進撃の巨人二次創作短編集   作:EKAWARI

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ばんははろEKAWARIです。
こちらの作品は本編終了後のミカエレ前提のジャンミカの話で、アニメ進撃の巨人完結を記念してpixiv連載版より加筆修正してこちらにもアップすることにしました。
お楽しみいただけたら幸いです。


10年目の結婚前夜

 

 

 ピュルル。

 甲高い鳴き声を立てて、トウゾクカモメが天を舞う。

 空は抜けるほどの快晴。

 あれほどの戦火を受けたというのに、今では街は元通り、否更に発展したと言っていいだろう。

 一人の男への信仰と爪痕を残して、けれど少しずつ街も人も傷を癒し続けている。

 それは寂しくも暖かい時間の記憶の経過。

 多くの犠牲と引き換えに巨人はもうこの世にいない。

 そう、天と地の戦いと呼ばれたあの日からもう7年の月日が過ぎた。

 

 

 

 

  10年目の結婚前夜

 

 

 

 俺がこうしてパラディ島に戻るのは、半年ぶりのことだった。

 

「よぉ。ミカサ久しぶりだな」

 ひらひらと手を振って、そんな軽い調子で、訓練兵時代から想ってきた女性の名を呼ぶ。

「……ジャン」

 落ち着いた声で彼女が俺の名を返す。

 ただそれだけで幸せになれる俺は、単純な男なのかもしれない。

 

「元気だったか?」

「いつも通り。特に変わりはない」

 そう答える声は昔よりやや柔らかい。

 兵士時代は短かった髪は大分長くなり、ミカサの表情は昔より随分と穏やかになったなとそう思う。

 女性らしくなったというべきか……昔から綺麗だったけれど、益々彼女は綺麗になった。

 ただ、その黒曜石のような瞳には仄かな寂しさも宿していて、見る度少し俺の心をざわつかせる。

 それは俺の胸にも覚えのある感覚だった。

 

 天と地の戦いから7年、あれから俺は連合国大使として連合国とエルディア国を行き来する生活を送っている。

 最初は緊張に包まれながら交渉をしたものだが、今では少しずつ民間の交流も増えてきている。

 エルディア国が拡大していた軍備も、平和が続くにつれ少しずつ縮小に向かっているようだ。

 このあたりは女王であるヒストリアと、アルミンの奴の頑張りが大きい。

 少しずつ変わってきている。よくも悪くも。

 

 ……どちらかがお互いを滅ぼさないと終わらないと思われた争いの終焉は、皮肉にも世界の8割を踏みつぶした世界一の大馬鹿野郎によってもたらされたと言える。 

 島外にとっては全てを滅ぼしかけた悪魔にして魔王、パラディ島にとっては神の如く崇める英雄……俺達が殺し、止めたエレン・イェーガーによって。 

 ただ、俺達は知っている。

 あいつは神でも悪魔でもなく、大切な人達の幸福を祈らずにはいられない、そんな人間だった事を。

 だからというわけではない。が、この島に戻る度、エレンの墓に見舞い、それからミカサを訪ねるのが俺のルーチンワークとなっていた。

 

「……それで、あの時はあいつがよ……」

「……懐かしい。ジャンとエレンはいつも喧嘩していた。止めるのは僕なんだから勘弁してよとアルミンがいつも愚痴ってた」

 ミカサが口元を綻ばせて、笑う。

 俺もきっと笑っている。

 

 大体はいつもこうだ。

 とりとめもない懐かしい思い出話を二人で共有する。

 話題になるのは、俺達の青春ともいえる訓練校時代の思い出が多い。

 次に調査兵団時代の思い出。

 話題の中心はいつもあの大馬鹿野郎についてだ。

 たまにマルコやサシャやコニー達が話の中心となることもあったが、大体は俺とミカサの共通の話題は、あの頃いけすかねえと思っていた死に急ぎ野郎(エレン・イェーガー)だった。

 

