アナタは誰よりも美しい   作:Я i И

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10話

 ロスにあるスターク社で銃撃戦が繰り広げられている。

 オバディアの足取りを追うペッパー達を待ち受けていたのは、重火器を構えたならず者の集団だった。

 フィル・コールソン率いる少数のエージェントが携帯武器で応戦するものの焼け石に水で、弾幕は彼らをセクター16へ近づけさせない。

 ペッパーによって発見されたセクター16は、オバディアが秘密裏に設立した施設だ。隠していたからには相応に疚しいものがある。

 アフガニスタンでトニーを襲うよう指示したオバディアは、その後にテン・リングスが拾ったパワードスーツ*1を接収して、より強力な兵器を創り出そうとしていた。

 看過しがたいのは、動力源となるアーク・リアクターはトニーだけが所持し、創り出せるということ。頑なに渡すのをトニーが拒否していたというのに、オバディアが行動に移ったということは、事態が最悪に向かって動き出している証左だった。

 

「コールソン捜査官! 応援はまだ!?」

 

「ポッツさん、貴女だけでも退避してください」

 

「貴方たちだけでオバディアを止めるというの?」

 

「チャンスは今しかありません。スーツの起動に手間取っている今を逃せば、戦略兵器を使うことも視野に入ってしまいます。スターク氏が作り出したモノはそういうものなのです」

 

「そんな!?」

 

 努めて冷静なコールソンの目は嘘を言っていなかった。

 スーツだけならいくらでも対処のしようがある。しかし、トニー・スタークが創造したアーク・リアクターは、『S.H.I.E.L.D.』でさえ予測できない混乱を齎すと確信できた。

 アーク・リアクターを入手したのならば、甥であるトニーへと手を掛けたはず。少なくとも、今のオバディアは正気ではない。

 狂ったオバディアを放置してしまえば、民間にすら被害が及ぶ可能性を捨てきれなかった。

 

(或いは、元より我々の知る正気ではなかったのかもしれないが……)

 

 壁を背にして銃火の咆哮を浴びながら、コールソンは冷静に分析した。

 軍需産業の中枢を担っていたスターク・インダストリーズは、『S.H.I.E.L.D.』からしても無視できない存在だった。創業者であるハワード・スタークが『S.H.I.E.L.D.』の創立メンバーの一人だということもあるが、彼の死から露骨なまでに兵器産業へと傾倒していくようになった。

 その原因こそが、トニー・スタークを歪ませたオバディア・ステインに他ならないのだろう。

 

 手をこまねいていた過去を悔やんでも仕方ない。

 

 コールソンが内心で嘆息していると、遂にオバディアはスーツの起動に成功させた。

 建物を揺らすほどの足音が、銃撃戦をしている最中でも感じることが出来る。

 

 ペッパーは震えあがった。眼前で行われている銃撃戦すら生温く思える。

 暗がりからやって来る巨大な影の胸には、あってはならない輝きが嵌め込まれていた。

 憶えはあった。トニーとの連絡が途絶えたことや、通話が切れるまでにオバディアらしきノイズが混じっていたこと。思い当たる節は何個もある。

 けれど、しかし────と、最悪の可能性を否定して気力を保ってきたのに。

 正体を現したオバディアとパワードスーツによって、悲壮な覚悟さえも打ち砕かれてしまった。

 

「そんな、トニー……」

 

「そう嘆くことはない。地獄(むこう)で君のことを待っているだろうからな」

 

「ポッツさん下がってください!」

 

 ペッパーの嘆きを切り捨て、オバディアは躊躇もなくガトリングの銃口を向けた。

 エージェントたちが小銃で集中砲火を浴びせても、頑強なアーマーはビクともしない。その後ろでは傭兵たちが無力を嘲笑っている。

 万策尽きたか。いや、最悪は何とか回避できるだろう。

 コールソンは死を覚悟しながらも、事の次第を『上』が認識していることに安堵した。

 たとえ己が亡くなったとして、()()()()ならアークリアクターの流布を絶対に許さないと信頼していたから、任務へ殉じることに誇りさえ感じることが出来た。

 

