ぴょこんと跳ねたポニーテールに、もちもちしていそうな薄いピンク色の頬。セーラー服に身を包んだその少女は、どこからどう見ても田舎の女子中学生だった。
「はじめまして、吹雪です。よろしくお願いいたします!」
そう言って少女――吹雪は綺麗な海軍式敬礼をするが、緊張からか目は固く閉じられている。軍属、それどころか兵隊そのものであるはずなのに、なんとも可愛らしい有様ではないか。
特型駆逐艦一番艦、吹雪。
それが少女の名前であり、存在そのものであった。
かつてこの国が建造し、第二次世界大戦において縦横無尽に太平洋を駆け回り――そして沈んだ船の名前だ。その名前を、なぜ少女が冠しているか。
実は、よく分かっていない。
突如現れ、海洋を制圧した敵と、ほぼ時期を同じくして人類の前に現れた『艦娘』という存在。その内の一人が、眼前の吹雪という少女だった。
「よろしく頼む」
ぽん、と真っ黒な髪の上に手を置く。表情を輝かせる吹雪の頭をわしゃわしゃと撫でながら、目の前の建物の全景を確認する。
赤い煉瓦作りの大きな建物の入口には、仰々しい文字で『鎮守府』と書かれた看板が掲げられている。鎮守府の広い敷地には艦娘たちの宿舎に練兵場、射爆場や工廠なども設置されていた。隅から隅まで戦争のための施設だ。
しかし、現在この鎮守府には私と吹雪の二人しか居ない。まあ、いずれ住人も増えていくだろう。
「さ、私の部屋に案内してくれ。荷物を置いたら、鎮守府を見てまわろう」
「はい!でも、お疲れじゃないですか?」
「それなりに疲れているが、まず見て回りたいんだ。なにせ――」
――やっと手に入れた、私の城だ。やっと手に入れた、私の兵隊だ。
よっこいしょ、と私の鞄を持ち上げる吹雪を見て、口元に笑みが浮かぶのを感じる。ようやく、スタートラインに立てたのだ。
だが、これから為さねばならないことを考えると、そうそう喜んでもいられない。まずは戦力の把握と、出来うる限りの軍備の拡張、あとは――。
「あ、そうだ。これを言わないと」
吹雪の声に思考を遮られ、顔を上げる。昼下がりの太陽に照らされた吹雪の笑顔が、どうにも眩しかった。
「提督が鎮守府に着任しました。これより艦隊の指揮をとります」
なんと表現したらよいのだろうか。
人間をデフォルメしたような、二頭身の小人とでも言えばよいのだろうか。
何度見ても慣れないその存在は、妖精さんと呼ばれている。総じて可愛らしい少女のような姿をした妖精さんたちは、この戦争を遂行するために欠かせない存在である。
敵――深海棲艦と呼ばれるそれらと、対等に戦いうるのは艦娘のみである。世界を思うがままに支配していた人類の軍隊は、その戦力のほとんどを深海棲艦にぶつけ、すり潰されて久しい。深海棲艦の圧倒的な戦闘力と物量。さらには人類の兵器を受け付けない謎の力場によって、有効な打撃を与えることすら叶わぬまま、人類は海から敗退した。
そこに現れたのが、艦娘である。
かつての戦争で戦った艦の名を名乗り、主砲や魚雷、対空砲といったその艦の艤装を身に纏い、自由自在に海洋を走る少女たち。彼女たちの武器は深海棲艦が纏う力場の影響を受けず、互角以上に戦うことができるが、それでも傷つく艦娘は後を立たない。
妖精さんたちは、そんな艦娘たちの傷を癒すことができる。艤装を叩いたり捻ったり炙ったり、人間の目から見れば遊んでいるとしか思えない行為を通して、妖精さんたちはあっという間に艤装を直して見せる。傷ついた艦娘本体は薬効のある温泉に入浴し、しっかりと休めば大抵の怪我はなんとかなる。彼女たちは可憐な少女としての姿と裏腹に、人類の数倍の頑丈さを持っていた。
さらには艤装を実際に操り、戦闘にも参加するのだから、艦娘の相棒と言ってもいい存在だった。
だから、提督たる私も妖精さんとしっかり顔合わせはしておかなければならない。鎮守府を運営していくにあたって、妖精さんに手伝ってもらわなければならないことは無数にある。ついでに、始めての艦娘の建造と装備の開発を頼んでみよう。そう考えて、鎮守府に来るまでに購入しておいた羊羹を二棹携えて、妖精さんたちの領域である工廠までやってきたのだが――。
