千雨Cubed   作:雑草弁士

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008話・ニンジャと飯を

 ある週末、土曜日の事である。麻帆良の外れ、森深い山奥で、千雨、希雨、氷雨の3人はキャンプを張っていた。彼女らがこんな所まで来た目的は、腕が鈍らない様に鍛練を積むためである。

 

 本来彼女らは、時空の歪みに捕らわれて異世界へ『落ちる』までは、バリバリのインドア派であった。そのはずであった。しかし彼女らの時間で数えきれない年月を生きた結果、万能選手(オールラウンダー)の千雨、魔法的世界を多々生き抜いて来た氷雨は勿論だが、科学技術万歳な希雨ですらも野営などに慣れきってしまっている。

 まあ勿論希雨は、普段は研究室に引きこもる事が多い。ではあるが、彼女は自身が開発した光線銃レーザー(レーザーガン)とか強化服(はいぱあめたりっくこんばっとすうつ)とか、そう言った代物を実地で野外テストとかする。そのため彼女も、肉体的に貧弱というわけでもない。その辺は、葉加瀬聡美などとは大きく異なっている点であった。

 

 閑話休題(それはともかくとして)、今現在長谷川3人娘は、戸惑っていた。

 

「どうする?」

 

「わたしとしては、とりあえず狩って血抜きとか解体とかしちまうのがオススメだが」

 

「うーん、食い物には困ってないし、こいつデカいからここらのボスじゃないのか? 下手に殺すとこの辺の生態系を乱さないか?」

 

 彼女らの眼前には、熊が居た。しかもその体躯は、普通の熊よりも一回りか二回り大きい。そしてそれは、今まさに彼女らを襲わんとするかの様に、両前足を振り上げている。……と言うか、その姿勢で恐怖に凍り付いているのだが。

 いやまあ、それは千雨の仕業である。山中で偶然に長谷川3人娘のキャンプに出くわしてしまったその熊は、急に人間に出会ってしまった事で驚き、過剰防衛行動として彼女らを襲おうとしたのだ。

 そうしたら、千雨が単に眼力だけで、熊を射竦(いすく)めたのだ。熊はあまりの恐怖に凍り付き、今もって動けない状態になっている。なお氷雨が魔法、希雨が科学兵器の準備をしていたが、それがまったく間に合わなかったりしたが。

 

「……逃がしてやるか。希雨の言う通り、生態系ブチ壊れるのも何だしな」

 

「ちぇ、久々に熊の手とか食えるかと思ったんだが」

 

「せこい事言うなよ。まあわたしも千雨の調理で熊の手は食ってみたかったけどよ」

 

 そして千雨は、無造作に熊を投げ飛ばす。10mほど先に落下した熊は金縛りが解けて、必死になって逃げだして行った。あの熊は、しばらくの間はこの辺に近寄らないだろう。氷雨はその熊を、未だに指を咥えて見送っていたが。

 

「んじゃ、とりあえず晩飯の準備するか」

 

「そうだな。わたしと希雨は何すりゃいい?」

 

「とりあえずその辺で、食える野草探して来てくれ。その間に火と水の準備とかしておくから。あとコメも()いで水に浸けておかねえとな。肉類も下味付けたり準備しねえと」

 

「今晩は何でござるか?」

 

「山菜カレー」

 

「「「おおー!!」」」

 

「そうだな、長瀬は川で水汲んで来てくれるか? そこに(コッヘル)とポリタンクあるから」

 

「わかったでござるよ」

 

 しばし後、日が暮れた頃になってカレーが完成した。ご飯も炊けて、かぐわしい匂いを漂わせている。4人は焚火を囲んで、千雨の作ったカレーをいただく。

 

「これは……。美味しいでござるな! スプーンが止まらぬでござれば!」

 

「まあな。前にもどこかで言った気がするが、わたしと希雨も料理には少し自信があったんだよ」

 

「だけど、千雨の飯を食ったら、その瞬間そう言った自信が根本から打ち砕かれたな」

 

「はっはっは」

 

 そして飯が済んだら、夜の修業の時間だ。何をやるかと言えば、山中を舞台にした鬼ごっこと言うか、隠れんぼと言うか、そういうモノである。まあ鬼役は捕まったらではなく、定期的に交代するのだが。そうでないと、複数の隠形手段を超人的なレベルで持つ千雨などは、絶対に鬼にならないからだ。

 

「ほい、長瀬見っけ」

 

「な!? い、いや、まだでござるよ希雨殿! 見つかったからと言って、捕まらなければブベッ!?」

 

