進撃の巨人二次創作短編集   作:EKAWARI

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やあ、ばんははろEKAWARIです。
ハーメルンでは久しぶりの投稿になりますが、楽しんでいただけたら幸いです。
エレンにとってライナーがもう一人の自分だとしたら、ファルコはこうなりたかったこうありたかった理想の自分なんじゃないかなと思った人間の作です。


道を通ってファルコに会いに行くエレンの話

 

 ―――ファルコ・グライスにとって、エレン・イェーガーとはとても複雑な思いを抱かせる存在だった。

 

 かつてファルコは生まれ故郷で、『クルーガー』と名乗る傷痍兵男性と仲良くしていた。 

 彼は左目と左足が無く、セミロング程の伸び晒した長い髪で残った右目も隠していた。

 軍人だったからなのだろう。

 広い肩幅に厚い胸板など、体つきはしっかりしており、生やされた無精ひげと目の下の隈が年齢をわかり辛くしていたが、おそらく一見した印象よりずっと若いのではないだろうかと、ファルコは思っていた。

「君はいい奴だ。長生きしてくれるなら嬉しいよ」

 そう彼に言われた時の声の温度を覚えている。

 本当に心からそう望んでいるようにいわれたものだから、ファルコはどうして自分が鎧を継ぎたいのかを、苦い弱音を吐露してしまった。

 そんなファルコに彼は言う。

「オレはここに来て毎日思う…何でこんなことになったんだろうって……心も体も蝕まれ徹底的に自由は奪われ自分自身も失う……こんなことになるなんて知っていれば誰も戦場なんか行かないだろう」

 そんなことはわかっていた。

 ファルコも、戦士候補生として既に戦場には出たことがあるのだから。

 だが、続く彼の言葉にはっとさせられたのだ。

「ただし自分で自分の背中を押した奴の見る地獄は別だ。その地獄の先にある何かを見ている。それは希望かもしれないしさらなる地獄かもしれない。それは……進み続けた者にしかわからない」

 そうだ、自分が何故鎧を継ぎたいのか。

 どうして兄が次の戦士に決まったのに、自身も戦士になりたいのか。

 それは彼女を……ガビを、好きな女の子を守りたいからじゃないのか。

 たとえその先が地獄だとしても。

 それでも彼女に幸せになって欲しいから、長生きして欲しいから、だからその為に進み続けるんだ。

 クルーガーと名乗る彼の言葉を聞いて、ファルコはそう思った。

 

 それからは毎日のように彼に会いに行った。

 慕っていた。

 尊敬していた。

 憧れていた。

 彼と会話するのは楽しかった。

 穏やかな声で「ファルコ」と呼ばれる、その声音が好きだった。

 そうして大分仲が良くなったと思った頃、彼に収容区外のポストから家族に手紙を投函してほしいと頼まれた。

「オレがここに無事にいるって伝えたいだけなんだ……」

 ……そう言って託された手紙をなんの疑いもなく受け取り、彼の望むまま届けたことを今のファルコは酷く後悔している。

 だって、彼は、クルーガーと名乗り慕っていたその傷痍兵だった筈の彼は、マーレに潜入していた明確な敵だったのだから。

 古い友人だというブラウン副長と話したいといわれ、ライナー・ブラウンをあの地下室に連れて行った時暴露されたその事実。

 膝から先はなかった筈の左足は目の前でみるみるうちに再生し、それは彼が巨人の継承者であることを明確に示していた。

 ヴィリー・タイバーの語る平和への反逆者、始祖の巨人をその身に宿すパラディ島の悪魔、それがエレン・イェーガー。

 ……ファルコが慕い続けていた男の正体だった。

 憎かった。

 許せなかった。

 悲しかった。

 辛かった。

 苦しかった。

 どうして、が溢れて胸がグチャグチャになった。

 裏切られたと思った。

 よりにもよって自分が届けた手紙が自分の故郷を焼く引き金になったのだ。

 ファルコはパラディ島勢力によるレベリオ区への襲撃に、知らず加担させられていたのだ。

 酷い、どうしてこんなことをと思った。

 慕っていた、尊敬していた、だからこそ好きだった分だけ余計に許せない。

 だけど、クルーガーさん……いや、エレン・イェーガーに泣きながら謝るブラウン副長を見てファルコは悟ったのだ。

 ああ、この人も同じ目にあったのか、と。

 ならば、これは報復だったのか?

