こちら水渡坂怪異相談事務所   作:すぺぺぺぺ

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 その電車に乗ったのは何となくだった。
 ただ、あの家から出られれば何だってよかった。

 その駅に降り立ったのも何となくだった。
 ただ、他の駅に向かうためにその駅で乗り換えなければならなかったのが面倒だったというだけに過ぎない。

 そのぼろい建物を見つけたのは偶然だった。
 ただ、駅の外に広がった田舎というには進んでいて、都会というには遅れている小さな町をあてもなくぶらぶらと歩き回っていた最中、目に入ってしまったのだ。

 私の意志による選択の結果なんて大層なものではない。

 ただただ、何となくと偶々の一つ二つ三つ。

──でも、その偶然が私の退屈だった人生を変えたなら……、それは運命といって差し支えないんじゃないかと私は考えるんだ。


プロローグ 『初邂逅』

 それは、春の初め頃だった。長袖Tシャツ一枚じゃ少し寒いがカーディガンを羽織るほどでもないという絶妙に面倒臭い時期。少し強い風が私の肩より高い茶髪を揺らす。

 

 かけていた眼鏡がズレそうになったのを片手で調節しながら、そろそろこの丸眼鏡も買い替え時かなとぼんやり思う。割とお気に入りだったから少し惜しいけど。

 

 16の春、私、冷泉早苗は家出してこの街に来た。あの家に戻る気は……、今のところない。

 

 パパは好きだった。だから、家出なんかして悪いと思ってる。でも、優しい人だから、私の気持ちを汲んでくれるとも思う。自分勝手な考えだけどね。

 

 問題は、母の方だ。いや、あれを自分の実の母と思いたくないんだが、私が認めないところであいつが実の母親であるという事実が微塵も揺るがないのが悲しい。

 

 「そろそろあいつが捜索願出してる頃だろうな……」

 

 さて、どうしたものかと他人事の様に考える。自分のしでかしたことながら、家出という非日常的なシチュにいまいちリアリティが沸かない。普通に考えれば、警察という国家権力にとって、家出した16の小娘を捜し出すなんてちょちょいのちょいの井出らっきょだろう。この街は家からかなり離れているが、それでも誤差だ。

 

「駅にはカメラとかあるよなあ……。う~~~ん」

 

 穏やかな日和の春の朝だっていうのに、私の心はどんよりだ。じゃあ家出するなよという話だけど。少し気分転換しようと私は街の風景に目を向ける。特別、大したものがあるわけじゃない。右を向けば、普通の住宅街が広がっている。道の真ん中で7歳くらいの女の子が3歳くらいの男の子の手をしっかり握って歩いているのが可愛くて癒される。左を向けば、川があって、少し向こうの河川敷上に橋が架かっているのが見える。車通りも少ないし、住むだけなら物静かで良い街だと思う。うん、嫌いじゃない。

 

 ただ、この街は田舎ってほどでもないけど都会では絶対にない。町案内によると、イオンもなけりゃスタバもない。散髪屋一軒、スーパーマーケット一軒、服屋はユニクロ一つ!年頃の乙女にしてみれば大問題だ。うん、やっぱり好きじゃないな。

 

 心の内で華麗な手のひら返しを決めたまま、しばらく歩いていると、少し開けた場所に出た。目の前には青々とした雑草が一面に広がる空き地が広がっている。広さはざっと目測で1000平米ってとこか。その真ん中に何かが建っていた。

 

「何じゃこりゃ……」

 

 その建物を見た私の第一印象は廃墟?だった。

 

 まあ、遠くから見ると空き地にポツンと建つ木材ベースの一階建ての一軒家に見えなくもないだろうが、近くで見ると、この建造物が巨大な粗大ごみだということがよく分かる。

 

 まず、玄関横の窓ガラスが汚い。全体的にひびが入っているのもさることながら、外から見て中の様子が全く見て取れないほどに濁りきった窓をはたして窓と呼んでよいのだろうか。他の窓に失礼じゃないかなんてくだらないことを考えてしまう。

 

 そして、その横の玄関扉もまあ酷い。年季が入っているといえば聞こえはいいが、さすがに扉の真ん中に目測80㎝ほどの大穴が開いているのを年季の一言で済ませるわけにはいかないだろう。泥棒は大助かりだなと一瞬考えたが、こんな廃屋もどきにわざわざ忍び込むアルセーヌやクイーンは見たくないなと考え直す。コソ泥だって自分の方からお断りするに違いない。何より、今が春だからいいものの冬だったら防寒性もクソもないのがどうしようもない。

 

