新世紀エヴァンゲリオン for Mothers ~母親達の戦い~ 作:朝陽晴空
※「獲ったどー!」の時に流れるあの曲です。
<ネルフ本部 総司令室>
辛くも零号機で使徒を倒したネルフだが、初号機は使徒のビームの直撃を受けて左目を失明、エントリープラグに乗っていたシンジも左目の眼帯と頭の包帯がしばらく取れない状態だった。
こうなると頼みの綱は零号機とレイだが、シンクロ率は25%前後と初号機に心許ないものだった。
「碇、我々の危機を聞いて、日本重化学工業共同体の時田シロウ博士が開発したロボット、『ジェット・アローン』が使徒打倒に協力を名乗り出たそうだぞ」
コウゾウがゲンドウにそう告げるが、ゲンドウは眉をピクリとも動かさない。
ジェット・アローンは遠隔操作で動かすため、使徒と戦ってもパイロットに危険が及ばないと自慢しているが、攻撃方法はパンチキックだけでA.T.フィールドを破る方法を持っていない。
「向こうから協力を申し出ているのだから、お礼の手紙ぐらいは書いたらどうだ?」
コウゾウに言われてゲンドウは渋々毛筆で手紙を書いた。
手紙を受け取ったシロウ博士は『どうも。』とだけ書かれた手紙を見て目を丸くして驚いた。
「碇司令、朗報です! ネルフのドイツ支部が弐号機を本部に移譲するそうです!」
「そうか! やったな冬月!」
マヤから報告を受けたゲンドウは席から立ち上がるほど喜んだ。
ジェット・アローンへの塩対応とは差があった。
「本来なら初号機に出迎えさせたいところだが……」
ゲンドウは眉間にしわを寄せてそう呟いた。
「今は治療のため、絶対安静を命じられている」
「そうか、それならせめてシンジに行せるか」
弐号機はドイツ支部から海路で日本へとやって来るので時間が掛かる。
その間にネルフ本部は零号機に守ってもらうしかなかった。
ゲンドウはマヤにシンジをこの部屋に連れて来るように命じた。
シンジは傷を負った初号機の見舞いに頻繁に訪れ、ネルフ本部を離れる事に難色を示した。
「シンジ、お前が会ってもらう弐号機のパイロットはこの娘なんだが……」
ゲンドウはそう言って、『奇跡の一枚』とも言えるアスカの写真を見せた。
こんな天使のような女の子がこの世に居るのかと、写真を見たシンジの胸は高鳴った。
「……行きます!」
シンジはマヤが引いてしまうほど力強くゲンドウに答えた。
こんなに可愛い女の子が自分に微笑みかけてくれるとは思わなかったが、見てみたいと思ったのだ。
今のシンジは右目しか見えないので、文字通りの一目惚れだ。
「その写真はくれてやる」
「ありがとう、父さん!」
大事な初号機が重傷を負っているのに、浮足立って司令室を出て行ったシンジに、マヤは呆れながらも仕方が無いと思った。
それだけアスカの写真は素晴らしかったのだ。
「私も笹山紀信さんに写真を撮ってもらったら、美人に写る……わけ無いわよね。そうでない人は、それなりにって、CMでも言っているものね」
マヤはそう自嘲して自分の勤務へと戻るのだった。
<太平洋艦隊 OTR《オーバー・ザ・レインボー》 甲板>
作戦部長のミサトと共に、チャーター機で弐号機を護送している太平洋艦隊の滑走路へと降り立ったシンジは、弐号機のパイロットである惣流・アスカ・ラングレーの登場を胸をときめかせながら待っていた。
「ミサトさん、惣流さんって、どんな子なんですか? 緊張しちゃうなぁ」
チャーター機の中ではシンジは1人で妄想に夢中になっていて、ミサトが話し掛けても生返事しか返さなかった。
シンジのアスカに対する期待は最高潮、アスカの性格を良く知っているミサトは、ケンスケの『性格の悪さは写真に写らない』は至極名言だと思った。
甘やかされて少しワガママになってしまったアスカが、天使だなんてとんでもない。