「フ、転んだな。わたしの科学の力を甘く見てもらっちゃ、困る。特製の電波発信塗料がお前の脚にくっついてるから逃げられはしないし、それの電波を追跡して着弾する小型のミサイルもある。

 ちなみにそのミサイルには、強力な粘着固化剤(トリモチ)が充填されてるんだがな。今お前の足を地面にくっつけてるヤツが。宇宙都市(スペースコロニー)の建材を接着するのに使われるヤツ」

 

「す、宇宙都市(スペースコロニー)なぞ今の時代に無いでござるよー!?」

 

(あ、そうだったっけ)

 

 ちなみに希雨の伊達眼鏡には、熱分布とか魔力分布とか『気』の強度分布とかを『()』られる機能があるので、長瀬楓嬢が分身で誤魔化して逃げようとしても無駄である。まさに科学の勝利。

 やがて制限時間が過ぎる。希雨は結局、楓と氷雨は捕まえる事ができた。科学の力で。だが千雨は逃げ切ったのであった。

 

「とほほ……。3回とも、拙者が一番に捕まってしまったでござるよ。更に拙者が鬼役のときは、全員を発見すらできぬ始末。これは修業をやり直さねば……」

 

「もう一巡やるか?」

 

「んー、もう夜遅くね? 長瀬とか、わたしらも本来、成長期だ。ちゃんと寝ないと」

 

「そうだな、そろそろ休むか。長瀬もウチのテントに泊まるか?」

 

「いや、拙者は自分のキャンプに戻るでござれば。ドラム缶の五右衛門風呂ではあるが、せっかく準備してあるので、沸かして入りたいでござるし」

 

 そう楓が言った瞬間である。長谷川さんたちは凄まじい勢いで楓に詰め寄った。

 

「「「風呂っ!?」」」

 

「おおう!? ふ、風呂でござるよ? は、入るでござるか?」

 

 3人娘は頷く。物凄い勢いで。

 

「いやあ、ほんとはわたしらも風呂とか用意するかと思ってたんだけどな」

 

「うっかり浴槽の手配を忘れてたんだよな」

 

 そうして長谷川3人娘は、長瀬楓嬢の野営地へお邪魔する事になったのである。

 

 

 

 

 

 

 風呂上がりで髪を下ろしている3人を見て、楓がしみじみと言う。

 

「いや、ほんとにそっくりでござるなあ。髪を下ろしてストレートにすると、どれが誰だかさっぱり分からんでござるよ」

 

「いや、わたしら3人、微妙に違うはずだぜ? 『気』を感じてみろ」

 

「一番『気』が大きくて、こっそりそこはかとなく腹筋割れてるのが千雨。一番『気』が小さくて、首筋とかにジャックイン端子とかサイバーリンク端子とか付いてるのが希雨。『気』が中間で、たぶん長瀬なら感じ取れると思うが、妙な気配が漏れてるのがわたし氷雨だ」

 

「じゃ、じゃっくいんたんし? さいばーりんく? な、何やらわからぬが、身体に機械を埋め込んでるでござるか? はぁ~、流石でござるなあ。超殿や葉加瀬殿も『科学に魂を売った』とか言ってるでござるが、希雨殿ほどでは……」

 

 その楓の言葉を聞いて、希雨が眉を(しか)める。彼女は(おもむろ)に、小さな子供に言い諭すかの様に言った。

 

「ちょっと待て。わたしは超でも葉加瀬でも岸和■博士でもない。科学に魂なんか売ってないぞ。

 わたしは科学は、人の役に立つべき、言わば人に奉仕するのが科学の役割だと思ってる。まあそりゃあな? わたしだって科学の発展のためならば、多少の犠牲はアリだとは思うよ? 一部研究員の連日徹夜とかよ。

 でもそれは、より多くの人の幸せのためであって、究極的には『科学の発展』なんて形のないシロモノのためじゃねえ。それに人の命とか、取り返しのつかない(たぐい)の犠牲は、あっちゃいけない。

 繰り返すが、わたしは科学に魂なんか売ってない。逆だ。わたしの科学は、『わたしを始めとした、人々のため』にあるんだ」

 

「あ……。申し訳ござらぬ。つい軽口のつもりで、悪い事を言ってしまったでござるよ」

 

「ん。分かってくれたなら、かまわねえよ。もう気にすんな」

 

 希雨はニパっと笑って見せる。楓もまた、最初はぎこちなく、しかしやがて自然な笑顔を見せた。千雨と氷雨もまた、笑顔になる。一同は、誰からともなく声を出して笑い始めた。

