艦娘と深海棲艦の戦闘は、その兵装に比して近すぎる距離で行われる。
艦娘が纏う艤装は、彼女たちの体に合うように小型化されているものの、その威力は鉄の船であった時期と同等か、それ以上のものがある。吹雪が持つ12.7cmは数キロ先の敵を撃破可能であるし、61cm魚雷に至っては速度50ノットで5キロも進む。酸素魚雷に換装すれば、射程はその数倍。命中すれば戦艦級ですら大破しうる、恐るべき兵器だ。
しかし、彼女たちは艦娘だ。大きさは人間の少女としてのサイズしかないため、いくら遮蔽物のない海上といってもその身長で見渡せる範囲など4キロ程度だ。偵察機やレーダーがあればそれを頼りに砲撃もできるが、それらを持たない艦隊はわずか4キロかそこらで、魚雷や主砲といった破滅的な暴力を敵とぶつけ合うことになる。保持している火力の割に、交戦距離が近すぎるのだ。大きな波を避けた先で深海棲艦と出くわしてそのまま砲雷撃戦なんてことも、十分考えられた。
「承知しました!」
無線越しではあるが、周囲に注意するよう吹雪に伝えると、やけに元気のいい返事が帰ってきた。初陣ということでそれなりに緊張していたのだが、なんだか気が抜けてしまった。
机に広げた海域図の上に置いた駒を、吹雪からの報告に合わせて動かす。吹雪のおおよその現在地を把握するために必要であったし、もし深海棲艦と遭遇すればその位置を上に報告しなければならない。この海域を私の鎮守府が哨戒できるようになれば、報告などせずに自分の艦隊で対処すればよいのだが、いかんせん艦隊を組めるほどの艦娘は在籍していない。艦隊が整うまで他の鎮守府に頼み、哨戒網の穴を埋めてもらわなければならなかった。難儀なことだが、致し方ない。妖精さんめ。あの資源があれば数隻は建造できたものを。
「敵艦隊、発見しました」
自分で淹れたまずい茶を啜っていると、無線越しに吹雪が普段より幾分か大人しいトーンで言う。恐れから声を潜めているというよりは、単に敵に見つからないようにするためだろう。吹雪の声から動揺は感じなかった。
「数は」
「駆逐イ級が二隻です」
深海棲艦には、駆逐艦クラスの戦闘力を持つものから、空母、戦艦並みの戦闘力を持つものまで様々な個体が存在している。人類側はそれらを戦闘力と特徴的な外見ごとに呼び名を区別しており、駆逐イ級とはその内の一つだ。呉の提督は大した敵ではないと言っていたが、それでもただの船舶が遭遇すれば一方的に虐殺されうる戦闘力を持った存在だ。
「こちらは敵に発見されているか?」
「いいえ、まだバレてません。小さな岩場がありまして、そこに隠れてます」
「敵の進行方向は」
「うーん、どうも迷ってるみたいです。さっきから何度も変針していますし」
「はぐれ、か」
――吹雪と同クラスが二隻。
単純な戦力なら、向こうが倍。砲門数、魚雷発射管の数を考えると、差はもっと大きなものになるだろう。撤退でいい。はぐれ艦隊の存在を近場の鎮守府に報告し、吹雪は鎮守府に戻らせる。安全策を取るなら、それで十分だ。
しかし、吹雪の現在地――つまり深海棲艦のいる地点も気がかりだ。本土からにょっきり突き出た半島の、その十キロほど先。陸地からそう離れておらず、漁船が付近を通行する危険があった。深海棲艦の登場以来漁が文字通り命懸けのものとなった今も、近海で漁をする漁師は少なからずいる。輸出入がほぼストップしたこの国の食料を、そういった人たちが支えていた。そういった人たちを深海棲艦から守るために、私はここに来たのではなかったか。そういった人を守るために、海軍が存在するのではなかったか。
「やれますよ。大丈夫です」
