新世紀エヴァンゲリオン for Mothers ~母親達の戦い~ 作:朝陽晴空
<ネルフ本部 第一発令所>
先日の15年振りの使徒襲来から二週間後、再び使徒が日本近海に現れた。
使徒は巨大なトンボの様に海上をゆっくりと飛行しながらネルフ本部のある第三新東京市に近づいて来た。
「使徒には通常兵器は通じん、退却だ!」
「俺は使徒に消されたくない……」
使徒の脅威が明らかになると、日本近海を警戒していた国連軍の士気の低下は大きいものがあった。
命を惜しんでほとんどの軍船が使徒と交戦せずに逃げ回る事態となっていた。
体裁が悪いのか、国連軍の幹部たちは発令所に姿を見せず、ネルフに丸投げする形になっていた。
「これじゃあ、使徒を足止めできないじゃない!」
ミサトは悔しそうに歯ぎしりをして使徒が映し出されるモニターを見つめていた。
「このコースはマズイですよ……」
使徒の進路を予測していた眼鏡を掛けた男性オペレータの日向マコトが青い顔で呟いた。
今回の使徒は前回とは微妙にルートを変えて小田原市上空を通過する。
このままでは小田原市民の避難が間に合わない。
「国連軍及び戦自に通達だ! 使徒の小田原市到着を少しでも遅らせるように!」
コウゾウが指示を下すと、マコトは急いで連絡を取った。
「初号機の出撃準備を急がせろ!」
ゲンドウが命令を下すと、リツコはマヤにエヴァ初号機の出撃準備を指示した。
「第三新東京市に緊急事態宣言、大至急パイロットをヘリで迎えに行かせるように!」
再びコウゾウが新たな指示を出した。
シンジはこの時間、トウジたちと学校に行っていた。
ゲンドウはシンジに携帯電話を掛ける。
「シンジ、使徒が出た。プラグスーツに着替えた後、昇降口で待っていろ。ネルフのヘリが迎えに行く」
シンジ無しでも使徒と戦う事は出来るが、パイロット不在でもエヴァが動くと言う事実を外部の人間に知られるわけにはいかなかった。
零号機の治療が終わっていない今、ネルフ本部で戦えるのは初号機しか居ない。
小田原市や第三新東京市の人々を一人でも多く助けるために出撃を出来るだけ急がなくてはならなかった。
「碇司令、申し訳ありません、もう少し早く私たちが使徒を発見できていれば……」
リツコが沈痛な面持ちでゲンドウに頭を下げる。
このままでは小田原市民が緑化に巻き込まれるのは目に見えていた。
小田原市にも緊急事態宣言が出されているだろうが、全員が避難する時間は無い。
「赤木君、使徒がどこから現れるかどうかは解明されていない。仕方のない事だった。それよりも、今から出来る対策の方が大事だ」
ゲンドウはリツコを責める事をせずに、前向きに考えるように促した。
「初号機が早く臨場できるように、大型輸送機を手配しました。さらに、遠距離から使徒へ攻撃が出来るように、劣化ウラン弾を充填したエヴァ用のパレット・ガンを装備させます」
「ほう、エヴァ用の銃器を開発しているとは聞いていたが、間に合ったのかね?」
リツコの説明を聞いたコウゾウが感心したように呟いた。
「はい、しかし使徒のA.T.フィールドを貫通するほどの威力があるかどうか……」
「それでも使徒の注意を引き付ける陽動にはなってくれるだろう。よくやってくれた、赤木君」
ゲンドウはリツコたちネルフ技術部を労う言葉を掛けると、シンジを迎えに行っているヘリとの連絡を取った。
ヘリは第壱中学校の校庭に着陸し、シンジを拾ってネルフ本部へ戻って来ると報告を受けた。
「パレット・ガンの攻撃が通じなかった場合は、また使徒との格闘戦になりますね……」
ミサトは作戦部長と言う地位を与えられながらも、作戦と言えるものを立案出来ない自分に苛立っていた。
時間に余裕が無いと、戦略も作戦もあったものではない。
ネルフ本部のヘリポートに着いたシンジは、発令所のゲンドウと顔を合わせる事無く初号機ケージへと直行した。
