きっとあなたは綺麗な光(ライナ)   作:暴力・砂場・エネルギー無視

1 / 1
デュエル次元への帰還を果たしたので初投稿です。
♪マークから始まるフォント違いの文章は相対性理論の『マイハートハードピンチ』という曲の歌詞の引用です。また本文中に時系列ミックスが入っています。◆◆◆が出てきたら「あっ時系列が変動したな」と考えてください。

ところで火霊使いヒータの一人称をボクに設定したヤツは真の胎界主だと思います。


ONE マイハートハードピンチ

 ライナの左手は右手に比べて少し冷たいが、これは多分彼女が付けている鉄の手枷のせいだ。どうしてそんなのをずっとつけてるの、と一回聞いてみたいけど、彼女は悲しそうに目を伏せて首を横に振るだけだろうし、彼女が沈んだ表情になると、グルニエ(屋根裏部屋)の隅っこから暗がりがどんどん広がっていって、蔵に出来た穴を通って出てきたくらやみがバリバリと足をむしり腕をちぎり、わたしとライナ、それに彼女の使い魔のハッピー・ラヴァーを包み込んで穴の中に引きずり込み、今度こそこに通じている蔵から出られなくなってしまうかもしれない。一生暗いこの蔵の中で、ぐずぐずに腐って、自分の手と足と顔と体とがぐちゃぐちゃになって、わたしたちに分かれていたものが一つになって、何もわからなくなったまま生暖かい暗闇の中で溶けたまま生き続けることになるかもしれない。

 

 わたしだけならまだいいが、ライナがそれに巻き込まれるのは良くない。ライナは光属性、って感じでにこやかに笑う。彼女の透き通った水晶みたいな髪も、ほっそりした手足も、すべすべした肌も、ちゃんと彼女が彼女でいるためにこの世界にあるべきであって、絶対にこんなグルニエとか、蔵の中の闇に押し込められるべきものじゃない。それならグルニエに入らなければいいじゃん、というのは極めて論理的な思考だけど、でもわたしがこの西暁町(にしあかつきまち)で自由に使える場所で一番安全なのはこのグルニエなのだ。ここにも、蔵と同じように暗い穴の気配はするけど、それでも背に腹は代えられない。とうの昔に打ち捨てられた廃墟みたいなところもあるにはあるけど、とうぜん不良だか浮浪者だかのたまり場になっていて、とてもじゃないがライナみたいな女の子がいるべき場所じゃない。

 

 屋根裏部屋だってまあまあ女の子を閉じ込めちゃいけない場所なんだけど、それでもここは家からのWi-Fiが届いて、ネットフリックスなんかを見ることが出来る。彼女はそもそもインターネットを知らなかったが、パソコンがそういう機械であることをあっさりと了解したし、その中でここではないどこかの、造られた映像が流れるということも納得してくれた。わたしは『失くした身体』と『ルパン/LUPIN』がイチオシだけど、ライナは別のものに興味を持った。

 

 『ザ・レジェンズ・オブ・デュエルモンスターズ その黄金の歴史』。デュエルモンスターズというカードゲームの歴史を(脚色ありで。監督はタランティーノなんだから当然かもしれない)再現するオリジナルドラマで、クリエイターのペガサス・J・クロフォードをロバート・ダウニー・Jrが演じるってので、主にエンドゲーム後のアイアンマン・ロスに苦しんでいた手合いの中で話題になったりした。でもライナが気になったのはそういう所じゃなくて、そもそもデュエルモンスターズというカードゲームそのものについてみたいだった。エジプトの古代のゲーム、『ディアハ』を基に、その再現として設計された、トレーディングカードゲーム。本物の殻が、殻のままに本物となったゲーム。とタランティーノは演出してるけどマジかよ~って感じだ。

 

 「……ライナ、これ知ってる」とライナは言う。画面の中では、当時のデュエルモンスターズ全米王者、バンデット・キース(演:ニコラス・ホルト)に、ペガサスがカード制作の理念について語っている。『私はただマネーゲームのためにカードを刷っているのではありまセーン。全てのカードにはそのイマジネーションの"原典"があるのデース。私は、別の世界、次元から押し寄せてきたそれを翻訳し、遊戯の王への供物としているのデース』

 わたしも彼女に出会う前から彼女を知っていた。デュエルモンスターズのカードとして。でも彼女はカードの精霊とかじゃなくて、生きている人間だ。「ライナのいたところの……昔のことが、カードになってる」

 わたしにはカードの精霊が見えたから、その違いがわかる。

 「じゃあ、なんでライナはここにいるの」と、わたしは問いかける。

 「探さなくちゃ、いけないから」と、ライナはいったん言葉を切り、枷を撫でる。

 「カーネフェル・コードを」

 

◆◆◆

 

♪花マル つけてあげたい赤ペンで

♪深まる 恋の行方はすれ違い

 

きっとあなたは綺麗な(ライナ)

 

♪はじまるよ

♪あいうえおっと

♪かきくけこれは

♪おかしなことになりそうだ

 

ONE マイハートハードピンチ

 

♪さしすせそうよ

♪たちつて止めて

♪私のハートちょっとピンチ

 

◆◆◆

 