イタズラ好きの小悪魔のコスチュームを着せた方がお似合いだ。
「そうね、とっても活発で明るい子よ」
嘘は言っていない、ただ話していない部分があるだけだとミサトは心の中で言い訳した。
「だったら、僕みたいな根暗な感じの相手は好きじゃないのかな……」
シンジが落ち込んだ表情で下を向くと、ミサトはあちゃ~と困った顔でため息を吐き出す。
アスカはウジウジした優柔不断な態度が気に食わないのだ。
シンジが左目と頭に包帯を巻いた怪我人で無かったら、ビンタで殴られるかもしれない。
自分達が到着した報せは届いているはずなのに、時間通りにやって来ないのはあの2人組だから仕方ないとミサトは思った。
やがて向こう側からレモン色のワンピースを着て、麦わら帽子を目が隠れる寸前まで深く被った黄金色の髪をなびかせた少女と、タバコを加えながらポケットに手を突っ込みながら場にそぐわないアロハシャツを着たミサトと同じ年齢の男性がゆっくりと歩いてくる。
「アンタが、初号機のパイロット?」
「うん、そうだけど」
白い手で麦わら帽子を引っ張り、顔を隠したままの少女に尋ねられたシンジは戸惑いながらそう答えた。
「もう初号機とアンタはお役御免よ! 弐号機と、このエースパイロット、惣流・アスカ・ラングレーが居る限りね!」
アスカはぱっと麦わら帽子を放り投げると、腰に手を当てて仁王立ちになってそう宣言した。
写真とは全く違うアスカの落差に、シンジはポカンと驚いて言葉も出なかった。
「何よ、文句があるなら言いなさいよ」
ずっと黙っているシンジをアスカは腕組みをして睨みつけた。
アスカの怒っているような表情にビビってしまったシンジは委縮してしまって言葉が出て来ない。
これは自分が仲裁に入らないといけないとミサトが思った時、艦隊が波で大きく揺れた。
ミサトが望遠鏡で海面を覗くと、飛び跳ねる巨大な魚の姿が見えた。
恐らくあれは使徒だ。
使徒では無くても、艦隊の砲撃で仕留められるとは思えない。
倒せるのはエヴァしか居ない。
「チャ~ンス、このアタシの強さを、間近で見せてあげるから感謝しなさい!」
「み、ミサトさん! 助けて!」
アスカはシンジの襟を掴んで強引に引っ張って行く。
弐号機のエントリープラグに乗せるつもりのようだ。
「おい葛城、シンジ君を助けないで良いのか?」
「これはシンジ君にとっても成長するいい機会よ。アスカの好きにやらせるわ」
ミサトは腕組みをして、リョウジの言葉に答えるのだった。
<エヴァンゲリオン弐号機 エントリープラグ内>
シンジはアスカの予備のプラグスーツを着せられて、乗せられてしまった。
抵抗しようとするものなら、強い力でつねられたり首を絞められたりするのだから、上手く逃げられたとしてもの後の報復が怖かったのだ。
シンジの前でいきなり服を脱いで下着姿になったアスカに焦ったのはシンジの方だった。
外国の人はオープンだと聞いたいたけど、ここまでオープンだとは思わなかった。
アスカの方からしてみれば、シンジを徹底的にからかって遊んでいただけ。
元からシンジに裸を見せるつもりは少しも無い、そういう振りをしていた。
「あ、エラーが出ているけど大丈夫なの?」
「思考ノイズ! アンタにドイツ語が理解出来るとは思えないけど、試しにやって見なさい」
「えっと、シャウエッセン」
「言語モードを日本語に切り替えるわよ、ママ!」
アスカが弐号機に向かって呼び掛けると、表示されていたエラーメッセージは収まった。
「僕が乗っていて、シンクロ率が落ちたりしないの?」
「フンッ、普段から50%以上をキープしているアタシにとっては、アンタなんか虫けらみたいなもんよ」
「虫けらだなんて、ひどいよ」
「弱虫のクセに」