「辛い思いをさせて済まないな、シンジ」
「大丈夫、母さんを信じているから」
通信のモニター越しにゲンドウとシンジは言葉を交わす。
シンジには不安な表情は見られない。
エントリープラグに乗り込む落ち着いたシンジの表情を見て、ユイも安心しているだろうとゲンドウは思った。
「エヴァンゲリオン初号機、発進!」
ミサトの号令で初号機は一旦地上へと射出された後、ワイヤーで輸送に吊り下げられて空路で小田原市へと向かう。
装甲板越しとは言え、ワイヤーロープが手や股に食い込んで痛い。
(サリーちゃんも、キキちゃんも空を飛ぶときは痛かったのかしら……)
大型輸送機3機に吊り下げられながら、初号機であるユイはそう思った。
体重が重いのは私じゃなくて、装甲板が重いせいだからね! とも心の中で呟いた。
後ろからはパレットガンを吊り下げた輸送機がついて来ている。
初号機が感じる腕や股の痛みは、シンクロしているエントリープラグ内のシンジにも伝わっていた。
細い紐で身体を吊り下げられるような痛み。
この前は初号機のA.T.フィールドが使徒を凌駕していたため、使徒をパンチで殴ったような感触や、抱き付かれた感覚しか感じなかった。
「エヴァに乗るのって、結構痛いんだね……」
(ごめんね……我慢して、シンジ)
痛さに顔を歪めるシンジに、ユイは心の中で謝るしかなかった。
<第三新東京市 地下シェルター>
時間の無いシンジはスクールバッグに入れていたプラグスーツに教室で着替えた。
着替えるには裸になる必要があるので、トウジたちは急いでクラスメイト達を追い出した。
シンジを送り出した後、自分たちも急いでシェルターに避難した。
使徒の進路上に居るわけにはいかないので、避難コースの計算はMAGIが行い、ネルフから学校に通達される。
それでやっと避難が始まるのだ。
「あーあ、エヴァの戦闘の実況中継ぐらいしてくれればいいのにな」
番組の再放送をしている携帯テレビを覗きこんだケンスケはそう言ってため息をついた。
「化物同士の戦いを見たい物好きはお前くらいなもんや」
トウジは呆れた顔でそう呟いた。
「……使徒が人間を蹂躙する光景なんて、見ない方が良いわ」
両腕を包帯で巻きながらも学校に登校していたレイが、ケンスケたちに近づいて声を掛ける。
「……そんなに酷いんか?」
「目の前で大事な人が緑化に巻き込まれて樹になってしまったのを見た人の中には、自分から使徒に近づいて樹になった人達も居た」
トウジの問い掛けに、レイは悲し気な表情でそう呟いた。
自分だけは逃げのびて生きてやる、そんな気力を無くして破滅願望を抱いてしまう人も居たのだ。
「ねえ綾波さん、使徒って何なの? どうして私達を樹に変えちゃうの?」
「パパの話じゃ犬や猫の動物は無事だって聞いてるよ」
ヒカリとケンスケの質問に、レイは悲しそうな顔で答える。
「それは、地球にとって人類は『毒』だから」
「毒やと!?」
「人は自分たちが暮らして行くために、地球を汚し続けている。海も大地も空も。私たちが毎日使っている電気も、石炭を燃やした火力発電で賄っているわ」
レイの言葉に、ケンスケは自分の持っているハンディカメラを見つめた。
自分たちも地球の環境汚染に少なからず加わっているのだ。
「このままだと人類が辿る道は、文明を捨てるか、使徒に消されるか……」
「そんなのって、酷い……」
レイの語る冷酷な事実に、ヒカリは身体を震わせながら呟いた。
「だからそうならないために、人はエヴァで使徒と戦っている。お陰で人類は滅びの時から15年、生き延びているわ……」
そのレイの言葉を聞いたトウジはシンジがエヴァに乗って戦っているだろう、地上を見上げて明るい顔で声を上げた。
「それじゃあワシたち、シンジたちを応援しないとな!」
「頑張れ、シンジ!」