 多分、そういうことなんだろう。

 それでも、「海の外も壁の中も同じなんだ」とそう語る彼は、ファルコが先日まで信じていた彼と確かに同じに見えた。

 哀愁を帯びた昏い目。

 低く落ち着いた声音。

 それは確かにファルコが知っている、彼が慕った男そのものだった。

 

 だが……実際に目の前で巨人に変わった彼を見て、副長に助けられ、焼かれゆく故郷で暴れる彼を見るとまたわからなくなった。

 長髪を振り乱し暴れ回る巨人姿の彼は、まるで本物の狂った悪魔のように見えたから。

 そこに自分が慕った男の面影は見えない。

 クルーガーさん。

 胸の内でそう呟けば、かつて親しんでいた時に楽しかった分だけ苦い感情がこみあげる。

 エレン・イェーガー。

 そう胸中で呟けば、故郷を蹂躙した悪魔と、それに対する怒りと悲しみが浮かぶ。

 この二人は同一人物だ。

 だけれど、ファルコにとっては同一にどうしてもならない。

 それに考えなければいけないことは他にも山ほどある。

 ガビのこと、パラディ島にきたこと、継承した顎のこと。

 色々、沢山。

 今は世界を滅ぼすエレン・イェーガーを止める為、オディハへと向かっていた。

 

 エレンを止める……つまりそれは、おそらく彼を殺すことになるのだろうとそう思っている。

 ……ファルコにとってエレン・イェーガーはとても複雑だ。

 彼の事を思う度、どうしてが渦巻く。

 世界を滅ぼす悪魔は、本当に自分が知っているクルーガーさんと一緒なのだろうか。

 あの慕った彼は本当に虚像で、どこにもいないのだろうか。

 そんなことを考えていた。

 その時だった。

 

「ファルコ」

 

 懐かしい声が耳朶を打つ。

 優しい、落ち着いた男の低音。

 さっきまで自分は眠っていた筈だ。

 じゃあ、これは夢なのか。

 否、違う事はすぐにわかった。

 ここは道だ。

 全ての道が交わる座標。

 ユミルの民がいつか還る場所。

 そこに男が1人立っていた。

 伸び晒しの男としては長い髪に無精ひげ、しっかりとした体躯の長身で、左目は白い包帯に覆われており、もう片方の目も長い前髪で半分隠れている。左足は……ない。その無い足を支えるように松葉杖をついている。着ているのはかつて見慣れたマーレの軍服。

 自分の記憶のままの姿で、クルーガー……否、エレン・イェーガーは佇んでいた。

 あの頃のように。

「クルーガーさん……いや、エレン・イェーガー」

「こうして顔を合わせるのは久しぶりだな、ファルコ」

 そうして彼はふっと口元だけ綻ばせるように微笑った。

 

 

 * * *

 

 

 道に時間という概念は無い。

 ここで何年過ごそうと外では一瞬だ。

 だから話を聞いてくれないかとエレンは言った。

 ……エレンは様々なことを語った。

 自分は未来を見た事、この地鳴らしにより世界の人口の八割が消えるだろうこと、勝利するのは自分ではない事、そしてミカサ・アッカーマンという女性の選択が巨人の力をこの世から消し去る事になること……今回会いに来たことは、始祖の力で一旦消して、全てが終わった後にまた思い出すであろうことを。