 

 

 

 

 

 

 4人は翌日の午前中いっぱいまで使って鍛練をして、午後になると下山の途に就いた。長谷川3人娘も楓も各々のテントを畳み、荷を分配して担ぎ、山を下りる。

 

「ん、じゃあわたしらは寮じゃないから、こっちだな」

 

「また明日な、長瀬」

 

「んじゃ」

 

「それでは失礼するでござるよ、長谷川殿たち」

 

 楓は3人娘と手を振りあって別れる。そしてお互いの姿が見えなくなった頃、楓はがっくりと地に膝を突いた。彼女は頭を抱えて呟く。

 

「……完敗でござれば」

 

 まあ、それはそうだろう。と言うか、鍛練中の鬼ごっことか、あとはちょっとした手合わせの話ではない。まあ手合わせでも終始圧倒されていたのだが。だが楓が言っているのは、その事では無かった。

 最初に楓が晩飯の準備をしている千雨に声を掛けたのは、ちょっとした稚気である。千雨や希雨、氷雨らが驚いてくれる事を期待していたのだ。しかし彼女らは、最初から楓がその場に居たかの様に、受け入れてしまった。

 しかも結局、最後の最後に至るまで長谷川3人娘は、あたりまえの様に楓を受け入れていた。あまつさえ、警戒も何もしていないかの如く、風呂まで借りて行ったのだ。

 

 楓にとって、これほどまでに敗北感を感じさせられたのは、本当に久しぶりである。何やら心の奥底から、ふつふつと燃える気概が湧いて来た。

 

「ふふふ、今回は負けを認めるでござるが。なれど何時かはぎゃふんと言ってもらうでござるよ。そうとあらば、また新たに修業のスケジュールを考えるでござる! 修業の方法も、何かしら考えなくては!」

 

 そうして楓は、麻帆良学園本校女子中等部女子寮の方へ、決然と歩き去ったのである。

 

 

 

 

 

 

「……いや、長瀬がこっちを見てたのは、最初から気付いてたしな」

 

「それに茶目っ気はあっても、こっちに対する害意とか秘密を探る意図とか、無いっぽかったしなあ」

 

「それなのに無理にツンケンするほど、懐が浅いつもりは無えんだがな」

 

 長谷川3人娘は、溜息を吐きながら言った。まあ、あのニンジャは『誰か(ちゃおorはかせ)』の依頼を受けて、彼女らを探りに来たわけではないらしい。となれば彼女らは、いたずらに警戒するつもりも無かった。

 

 そしてこの日より、千雨、希雨、氷雨の3人は、長瀬楓よりライバル認定される事になる。ただし楓の性格もあって、その感情が陽性の物であり、正しいライバル意識である事は幸いであったと言えよう。

 

 

 

 

 

 

 翌日の月曜日のお昼時である。長谷川3人娘はいつも通り弁当を食べるべく、寄り集まっていたのだが。しかし今日はその周囲に人だかりが出来上がっていた。

 

「……なんだ一体」

 

「何が起きた」

 

「お前ら、わたしらはこれから飯を食うんだが」

 

 そこへ朝倉和美が声を上げた。和美は1-A結成以来の短い付き合いでもあっという間に知れ渡っているが、噂好きな上に詮索好きであった。そしてそれが高じたのか別の思惑があるのか、彼女は早速に報道部に入部し、あちこち取材行脚をしているのである。そして既に彼女は、一部から『麻帆良のパパラッチ』とか呼ばれ始めていた。

 

「ねえ長谷川さん」

 

「……非常に不本意で、お前さんみたいなのには許可したくねえんだが、仕方ないから名前で呼べよ。長谷川だと3人のうち、どの長谷川なのか分かんねえだろ」

 

「じゃあ千雨さん。千雨さん料理すごく上手いって聞いたんだけど?」

 

「んー、普通よりかは上だって自信はあるけどな。けど、隠してるわけじゃないけど、吹聴もしてねえんだが。誰から聞いた?」

 

「鳴滝姉妹」

 

「は?」

 

 千雨は鳴滝姉妹に料理を振舞った記憶は無い。希雨と氷雨を見遣るが、彼女らも顔を左右に振る。と、横から長谷川3人娘の弁当箱に手が伸びてくるのを発見。千雨がその手を捕獲し、希雨が弁当箱を退避、氷雨が捕獲された手を(つね)り上げる。その手は早乙女ハルナの物だ。

 

「いだだだだだだ!?」

 

