腕の中で、背中を預けて眠っているのは、トレーナー生命と引き換えに、イッシュを救った少女。
クロームがキュレムの目覚めを感じ、ジャイアントホールに着いた時に見えた少女は、あと少しで氷像と化す所まで凍っていた。
ジョウトで出会ったエンテイに頼み、その炎で氷を溶かしたことで、少女が死ぬことは免れた。
けど、その後少女が言ったことは、多大な衝撃をあたしに与えた。
右目と左腕がやられた。
とても簡単に流せることじゃないのに、少女は淡々と言葉を続け、キュレムとゲーチスのどちらかの相手をして欲しいと言った後、ロゥと言う名のダイケンキを出した。
エンテイが勝負を挑みたいと思う程に育てられたダイケンキの力は、キュレムを圧倒した。
氷・ドラゴンタイプであるキュレムを、水鉄砲なんて言う水タイプ基本中の基本技で吹っ飛ばし、タイプ一致ではない氷技は、キュレムの冷気を上回っていた。
そしてシェルブレードからアクアジェット。
たった4発の技でキュレムは沈み、けれど同時に、少女も倒れた。
意識を失う寸前、少女は言った。
杖を焼き消してと。
キュレムが起き上がる前にと。
あそこでキュレムが起き上がっていれば、ゲーチスは杖を使い、無理やりその力を解放しただろう。
それが分かっているから、少女はそう頼んだ。
杖は、エンテイが言った通り、灰も残さず焼滅した。
プラズマ団が完全崩壊し、キュレムが自由になった瞬間だった。
その後暫くして起き上がった虚無の竜は、少女を一瞥すると何処かへと姿を消し、それからの行方は分かっていない。
少女を最寄の病院に運び、診察してもらった。
結果は、右目の失明と、左腕、右足、左足の神経凍結。
辛うじて無事だったのは、左目と右腕。
トレーナーとしての少女、ミヅキは、そこで死んだ。
一度実家に戻り、ベルやチェレン、ブラックにも会って来た。
2年間何故連絡しなかったのか問い詰められ、ライブキャスターが故障していたことを話せば、今度はどうして早く修理しなかったのかと問われて大変だった。
他のみんなも必ずそこを聞いてきたから、最後は適当に流してたけど。
それからまた実家に戻って、ある程度の着替えやら何やらを用意し、また暫くの間留守にすることを伝え、ミヅキが入院している病院へ行った。
入院して以降、一度も目を覚ましていないミヅキだったけど、命に別状がある訳ではなかった。
大きなダメージを受けた体を休める為に、生存本能の様な物が働いている結果だと、医者は言っていた。
近くで見たミヅキは、とても安らかな寝顔をしていた。
結局ミヅキは、目を覚ますことなく退院を迎えた。
毎日お見舞いに来ていたミヅキのお母さんに、暫くミヅキの側にいさせてくれない頼むと、二つ返事で了承してくれた。
あたしの所為でもあったのに……そのことを言うと、おばさんは言った。
「貴女がいなかったら、この子は死んでいたんでしょう? 感謝こそすれ、責めることなんて何も無いわ」
救われた気がした。
あたしがもっと早く駆けつけていれば、ミヅキはトレーナとしての未来を閉ざされることは無かった。
もし、あたしがおばさんの立場だったら、絶対に責めてる。
どうしてもっと早く、と。
どうしてあなただけ無事なの、と。
でも、おばさんはあたしに感謝してくれた。
「ありがとう。ホワイト」
ダメだった。
涙を止めることなんて、出来なかった。
泣き止むまで、おばさんは側にいてくれた。
ミヅキの実家に行き、ベッドに寝かせた後は、ずっと側についていた。
いつ目を覚ましても良い様に。
翌日の朝、ミヅキは目を覚ました。
最初に伝えたのは、トレーナーとして生きることは出来ないこと。
返って来た反応は、淡白な物だった。
それから何かして欲しいことがあるか聞くと、お風呂に入りたいとのこと。
確かに入院中も、体を濡れタオルで拭いただけだったから、さっぱりするならやっぱりお風呂に浸かりたいと思うのは当然だ。
それから一緒にお風呂に入った。
入院している時から思っていたけど、改めて間近で見たミヅキの体は綺麗で、ドキドキした。
これからどうするのか聞くと、少しの沈黙の後、考え中と返って来た……。
それからの1週間は、ブラックを始めとして、チェレンやベル、各ジムリーダーに四天王、新旧チャンピオン、シロナさん達が尋ねて来た。
ミヅキは、みんなあたしに会いに来たと思っていたみたいで、会話に参加せずずっと本を読んでいたけど……フウロさんとカミツレさんが来た時、ミヅキは3人で買い物に行ってきたらどうかと提案してきて、出掛けるなら、その前にトイレに連れて行ってと甘えてくれたこと、素直に嬉しかった。
それからライモンに向かって、デパートで買い物をしたり、遊園地で遊んだ。
ミヅキの話しになったのは、レストランで昼食を食べている時。
フウロさんの言ったことが切欠だった。
「ミヅキちゃん……落ち込んでないのかな?」
そんな訳無い、とは、付き合いの短いあたしには言えなかった。
トレーナー生命を断たれて、落ち込まない人なんていない。
でも、ミヅキの様子を見ていると、落ち込んでいる所か、何も思ってないんじゃないかとさえ思えてしまう。
考え中とは言っていたけど、あれから何か見つかったのか。
それは分からない。
結局、あたしが言えたのは。
「今は、見守るしかないよ」
それだけだった。
ミヅキの家に戻り、お母さんに挨拶をした後ミヅキの部屋に入ると、彼女は目を覚ましていた。