 紙の包装を剥き、プラスチックの覆いを外して、わたしはデッキを手にする。一番最初に見たのは、ホロ加工された≪E・HERO エッジマン≫*1のカードで、けれどわたしは「なんだか気持ち悪いなあ」としか思えなかった。それでも40枚のカードの重みは伝わってきたし、それに初めての親からの(自意識が覚えている中での)プレゼントなのだから、嬉しいと素直に思ったのだ。たとえそのゲームのルールのことをよくわかっていなくて、シンクロ召喚が主流になり始めた時代に2年前の化石のようなストラクチャーデッキを渡されたとしても、それでもそこには両親なりに私を喜ばせようという意思はあった。「ユウカもこれ使えばリョウトと遊べるやろ」、とわたしの頭を撫でながら父は言った。あの時の父はかなりよかった。本気で子供に向き合う時間があった。でもそれはたまたま西暁町で起きていたいろんな事件、福井県の片隅の田舎で起きたにしてはやけに陰惨な、あんまり思い出したくもないようなあれこれが無事に片付いていて、心に波風が立ってなかったからだ。

 

 わたしは父親のことがそんなに好きではなかったし、その父が好きな母のこともそこまで好きではなかった。父は悪い人間なんかじゃない。むしろ警官としてきっちりと勤務しているし、町民からの覚えもとても良かった。あの政治家の奈津川丸雄とすらそれなりに親交があったくらいなんだし。それでもわたしにとっては彼はいい人ではなかった。わたしたちのことを大切に思うあまり、キツくあたり過ぎていた。ちょっとした悪事も許さなかったし、体罰を振るうことも辞さなかった。わたしはまだよかったが、兄のリョウトはそれはもうひどい目を見てばかりだった。叱ったり殴られたりはたかれたり蔵に閉じ込められたりするのを繰り返したせいで、学習性無力に囚われるようになっていたのだ。何もするにも半歩引いて、そうしていい加減にただ怒られないように物事をこなそうとする。当然父はそれが気に食わないので叱ったり殴ったりはたいたり蔵に閉じ込めたりする。負のスパイラルが完成していて、わたしはそういう連鎖に囚われないようにこそこそと生きていた。

 

 デュエルモンスターズは実際のところ小学校でも流行っていたからわたしも参加していたが、当然二年前の骨董品のようなデッキでは勝ち星を重ねることが出来ず、もっぱら観戦がメインになっていた。一方で兄はこのカードゲームにだけ妙な才覚を発揮していた。デッキを組み上げること、コンボを上手く回すこと、それらが上手くって、とうとう校内での賭けデュエルでのトップに立ち、その賞金でさらにデッキを強化していった。

 

 父は当然激怒した。子供が現金を介した賭け事なんてやっていたうえに、そんな遊びにだけ兄がエネルギーを使っていたことが許し難かったのだ。「お前はもっといい人間になれたっちゅうに!なんでこんなつまらん遊びで時間を無駄にしとるんじゃ!」いつものように怒鳴り散らし兄を蔵に放り込んだ父は、しかし泣きそうな顔をしている。父は父で彼を本気で愛しているし、彼の行く末をとても心配しているのだ。でも殴ったり閉じ込めたりして痛めつけようとすることは愛なんかじゃないというか、愛情表現として相応しくない。

 痛みは分かち合えない。そんなやり方では相手に伝わるはずが無いのだ。

 

 だからわたしはプレゼントのストラクチャーデッキをこっそり河原で焼いた。幻獣王ガゼルらを捨てられていたドラム缶に放り込み、クリボーの上から灯油を巻き、そしてE・HEROたちに火を放った。でもこういうやり方をしたって、わたしの思いは父には届かないだろう。それでも焼かなきゃならない、と感じていたし、父と同じようなことをしている自分自身がイヤだった。

 

 中学になり、高校になり、どんどん兄は不良になっていった。噂ではカード窃盗の集団にまで加わった、なんてのもあったくらいの札付きのワルになり、福井県の裏デュエルのシーンにおける要注意人物となっていた。当然そういうデュエリスト間のパワーバランスなんてものは父には通用しないので、暴力でもって自分の不良息子を治めようと果敢に立ち向かい、そしてそのつど勝利していった。柔道やら何やらを極めていた父はとんでもなく強かったのだ。それだけ強ければなんだか色々物分かりがよくなりそうなものだが実際はそのようにはならず、父はずっと兄と向き合い続け、そして勝利し、敗北し続けていた。父のルールと兄のルールは違っていた。父親だけが、いわばマジック・ザ・ギャザリングの紙札を握っていたわけで、当然コミュニケーションは成り立たないし、殴る蹴るといった原始的リアルファイトでしか二人は会話が出来ず、そして最後には兄は蔵に放り込まれていた。

 

 わたしはそこそこ真面目にやっていたから、その二人と父の味方をする母の対立には混じることなく、第三陣営として家の中にいた。それはそれで居心地はあまり良くなかったが、そのようなバトルに交わろうとすること自体が大いなる徒労に感じられたのでやりたくなった。青春を家庭内闘争に割く理由なんて考えられない。勿論そうせざるを得ないひとがいるってことくらいは知っているけど、わたしはとりあえず当事者ではなかったのでそのポジションを保持し続けようとしてた。

 そんな事態が変わったのは高校一年生の冬。

 よりにもよって、精霊の憑いたカードを兄が渡してきたのだ。

 

◆◆◆

 