「ファイトよ、碇君!」
自分たちの声援がシンジに届いているはずはない。
でもトウジたちは応援せずにはいられなかった。
<小田原市郊外>
輸送機に吊り下げられた初号機は、自分で走るよりも何倍も速いスピードで小田原市の郊外へと到着した。
「作戦領域に到着しました、初号機とパレット・ガン投下と同時に離脱します」
輸送機には戦闘能力は無いし、次回も頑張ってもらわなければならない。
小田原市の上空では国民である市民を守るために、戦自の航空機部隊が使徒の触手の様に伸びる光の鞭に薙ぎ払われながらも、ミサイルを撃ちこんでいた。
機銃などの兵器は使徒のA.T.フィールド相手では牽制の意味も成さない事も分かっている。
ミサイルが尽きた戦闘機は自らの機体を弾に……いわゆる玉砕を行っていた。
眼下の小田原の市民たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。
統制の効かなくなった道路は交差点で信号無視による交通事故が多発し、渋滞により動けなくなった市民は狂乱して逃げようとする。
中には赤ん坊を抱えた母親の姿もあった。
そんな地獄絵図のような光景を見て、郊外に着陸した初号機は直ぐにパレットガンを拾い上げて装備した。
(……ほらほら使徒さん、手の鳴る方へ!)
ユイは躊躇いもなくパレットガンを浮遊する使徒へと撃ち放った。
使徒に当たった劣化ウラン弾の破片が市民に当たってしまっては、間接的に初号機が人を死なせてしまう事になる。
しかし使徒の進路を小田原市の中心から反らすには撃つしかない。
パレットガンの大きな弾は使徒の注意を引き付けるには十分な威力はあったようで、使徒は初号機に向かってゆっくりと飛んで来た。
大きな被害を出した戦略自衛隊の航空部隊は攻撃を止めて空域を離脱する。
小田原市では戦略自衛隊の陸上部隊が市民を助け出そうと命を懸けて行動していた。
道路が詰まってしまったため、建物を戦車で破壊して、無理やり避難経路を作る事もあった。
それほど必死の頑張りだった。
使徒はある程度初号機に接近すると、胴体を折り曲げて着陸させた。
(なるほど、移動力は極端に落ちるけど、胴体にある多くの鞭で私を攻撃しようという訳ね)
鞭による攻撃が有利な間合いは、長距離でも肉薄戦でもなく、付かず離れずの中距離である。
長距離武器のパレットガンが使徒に通じないと知った今、一気に距離を詰めて使徒に近づいて仕留めるしかない。
(女は度胸、男は愛嬌……ってね!)
腹を決めたユイは初号機で使徒に向かって突進を始めた。
使徒の注意を小田原市に戻してしまうわけにはいかず、お互いに相手の隙を伺うなどと長期戦をとっている余裕は無い。
使徒の鞭が初号機に向かって伸びる、しかしそれも覚悟の上。
そして使徒の光る鞭が数本、初号機の腹を貫通した。
ユイの腹部に耐え難いほどの激痛が走る。
(シンジを産んだ時の陣痛に比べれば、この程度! 乗り越えた母親を舐めないで!)
初号機は突進を止めず、使徒と肉薄した。
そして渾身の力を込めて、使徒を力任せに締め上げた!
(この使徒めっ! ベアハッグでくたばりなさい!)
その形状から脊椎動物か無脊椎動物か区別が難しい使徒だったが、かなりのダメージを与えたようだった。
そしてユイは都市への被害を最小限に抑えるために、力を失った使徒を海の方へと放り投げた。
自爆を試みていた使徒は、川早港の向こうの海上で消えた。
今回の緑化は最小限に抑えられたようだ。
「よくやってくれた、初号機パイロット。……シンジ?」
発令所のゲンドウの呼び掛けにエントリープラグのシンジの返答が無い。
モニターに映し出されていたシンジは、激痛のあまり気絶していたのだった。
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