「弱虫だって、努力すれば自転車レースで優勝できるんだよ!」
「何をムキになってるのよ、その話は後。あの使徒に船を沈められちゃ、弐号機が泳いで日本まで行く事になっちゃうからね」
弐号機は他のエヴァと同じく装甲板を着けているにも関わらず、ためらいも無く海に飛び込んだ。
もちろん、電気の力で動いているわけではないのでアンビリカルケーブルなどと言うものは無い。
「惣流さん、何をしているの?」
エントリープラグのシートから浮き上がって、L.C.L.の中を泳ぎ始めたアスカを見て、シンジは不思議そうな顔をして尋ねた。
「アンタ、何をぼーっとしているの? パイロットのクセに!」
「だってネルフの皆は僕は座っているだけで構わないって言ってたよ」
「はぁ!? アンタ自分のママが戦っているのを、他人事のように黙って眺めているってワケ? だからシンクロ率が上がらないのよ! エヴァに乗るのは仕事なのよ、そんな人形みたいなヤツがパイロットだなんて、腹が立つわ!」
アスカに怒りをぶつけられたシンジは、初めて受け身一辺倒だった自分の態度を思い返し、自らを恥じた。
レイも零号機の攻撃に合わせてエントリープラグの中で自分で使徒を攻撃するような気持ちで心を合わせていたからこそ、親子ほど身体の相性が良くなくても、初号機を超えるシンクロ率を出せたのだ。
親子関係だと言う地位に胡坐をかいていた事に、シンジはアスカの言葉で気が付いた。
「でも惣流さん、僕は泳ぎが苦手なんです。小学校6年生でも25メートル泳げないから、父さんが心配して、ミサトさんに何とか息継ぎは出来るようにしてもらったけど……」
「L.C.L.の中では窒息しない! アンタはアタシの見様見真似でクロールをしていれば良いから! 大切なのはハートなの!」
アスカに激励されたシンジは、破れかぶれでクロールを泳ぎ始めた。
しかしそんなに広くないエントリープラグの中、安定して泳げないシンジはアスカの頬とか胸とかお尻とかに何回も顔面や手が触れてはアスカに蹴り飛ばされる。
女子の身体に触れる事の無かったシンジは天国と地獄を行ったり来たりしていた。
エントリープラグの中の騒乱はさて置き、弐号機は使徒を艦隊から遠ざけるために挑発して誘導していた。
弐号機は水中戦闘用に『トライデント』と呼ばれる三叉槍を装備していた。
水中で槍を突いて魚に命中させるのは簡単な事ではない。
相手が気が付いた瞬間、標的がどの方向へ逃げるか位置を予測して槍を突き出さないといけないのだ。
瞬間的な判断が要求され、MAGIのサポートがあったとしても難しい。
実際に弐号機は何度もトライデントの攻撃を外していた。
「アスカのお母さん、大丈夫なの?」
「ママは高校生の時、水泳部に入っていたから泳ぎは得意なんだって。おっとりしていて、おっぱいも大きかったけど、タイムはとっても早くておでこをぶつけちゃうほどだったそうよ。グランマが海女さんだったから、その血を引いているのかもね」
使徒との戦い役に立つのかアスカの話を聞いたシンジは首を傾げたが、トライデントは何回か使徒のA.T.フィールドを破って突き刺さり、使徒に傷跡を付けていた。
青い海には使徒の流した緑色の血が混じり、視界を悪くしていた。
姿形は魚なのに、タコやエビのような緑色の血を流すのは、明らかに使徒の証拠だ。
「惣流さん、使徒を海中で爆発させるとマズイ事になるよ!」
シンジは今までの使徒との戦いを思い出し、初号機が使徒を海中に投げずに陸上で使徒を爆発させた事をアスカに告げた。
「なるほど、アンタの事を初めて見直したわ」
弐号機は弱った使徒をトライデントで突き刺すと、海面までその巨体を思い切り持ち上げた。
まるで弐号機は『獲ったどー!』と勝利の雄たけびを上げているような唸り声を上げた。
