アナタは誰よりも美しい 作:ちっちっち〜
「つまりアグネスは悪い魔女で、私の魂が欲しかったの? そんな────」
「まさか、と思いますか? 人々はマインドコントロールされ、貴女は処刑されかけたというのに」
「私は
「ええ、確かに貴女はイカれてますね。あまりにも純度の高
そう言って、私を助けてくれた女性はお茶を啜ってから一呼吸置く。
私はというと、相変わらずギロチンに固定されたまま大人しく話を聞いていた。お尻が突き出る姿勢だからちょっと恥ずかしいんだけど……。
「あのー、魂とか魔術だとかちょっと現実味が無いというか」
「そうでしょうか。私からすれば貴女の存在こそ非現実的ですが」
「それよりも
「ああ、そうでした」
女性が手刀で虚空を断ち切る手ぶりをすると、ブチンという嫌な音が聞こえてきた。
音の発生源は固定された私の頭の上、つまるところギロチンである。そして何かが断ち切れたかのような音がすると同時に、周囲の人々からも悲鳴が沸き立った。
「ではマルグリット、良い夢を」
無慈悲に告げる女性の言葉を皮切りに、私の意識と生首は、数多の鮮血で錆びたギロチンの刃に斬り落とされた。
◆◇◆
ここからが正念場だと、エンシェント・ワンは鮮血が飛び散る惨状に目を細めた。
「皆さん、血に触れないように。気分が悪い者は退出して結構。スリング・リングは使わずそのまま外に出なさい」
周囲で色めき立つ弟子たちへ冷静に指示を出す。彼らに意識を
ギロチンの刃は確かにマルグリットの首を断ち切った。だというのに、彼女の生首は一向に胴体から切り離される様子が無い。確かに首を引き裂いて、鮮血が周囲に撒き散らされたというのにだ。
(
アグネスと名乗っていた魔女はマルグリットの本質を見誤っている。純度が高いだけの魂ではなく、マルグリットは奇跡そのものだ。
人の身という枷に閉じ込められてなお、その魂は光輝を放って止むことはない。中途半端に道を外れてしまっただけの魔女では、その美しさに目を焼かれてしまうだけ。
『
「どうです? いい夢は見れましたか?」
「……うーん。寝覚めは最悪だったかな」
ギロチンの刃はどう見ても首へと達しているというのに、ケロッと何ともないような表情をしてマルグリットは暢気に返した。
ホラー染みた光景に踵を返す者もいれば、化け物を見るかのように警戒する者もいた。
「では改めて問います。非現実的なのは私と貴女どちらでしょう?」
「でも私だって今まで死ぬかもって思ってたんだよ? ちょっと強引過ぎない?」
「こうでもしないと自覚しなかったでしょうに」
「確かにそうだけど……よいしょっと」
すると飛散した鮮血も、役目を終えたギロチンも。映像が逆再生されたかのようにマルグリットの首へと吸い込まれていった。
固定された頭が解放されてよろめきながら立ち上がると、綺麗な金髪に隠された首元が露になる。そこには断頭の傷痕が生々しく残されていた。
「ではついてきてください」
「えっ? スルー?」
「貴女の宇宙に取り込んだことですか? それとも貴女がイカれてることですか?」
「その両方。しかもこの傷! 私だってかさぶたが出来てるみたいで違和感あるのに!」
「ならばスルーします。貴女を此処へ連れてきたことに一切関係がありませんから」
首を断たれて吹っ切れたのか分からないが、マルグリットは口を尖らせながらもエンシェント・ワンを追う。
行き着いた場所は屋外の修練場だった。
困惑するマルグリットを
「では始めましょうか」
「あの~……その前に質問してもいいですか?」
「手短に」
「そもそも此処は? 貴女はどちらさん? そしてその魔法陣みたいなのは何ですか?」
「ここはカマータージ、私はエンシェント・ワン、そしてこれは魔術です」
「もうっ、そうじゃなくて! どうして私はここに連れてこられたの!?」
「質問は以上ですか?」
「いや他にもいっぱい────」
「貴女を招待したのは来る日の為。今がその因果の……始まりです!」
エルドリッチ・ライトで扇子を生成し、エンシェント・ワンはマルグリットへと突貫する。
慌てて避けたものの、マルグリットは尻もちをついて後ずさることしか出来なかった。
「ちょ、ちょっとタイム!」
「命のやり取りで待ってくれる者がいるとでも? それともセイレムの魔女にしてやられたように、終わりを座して待つのですか?」
「だって私には何もないもの!