「吹雪よ」
「はい」
「これは、私が悪いのか?」
「……いやぁ、これはどうでしょう」
二人して頬を引きつらせている私たちの眼前では、戦争が繰り広げられていた。
そう、戦争である。
零式艦上戦闘機が空を舞い、二十五ミリ連装機銃がそれに向かって弾をばら撒き、そしてその対空機銃に向かって九九式艦爆が爆弾を落とす。その合間を飛び交う桐箱に入った羊羹。
私が持ってきた羊羹によって始まったその戦争は、今や広い工廠全体に広がっていた。
妖精さんが甘い物好きだとは聞いていたが、まさか奪い合いを始めた挙句、艦娘に装備されていないミニチュアとはいえ兵器を持ち出すほどとは。童話的な外見と、間の抜けた喋り方の割に、随分と好戦的である。零戦の主翼にしがみついている妖精さんは、一体何をしているのだろう。よもや、あれで操縦しているとは言うまいな。
「妖精さんにあげるなら、もっとたくさん持ってきたほうがよかったんじゃないでしょうか……?」
おずおずと言う吹雪に、思わず素に戻って「こんなに居ると思わんやん」と返す。吹雪が驚いたようにこちらの顔を覗き込んでくるが、気にしている暇はない。妖精さん二百名以上によって行われているこの局地的紛争を、鎮守府の主としてすみやかに収めなければならないのだ。
「ちゅうもぉーく!」
腰に下げていた軍刀の鐺を床に叩きつける。そうすると、さきほどまでの喧騒が嘘のように、工廠は静まり返る。からんからんという薬莢の音と、レシプロ機のエンジン音だけが工廠内に響く。
「あなたたちの人数を確認もせず、行き渡らない量の羊羹を買ってきたことは詫びよう。しかし、あなたたちが無駄に浪費した装備、弾薬は鎮守府の、ひいては国民の所有物である。罰として羊羹は無しだ」
妖精さん相手に人間の道理が通用するのかと内心冷や汗をかいていたのだが、どうやら話は通じたらしい。どこにそれだけの水分を蓄えていたのかと思うくらいに大量の涙をだばだば流しながら、妖精さんたちは後片付けを始める。そんなに羊羹が食べたかったのかと、なんだか申し訳ない気持ちにさせられてしまう。
「あー、あれがあったか」
この鎮守府にやってくる前に、横須賀鎮守府の先輩に押し付けられたものを思い出す。あの先輩の鬱陶しい訳知り顔は、そういうことだったのか。
「片付けが終わったら私の部屋に来たまえ。羊羹は抜きだが、挨拶代わりにこんぺいとうを支給しよう」
妖精さんたちの喝采がやかましい。皆持っていたものを放り投げ、妖精さん同士で抱き合って喜んでいる。なるほど、妖精さんの機嫌はこうやってとればいいのか。こんぺいとうを配れば数は足りるだろう――って、そもそも妖精さんってどれくらい食べるんだろうか。しかし、甘いものが大好きな妖精さんとは、なんとも少女趣味じみた存在である。
――まあ、扱いにくいが、十分意思疎通はできるな。多少の不都合も甘いものがあればなんとかなりそうだ。こんぺいとうは常備しておくべきか。
そんなことを考える前に、気をつけるべきことがあった、というのは後知恵が過ぎるだろうか。
喜びに湧いた妖精さんたちは、持っていたものを放り投げた。
それは片付ける途中の薬莢や撃墜された航空機の残骸であった。中には不発弾を放り投げたものもいたのだ。床には撃墜された航空機から漏れ出した燃料や、貯蔵してあったドラム缶に穴が開けられてそこから漏れ出した燃料なんかが所々に溢れていた。
そう、爆発した。
それはそれは見事に爆発した。新人提督の門出に、と先輩たちがよこしてくれた鋼材やボーキサイト、燃料や弾薬、高速修復剤や高速建造材。その全てが灰燼に帰す程度には。
結局、妖精さんたちにこんぺいとうが配られることはなかった。
文章がなんというかごつごつしているのを治したい。あと展開もごつごつしてる気がする。
アドバイス求む。