「ふふ、エレンらしい」

 ……こんな会話も最初はもっと痛みを覚えたものだ。

 失った痛みに、ぎこちなく胸を焦がした。

 けれど、いつしか痛みよりも懐かしさが勝り、あいつの話題を出しても、ミカサの中でも寂しさより喜びが勝るようになったのだと、その微笑みを見る度に実感する。

 ……俺は今年で26になった。

 心の中に住まう親友はいつまでも少年の姿のままで、俺を励ますように在り続ける。

 そしてあいつに至っても永遠の19歳だ。

 月日の流れは傷を癒す。

 それは俺だけじゃねえ、ミカサも一緒だった。

 そしてこの日のたわいない会話の終わりに彼女はポツリと、こうこぼした。

 

「……ジャンは、忘れるべきだと思う?」

 それが誰についての質問なのかなど、聞かなくとも一目瞭然だった。

 黒曜石のような黒い眼に寂しさを宿しながら、ミカサが続ける。

「私は忘れたくないと思った。『オレを忘れて、自由になってくれ』とそれがエレンの願いだとしても叶えたくないと……でも本当は叶えるべきだったのかな」

「なんだそりゃ」

 ……おいおい、エレンよ、お前そんなことをミカサに言ってたのかよ。

 格好つけめ。

 全く、随分と身勝手な話だ。

 でも同時にあの野郎らしいとも思った。

 

「忘れる必要なんてないだろう。いや、忘れるべきじゃねえ。あいつだけじゃない。マルコやハンナ、フランツ、サシャにエルヴィン団長、ハンジさんにピクシス司令……フロック……誰一人忘れるべきじゃねえ」

 名前を1人1人呼ぶたびに昔の思い出が脳裏をよぎる。

 大抵が碌な末路じゃなかったけど、それでも記憶の中の彼らはあの頃の笑顔のままだ。

 そしてそれでいいと思っている。

 きっとあの日俺達の前に現われたサシャのように、みんな俺たちを見守ってくれている。

 だから、それに応える為にも精一杯生き抜いていくだけだ。

 あの日の燃え滓に恥じぬように、過去を抱きしめ未来を向いて歩いて行く、それは生者である俺達にしか出来ない事なのだから。

 託された想いは確かにここにある……だから。

「それを覚えているのは、生き残った俺達だけだ、そうだろう? 忘れた時人は本当に死ぬ。俺たちが忘れなければ、あいつらはみんな俺達の中で生きている。だからミカサ……わざわざ忘れなくていいんだ。いや、忘れないでくれ」

 気付けば懇願するような音色になっていた。

 ミカサは迷うような瞳で俺を見ている。

 その目を真っ直ぐに見ながら俺は言葉を続ける。

「俺達は背負って生きていくしかねえんだ。それは生き残った俺達にしか出来ない。だけどな……ミカサ、俺はおまえの荷物を半分背負いたいと、そう思ってる」

「え?」

 彼女が目を見開く。

「ミカサ、俺は……お前のことが好きだ。ずっと昔から、お前のことが好きだった。だから俺にもお前の荷物を半分背負わせちゃくれねえか? 俺と家族になってほしい。俺と結婚してくれ」

 言った。

 とうとう言ってしまった。

 そう思いつつ後悔は微塵もなかった。

 ミカサはどこか戸惑いを覚えた表情をしながら、一呼吸おいて言葉を返す。

「ジャン、私は……今までジャンのことをそういう風に見たことがない」

「ああ……知ってる」

 いつだって、彼女の視線の先にいたのは奴だった。

 ミカサが誰を想っているかなんて、そんなことはずっと昔から知っていた。

 だからこそ俺はあの野郎を羨んだし、妬ましく思っていた。

 今はもう妬ましいと思う気持ちは殆どないけれど、それでも今だ彼女が誰を想っているかなんて聞かれなくても分かっている。

 それでも俺はミカサの事が好きだった。

 初めて会った時から、ずっと。

 あいつの事が好きなミカサが、その一途な愛情ごとまるごと、彼女の全てが好きだった。

「だから……待っててほしい。今はどう返せばいいのかわからない。だけど、必ず答えは出すから」

「ああ……急がなくていい。いつまでも待ってる」

 今は伝えられただけでも十分だ。

 