 その日は雨だった。

 うわあ雨嫌だなあと思いながら、わたしは傘を差して道を歩く。部活動からの帰り道で、わたしは剣道部の練習が終わってへとへとになっているところだった。でも少し光度は増してきていて、そろそろ止みそうな予感はあった。そういう私の心持ちを全く意に介することなく、おいっす!と『ジョリーン』が声をかけてきた。ジョリーンというのは当然あだ名で、彼女がとんでもないアホだったがために日本史のテストで岩崎弥太郎と書くべきところで空条承太郎と書く大ポカをやらかしたためについたのだ。世界史の爺さんの先生曰く、昔も『ルネサンス』と書くべきところで『ルパン』と書いたアホがいるらしい。「ねえねえカンザキさん、どうしても入る気ない?デュエル部」

 

 「ないない」と言って私はあしらおうとする。でもジョリーンは食い下がる。「でもさー、絶対才能あるってー、しょっちゅう観戦に来てるし、環境についても詳しいし?それにカンザキさん、【シャドール】デッキ持ってるじゃないの」「あのねえジョリーン。私たちは来年受験生なんです。遊んでるわけにはいかないの」「そうだけど~、でも大学行ってからもデュエルするでしょ~?その予習よ予習~」「いい加減にして」

 

 別に勉強熱心とかいう訳ではない。単に、デュエルモンスターズをより深く生活に食い込ませるのがイヤなだけなのだ。そういう訳でわたしは今に至るまで彼女らデュエル部からのアプローチを跳ね返し続けてきた。それは今日も同じで、ちぇーって言いながらも結局ジョリーンは環境の話、今強いのは【天威勇者】だよ、いやいやまだ【デスピア】が、とか、そういう当たり障りのない会話をわたしとして、自分の家への帰路についた。わたしはまたひとりになり、とぼとぼと暗い田舎の道を歩いていた。

 

 ぼんやりと、目の前に明かりが見える。でも市街地に入ったわけでもなく、それになんだかホタルのように有機的なものだ。何だろう、と思ってわたしはそれに近づく。それは球体だったけど、毛が生え揃い、天使のような翼が付いていて、真ん丸な目、それに額?の部分にあるハートマークがある。なんだこいつ?と思って指を伸ばしてみると、それをひらりと躱す。変な生き物は空中にアイドリングし、雨に濡れていたためかくしゃみをするように震え、それから竹やぶの向こうを羽根で指し示す。わたしはついついその方向を見る。

 

 竹やぶの中で、何かが光っている。つまりこの変な生物、もしかするとカードの精霊はわたしにあの中に入っていってもらいたいと考えているのか?そう思いながら改めて観察すると、そいつには、実のところ見覚えがあった。《ハッピー・ラヴァー》*2だ。そうか、そういう感じか。カードの精霊が相手なら、まあしょうがないな。ミドラーシュ、もといウィンダのこともあるし。わたしは道を外れ、竹やぶの方に入っていく。女ってな……竹やぶの中に入らなあかん時があると思うね~~~~ん!!!どっかで読んだそのセリフを心の中で口ずさみ、わたしはその光の方に向かって進んでいく。

 

 湿った土の感触を靴越しに感じながら、わたしは竹を押しのけ、竹やぶの内側に入っていく。竹やぶは鬱蒼として、雨の音すらも遮断しているかのよう。手で押しのけるたびにぺきぺきと幹が軽くしなり、ぱらぱらと雨粒が落っこちてくる。その先に少し開けた空間があって、ぱああと草むらの中で輝くものがあり、屈み込んで見てみるとそれがヒトであるとわかる。フードを付けた彼女の顔はわからないが、その鏡を取り付けられた杖が、超自然的な光を放っているので、わたしはなるほど彼女がハッピー・ラヴァーが見つけてほしかった人物なのだな、とわかる。

 

 ねえ、ちょっと、大丈夫ですか、と肩を叩く。それから慌てて脈を取る。そのひとはまだ脈があるが、雨に濡れていてとても寒そうだ。彼女がうっすらと目を開ける。大丈夫?とわたしは彼女の手を取り、その片腕についた枷と、はずみでぱさっとフードが取れて見えた彼女の透き通った髪と、灰色の瞳にどきっとする。それと同時にぺき、と地面を踏みしめる音がして、振り返ると男が立っている。男は灰色のレインコートを着ていて、背丈は176㎝くらいで、そして手には黄金に煌めくナイフを握っているので、わたしはまたどきっとする。

 

 そいつは、連続殺人鬼『ゴールデン・マン』だ。

 

◆◆◆

 

 高校一年生の冬。

 兄はそれ以前から家にいないことが多くなっていた。顔を見るたびに父と壮絶な親子喧嘩をしているのだから当然なのかもしれないし、それにどうやら彼には西暁町以外との交友関係が出来ていたみたいで、それで家にいないことが多くなっていたのだ。相手はどうやら童実野町に住んでいるっていう。そう、童実野町。海馬コーポレーションの企業城下町で、デュエルデッキを登録しなければ住民票が交付されないとまで言われるデュエルモンスターズのメッカ。わたしにとっては海馬コーポレーションとその下にある童実野町はハリウッドみたいなもので、海向こうのとにかく遠くの場所だと思っていた。そんな場所に兄は行き来していたようだ。そういうところがあったから、わたしは兄のことをそこまで悪く感じていなかった。遠くへ行けるというのも一種の才能なのだ。逆に父は兄のそこが気に入らなかったのかもしれない。父はずっとこの西暁町で暮らしてきた。福井県の田舎に根を下ろしてずっと生活を続けていた父にとって、やっぱりこの町から出たり入ったりを繰り返している兄は異物だったのだろう。

 