使徒の爆発により海面にソニックブームのような衝撃波は起きたが、大きな津波の被害は起きなかった。
「ほら見てみなさい、綺麗なサンゴ礁じゃない」
アスカに言われてシンジが目を向けると、使徒が泳ぎ回った場所には見事なサンゴ礁が出来上がっていた。
人類が引き起こした環境汚染により、サンゴ礁の数はかなり減ったとシンジは学校の授業で習った。
サンゴ礁が出来るまでにはかなりの時間が掛かると聞いていたが、シンジは使徒は絶対悪の存在ではないのではと思い始めた。
「そうだ、ところでアンタの名前は?」
「碇シンジ」
「じゃあこれからもよろしく、バカシンジ!」
アスカから笑顔で手を差し伸べられると、シンジはバカとは何だと不貞腐れた顔になりながらもアスカと握手をした。
「バカっていうのはドイツでの親しみを込めた呼び方みたいなものよ。ほら、スペイン語でも雌牛の事をバカ、ニンニクの事をアホって言うじゃない」
「なるほど……」
可愛い美少女に親しく名前で呼ばれたと思ったシンジは表情が明るくなった。
そんなシンジを見て、アスカは腹の底でガキだと笑うのだった。
(気になる男の子に意地悪しちゃう性格は、変わってないのねアスカちゃんってば)
弐号機である母親のキョウコにはそんなアスカの心はお見通しだった。
キョウコはL.C.L.に浸かっているシンジの傷を早く癒そうと、使徒と戦いながらも気を遣っていた。
その結果、弐号機から降りたシンジの左目はすっかり回復していた。
<ネルフ本部 総司令室>
弐号機が無事にネルフ本部へと到着すると、リョウジはアタッシュケースを持ってゲンドウの待つ司令室を訪れた。
「いやはや、海の上で使徒に襲われるなんて災難でしたよ」
「ご苦労だったな、加持君」
「やはり使徒の狙いはコレですか?」
リョウジはそう言ってアタッシュケースを開いて、箱に入ったクリオネのような生き物を見せる。
「フェノール樹脂熱硬化性樹脂で固めてありますが、仮死状態です。司令、こんな恐ろしいものを使うお積りですか?」
「毒を以て毒を制す。水棲族を滅ぼし眠りに就いた、滅びの使者だよ」
「繁栄の限りを尽くした水棲族は、人魚の様に知恵を持ち、文明を築いたと聞いておりますが……」
「海の支配者だと思い上がった水棲族は他の生物を迫害し、海を汚し、神の怒りに触れて滅亡したとされている」
「そして恐竜などを代表とする爬虫類族の時代が4千年間続くわけですね」
「人間族が誕生してから4千年が経った。だが我々はこうして15年余り生き延びている」
「人間族を滅ぼす最後の使徒が現れるとしたら、きっと人間のような姿をしているんでしょうね……」
リョウジがそう呟くと、司令室は重い沈黙に包まれた。
この重い空気をガラッと変えようと、リョウジは別の話題を持ち出す。
「それで碇司令、コンフォート17の空き部屋を割り当てずに、アスカをホテル暮しに留めている理由は何ですか? ドイツから荷物が届いていないと言うのは嘘の口実でしょう?」
リョウジはそう言ってニヤリと笑うと、アスカの奇跡の一枚の写真を取り出した。
「親である私が言うのも何だが、シンジもなかなかの美男子だと思うのだ。もちろん、本人たちの気持ち次第であるが、2人の間に子供でも出来てみろ……」
「なるほど、千人に1人の奇跡が起こるかもしれませんね」
ゲンドウとリョウジはその後コソコソと何やら作戦のようなものを話し合った。
「それにはまず、人類がこの先何十年も生き延びる必要がある、頼んだぞ、加持君」
「はい、了解しました」
真剣な表情で司令室を出て行くリョウジを見て、コウゾウは余程重大な事が話し合われたのだなと思うのだった。
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