりと完成版をお届けしますから」

 

「試作機が量産機より高性能だってのは、結局幻想(ファンタジー)なんだよな」

 

「マクダウェル、確かに呪いの修正の対価として、お前の持ってる呪文書の類、写させてもらったぞ」

 

 声の主は、やはりと言うか希雨、氷雨、そして千雨だった。彼女らはエヴァンジェリンの塔の中に収められている呪文書を、昨日から今に至るまでの時間をかけて、あらいざらい複写していたのだ。そして今しがた、塔の中から屋上へ上がって来たのである。彼女らの言葉に、エヴァンジェリンは驚く。

 

「あれだけの数を、こんなに早く写し終わったのか!?」

 

「魔法を使ったからな。まず『完全記憶(パーフェクト・メモリー)』の魔法を自分に行使して、続いて『読書(リード・ブックス)』の魔法を、効果範囲を塔全体に拡大して使った。そこまでが第1段階。呪文書とかってのは、たいていが暗号文で書かれているから、『解読(デコード)』の魔法で暗号解読する。これが第2段階」

 

「そしたら氷雨の頭の中にある呪文群を、『筆写(ドローイング)』の魔法で用意してきたわたしらの呪文書に自動書記すると同時に、『精神感応(テレパス)』の魔法でわたしらの頭の中にも転写する。これが第3段階と第4段階だ。

 第1段階と第2段階には時間かからなかったけどよ。第3、第4段階にかなり時間かかった」

 

「ちなみにわたしは、2人よりも魔法の力量が1段も2段も3段も低いから、正直これだけの魔法を頭に叩き込まれたら、思い切りあっぷあっぷしたよ。頭、というかその中の呪文領域が破裂するかと思ったぞ」

 

 希雨がげんなりした表情で語る。彼女が言った通り、彼女は機械工学とか電気工学とか電子工学とか物理学とか量子力学とか、そう言った方面には無茶に強いのだが、魔法的な実力に関しては他2人よりも圧倒的に低い。

 そして千雨が、虚空から3冊の分厚いノートを引っ張り出すと、エヴァンジェリンに手渡す。

 

「これは?」

 

「いや、呪いの正常化の代価って事で、アンタの呪文書全部写させてもらったけどよ。すまん、謝っとく。アンタを見誤ってた。質も量も、あれだけあるとは思ってなかった。ちょっとどころじゃなく、貰いすぎたな。

 それで、これは『お釣り』だ。かなり貰いすぎたんで、わたし、希雨、千雨がそれぞれ1冊ずつ、自分の呪文書の中からほどほどに有用な呪文群を抜き出して編集した。ただし、いちおう地球の言葉に翻訳はしてあるけど、異世界の魔法だからな? そのまんま使えるかどうかは、アンタの力量にもよるが……。解析して、こっちの世界の魔法で再構築した方が早いかもな」

 

「ふむ……。ありがたく、いただいて置こう」

 

 エヴァンジェリンはノート3冊を受け取る。そこへ茶々丸が姿を見せた。

 

「マスター、皆さん、そろそろ外へ出るお時間ですが……」

 

「おお、もう時間か。では外へ出るか」

 

 そして一同は塔の屋上から細い橋を渡り、『別荘』の出入り口になっている別棟の塔へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 一同は出入り口の魔法陣を介し、エヴァンジェリン宅の地下室へと姿を現す。その地下室には、直径1m程度の球形ガラス瓶に封じられた、一見模型に見える塔のジオラマがあった。この塔のジオラマこそがエヴァンジェリンの『別荘』なのだ。先ほどまで一同は、このジオラマの中に転移してそこで過ごしていたのである。

 ちなみに『別荘(ジオラマ)』の中での1日は、外での1時間に過ぎない。高畑などは、かつてに於いてエヴァンジェリンからこの『別荘』の使用許可を得、その中で修業に励んだ過去がある。『別荘』での修行に熱を入れ過ぎたが為に、外での年齢以上に老けてしまったのはご愛敬(あいきょう)か。

 その高畑が、長谷川3人娘に声をかける。

 