 「ほうで、ユウカは最近はデュエルモンスターズやっとらんのけ?」と、その日ふらりと家に現れた兄は訊ねた。父は連続殺人事件の捜査に駆り出されて、家を空けていた。『ゴールデンマン』なんて言われている、黄金を用いた武器、あるいは黄金そのものを使った殺人を繰り返す連続殺人鬼。そいつの五件目の事件の捜査。

 母は穏やかな拒絶で以て兄を遠ざけた。ひどい話だ。それで兄はわたしのところに来た。

 

 「まあそうやね、流行っとることは流行っとるけど……わたしはええかな」とわたしは返す。ストラクチャー焼き以来、わたしは観戦しかしていなかった。何となく気が引けていたのだ。兄と対戦したのもその野焼きのちょっと前だから、十年近くデッキを持つことはなかったということになる。

 「うんうん、そんなとこやろうと思っとったんよ、ほうなら、これ」と言って、兄はデッキ束を渡してくる。

 「……いいんか、兄貴?」

 「ええで?」

 ぱらぱらと私はそのデッキをめくった。内容は【シャドール】。一時期隆盛したが、主要カードの規制や環境変化による融合召喚スタイルの弱体化により落ちぶれ……ても中堅は維持しているテーマ群である。主要なキーカードとなるものは既に2枚から3枚積みこまれており、すぐにでも使えそうだ。「なにこれ?」そのうちの見知らぬ一枚のカードをわたしは見せる。

 

 《影霊の翼 ウェンディ》*3。こんなカード、今までにあったっけ?

 「へへ、実はな、俺はちょっくら優遇してもらってな、刷った分のうちで売り物にはできんもん貰ってきたんや。こことか、傷ついとるやろ」

 「百円食堂に出るようなカードってことね。……つまり、まだオフィシャルには出とらんものってこと?」

 「そうそう。開発事業部とのコネで加工失敗分とか、なんでか知んないけど工場でほっぱらかしにされていた奴とかを貰ってきたんや。強いでこれ」

 「兄貴……」そんな簡単に未発表物をくすねとるが如き真似をするなよと思ったところで、そのコネクションという言葉が気にかかった。「開発事業部?」兄は、社会的には大学も行ってるんだか怪しいろくでなしだ。そんな奴が、つまり、デュエルモンスターズの開発事業部とつながりを持っている?

 

 「そうそう。俺な、実はスカウトされたんや。海馬社長に。そんで、末端やけど社員や」

 

 は?海馬社長ってあの海馬か?海馬コーポレーションの?いつもあの白いコートをたなびかせてる?宇宙事業にまで手を出したっていう?そんなことがありうるのか?しかし兄は嘘をついている表情ではない。マジなようだ。デュエルで打ち負かすとかでもしたんだろうか?目の前にいるとりあえず金髪に染めてみて、オラついて見せてはいるけどなんか少し頼りなくって、より強い不良にアゴでこき使われてそうな、あるいは車の鍵を無くして困り果てていそうな男があの海馬瀬人に打ち勝つところなんか想像できない。となると別のところで貢献でもしたんだろう。車に轢かれそうになってるところを……ダメだ、あの海馬瀬人が車に轢かれるところも想像できない。フン!とか言ってトラック程度なら跳ね返しそうだ。

 

 「へ、へー。おめでとう?錦を飾った……ってことになるんか?」

 「ほうやろ?父さんがいないのが残念やけど、これで父さんも俺のこと見直してくれるはずや」

 「う、うん」どうだかなあとは思ったが、言わないでおくことにした。海馬コーポレーションなら一流企業と言っても差し支えはないし。

 「じゃ……俺、父さん探しに行ってくるわ。またな、ユウカ」と言って、兄は去っていった。わたしは自室に残され、ぱらぱらとカードをめくる。おりしも日は暮れかけていた。

 

 ふと、部屋の影が濃くなっていることに気付いた。くすくす笑いが、夕陽の照らすデッキの中から聞こえた。息苦しい感覚。なんかヤバイ、と思ってわたしは立ち上がろうとしたが、突発的なめまいに襲われてバランス感覚を崩し、ずでぇんっとすっころぶ。いってて、と言いながら立ち上がろうとしたわたしの手には一枚のカードが握られている。画像部にだけまだらにホログラム加工がされた、《エルシャドール・ミドラーシュ》*4のカード。緑髪の、女性型の人形とドラゴン、そして紫の糸が描かれている。

 

 聞こえていたのはくすくす笑いではなかった。この世ならざる糸が出す音だった。

 

 その不愉快な音をきしませながら、モンスターはわたしの目の前に現れた。

 ソリッドビジョン・システムにしては、それの纏う空気には嫌な質感があり、何よりわたしの家にはそんなハイ・テックなものは存在していない。ぎし、ぎしと身体をきしませながら、その人形はわたしを見降ろしていた。

 

 『あ、あなた。やっぱり。素質が、あるのね』人形はリップシンクを行わず、口を開いて一息に喋って、閉じる。『アタシのような、特別なカードの。見えるの、でしょう?』

 「か、カードの……精霊?」

 『そう。知っているの。なら、話は、早いわ』人形はわたしに近づく。

 『アタシ、探しているの。でも、それはもう見つかって。《アタシ》も、檻から出てきて。アタシは、もう、あの場所には、いられないの』その硬質な指がわたしに触れる。

 外はもう日が暮れている。いつの間に?