 壁の木材も全体的に黒ずんでいて歪みが激しい。無数に開いている隙間穴を見てますます、居住者の冬が心配になる。何とか褒め所を捻り出すなら夏は涼しくて楽そうぐらいだ。

 

 極めつけは屋根。まさかのトタンである。しかも、上から雑に張り付けていたのだろうか、端の方は剝がれかけている。雨漏りが……、と考えかけて慌てて首を振る。どんな地獄が展開されるかは想像に難くないが想像したくない。

 

 はっきり言おう。この家(?)はでかい犬小屋である。いや、今時こんな犬小屋に犬を住まわせたら動物保護団体か何かがうるさいから犬小屋以下だ。

 

 これで人が住んでいなければ、確実に廃墟といえる。

 

──そう、人、人だ。ここには間違いなく誰かが住んでいる。なぜそう言えるのか、それは玄関横に立てかけられてあった自転車を見たからだ。誰か他の人間が置き去りしたものではないと考えるのはそれにきちんと鍵がかかっていたのと地面に無造作に突き刺されていた鉄パイプに申し訳程度に紐でつながれていたから。

 

 例にもれず、この自転車にも相当の年季を感じるが、錆も見当たらず、ある程度綺麗に見えるのは一応大切に扱っている証拠だなと少し微笑ましく思ったのもつかの間、サドルの下の方に目を向けてうっと息が詰まる。後輪の脇に小さなエンジンのような物が取り付けられていた。戦後すぐ、ホンダの原動機付自転車、通称バタバタというものが流行ったそうだが、それに近い。自作でこういう改造はOUTだよコラ……、と私はあきれる。さっき、ちょっと微笑ましくなった分を返してほしい。

 

「ほんとますます分かんない…ここに住んでる奴はどんな変人だ……?」

 

 家は畜生並み、自転車は違法改造車。ただでさえ、住人への不信感が強まる。

 

「でもなあ……。やっぱ一番訳分かんないのはこれだよなあ……」

 

 そう、家と自転車が変というだけでは、私の疑念はここまで高まらなかった。

少し、目に留まってしばらくじろじろ見てからはいさよならで満足できたと思う。

 

 ダントツで私の目を引いたのは玄関扉の上にかけられた傾いた看板だった。その看板には、下手な肉筆でこう書かれていた。

 

 

『水渡坂怪異相談事務所』

 

 

 水渡坂は、この事務所を経営している人の名前だろうか。だとしたら、なかなか珍しい苗字だが、そんなことはその後に続く字面に比べれば些細な問題だ。

 

 怪異相談事務所……かいいそうだんじむしょ……か・い・い・そ・う・だ・ん・じ・む・し・ょ

 

 自分の読み間違いでないことを何度も確認する。そして、怪異の意味を脳内辞書から引く。

 

 確か……、現実に起こり得ない不思議な出来事、そしてもう一つの意味は……、妖怪や幽霊などの人知を超えた存在の総称……、だったよな確か……。そこまで考えてあまりのばかばかしさに苦笑する。

 

 怪異ねえ……、確かに昔は多くの人がその存在を信じていたのだろう。それをバカにするつもりなんてさらさらない。科学技術が現代ほど進んでいなかった時代の人間は想像力を働かせて地震や台風などの自然現象、説明のつかない不思議な現象を怪異として納得せざるを得なかったのだから。

 

 だけど、今は令和の世だ。科学で説明のできないことなんて一つもないと言い切るほど頭が固いつもりはないが、だからって怪異はないでしょう怪異は。この文面だけを見るならこのボロ家は怪異の被害を解決してくれる事務所ということなのか?

 

「ありえね~……、胡散くせ~……、でも……」気にはなる。

 

 こんな廃屋同然の犬小屋にものすごく胡散臭い看板を掲げている水渡坂という名の人間がいる。面白い。うん、面白い!私はその人に会おうと思った。当然、警戒心はある。でも、それ以上に好奇心、いや期待がどんどん高まるのを感じる。ず~っと感じていた退屈を水渡坂さんが取っ払ってくれるかもしれないという期待。私は迷わず扉にノックした。

 

コン、と一回「すみませ~ん」応答はない。

 

コンコン、と二回「こんにちは~」応答はない。

 

コンコンコン、と強めに三回「お~い、聞こえてますか~?」応答は依然ない。

 

「出かけてんのかな?でも、自転車あったよな……」

 

 事務所って銘打ってるくらいだし、水渡坂さんが不在でも入らせてもらっても構わないだろうと考えた私は横開きの扉を開けようとする。

 

「あれ?ちょ、固い……、なんか固いなこれ……」

 

 立て付けが悪いのか、なかなか開かない。見た目オンボロなら中身もボロいのかとげんなりする。どっかのサッカー少年たちを見習ってほしい。だからと言って、かがみこんで穴から入るのは、なにか人として大切なものを失ってしまう気がする。