 そんな話をしていた。

 いつの間にか形成されたあの日のレベリオ収容区の病院を模した空間で、あの頃のように隣のベンチに腰掛けながら。

 ファルコは知らず嘆息した。

 

(この人は自分が死ぬことも知っている上で進んだのか)

 

 そう思えば、泣けばいいのか詰ればいいのか。

 狡い人だと思う。

 裏切られ、故郷を焼かれ、それだけでも本来ファルコはエレンを憎むのには十分な理由がある。

 しかもこれから8割の人間の命を奪うだろうなどと……とても人間に出来る所業ではない。悪魔そのものの行いだ。ここまでくると最早神話だ。桁が大きすぎて実感がわかない。災厄そのものだ。

 なのに……憎み切らせてくれない。

 ファルコには何が一体正解だったのかがわからない。

 きっと彼もそうだったのだろう。

 未来を見たといったときから、未来に縛られてしまったのだろうと思えば、きっと彼は可哀想な男だ。

 自由を誰よりも求めたのに、自由なんてどこにもない、雁字搦めの鳥籠の鳥。

 ……きっと、みんな被害者だった。

 そういうことだとファルコは飲み込んだ。

 ちらりと、彼の顔を伺う。

 それはかつて親しんだ時の彼と似ているようでどこか違う。

 でもこんな目をいつかどこかで知っている。

 そうして、気付いた。

 これは、エレンに断罪されることを待っていた時のライナー・ブラウンの目に似ているのだと。

 ふと、あの時、地下室での二人の会話が脳内でリフレインする。

『お前と同じだよ』

『やっぱりオレは……お前と同じだ』

 つまり彼は、断罪されるためにファルコに会いに来たのではないだろうか……?

(馬鹿だなあ)

 と、ファルコは思った。

(本当に貴方は、馬鹿ですよ、クルーガーさん)

 嗚呼、確かに彼はブラウン副長と鏡合わせの存在だったのだろう。

 

「クルーガーさん、いえ、エレン・イェーガー。オレはあなたを許しません」

「……そうか」

 そうだよな、ほっとしたようにエレンが呟く。

 そのことに少し腹を立てながら、ファルコは言葉をつづけた。

「あなたのせいでオレの街は焼かれた。あなたのせいでオレは友人たちの死に加担させられた。正直、恨んでいます。憎くないといえばうそになる」

「そうか」

 凪いだ瞳は穏やかで、死を待つだけの老人をどこか想起させた。

 そのことが少し悲しい。

 そうだ、自分は彼の事が好きだったのだ。

「だけど、あなたのおかげで巨人の継承問題で悩むこともなくなった」

 一瞬、隣に座る男の反応が止まる。

 何を言われたのだろうと、よくわからなかったかのようにパチパチと瞬きをする彼を見て、あんなに大人に見えたのに、存外幼かったんだなとファルコは思った。

 意外と大きな瞳に動揺を乗せて自分を見返すエレンの姿に、そういえば彼は兄と同じような年齢であることを思い起こす。

 兄コルトの死を想えば胸中に苦しみと悲しみが押し寄せる。

 彼はファルコの為に死んだのだ。

 全ては巨人というものがあったから、こうなったのだ。

 それもまた事実の一端だろう。

 そしてエレンは巨人の時代を終わらせるために、自分の死も承知の上で進んだのだというのなら、ならこれはファルコが伝えるべきことだろうと、そう思った。

 だから言った。

「ガビの寿命が縮むことも、オレがこの先、13年後の死に怯えることももうない。だからそのことについてはお礼を言わせてください。ありがとう」

「……何故オレに?」

 恨み言を言われる覚えこそあれ、まさかファルコに礼を言われると思ってなかったのだろう、戸惑うように綺麗な色をした瞳を揺らしながら動揺する、自身より年上の男に苦笑しながら少年は返す。