 『ねえ、あなた。アタシは、世界を、元通りにしたい。アタシの、居場所が、欲しい。でも、それには、力が足りない。だから、あなた。持っているものを、全部、頂戴』

 「はっ?はぁ?何を言っているの……?」

 瘴気が増していく。人形がわたしを掴もうとする。わたしは怖くて逃げられない。

 『さぁ。闇の、ゲームを……』

 

 「何をやっている、ユウカ!」突然ばあんと扉が開き、父が入ってきた。

 

 父には人形は見えていなかった。代わりに、散らばっているデュエルモンスターズのカードに目を止めた。わたしは縋るように父の方を見た。父は怒っているんだか泣いているんだかわからない、非対称的な表情だった。殺人事件の捜査の後はいつもこうで、父はどうしても被害者の痛みに共感して、感情的になってしまう。けれど身内に振るわれる暴力に対してはそこまで気にしていなかった。つまり、わたしと兄は彼にとっては被害者ではなくて、つまりそれは、警官である父は自分が加害者であると言うことを認めたくない、ということなのだ。

 

 「……あいつか。リョウトか」父はぞっとするような声を出した。

 

 「あんの、バカたれめがァ!」それから、怒鳴った。わたしのみならず、人形までもがびくっと震えて慄いた。

 

 「なあんでこんな時に!あいつは!ふらふらほっつき歩きよって!」と唸る父はなんだかわからない怒りに震えていて、それはゴールデン・マンの今回の被害者がさんざんいたぶられた挙句溶かされた黄金を飲まされて苦しみ抜いて死んだということで動揺しているからで、だからといって兄が責められるいわれはない。それでも父はそうやって当たり散らすしかないほど被害者のことを悼んでいる。けどわたしたちに怒鳴るのはやめてほしい。

 

 「お前も、お前じゃ!こんなもんにうつつを抜かして!」へたりこんだわたしを父は持ち上げ、そして思いっきり頬に平手打ちした。ばちぃん。ライフポイントがごっそり吹っ飛んだ面持ちで、受け身も取れずに倒れたわたしの襟首を掴んで、父は部屋を出る。その時に、信じられないといった風に目を見開いている人形の姿が見えた。なんだ、子供に手を出す親とか見たことなかったクチなのか?あんなに不気味な見た目なのに。

 

 「反省するんじゃ!お前は蔵ン中におれ!」と言って、わたしは家の庭の一角を占める結構な大きさの蔵に入れられる。扉が閉められ、鍵がかかる音がして、わたしは暗闇の中に閉じ込められる。

 

 蔵はわたしの家に代々続くものであり、そして良からぬ噂があった。そこで父の父、つまり祖父が死んだ、と言うのだ。そのことについては父も認めている。時期はおよそ30年前。祖父は所謂古物商で、世界のあちらこちらを歩き回っては、珍しい物品を仕入れていた。それがなぜ日本の実家の蔵の中でくたばったのかはさっぱりわからないが、とにかくここには一時期死体があったらしく、それが蔵全体の不穏な雰囲気を高めていた。常日頃から父とのケンカに敗北した兄はここに放り込まれ、解放されるとその荒っぽさがどこかに消えてしまったかのようにしおらしくなって、しょぼしょぼと自室に戻っていく。わたしはそのときの兄に泣きはらした後があるのを見た。蔵での幽閉が応えたのだろうか?でも翌日にはいつも通りに戻り、賭けデュエルをしに、元気よく窓から猿みたいに家を抜け出していく。

 

 わたしが蔵に入れられたのはこれが初めてだった。余程父はゴールデン・マンの事件でアタマに来ていたのだろう。いくら彼がろくでもない類の親であるとは言っても、カードを持っていただけのわたしにここまですることはない。けれど、それでも久しぶりに頬に張り手をされたことがショックで、わたしは暗く冷たい土に身を横たえてじんじん痛むその頬を抑えたままの姿勢になっていた。

 

 しかしこんなことじゃいけないぞ、とわたしは自分にカツを入れてもそっと立ち上がる。蔵はまっくら、ちょっとの先も見えないし、扉には鍵が降ろされている。けれどわたしは女々しく反省をするつもりなんてなかった……というか、ただデッキを持っていただけで反省する必要がどこにある?そうだ、こんな不当な罰に私は屈しないぞ、と壁を睨みつける。ごめんなさいなんて絶対に言ってやるものか、お前たちが逆に頑固さに屈して降参し、わたしたちへの待遇を悔いるまで絶対に出ないぞ、と考えていた。その時は。

 

 空気が澱んでいる。

 蔵の一角、隅の隅で、悪いものが溜まっている。そう私は確信した。

 勇気を出してゆっくりと振り返る。

 眼には見えない。何も。

 それでも、何かがいるのを感じる。

 いや、どうだろうか?

 見えているのに、わたしが見ようとしていないだけかもしれない。

 ……いや、違う。

 穴がある。

 真っ暗な穴が。

 そこから何かが出てくる。

 何かが、すた、と足を踏みしめる。踏みしめる足なんて持っていないのに。

 ぎぎぎ。

 ぎぎっぎぎっ。ぎぎぎぎぎぎぎ。

 口もないのに、それが笑う。

 それはがたがたと全身を振動させながら、わたしにゆっくりとにじり寄ってくる。

 何でこんなものがいるんだろう。

 わたしは反射的に後ずさろうとして、壁に背中を付ける。逃げ場はない。

 ぎぎぎぎぎ。げげぎぎげががっ。

 そのくらやみがわたしの足に触れる。厭な質感。足の血液すべてが一気に吸い取られたかのよう。わたしの鼻腔に、腐ったような卵の匂いが入ってきた。吐きそうになるのをなんとかこらえて、「ひゃあああああっ」と、カネコアツシの漫画に出てきそうな情けない叫び声を上げながら、暗闇の中を四つ足で逃げ回る。