(後は頼みます、長官……)

 

 そんな祈りを本人の前で口にすれば、安易な死を許さないことは想像できた。

 あの寡黙で秘密主義の先輩を脳裏に浮かべて、コールソンは身を挺してペッパーの前に割り込む。

 一瞬が長く感じられた。

 向けられた銃口が光った瞬間、コールソンの身に無数の風穴が刻まれる────はずだった。

 

「ステイィィィィィン!!!」

 

 覚悟を決めたコールソンの前で、どこからともなく現れた赤と金の人型が、捨て身の突貫をしかけてオバディアもろとも彼方へと消え去っていった。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

「うん……間に合ったよ。勢い余って間に合い過ぎかも」

 

『通話越しでも聞こえたぞ。ホントにペッパーは大丈夫なんだろうな?』

 

「コールソンが庇おうとして、そこに社長が飛び入り参加したみたい。それからはドレスコードのアイアンスーツで二人きりの親族水入らず」

 

『つまりオバディアとタイマンってことか? 勝算は?』

 

「社長は考えがあるって言ってたけど……」

 

『全く……訓練で済めばいいな』

 

 呆れたような、それでいて不安の交じった声音のローディは、軍に余計な茶々をいれさせないよう職務に励んでくれている。

 オバディアと社長がパワードスーツを使って取っ組み合いになるだろうから、情報が広まらないようにローディにはいつもの如く軍での厄介ごとを任せていた。

 訓練で済めばいいとは、つまるところそういう事である。グルミラで社長が初めて武力介入した時と同じことをしようってわけ。

 碌な休暇じゃないよね。私なら卒倒しちゃうかな。

 

(さて、と)

 

 先走ってオバディアへと突っ込んでいった社長を見送り、茫然とするコールソンとペッパーの前に私はフワリと着地した。

 

「ペッパー、ごめんね。お留守番の約束を破っちゃった」

 

 こっちはこっちで修羅場が続いている。

 呆気に取られていたコールソンらエージェント達と、オバディアに雇われたゴロツキ達は、私が言葉を発すると同時に銃を向け合った。

 

「マ、マリィなの? その腕は……」

 

「ポッツさん、後ろに」

 

 さすがプロだ、ちがうなあ……なんて吞気に構えながら、コールソンの立ち振る舞いに感心した。

 敵対していた傭兵だけじゃない。脈打つギロチンを携えた私にさえ懐疑を抱き、ペッパーを後背へとエスコートしている。

 ここで私が味方だと楽観視するようなコールソンではなかった。それが頼もしくもある。

 

「待ってください。彼女は敵ではありません!」

 

「しかし……」

 

「話は後でね。もう()()()から」

 

 一方的に告げて、私は武器を向ける傭兵たちと向き合った。

 殺意が浮かぶ眼。トリガーに触れる指先。反動に備えて硬直する身体。

 集中力を研ぎ澄ませば、彼らの一挙一動を細かく捉えることが出来る。

 

 ────(とき)が、視えた気がした。

 

 ギロチンが渇きを訴え、血を求めている。

 今更、人の生き死にで懊悩する殊勝な心掛けはしていない。

 だから酷く冷徹な私がいた。視界に広がる冷たい世界へと居心地の良さを感じてしまう。

 時間を圧縮すればするほど、疼く断頭の傷痕が顕わとなっていく。

 けれどその痛みすら、緩慢となっていく世界においては背徳的な快感でさえあった。

 

創造(ブリアー)────美麗刹那・序曲(アインファウスト・オーベルテューレ)

 