「ところで、『詠唱代行機』を製作してもらう代価なんだが……。本当に『咸卦法』を教えるだけでいいのかい? 第一、アレについては修行法は習うより慣れろ的で、あまり『教える』べき内容が少ないんだが」

 

「いえ、それでもわたしたちは『咸卦法』を教えていただきたいと思います。極めて貴重なんですよ、『気』と『魔力』を複合して圧倒的なパワーを得る技術ってのは。わたしたちは数多くの並行異世界を旅して来ましたが、『魔力』を使う技術は魔法としてあちこちに存在してました。また『気』を使う技術も、ある世界では単純な攻撃力増強手段として、ある世界では『気』を魔力の様に使って術を行使していたりも。

 ですが『気』と『魔力』を合成して、『継続的に』強大なパワーを得る技術は……。まず見当たりませんでしたね。『魔力』主体の『魔法』と、『気』主体の『剣技』を合成して、瞬間的に……。あくまで『瞬間的』な大パワーを得る技術なら、わたしも知っていますし習得しています。ですが『咸卦法』のごとく『継続的』に『力』を得る技術は……」

 

 千雨が語っている途中で、氷雨が割って入る。ちょっと興奮気味だ。

 

「あ、瞬間的に大パワーを得る技術って、『鳳龍の剣術』の『魔法との複合剣技』か!?」

 

「氷雨、知ってたか。わたしはある世界に行ったときに古代の遺跡から秘伝書を発掘したんだが」

 

「たぶんわたしが行った事のある世界は、その世界の過去かあるいは近隣並行世界じゃねえかな。使い手がまだ生きてたんだが、残念な事に敵対関係になっちまったんで、精神を読んで技術を盗んだんだよな。

 ……後々判明したんだが、わたしが味方してた陣営のトップが、実は悪玉だったんだよ。騙されてたと知って、わたし自身がそいつブッちめたんだが。『鳳龍』の使い手にゃ、悪い事したなあ……」

 

「あー。こんだけ長生きすると、そう言う失敗は両手の指じゃ数えきれないほど経験するよなあ……」

 

 千雨と氷雨が遠い目になる。どうやら、『若かりし頃の失敗』という思い出を反芻している模様だ。そして仕方なしに希雨が高畑との会話を引き取る。

 

「あー、何にせよ『咸卦法』は、幾多の並行世界でも珍しい技術なんですよ。わたしたち3人も、それに類する技術はほとんど保有していません。どうか是非ともご教授願いたいのですが」

 

「うん、わかったよ長谷川君たち。君たちが『咸卦法』を習得できるよう、きっちり面倒を見させてもらうよ」

 

 そこへエヴァンジェリンが突っ込みを入れる。

 

「しかし貴様らは、いったいどれぐらいの年月を生きて来たのだ? 性格とか反応とかが若々しいと言うか、どちらかと言うと幼いほどだから、そこまででも無いと思っていたのだが」

 

「「「……女に歳を聞くもんじゃねーよ。たとえ女同士でもな」」」

 

「……っく! これだけ長生きすると、とか先に言ったのは貴様らだろうに……。わ、わかった。わかったからそう言う目で睨むのをやめんか!」

 

 滝の様に汗を流すエヴァンジェリン。茶々丸は無表情に、しかしながら困ったような雰囲気を(かも)し出しつつ突っ立っている。数秒後、大きく息を吐いた千雨が代表して口を開いた。

 

「精神が若く見えるのは、この世界に戻って来るときに、以前の性格とあまり変化してたら変だろうと、人格調整したからだ。わたしも、希雨も、氷雨もな。その辺は、元々同一人物だ。似た発想になったのは偶然だが、必然でもあるさ」

 

「なるほど」

 

「ほんとにな、歳は聞かねーでくれないか? 幾つになっても、女は女だ。歳の事は、頭が痛い問題でもあるんだ。マクダウェルが羨ましいぜ、まだまだ若いんだからよ」

 

「600余歳で若いと言われるとはな……」

 