「早乙女、欲しいならちゃんと欲しいと最初から言えば、ちょっとぐらいなら分けてやる気も出るんだ。けれど無断でそう言う手段に出る奴には、絶対に分けてやらん」

 

「ごめん、ごめんってば! 痛い痛い痛いから放して!」

 

 3人娘は各々で大きく溜息を吐く。そこへ小さな、しかしはっきり通る不思議な声が響いた。

 

『長谷川千雨さん。もしよろしければ、わたしのお弁当の里芋の煮っ転がしと、そちらのお弁当の卵焼き、交換していただけないでしょうか』

 

「あ……。四葉か。かまわねえぜ? 見ろ、早乙女。普通はこういう風に、きちんと『お願い』して来るもんだ」

 

「痛い痛い痛い! 氷雨ちゃんお願いだから放して!」

 

「聞いてねえな」

 

 そして互いの弁当箱の蓋に、里芋の煮っ転がしと卵焼きを乗せあい、四葉五月と千雨はおかずを交換し合う。千雨は煮っ転がしを口に運んだ。柔らかく煮えた里芋には、しっかりと出汁の味が染みており、その出汁も見事なものだ。文句の付けようが無い。

 見遣ると五月もまた、千雨の卵焼きを口に運んでいる。そして周囲の者たちは、五月の脳天に雷が落ちた様な幻視を覚えた。

 

『……見事な卵焼き、です。これはお弁当用に、冷めてから食べる事を前提にしてありますね。しかも出汁が逃げずに卵の生地の中にきっちり含まれていて、そして出汁の味も完璧です』

 

「お、おう。四葉、あんたの煮っ転がしも完璧だぜ? これだけの煮物は、しばらく食ってねえ。……あ、え?」

 

『……千雨さん。お願いがあります。もしよろしければですが、わたしにお料理を教えてくださいませんか?』

 

「え゛」

 

 千雨は助けを求めて左右を見回す。こう真摯に頼み事をされるのには、彼女は弱い。というか、何かに追い詰められた気持ちになる。なってしまう。と、ここで両手を合わせて拝むようにして、謝罪の姿勢を取っている長瀬楓の姿が見えた。

 

(おまえかーーー!!)

 

 おそらくは楓が、修業で山中に宿泊した際に千雨からカレーをご馳走になった事を、そのあまりの美味さを、寮の同室である鳴滝姉妹にうっかり話したのだろう。そして鳴滝姉妹から朝倉和美に情報が流れ、そこからクラス全体に話が飛び火したのだ。そう言えば長谷川3人娘は楓に対し、戦闘技量に関する事で口留めはしたものの、それ以外については全く口留めしていなかった。

 千雨はお仲間2人の顔を見る。希雨も氷雨も困った顔をしているが、どうしようもない。千雨は五月の顔を見る。彼女は真摯な表情で、千雨を正面から見つめていた。そして千雨は陥落する。

 

「あ、うー。わかった……。毎日とかは無理だが、定期的に時間取る。それで勘弁してくれ」

 

『はい。ありがとうございます』

 

 五月は、見た者全てが幸せになる様なオーラを発して、にっこりと笑顔になった。千雨は何も言えない。流石にこの場で溜息を吐いたりもできない。それをしたら、迷惑だと思ってると相手に感じさせてしまう。そして千雨は、そっと自分たちの弁当箱に手を伸ばしてきた明石裕奈の手を捕まえ、ギリギリと(つね)り上げてやった。

 

 こうして甲賀中忍長瀬楓は、まったく本人が意図していないところで、長谷川3人娘のリーダー格と目されている千雨をぎゃふんと言わせる事に成功する。しかしながら、あまり爽快感は得られなかった模様。

 

 

 

 

 

 

 この様な経緯で千雨は、これまで帰宅部であったのだが、お料理研究会に籍を置く事になった。ただし千雨は、希雨と氷雨も逃がさなかったが。つまり3人とも、お料理研究会に入るだけは入る事になったのだ。まあ籍は置いていても、週に多くて2~3日しか出席はしないのだが。そしてその出席日には、彼女らは必ず五月と料理について熱く語り合っているのだった。

 

 それとニンジャはあの後に再度丁寧に謝って来たので、千雨たちは引き攣った笑顔で赦してやったものである。




 そんなわけで、長谷川さんたちはお料理研究会入りしました。でも、超さんもお料理研究会に籍を置いてるんですよねえ(笑)。
 だけど長谷川さん、よりによって千雨が、自分で熊を10mも遠くに投げ捨てる様になるとは。あれほど麻帆良の狂いっぷりを忌避していたのに。慣れとは怖い(笑)。
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