 くらやみは腕を伸ばす。

 ありもしない腕がわたしの左腕をつかみ、わたしはもんどりうって転がる。

 腐った匂いはどんどん増していた。

 なんで兄はここに居て、生きて帰ってこれていたのだろう。これはさっきのカードの精霊のようにわたしにしか見えないし、触れないのか?いや、多分違う。こいつはずっと昔からここにいて、祖父が死んだのも多分こいつのせいなのだ。

 でもそんなのは理不尽だ。

 わたしが何をしたって言うんだ。

 こんな暗いところでこんな訳の分からないものに身体を触られる目に逢ういわれはない。

 でもそのくらやみはお構いなしにわたしの身体を壊しにかかる。

 ばきっという鈍い音がして、わたしのふくらはぎが裂けた。くらやみの腕が、力任せに引きちぎったのだ。あぎぃ、という変な擬音が口から洩れる。全身が燃え盛るように熱くなり、痛みのせいでわたしは涙をこぼす。

 ごきゅごきゅ、べきっ。右の腕を物凄い方向に捻じ曲げられながら、わたしは泣叫ぶように助けを呼ぶ。

 だれかあああああ!たすけてぇええええええ!

 恥も外聞もなく、わたしは大声で泣いて、鼻水を垂らしながら助けを求める。

 ごめんなさいぃいいいい!わたしがわるかったのぉおおあああ!ぶわあああああん!うわあああああああん!

 最悪だ、自分が悪いなんて。こんな理不尽に負けそうなことが弱いだなんて、認めたくないのに。

 その間にも、くらやみはわたしの身体をちぎり、ねじり、壊していく。わんわん泣きながら、わたしは誰かを待つ。蔵の扉を開けてくれる誰かを。

 

 ばあん!

 扉が開かれ、光が蔵の中に入ってくる。

 泣き濡らし、床に這いつくばっていたわたしはその光の方向を見た。

 母だった。

 

 わたしは何かを言おうとして、とりあえず立ち上がり、自分に足があることに気付いた。さっきのは幻だったんだろうか?でもそれにしては痛みにリアリティがあったし、なによりくらやみは闇の中でわたしのことを睨んでいた。

 「大丈夫なのあんた、たすけて、って……そんなに怖いもんでもみたの?」

 「ふぐっ、ひぐっ……」わたしは呼吸を整えるだけで精一杯だ。

 「あのね、ユウカ。お父さん今は荒れてるけどね、でもほんまにあんたのこと愛してるの。私もそうやから。だから、ユウカ。あんたは悪くないんだからね」

 その言葉を聞いてわたしはちょっと安心する。母も、母でわたしのことを彼女なりに愛していてくれたのだ。だからギリギリわたしがイマジナリーに全部バラバラになる前に扉を開けてくれたし、あのくらやみからわたしを助けてくれたのだ。

 

 でもその愛情は使い捨ての速攻魔法でしかなくて、わたしの安堵は家から響いてくる男の叫び声にかき消される。

 

 「なんじゃ、お前!ふざけよって!何がカードゲームじゃ!

 「カードゲームとはなんじゃ!お父こそ、なんじゃそのザマは!はよう街行って連続殺人鬼捕まえてこいや!職務真っ当しろってんじゃ!このウンコ野郎!

 「なんだと、このッ!

 ばしぃん!父の右ストレートが綺麗に決まる。

 兄はよろけるが、しかし倒れない。「おまえはいっつもそうやな!俺の話を聞く気が無いからいっつも暴力、暴力!だったら殺人鬼でも殴ってくりゃええんじゃ!このアホんだら!無駄飯喰らい!」「何だとォ!お前のその根性が腐っとるから俺の言うことが聞けないんじゃ!

 ばしぃん!

 「ほうならやってみいやクソ親父!俺を殺してみい!殺せー!

 そのまま取っ組み合いが始まる。

 兄は殺せ、殺せとしきりに叫ぶし、父は怒りと悲しみとが極限にまで超融合した表情で兄を殴り続ける。そこに母まで参戦してきて、「もうやめんさいリョウト!あんたのせいでうちはもう滅茶苦茶や!どうしてお父さんの言うことが聞けんの!」なんて言い出すので、さらに殴り合いは加速してしまう。ボコボコに殴られまくった兄が殺せと言っても、唇まではれ上がっているせいで「ふぉろふぇー!」としか聞こえない。それでもなお諦めずに向かっていくものだから、父も徹底的に応戦して殴り続ける。

 

 場から除外され、3人から忘れられ、何もできないわたしはそんなゴタゴタから目を逸らし、耳を塞いで自室に駆け込んだ。

 相変わらず人形とドラゴンはそこにいて、半開きのドアから向こうの喧嘩を見ていたようだ。わたしがドアのカギを閉め、外界とのアクセスを閉ざすと、人形が両手を広げてくるので、わたしは遠慮なくその胸に飛び込み、その硬い感覚を味わう。人形はわたしをやさしく抱きしめ、ぎこちなく頭を撫でてくれる。姉……ただし、イマジナリーの、とても優しい……がいたら、多分こんな感じだっただろう。この人形も、あのくらやみと同じような闇から来たものだ。けれど、やさしい闇だ。

 彼女は融合モンスターで、効果モンスターで、破壊耐性があって、何よりゲームのカードだった。遊戯の王に仕える臣下。父のような、暴力の侍従とは違う。

 

 「ありがとう。えっと……ミドラーシュ」

 人形は首を横に振る。

 『ウィン、ダ。アタシの、名前』

 「そう。ウィンダ……」

 そこで私は、人形のデザインが《ガスタの巫女、ウィンダ》*5に似ていたことに思い至る。そういうことか。あくまで人形でも、同じひとの形をしているのなら、その操り手の如何に寄らず自意識が芽生えることもあるし、内面までもだいたい同じになる、ってことなのかな?