 そしてエヴァンジェリンも、何がしかを思い出すように遠い目になる。4人が何かしら物思いに沈んでしまったため、残された高畑は妙に居心地が悪くなった。ちなみに茶々丸は、さっさとお茶の準備をすべく台所へと逃避している。いや、当人に逃げると言う認識があったかどうかは定かではないが。

 

 

 

 

 

 

 数日後の事である。長谷川3人娘の邸宅へ出向いた高畑は、唖然としていた。長谷川3人娘が『咸卦法』を、その強度には差があれど、きっちりと行使できていたのである。

 

「あー……。3人とも凄いね……。というか凄まじい才能だよね」

 

「いえ、才能と言うよりは努力の結果ですよ? 才能無かったとまでは言いませんが」

 

「しかし、たった3日で……」

 

「ああ、その事ですか」

 

 千雨は笑って言った。ちなみに彼女がもっとも強い『咸卦の気』を(まと)う事が出来ている。2番目が氷雨で、希雨は最後だ。もっとも希雨でも、充分に実用レベルの『咸卦法』を扱えているのだが。

 そして千雨はネタばらしをする。

 

「初日にみっちり高畑先生から教わった修行法で、1日あたり1年ぐらいずつ修行しましたからね……。このレベルで使える様になるまで、合計で3年はかけました」

 

「え゛っ……。あ、もしかしてエヴァの『別荘』かい? ああ、いや。エヴァの『別荘』は1時間を1日に引き延ばすんだから、違うな」

 

「ですね。使ったのは、1分を1日に引き延ばす事のできる、超加速空間です。広さはマクダウェルの『別荘』と違い、せいぜい3LDK程度ですがね。1日あたり6時間ばかり使いました。まあ本当なら消費するエネルギーが莫大すぎて、中々使いどころが難しいんですが……。エネルギー源として、希雨の宇宙船の動力炉が使えたんで、解決しましてね。

 でも、流石に1日に1年ずつ外とのズレが出来て行くのは、閉口しましたね。今後はあんまり使わない様にしましょう。あるいはほどほどに抑えるか。流石に『1年ぶりに』『昨日の』クラスメートと会ったりしたときには、話題が合わなかったりでコミニュケーションがちょっと取りづらくて」

 

「そうまでして、『咸卦法』の習得を急がないとダメだったのかい?」

 

 高畑が問うと、千雨は真剣な顔になって答える。

 

「……世の中、何が起きるか分かりませんからね。ある日突然、時空の穴が開いて異世界へ『落ちる』様な事があるかも知れませんし。そんなわけで、わたしも希雨も氷雨も、なんらかの技術の習得には貪欲ですし、習得自体も可能な限り急ぐ様にしてるんですよ。『いざと言う時』に備えるために、ね」

 

「……そう、だったね」

 

 長谷川3人娘の現状は、それこそ時空の穴にハマって異世界へ『落ちた』事が原因である。あまりの説得力に、高畑は言うべき言葉が見つからなかった。

 

 と、そこへ希雨が声をかける。その手には、何がしかブレスレットの様な物があった。

 

「高畑先生。これが『詠唱代行機』の完全版です。試作品とは頑丈さに天と地の違いがありますので。本当の本当に緊急時には、これで殴りつけたり、敵の攻撃をこれで受けたりしても大丈夫です。ですが、やっぱり精密機械ではあるので、なるべくはそう言う扱いは避けて、乱暴に扱った後はわたしにチェックさせてください」

 

「見た目は色以外は、試作品と変わらないんだね。ありがとう」

 

「色を変えたのは、試作品と間違わないためだけですけどね。前にも説明しましたが、これには呪文詠唱を代行する他に、魔法の発動体としての機能と、あとは呪力を増幅して魔法の威力を強化する機能、それに魔力タンクとしての機能があります」

 

「試作版の方は、返却した方がいいかい?」

 

「いえ、いざと言う時の予備として持っててください。いちど差し上げた物ですから、返せとは言いませんよ。パイロットランプが点滅したら電池が切れる直前なので、電池交換してくださいね。時計やゲーム機用のボタン電池で動く様になってますんで」

 