 

「ええ~、もうちょっと力込めるくらいならいけるかな……」

 

 これがいけなかった。メシャゴギ!と嫌な音が響き、木製の扉の片側は完全に破壊された。

 

「……これ、私が悪い?」

 

 悪いに決まっているから潔く水渡坂さんに謝罪して弁償しなさい、と脳内天使早苗が言う。

 

 脆い扉が悪いけど、それはそれとして水渡坂に謝って弁償しろ、と脳内悪魔早苗が言う。

 

 導き出す結論が変わってねえじゃねえかと両者にツッコミたくなるがそれは私がそうする他ないと理解してるからなんだろうな……。憂鬱の雨が降りそうな心模様を退屈を晴らしてくれそうな期待で誤魔化すためにも私は中に足を踏み入れた。

 

「お邪魔しま~す。扉壊してごめんなさ~い。」

 

 水渡坂さんはやはり不在らしく明かりはなかった。幸い(?)、私が壊した扉と壁の無数の隙間と剥がれた屋根から自然光が差し込んでいたおかげで、周りが見えないわけではなかったが、それでも光が届かない奥の方には暗闇が広がっていた。しかし、どうせ内装もえげつないんだろうなという私の予想は良い意味で裏切られた。屋根として機能していない屋根を見て雨漏りの形跡なども覚悟していたのに、意外にも床や壁に浸水の跡はない。流石に雨の日はブルーシートか何かを屋根の上から被せているのだろうと一人で納得する。

 

 怪異相談事務所というぐらいだから、怪しいお札が壁に貼られていたりだとか、由緒ありそうな壺がずらりと並べられていたりだとか、いわゆるそういう感じの光景を思い浮かべていたのにいくつかの事務用机と椅子が並べられ、壁際に業務用の大きなコピー機が置かれているというごく普通の事務所の様相をしていたので少々興ざめする。もう少し奥のほうまで行けばなにか面白いものがあるかなと思って更に足を踏み入れたその時だった。

 

「ガタッ」奥の暗闇から何かが動いた音がした。

 

 ……おいおいおいおいおいおいおいおいおい、こういうガチなのは求めてないぞ。

 

これから何が起きるのか全く分からない今のような状況のことを鬼が出るか蛇が出るかなんて言ったりするが、私は鬼も嫌いだし蛇も嫌いなんだよ!なんて考えてもせんなきことを必死に考えるが不気味な音はそれきり聞こえてこなかった。

 

「……どうしよ」

 

 正直に言って、動いたであろう何かを確かめに行くのはまあまあ怖い。でも、おばけなんてうそさの精神で今まで生きてきた私がそれを恐れて何もしないっていうのは……、かなりダサい。てか、典型的ダブスタだ。

 

 そうだ、怪異なんてこの世に存在しないことは分かりきってる。ここの看板の印象に引っ張られて少し怖気づいてしまっただけだ。この現代に鬼なんていないし、蛇……はいるか。私は、その何かを確かめることにした。

 

 音を立てたものが何なのか確かめようと決意したはいいが、それでも暗闇の中を手探りで探すことはあまりしたくない。せめて電気をつけられないかとスイッチを探すが、どうやら周辺の壁にスイッチはないらしい。仕方なく、スマホのライトをかざしながら歩みを進める。並んだ机を避けながら進み、なんとか一番奥の机まで着いて一息ついた時、机の陰に大きな影が見えた。驚いて、ライトをその影に向ける。

 

 人だった。うつ伏せに倒れた男がいた。

 

「だ、大丈夫ですか!」

 

 その場に座り込んで彼の手首をつかんで脈を測り、半開きの口の前に手を当てる。大丈夫、この人は生きている。とりあえず、救急車を呼ぼうとスマホを操作していると、手持ち無沙汰な左腕をがっしり掴まれた。

 

「うわっ!」

 

 正直、心臓に悪いからやめてほしいが今まで倒れていた人にそうもいっていられない。

 

「大丈夫ですよ、今救急車呼びますから!」

 

「……オナカヘッタ」

 

「……え?」

 

「……ゴハンタベタイ、ゼイタクイワナイカラA5ノマツサカウシステーキトカ……」

 

「あるわけねーだろバカ」

 

 たわけた発言に冷たく返した後、彼はまた意識を失ってしまったが、私は内心この人絶対死なねえだろうなと思った。




初投稿です。
スローペースに頑張っていきますので、どうかお付き合いください。
今回は早苗の独白形式となっていますが、次回以降は三人称で書いていこうと考えています。

……ここまで全部なろうに投稿したやつのコピペってマジ?


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