 「わたしに出来ることなら、手伝うよ」

 『……それなら、アタシと、一緒に……探して。星を創った、ふたつの前。宇宙を創ったよっつのもの、名前も忘れられた、もりのひと、オコジョ、オオカミ、カメムシ、彼らが造った、古いデータ。端末次元の、リブートコード』

 「それは……一体」

 『カーネフェル・コード。でも、今ではない。あちらから、コンタクトが、あるはず』

 「コンタクト?」

 『生贄が、きっと、送られる。その時に、カーネフェル・コードも、現れる』

 

 兄はまたいつものように蔵に放り込まれ、そして戻ってきた。

 兄もくらやみを見たのだろうか?わたしは恐ろしくて聞けなかった。

 

◆◆◆

 

♪マニュアル 役に立たない恋模様

♪カンガルー ぴょんと跳ねそうな空模様

 

 「ん、う……」と女の子がうっすらと目を開ける。わたしは少し固まって、どうすべきか考える。一応手には竹刀がある。剣道の心得も多少はある。父は言うだろう、「いいから逃げや、武器持った相手と渡り合うんは警官ですら怖いんや、お前が竹刀持ってようと、よしんば鉄砲持ってようと無理なもんは無理や」と。正論。でも、ここで逃げたらこの子はどうなる?多分殺されて、わたしは自己保身のためか、あるいは助けを呼びに行くためか、とにかくこの場から逃げ出したことを一生後悔するだろう。周りの人、父や母、兄や友達からすれば、このアニメガールのためにわたしがいのちを投げだす必要なんてないだろうし、そのためにわたしが死んだらみんなすごい悲しむだろう。

 でもわたしは彼女を見捨てることが出来ない。ウィンダとの、彼女(ウィンダ)を助けるっていう約束もあるし。

 竹刀を取り出し、その切っ先をゴールデン・マンに向ける。

 

♪それはさておき

 

 「ふ、へへ、ふふふへへ」と不気味な笑い方をしながらゴールデン・マンはその場でぐっと踏み込む。だんっ!っとその身体が飛ぶ。カエルみたいにそいつは数メートルの距離を飛んだ。

 

♪あいうえおっと かきくけこれは おかしなことになりそうだ

 

 うおっ!と叫びながら跳躍に付随するかかと落としをすんでのところでかわす。ヤクやってるってレベルじゃないぞ。カポエイラみたいな動きで立ち上がると同時に、わたしは竹刀を放り投げる。目くらましにしかならないけど、それを容易くつかんだ殺人鬼の目線はこっちに向いた。あとはあの子が立ち上がって逃げるまで時間を稼いで、それからできれば自分も逃げるって感じで、なんとかやるしかない。選択の余地はない。

 

♪さしすせそうよ たちつて止めて

 

 「ヘイッ!」わたしは虚勢を張ってそいつを呼ぶ。「ゴールデン・マン!わたしが相手だっての!目撃者なんだぞ!」

 ゴールデン・マンはふふふへへけらけらと笑う。

 「ゴールデン・マンとお前らは言うが」ナイフを構え、ヤツが走る!

 「俺はワッケーロだ!」その気迫にわたしは呑まれ、足がすくむ!ヤバイ!でもムリ!動けない!怖い!やめときゃよかった?でもそれは違う!こうするのが一番良かった!誰かを見捨てて逃げてくのはイヤだから!

 

♪私のハートふいにピンチ

 

 どすっというナイフの突き刺さる様子と音を覚悟していたわたしは目を閉じかけるが、その前に横から突っ込んできたハッピー・ラヴァーがゴールデン・マンに体当たりするのを見てフッと勇気が湧く。

 ゴールデン・マンはちょっとよろけてナイフをふらつかせるが、その隙に薄いレンガくらいの石を持ったわたしが「うわああああああっ」と叫びながら飛び込んでいって、その石を頭部に叩きつける!ダイレクトアタック!

 ぐしゃ、と骨の砕ける音がしたけどそれはゴールデン・マンにとっては致命傷ではなくて、それはその顔の半分が黄金になっていてもう半分はゾンビみたいな土気色をしているということが近づいたわたしにはわかって、ゴールデン・マンが人間じゃないってことに気付いて叫び声を上げようとするときにはすでにヤツはわたしの胸ぐらをつかみ上げ、地面に叩きつける。

 

♪占い師なんて知らないし 花占いはあたらない

♪手相はいつかはずれそう 生命線はありません

 

 「ふしゅうううう」と唸り声を出しながらゴールデン・マンはわたしの腹を蹴りつける。ごげっ、とカエルみたいな音と一緒に胃液が戻りかけるのをギリ堪えるが、でももう無理だ。状況をなんとかしようと光るハッピー・ラヴァーに無常な裏拳が浴びせられ、吹っ飛ばされる。

 

♪占い師なんて知らないし 花占いはあたらない

 

 「ひひひ。今回の痛みはこれだから、な」とゴールデン・マンは黄金のナイフをわたしに見せつける。「『黄金卿』に捧げるレベル8の生贄、それが、オマエなんだよッ」絶体絶命。わたしは朦朧とした目でさっきの女の子が立ち上がったのを見る。よかった。そのまま逃げてほしい。それでわたしは満足だ。

 

♪手相はいつかはずれそう 生命線は

♪だけど答えは!