 高畑は『詠唱代行機』を受け取り、それを右手に嵌める。それはまるで長年使って来た道具の様に、しっくりと馴染んだ。

 

 

 

 

 

 

 とある日曜日。この日、千雨、希雨、氷雨はエヴァンジェリン、茶々丸と共に東京へと出かけて来ていた。呪いが正常化されたため、エヴァンジェリンは休みの日などに麻帆良の外へと出る事が可能になっていたのである。

 だがしかし、近右衛門や高畑たち以外の魔法先生への言い訳のために、必ず保護観察の魔法関係者が共に行かなければ麻帆良の外へ出る事は許可されなかった。その事で少々むくれてはいたものの、久しぶりの麻帆良の外という事でエヴァンジェリンは、実のところ内心浮かれていたりする。そして本日エヴァンジェリンに付いて来た魔法関係者と言うのが、長谷川3人娘であったのだ。

 

「まったく……! あのクソジジイめが!」

 

「いつまでも怒ってんなよ」

 

「しかしだな! なんだあの言いぐさは! 『ひょ!? まさかエヴァ、知らなんだのか!? 気付いておらなんだのか!?』とは!」

 

「いや、普通『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』なんて名前の呪いなんだからよ。それに魔力抑制の効果があるなんて、思い込む方が不自然じゃね?」

 

 エヴァンジェリンが近右衛門に対し怒っているのは、エヴァンジェリンの魔力を一般人並に抑え込んでいたのが『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』の呪いによる効果ではなく、麻帆良結界が持つ『魔物などの魔力を抑え込む機能』によるものであった事を、今の今まで黙っていた事にである。エヴァンジェリンは道端の屋台で買ったクレープを齧りつつ、苛立たし気に言った。

 

「まあ、わたしもうかつではあった。よく考えれば、その通りなのだからな。ただ、ナギの馬鹿があまりにデタラメな奴であったし……。奴の事だから、『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』の呪いにそんな付加効果を付けてあってもおかしくないと、根拠も無く思い込んでしまった」

 

「……よっぽどだったんだな、そのナギって魔法使い」

 

「うむ」

 

「ああ、そろそろヤバい関係の話はストップな。人が周囲に増えて来た」

 

「了解だ。……買い物が終わったら、浅草まで足を延ばさんか? 関東に住んでおったのに、今まで浅草寺には一度も出向けておらなんだのだ」

 

「「「いいぜ」」」

 

 異口同音に、千雨、希雨、氷雨がエヴァンジェリンに同意する。茶々丸が黙したまま、3人に一礼した。

 そしてしばしの間、彼女らはとりとめのないお喋りをしつつも買い物に勤しむ。その買い物が一段落したあたりで、人通りが少なくなって来たのを見計らい、氷雨が無詠唱でこっそり結界を展開した。結界の効果は、内緒話用に会話が外へ漏れない様にするための物だ。そして氷雨は言う。

 

「絡繰、すまんが少し離れて周辺を警戒してくれねえか? ちょっとマクダウェルと内密の話をしたいんで、うかつに誰かに聞かれてオコジョにされたら困る」

 

「マスター……?」

 

「ああ、茶々丸。頼みを聞いてやれ」

 

「了解です。では……」

 

 茶々丸が遠ざかり、周囲を警戒し始める。それを確認の上、エヴァンジェリンは小声で話し始めた。

 

「茶々丸に聞かせたくない話なのだな?」

 

「ああ、ちょっとな」

 

「となると、超についてか。奴と葉加瀬は茶々丸の開発者だからな。黙っている様に命令したところで、定期的な整備の際に奴の記憶は覗かれてしまう」

 

「そう言う事だ」

 

 千雨がエヴァンジェリンの言葉を肯定し、希雨、氷雨もまた頷いて見せる。エヴァンジェリンはニヤリと笑った。




 さて、高畑先生が魔法を使える様になりました。と言っても、結局のところ物理で殴るののあくまで補助的にしか魔法は使いませんけどね。でも空を自由に飛べるようになりましたし、魔法障壁も張れる様になりました。総合的戦闘能力は、けっこう上がったのでは。
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