 最初に放たれたマズルフラッシュが皮切りだった。

 時が()まる────世界が氷漬けとなり、私は須臾を観測できるようになる。

 弾丸も、薬莢も、戦場で演じる役者(アクター)たちの表情も。

 凍てついた世界に感動を齎すモノはなく。

 舞台には無機的なアトモスフィアが満ちるだけ。

 正確に言えば、完全に停止した世界じゃない。私自身が行動したと自覚すると、積み重ねた(とき)を消費する。一枚一枚、まるで紙芝居のように。

 掃射を前にして死を覚悟したペッパーやコールソンも、私が何をしたのか認識することは出来ないはず。

 ギロチンを形成して銃弾を斬り払う。当然、発射元となった銃の数々も使えなくするため、バラバラに切り刻んだ。

 そして時は加速する。停滞してはいない。

 私だけが観測できる残酷なまでに美しい刹那だった。

 

「何!? 何が起こったの!?」

 

「こ、これは!」

 

 ペッパー、コールソンに続いてエージェント達も瞠目する。

 彼らの目には、弾丸が不自然に逸れて、傭兵たちの武器が玩具の如くバラバラとなったように見えたことだろう。

 でも、私のギロチンには血の一滴もついていなかった。

 

『殺人を躊躇しないなどと囀っているが、()はあれ、あの程度の魂を蓄えたところで腹の足しにはならんよ。塵芥にかかずらう暇があるのかね?』

 

 思考にノイズが(よぎ)る。覚えがない。既視感もない。

 けれど声の主の言う通りだ。魂には貴賤がある。質の良し悪しがある。

 タイムストーンの運用は完璧だ。なら、この場でソウルストーンが機能しているのか試しても────

 

「マリィ!」

 

「よせ!」

 

 気づけば、ギロチンが形成された右手を振り上げていた。眼下には、瞳を震わせて怯えるゴロツキの一人がいる。

 意識はこのまま男の首を断とうとしていた。その男の首だけじゃない。この場にいる全員の……ペッパーやコールソンも手にかけようとしていた。

 慌ててその場を飛びのく。冷や汗が首を伝い、浮かび上がった傷痕に酷く染み入った。

 

「わ、私は……」

 

 続く言葉が出ない。罪悪感や焦りからではなく、もっと根源的な恐怖を催してしまった。

 ギロチンが消えていく。いつのまにか、凍った世界は熱を帯びていた。

 殺人に躊躇はない。それは本当だ。お師匠様の下にいた時から命の奪い合いは経験している。

 だけど今、私はそれ以上の恐怖を確かに抱いていた。

 ペッパーの死やコールソンの死に、何ら感慨を覚えない薄情な私がいて、その死によって社長との日常が崩れ去ることに怯える臆病な私もいた。

 とんだ破綻者だと自分に吐き気がする。刹那主義にも程があるだろう。

 変わらない日常を乞い求めながら、その平穏を完膚なきまで破壊しつくすことに、甘美な響きを覚えてしまっていた。

 

「マリィ。大丈夫、大丈夫だから」

 

 ペッパーは茫然とする私を抱きとめてくれた。

 温もりに安堵する。同時に、耐えがたい破滅願望が、刹那の快楽を味わい尽くせと囁いてくる。

 表裏一体なのだ。永遠に続けばいいと願うそれ自体が、刹那だからこそ尊いわけで、けれど一瞬で過ぎ去ってしまう不条理を認められず永遠を願う不毛な渇望である。

 

「……うん。ありがとうペッパー」

 

 ここでやっと、僅かばかりの良心が痛んだ気がした。

 ペッパーの想像する悲劇のヒロインには程遠い身の上だし、彼女を守った理由が社長の日常の一部だからっていう不純な動機だったから。

 そして今なお、トニーとの日常を破壊するような不徳に過ぎる願望を、理性で必死に抑えている。

 罪深さと破滅願望が渾然となり、胸中では愚かな私自身へと、瞋恚の炎が燃え盛っていた。

 

「君は、いったい何を────」

 

 剣呑な目をしたコールソンが私に問いかけてくる。

 しかし最後まで言葉が続くことはなく、巨大アークリアクターが設置されたラボの屋上へと、上空から何かが墜落して轟音が響き渡った。

 

「行かないと」

 

「……話は、君の雇用主が戻ってからにしよう」

 