吹雪が言う。うるさい、もう決心はついてるんだ。その言葉を飲み込んで、無線機のマイクを手に取る。
「やるぞ」
「はい」
「初陣だ。ぬかるなよ」
「お任せください!」
無線機越しに、吹雪の機関が音高く回り始めるのが聞こえる。波の音に負けないその音が、なんだか心強い。
「私がやっつけちゃうんだから!」
吹雪がそう言って、私たちの戦争は始まった。
機関は全速。吹雪が機関を傷めずに出せる最高速近くまで出していた。
波は穏やかとはいえ、この速度では主砲の命中率は期待できない。相手の方が数が多いのだから、まともに撃ち合わず急速接近からの魚雷斉射で方をつける。
吹雪に気づき、散発的な砲撃を始めた深海棲艦に向かって突撃しながら、先ほどの提督の声を思い出す。
――なんだか、泣きそうな声だったな。
それが、どういった心理作用によるものかは吹雪には分からない。歓喜のようにも、緊張のようにも感じられた。
吹雪の近くに駆逐イ級の砲撃が着弾したことで、吹雪は目前のことに意識を集中させる。
――いけない、戦闘はもう始まってるんだから。
吹雪の放った砲弾が、二隻の内片方に命中したところで吹雪は進行方向を直角に変える。敵艦隊との距離は1キロほど。やれる。
吹雪型自慢の九射線にも及ぶ、魚雷の一斉射。酸素魚雷はまだ搭載できていないが、それでも61cm魚雷は敵に壊滅的な破壊をもたらすだろう。
雷撃体勢に入った吹雪を見た駆逐イ級の内の一隻は、素早く進行方向を変えて魚雷の射線から退避する。吹雪の砲弾が命中した一隻は、機関部にでも命中したのか行き脚が遅い。回避しようともがきながら、大きな水柱に飲み込まれた。
「まず、一隻」
呟き、最大戦速のままジグザグに海面を滑る。吹雪に、魚雷の次発装填装置は搭載されていない。戦闘中の魚雷の再装填は不可能だ。それでも全門斉射したのは、何をおいても数の不利を解消するため。ここから先は、正直出たとこ勝負だった。
お互いに当たらない主砲を撃ちながら、じりじりと距離を詰める。お互いが30ノット近くで移動し、さらには波に揺られながらとはいえこの距離になるとラッキーパンチをもらうことも、十分ありうる。
そこで、吹雪は艤装に装備されている機銃を動かした。ひょこひょことどこからか妖精さんが現れ、7,7mm単装機銃の銃座に付く。
「うてー」
妖精さんの気の抜けた声と共に、二挺の機銃が火を吹く。銃弾は吹雪の数倍ほどの大きさがある駆逐イ級に吸い込まれるように命中し、その表皮に穴を開ける。
駆逐イ級が、その銃撃に身じろぎした瞬間を、吹雪は見逃さない。
お互いがジグザグに航行しながらの同航戦を打ち切り、駆逐イ級の方向に転舵する。
接近を阻止するために駆逐イ級が砲撃を撃ち込んでくるが、その目玉のような部分に機銃が集中する。妖精さんのアシストによって、敵の砲撃の精度は大幅に落ちていた。
――沈める……!
砲弾を回避しながら、主砲をしっかりと狙い定める。
一発、二発。
吹雪が放った砲弾は、駆逐イ級の頭部に命中し、その部分を吹き飛ばした。
その巨体が崩れ落ちるのを見て、吹雪はガッツポーズをしながら無線を開く。
「私、やりました!初勝利です!」
「よくやった。怪我……損傷は?」
「ありません!無事です!」
海上で一人胸を張る吹雪は、自分に向かって伸びる一本の航跡を見た。沈みかけている深海棲艦が、その不気味な瞳をこちらに向けている。苦し紛れの最後の雷撃だと瞬時に判断したが、一度止まった船足はそうたやすく進まない。
数秒後に自身に襲いかかるであろう衝撃に、吹雪は身構えた。
もうちょっと戦闘シーン書きたい
艦娘増やそう