 

 「ライナを見ろッ!」と女の子は叫ぶ。よく見ると、わたしよりも小さい。その子が、身の丈程の杖を振りかざしている。

 んぁ?と間の抜けた声を出したゴールデン・マンが、その杖の鏡から放たれた光に吹き飛ばされる!ぐおああ、っと2メートル転がり、竹やぶにぶつかって停止!「おまッ……ああ、テメエ、『端末次元』の出だな!?黄金卿の言う通りだったってコトかよ!」そしてナイフを手に……その黄金がバキベキと成長して、刃渡り1mはあろうかという日本刀様のものに変わる!「見るがいいッ!これぞエルドリクシルの神秘!」それを振りかざし、ゴールデン・マンは迫る!

 

♪なにぬねノーよ はひふへ惚れてはいけない だって早すぎる

 

 少女は毅然とした表情で杖を振るい、地面から体程の大きさもあるカードが実体化する!

 「《光子化(フォトナイズ)*6ッ!」

 それと同時にゴールデン・マンの肉体が輝きに変じる!「何だッ!?」黄金すらも、煌めく光子に!

 

♪まみむめもっと いろはにほらほら あかさた何でどうしてよ ねえねえ

 

 「来てっ!ハッピー・ラヴァー!」

 少女に応じて、天使が飛び上がる!「いくよッ!光霊術-滅!」光の渦が天使に注ぎ込まれ、その4つの羽根が雄々しく開く!「ハッピー・バーニング!」その口から火炎が……火炎!?とにかくゴールデン・マンに命中し、その黄金ごと焼き尽くす!ぎゃあああ、ぐもわあああああと叫ぶ男の声は炎に巻かれてよく聞こえない!とにかく、くたばれ!お前のせいでわたしはゲロを吐きかけたしクソみたいな蔵に放り込まれることになったんだ!そいつが焼け焦げたカスになるころにはわたしも立ち上がって、空を見上げる。とうとう空は晴れて、綺麗な夕焼けが見えた。

 

♪あいうえおっと かきくけこれは 何かとクセになりそうだ

 

 「ありがとう、知らない人!」

 女の子は、わたしの方をちゃんと見る。煌めく双眸がわたしを見つめる。「ライナ、あなたに助けられちゃった」

 わ、わたしこそ……と、その純粋な瞳が後ろめたくなって、目を逸らす。生贄ということなのか。この子が?「あなたがいなけりゃ今頃死んでた。こっちこそ、あなたのお陰で生きてるんだから」

 えへへ、そっか!お互い様だね!と、女の子は笑う。夕陽の赤の中で、白くて、輝いていて、儚い彼女はコントラストになる。綺麗だ、と思ってしまう。

 

♪さしすせそれで たちつてとうとう 私のハートハードピンチ

 

 「私、ライナ!光霊使いの、ライナ!あなた、名前は?」

 「カンザキ……ユウカ」

 「うん!よろしく!ユウカ!」

 

♪私のハートきっとピンチ

*1
星7/地属性/戦士族/攻2600/守1800 (1):このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力を攻撃力が超えた分だけ戦闘ダメージを与える。

*2
星2/光属性/天使族/攻 800/守 500 頭からハートビームを出し敵をしあわせにする、小さな天使。

*3
星3/風属性/サイキック族/攻1500/守1000 このカード名の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):このカードがリバースした場合に発動できる。デッキから「影霊の翼 ウェンディ」以外の「シャドール」モンスター1体を表側守備表示または裏側守備表示で特殊召喚する。(2):このカードが効果で墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「影霊の翼 ウェンディ」以外の「シャドール」モンスター1体を裏側守備表示で特殊召喚する。

*4
融合・効果モンスター 星5/闇属性/魔法使い族/攻2200/守 800 「シャドール」モンスター+闇属性モンスター このカードは融合召喚でのみEXデッキから特殊召喚できる。 (1):フィールドのこのカードは相手の効果では破壊されない。 (2):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、その間はお互いに1ターンに1度しかモンスターを特殊召喚できない。 (3):このカードが墓地へ送られた場合、自分の墓地の「シャドール」魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。そのカードを手札に加える。

*5
星2/風属性/サイキック族/攻1000/守 400 このカードが相手モンスターの攻撃によって破壊され墓地へ送られた時、デッキから「ガスタ」と名のついたチューナー1体を特殊召喚できる。

*6
通常罠 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。相手モンスター1体の攻撃を無効にし、その相手モンスターの攻撃力分だけ、自分フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスター1体の攻撃力を、次の自分のエンドフェイズ時までアップする。




「ONE マイハートハードピンチ」でわかったこと。
わたしはカンザキユウカ。
ライナは光霊使い、そしてカワイイ生贄要員。
エルシャドール・ミドラーシュはガスタの巫女ウィンダ……の残滓で、霊獣使いルートに進みたくないウィンダ。
深淵の王は穴からこちらを見ている。
この世の出来事は全部運命と意志の相互作用で生まれる。
そして、「TWO 気になるあの娘」でわかる事。
それはまだ、混沌の中。
それが……『きっとあなたは綺麗な光』!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。