ただ、少し息が荒く、髪も頬や額に張り付いていたから、きっと寝ている間に怖い夢でも見たのかも知れないと思い、とりあえず汗を流す為お風呂に向かった。
それからご飯を食べて互いに小説を読んでいるとミヅキのライブキャスターが鳴り、相手はアララギ博士だったらしく、みんなが会いたがっているから、明日研究所に来られないかとのことだった。
ミヅキは了承し、その翌日。
クロームに運んでもらい研究所に良くと、ミヅキの手持ちであろう子達が、元気に駆け寄ってきて、最後尾から歩いてきたのは、キュレムを圧倒したロゥだった。
一瞬エンテイのボールが震えたのは、もしかしたら戦えると思ったからだろう。
「ミヅキ」
言葉を話したことに驚いたけど、ミヅキをロゥの背中に乗せ、適当に時間を潰してくるからと伝えて空へ。
「ホワイト。お前は――」
「うん。そうみたい」
クロームが聞きたいことは分かった。だから、先回りして答えた。
「あたしは――――ミヅキが好きよ」
いつからなのかは分からない。
この短い間に、気付けば好きになっていた。
不思議だと思う。
これまで、何度か異性から交際を申し込まれたことはあった。
でも、心が動くことは無かった。
なのに、何故かミヅキには惹かれた。
何も知らないし、今だってそうなのに、惹かれて止まない。
側にいたい。今よりもっと側に。
掴んで、離したくない。
空の散歩を終えて研究所に戻ると、ロゥに背中を預けていた。
名前を呼びながら手を振ると、弾かれた様にあたしを見上げてくる。
背中から降りてお礼を言い、夕方頃に迎えを頼むと、クロームはまた飛び立った。
見送り、ミヅキに近付いて、至近距離で手をひらひら振り、そこで気付く。
「ん? 顔赤いね? 熱でもある?」
頬を掴んで額と額を合わせると、
「ひうっ!?」
今まで聞いたことのない声を上げた。
目を開くと、ミヅキと目が合い、彼女はいつもの淡々とした話し方ではなく、途切れ途切れに話した。
「っ……だ、だいじょ、ぶ、だから。だから、離れて……何とも、ない、から」
ゾクリとした。
強気かどうかは分からないけど、いつも落ち着いているミヅキのこんな表情。
じっと見つめながら、本当に離れて欲しいか聞くと同時に、胸に手を伸ばす。
「ぇ……? きゃっ!」
触れた手から感じるミヅキの鼓動は、破裂しそうな程に激しかった。
「ねぇ、ほんとうに、離れて欲しい?」
「そんなの……あたり、きゃっ!?」
ミヅキは答え切る前にロゥが退いたことで支えていた物が無くなり、押し倒す形で草原に倒れた。
胸に当てている手に、力を込めると、心臓は更に激しく暴れる。
「分かるでしょ? 貴女の心臓、凄くどきどきしてる」
「ぁ……だめ、そんなに、押し付けないで……」
息を吐くその反応が、あたしの理性を掻き乱す。
自分を制御できない。
「苦しい? 止めて欲しい? 離れて欲しい?」
数泊空けて返って来た答えは、
「いや。止めないで。離れないで」
あたしが望んだ答えだった。
「そ。じゃあ、止めてあげない。離れてあげない」
言いながら顔を近付け、ミヅキの唇を塞ぐと、微かに吐息を漏らす。
「ん……ふぅ」
「ふ、んぅ」
長い口付けを交わして、ミヅキを見るとつい笑みが零れた。
「くす」
「っ」
「期待してるの?」
ピクリと反応したミヅキの耳元でそう囁くと、先よりも大きな反応が返って来た。
「いや……こわい、こわいよ、ホワイト」
でも、それはまだミヅキが知らない感覚。だから怖かったんだろう。
少女の体は震えていた。
「貴女には、まだ早いか。だいじょうぶ。近い内に、分かる時が来るから。ね? だから、泣かなくて良いのよ」
「ぐす、うん、ありが、と」
抱き起こし、そのまま抱き締める。
鼓動は、少しずつ穏やかな物になっていった。
「ごめん。疲れたでしょ? 今は、ゆっくり休みなさい」
「……うん」
やがて、ミヅキは眠った。
1時間程経過した今は、酷く穏やかに眠っている。
初めて会って以来、ミヅキはずっと髪を下ろしたままで、パジャマが普段着になっている。
でも、似合っているからどこもおかしな所なんて無い。
その長い髪を梳きながらリィ達を見ると、飽きることなく元気に遊び回っていた。
ミヅキが近くにいるというだけで、心が躍るんだろうね。
眠っている少女を起こさない様、出来るだけ静かに体を倒す。
少し身動ぎしたけど、起きることは無かった。
そよ風が頬を撫で、心地よい感覚が体を通り抜けていく。
「ぅ……ん……」
ミヅキが小さく声を漏らし、やがて薄っすらと目を開いた。
まだ覚めきっていない様で、目はとろけている。
「ぁ」
その目が、あたしの瞳を捉える。
「ほわいと、おはよぉ」
「…………」
いやいやいやいや。反則でしょ今のは。不意打ちにも程があるわよ。普段あれだけ無表情なのに、何よその顔。呼吸止まるかと思ったじゃない。
なんて軽く混乱している間に、ミヅキはまた眠ってしまった。
「はあ……」
思わず溜息が漏れた。
好きになった理由は分からないのに、どうしてこうもこの子に惹かれるんだろう?
これまでの旅でも、分からないことなんて幾らでもあったけど……。
「すぅ……すぅ……」
「……まぁ、良いか」
分からないことを考えても仕方ない。
クロームが迎えに来るまでの間、あたしも寝ることにした。
「おやすみ。ミヅキ」