「あなたに酷いことをされたのも事実ですけど、あなたに救われたのも事実ですから」

 そのファルコの言葉に、エレンはくしゃりと顔を歪める。

 長い前髪で顔を隠して、けれどその肩は震えている。

「君は良い奴過ぎるよ……」

 声も震えている。

 それに、もしかしたら泣いているのかもしれないと、ファルコはぼんやり思った。

 

 

 * * *

 

 

 ゆらり、姿が変わる。

 気付けばもうそこは懐かしのレベリオ区の病院ではない。

 だけど、知っている。

 見覚えのある空間だ。

 ここはあの日、戦場になった街だ。

 パラディ島のシガンシナ区。

 エレン・イェーガーの故郷であり、ファルコが初めて巨人に変わった場所。兄が死んだ地。

 ファルコもエレンも既にマーレの軍服姿ではなく、ファルコは青いジャケットの私服姿で、エレンもまた長い髪を後頭部でハーフアップに結い上げ、紐シャツに黒のパーカーを羽織った私服姿で、兵団施設の屋上で相対するように立っていた。

 ファルコとしては見慣れない姿だ。

 前髪は後ろ髪ごと結い上げられているため、遮られることのない強い眼光を宿す瞳と眉は力強い印象を与え、見慣れた無精ひげは剃られてこざっぱりしており、こうしてみると本当に若いし、鼻筋も通った中々の色男だ。背も高くスタイルも良い。

 自分が知る彼とは、まるで別人みたいだった。

 これがエレン・イェーガー。これが彼の本当の姿なのだとしたら、本当にファルコは彼の事を知らなかったのだろう。

 そのことにきゅっと胸が締め付けられる。

 だけど……。

「ファルコ」

 彼が呼ぶから、その呼ぶ声はかつての彼と同じだったから、そこで漸くファルコは、ああ確かに彼はクルーガーさんと同じだったんだなとすとんと受け入れられた。

 彼が両手を広げる。

 まるでおいでというように。

 戸惑うように一歩ずつ、ファルコは近づく。

 エレンは少し泣きそうな顔で微笑みながら、そっと自身より随分小さな少年の体を抱きしめて言った。

「なあファルコ、お前はどの口でって思っちゃうのかもしれないけれど、それでも祈らせてくれないか?」

 まるで子守歌のような声で、神に誓願するかのように。

「君のこの先の人生が長く、幸福なものでありますように」

『君はいい奴だ。長生きしてくれるなら嬉しいよ』

「クルーガーさ……」

 あの日の幻想を見る。

 たとえどんなに見た目が変わろうとも、ああ確かにあの時のあの人はここにいるのだと。

 とても冷たそうな風貌なのに、その体温は火傷しそうなくらい熱くて温かい。反則だ。やっぱりこの人は狡い人だ。こんな声でそんな風に言われたら泣きたくなる。

「はい」

 ぽろりと、涙が一筋こぼれた気がしたのはきっと気のせいだ。

 

「もう時間だ」

 ポツリ。

 零すように呟かれた声を合図に、慈しむようなハグは終わりを告げた。

 見れば彼の顔に巨人痕が浮いている。

 普通の巨人痕と違って、頬の部分に斬り込み痕みたいなものと下唇の下の筋肉が薄く見えそうになっている部分もある。

 きっとこれが彼の終わりの姿なのだろう。

 エレンは微笑み、手を差し出す。

 そうやって笑った顔は、実年齢以上にどこか幼げで、優しく、慈愛に満ちたものだった。

 だから、ファルコも笑う。笑って出された手を握りしめる。

 この別れに涙は相応しくないから。

 

「さようなら、エレン・イェーガー。オレはあなたのことを一生許しません(忘れません)

「さようなら、ファルコ・グライス。君はオレの英雄だったよ」

 

 そうしてこの記憶は泡沫のように消えた。

 たとえ殺し合う事になったとしても、思い出すことはないだろう。

 この戦いの終わりを迎える日まで。

 

 

 了


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