 ヘルメスの靴で浮遊し、私は夜空でフラフラと落下している赤と金のパワードスーツを見やった。

 胸のアークリアクターの光りは褪せて、両手のリパルサーも調子が悪く、停止と照射を繰り返している。限界が近いようだが、先ほどの轟音が社長ではないことから、決着はついたみたい。

 コールソンは逡巡して、ひとまずは私を見逃してくれた。

 オバディアが雇った傭兵たちの後始末や、ローディを通じて空軍との折衝もある。

 今後は足を向けて眠れない。まあ睡眠は必要ないけどね。

 

「マリィ。どうか、トニーをお願いね」

 

「……うん」

 

 目元を赤く腫らしたペッパーに頼まれても、か細い声で頷き返すことしか出来ない。

 後ろ髪を引かれる思いのままペッパーからの視線を切り、私は社長が降り立ったラボの屋上へと飛んで行った。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 オバディアとの決着は、想像以上にすんなりとついた。

 かつてテロリストどもの監禁から逃げる際に使ったマーク1は、予想通りオバディアの手元へ渡っていたが、急ごしらえで結露対策がされていなかった。

 だが腐っても向こうは僕から奪った新型のアークリアクターが使われている。

 持久戦は不利。力押しの真っ向勝負も諸刃の剣。

 だから短期決戦かつ、力のぶつかり合いを避けて戦う必要があった。

 スーツを着て狂喜するオバディアを煽り、上空へと誘った後の結末は、言うまでもないだろう。

 マーク2で失敗した僕の時*2と同様に、オバディアのスーツは結露で機能停止に陥り墜落した。

 旧型のリアクターを非常用の補助電源へ切り替えるまでもなかった。

 

「ぐっ……!」

 

 大破したマーク1から新型のリアクターを抜き取り、点滅し始めた旧型と入れ替える。

 まさか一日で何度もリアクターを交換する羽目になるとはな。この感触には慣れたくないものだ。

 オバディアは……何も言うまい。

 こうして因縁に終止符が打たれてしまえば、恨みも哀れみも殊更に抱かない自分がいた。

 結局、これは僕が蒔いた種でしかないからだ。

 オバディアのせいで散々な目に合ってきたが、僕がフルフェイスの仮面を被った理由に、オバディアの悪意が原因だと責任転嫁するつもりは無かった。

 

「こっちは終わったぞ」

 

「うん。ペッパーも無事だったよ」

 

 趣味の悪い刃物が生えていた腕をまっさらにして、マルグリットは宙に浮きながらやってきた。

 緊張感が無いのは相変わらずだ。

 ゲートを通った時もそう。

 ペッパーに銃口が向けられて怒りのままタックルをしかけた僕とは対照的に、マルグリットは無関心のまま戦場を見下ろしていた。

 正直、彼女の言葉をどこまで真に受けていいのか甚だ疑問ではある。

 

「それで、オバディアはどうするの? 叔父さんなんだよね?」

 

「……奴はもう無力だ。僕自ら手を下す必要はないさ」

 

 スーツは大破してバラバラ。リアクターも抜き取り、オバディア本人も気絶している。

 無力化したなら後は捜査官たちお役所仕事に任せればいい。

 手を下すことが怖いわけじゃなかった。グルミラでテロリストどもから難民を解放した時に、自らの手を汚すことは経験している。

 インセン教授を犠牲にして脱出した時とは違い、マーク3を着て自らの意思で戦地へ赴いた以上、言い逃れをする気はなかった。

 

「意外だな」

 

「ん?」

 

「君が、ペッパーを気にかけるとは思わなかった」

 

 踏み込んだ僕の言葉へ、マルグリットは困ったように口を噤んだ。

 その反応に、僕も内心では驚いている。

 

「他意はない。取り繕う必要もないだろ」

 

「……社長にとって大事な人だと思ったから」

 

「だが君にとって()()()()()()()()はずだ」

 

「それは……そうだけど。私も、分からない。だってそうでしょ? 誰だって、赤の他人よりも身近な人の命を優先する。家族、恋人、友人……でなきゃ世界中の不幸を目の当たりにして病んじゃうよ」

