-序章-
花の世界【スプリングガーデン】
遥か昔、「益虫」と呼ばれる存在。普通の虫のサイズから、人間大の、あるいはそれ以上の大きさの虫と人が仲良く暮らしていた平和な世界。
しかし、【外】からもたらされた「毒」によって「益虫」の大半は「害虫」へと変えられてしまい、人々を襲う存在と化してしまった。
そのような状況において、花の名を冠した乙女たち「花騎士(フラワーナイト)」が「害虫」から力なき人々を守っていた。
「害虫」の力は強大で世界の滅びは時間の問題かとも思われた。
それでも、「花騎士」たちはあきらめず戦い続けた。
転機が来たのは、ある騎士団団長と彼の率いる「花騎士」たちが絶望を潜り抜け、希望をもたらし奇跡を起こした。
そして元凶を打破することに成功する。
この世界から完全に「害虫」がいなくなったわけではないが、戦いの趨勢は人間側に傾き、平和が訪れていようとしていた。
-1-
春に咲く黄色い巾着のような花が風に揺れていた。
「…ちょーさま。だんちょーさま」
愛らしい声で目が覚める。
春の花の香りと、ほんの少し砂糖菓子のような甘い香りが鼻をくすぐる。
いつのまにか寝ていたようだ。
「そこで寝ていたら風邪をひいてしまいますよ。だんちょーさま」
どうやら執務室の机で眠ってしまっていたようだ。
「ところで、大事な話とは何ですか。だんちょーさま?」
大事な話…その言葉を聞いて目が完全に覚めた。
仕事は…大丈夫だ。ちゃんと終わっているようだ。
「どうかされたのですか? だんちょーさま。急にあたふたされて」
クスリと笑う彼女。その笑顔がいつもよりまぶしく感じるのは気のせいだろうか?
これからする『大事な話』を聞かせたらもっと…。
そのために一生懸命に仕事を終わらせ、彼女の、カルセオラリアの劇作家としての仕事がひと段落ついたところを見計らってこの時間を設けたのだ。
「急にどうかなさいました? だんちょーさま? そんな真剣な目で見つめられるとはずかしいですよー」
顔を赤らめてうつむくカルセオラリア。
意を決して引き出しから箱を取り出し片膝をつく。
「え? え? これって…」
箱を目の前で開けるとそこには一つの指輪が煌めいていた。
それを彼女の左の薬指にそっと通す。
「…おうじさま、ほんとうにほんとうにわたくしをおよめさんにしてくださるのですか?」
絞り出すような声を出す彼女をゆっくり抱きしめると、ギュッと強く抱きしめられた。
「おうじさま。だいすきです。愛しております」
開いていた窓から柔らかな風が二人を包みこんだ。
-2-
高山の夏に咲く神秘的な青い花。その花が見つめる先は…
トントントン
執務室の扉がたたかれた。
思わずビクッとして、カルセオラリアを抱いていた手を放してしまう。
「あ…」
思わず漏れてしまったのだろう。
少し寂し気な声が彼女からするも、それ以上は何も言わなかった。
「団長様。入ってもよろしいかしら?」
声からしてメコノプシスのようだ。
了承の旨を伝えると、カルセオラリアは泣いていた顔を見られたくないのか、開いている窓の方を向く。
「団長様…あれ? カルセオラリアさん? どうかしました?」
「い、いえ。 メコノプシスさま。そ、その、だ、だいじょうぶですよ」
「団長様?」
メコノプシスが訝しんだ目で見てくる。
必死になって誤解を解こうとすると メコノプシスはにっこり笑って、
「カルセオラリアさんを泣くほど喜ばせるなんて何をしたのかしらね? 団長様?」
疚しいことをしていないにも関わらず、思わず動揺してしまう。
「ほら、カルセオラリアさん。可愛い顔が台無しじゃない。顔を洗ってきてはいかが?」
「は、はい。だんちょーさま。いったん失礼しますね」
退出するカルセオラリア。
その後、 メコノプシスに向き合い、用件を聞く。
「決まっているじゃない。団長様♪」
なぜか冷や汗が止まらない。
「私にも欲しいの♪ ゆ・び・わ♪」
少し冷たい夕暮れの風が団長を包み込む。
-3-
可憐な2輪の花。「両手に花」から「両手一杯の花々」に…
女性に指輪を渡してすぐに別な女性にも、というのはいくらなんでも失礼な気がする。
そんなことを考えていると メコノプシスの顔が曇ってきた。
「ねぇ、団長様。私の事嫌い?」
真顔で聞いてくる メコノプシス。
慌てて彼女の質問に答えようとすると、扉がたたかれた。
「おそくなってもうしわけございません」
カルセオラリアが帰ってきた。
思わず頭を抱えたくなった途端。
「今日はわたくしの番とそう約束していたでしょう? メコさま」
苦笑とともに声を発するカルセオラリア。
約束? メコさま? と疑問に思う間もなく。
「分かってるわ。そうは言ってもなんだか…」
「そうですよね。わたくしも我慢できるかどうか…だから、約束を破ったことはなしにしましょう。その代わり…」
そう言って メコノプシスを抱きしめるカルセオラリア。
だが、背丈が メコノプシスの方が高いので、カルセオラリアが甘えているようにも見える。
「分かっているわ。でも、ありがとう。カルセオラリアさん」
二人の仲がよくわからない。特に接点があるとは思えないのだが…
「何を仰ってるの団長様。恋敵の事くらい知っているのは当たり前でしょ?」
「だんちょーさまのお嫁さん候補くらい知っているのは当たり前です」
…自分の知らないところで色々なことが起こっているらしい。
なんとなく寒気がするのは日が暮れてきたせいだけではないようだ。
「だからだんちょーさま」
「私たちの事を」
「すえながく愛してくださいね♪」
聞きたいことはたくさんあるが、今日は二人の事を愛することにしよう。
その決断を下したことによって、団長はたくさんの女性の尻に敷かれることが確定した一日でもあった。
to be continued...