 

 * * *

 

 

 空が青い。

 トウゾクカモメが鳴いている。

 エルディア軍はいつの間にか更に縮小し、各国の緊迫した空気も無くなって等しい。

 まるで平和だった100年に戻ったかのように、島も落ち着きを見せている。

 それでいいと思う。

 このために俺達は命を賭して戦ったのだから。

 そのために……あいつも死んだのだから。

 あの日から……エレン・イェーガーの死から10年が経った。

 

「よぅエレン」

 俺は持ってきた上等の酒をエレンの墓石にかけながら、言った。

「俺さ、明日ミカサと結婚することになった。」

 きっと、これを聞いたら地団太を踏んで悔しがるに違いない……そんな想像をしながら、けれど穏やかに俺は報告を続けた。

「半年前に漸く2年ごしにプロポーズの返事がもらえてな。本当はもっと早く報告するべきだったんだろうけどよ。どうにもふんぎりがつかなくてよ……」

 ガリガリと頭をかきながら、俺は言葉を続ける。

「……なぁ、エレン……お前はさ、本当はお前もミカサの事、好きだったんだろ? そういう意味でよ」

 ……嗚呼、そうだ、俺は知っていた。 

 ミカサだけじゃない。

 俺はエレンの奴の事もずっと見てきたからだ。

 あの死に急ぎクソバカ野郎を、妬ましい羨ましいと思いながら見てきた理由は、あいつがミカサに好かれていた、それだけじゃねえ。かっこいいと思ってたからだ。

 認めたくなかったけれど、死ぬほどクソむかつくとそう思ったけれど、それでも俺はエレンの奴の事も好きだった。進撃を受け継いで13年の寿命を受け入れてもいいと思っていたほど。あれだけの虐殺を起こした奴に、死んで欲しくないと思うほど。

 奴の事をライバル視しながらも、目が離せなかった。

 ずっと見ていた。

 だから、わかっていた。

 お前も、ミカサの事がそういう意味で好きなことは……俺は、知ってたんだ。

「……本当にお前はバカ野郎だ……ッ、帰ってきたら、俺にミカサを取られることもなかったってのによ……ッ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 気付けば目じりが熱い。

 ぽたりと、涙が一筋こぼれた。

「いや、わかってるよ。お前には出来なかったんだよな。それに……どっちにしろあのままじゃ俺達に先はなかった。お前の寿命だって、そんなに残ってなかったもんな」

 涙で視界が霞む中、くしゃくしゃに歪む顔を笑顔に修正する。

 不格好なのはわかってた。

 それでもかつての恋敵に、泣き顔ではなく笑顔を手向けたかった。

「俺はさ、ミカサを幸せにする。ミカサだけじゃねえ、俺も、子供が出来たらその子供も。みんなで幸せになる。誰よりも長生きして、ああ良い人生だったって言って終わってやるから、覚悟しとけよ。そっちにいった時には沢山土産話用意しとくからよ」

 忘れない。

 忘れたくはない。

 俺もミカサもあいつを忘れないままに未来に歩いていく。

 だって、俺達は生きていた。

 この場所で、生きていた。

 俺達には未来があった。

 俺が名付けた死に急ぎ野郎のあだ名の通りに生き急ぎ死んだ、この世界で一番律儀なクソバカ野郎の願いの通りにきっと、長く幸福な人生を送る。

 きっと。

 そして話そう。

 いつかまた会えた日にはそれまでの人生の物語を。

「じゃあ、またなエレン」

 そう背を向ける俺の頭上を、一羽の鳥が見守る様に旋回していた。

 

 

 了

 

 

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