尻すぼみになっていくマルグリットに、エンシェント・ワンは扇子を突き付けた。
チラチラと光るエルドリッチ・ライトの残滓が、鼻先に触れる距離まで近づいている。綺麗な光だと思う反面、エンシェント・ワンの読み取れない表情に、マルグリットは得体のしれない恐怖を抱いた。
「つい先ほどやってのけたでしょう。ギロチンは何処へ?」
「わ、私の中だよ。『黄昏の浜辺』に」
「……では今の貴女はどうして生きながらえているのですか?」
「それは……私を『私』で上書きしたから?」
「そう、その通り。我々魔術師が
エンシェント・ワンは再び距離を取ってから扇子を構える。
今の話を聞いても、マルグリットは全く理解が及ばなかった。多元宇宙? この宇宙における特異点? 聞き覚えのない単語の羅列で頭がパンクしそうになる。
でも一つだけ、もしかしたらと思うこともあった。現実で迎えた死を、無意識ながら浜辺にいる『私』で上書きすることが出来た。エンシェント・ワンと名乗る女性が多元宇宙からパワーを引き出しているなら、『黄昏の浜辺』とリンクしている私であれば……マルグリットはハッとして前を向いた。
「これが最後です。貴女の武器を取り出しなさい」
その言葉を皮切りに、エンシェント・ワンは扇子を投擲した。
マルグリットは思考する。走馬灯のように緩やかな時間の中で、一番に思いついたのはギロチンだ。そして思考の海へ潜れば潜るほど血のリフレインが頭に響く。
ならばと、マルグリットは腕を掲げた。非現実的と言われた『黄昏の浜辺』からパワーを引き出せるのなら、武器として思い描くのは
「やあっ!」
「……お見事」
黒ずんだ右腕からショーテルのような刃を創り出し、マルグリットは迫りくる扇子を打ち払った。
弾かれた扇子からエルドリッチ・ライトが飛び散る。エンシェント・ワンは打ち返された扇子を事も無げにキャッチすると、敵意を霧散させて扇子を収めた。
「それが
「私の宇宙から? さっきのギロチンで死ななかったのも?」
「ええ。甚だ不条理ですが、言葉の通り貴女の宇宙から。我々は能動的に
扇子を消し、エンシェント・ワンは静謐な瞳でマルグリットを捉えた。
マルグリットは想起する。アガサ・ハークネスなる人物こそ、かつてアグネスと名乗っていた魔女であることは明白だった。
しかし不思議な点も多々ある。エンシェント・ワンの言葉が本当だったとして、不死身である自分を魔女がどうこうできるものなのだろうか。
そんなマルグリットの疑問などお見通しと言わんばかりに、エンシェント・ワンは冷酷に告げる。
「でも私の宇宙の『私』で上書きできるなら、魔女さんが出来ることなんてあるのかな?」
「……未来視するまでもない陳腐な質問で拍子抜けしました。貴女自身が宇宙だとして、この宇宙に干渉することなど不可能です。この宇宙にはこの宇宙の法則・摂理があります。貴女が改変できるのは貴女自身のみ。不老不死など監禁されればそれまででしょう」
「た、確かに……でもこの力があれば────」
そう
言葉を失って呆然とするマルグリットに、エンシェント・ワンは扇子を優雅に
「私の扇子ごときで砕ける力で宜しいのでしたら、このまま先の処刑台へと帰して差し上げますが?」
「……助けてください」
パチン。
扇子の閉じる音が、マルグリットの胸中を代弁して空虚に響き渡った。