 

「だろうな。けどペッパーを助けたじゃないか。それが全てだろう」

 

 その優先順位について、問うような野暮なことはしない。

 オバディアへ挑もうとする僕を止めようとしたことも。

 ペッパーよりも僕の命を優先していたから、ここへたどり着いた時に冷めた目をしていたことも。

 マルグリットは迂遠に言うが、彼女の中で優先すべきはペッパーより僕であることは分かり切っていた。

 

「でもね。長生きをすると、何かを得るのが億劫になるの。失うものが増えるだけ。今日のことも気の迷いかもしれないし」

 

「それはまた……ありがたい金言どうも。ちなみに歳はお幾つで?」

 

「むぅ。教えないもん」

 

「そりゃ失敬、年長者は敬わないとな」

 

 最初は頭のネジが外れているだけだと思っていた。

 倫理観とか道徳とか、そんなものをかなぐり捨てて、気儘に振舞っているだけだと僕は勘違いしていた。

 だが彼女の本質は()()()()()()だ。

 人類みな平等などと宣う博愛主義へと唾を吐いて、命に貴賤を設けながら取捨選択をする傲慢さ。

 人間的な、あまりに人間的な在り方じゃないか。

 

「君は普通だな」

 

「それって褒めてる?」

 

「受け取り方次第だ。珍しく困り顔してる自称長生きのヤンチャガールがいたからな。人生経験豊富な若造がアドバイスをしてやっただけさ」

 

 思い悩む、なんてらしくないだろうが。

 正直に僕の胸の内を明かせば、彼女がペッパーを見殺しにした……或いはしようとしていたとしても、彼女を恨むつもりは一切なかった。

 過ちも、無力も、贖いも僕だけのモノだ。

 押し付けてしまえば、トニー・スタークの過去に残るのは空虚な傀儡としての人生だけ。

 仮に今日、オバディアに敗北して全てを失ったのなら、僕の人生が路肩の石のように無価値になる。そこにマルグリットの責はない。

 

「自称じゃないってば。……だけど、私自身も不思議なの。ずっと自分のことが一番だったのに。トニーもローディもペッパーもコールソンも。みんなに死んで欲しくないと思ってる」

 

「こんな時に道徳の授業でもしてほしいのか? それが普通なんだよ。自分がしたいからする。僕はペッパーを助けたいから、オバディアを止めたいから戦った。ホラ、自分本位じゃないか」

 

「……トニーはアテにならないよ」

 

「相変わらず口の減らない……僕のことはいい。君はどうなんだ? 何を渇望(のぞ)んで、今ここにいる? 何かを求めているから、アフガンでの僕と同じように、ペッパーを助けたんじゃないのか?」

 

 その時の、怯えたようなマルグリットの表情を忘れることはないだろう。

 アフガンで助けられてからずっと、彼女の目的や願望と言うのが未だに判然としていないから、僕からすれば何気ない質問でしかなかった。

 しかし今、ただでさえ色素の薄い肌の血色を失いながら、茫然と目を見開く尋常ではない姿に彼女の本性が垣間見えた気がする。

 

「私の、のぞみ……?」

 

 反芻する声は嗚咽のように籠っていた。

 普段の軽口を叩く様子から想像できないほど、僕の眼前にいるのは見た目相応の矮小な少女でしかなかった。

 

「……すまん。こっちも病み上がりで気がきかなかった」

 

「ううん……寧ろ感謝してる。ほんの少しだけね」

 

 震える声音で懸命にいつもの口調を保ちながら、意を決した表情をして彼女は言葉を紡ぐ。

 

「私の渇望(のぞみ)は────」

 

「『永遠で在れ』だろう? 時を超越した我等の(あるじ)が、その願いを叶えてやろう」

 

 次の瞬間、世界がガラスのようにひび割れて、マルグリットの胸に鮮血の華が咲いた。

*1
トニーが脱出に使ったスーツ

*2
7話


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