アナタは誰よりも美しい   作:Я i И

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3話

 あれから色々……というほど何かがあったわけでもなく。

 私なんて所詮は田舎娘、行方不明になったところで18世紀の世界で騒がれることはない。だからスムーズにお師匠様の下で修業をすることができた。

 肉親とはもう会えない。私と魔女の確執にお師匠様は干渉する気がないとのこと。

 私は薄情者だ。良心の呵責はあれど、家族としての情がどうしても湧かないから、魔女と戦う気概があるはずもなかった。

 つまり、今の私は完全にニートと化している。職もない。教養もない。あるのはギロチンだけ。ないないづくしのダメ人間である。

 

「やった……! これが自由なんだ!」

 

「何をおバカなことを言ってるんですか。さっさと水汲みに行ってきなさい」

 

 ……とまあ、都合よく世界が廻るわけでもなく。

 新米魔術師見習いの私は、カマータージで必死に下積みをしなければならなかった。

 

「無理ぃ……重いぃ……」

 

 水の入った天秤棒*1を担いで水汲み。魔術書が蔵書された図書館の整理。果てにはカマータージの掃除などなど。魔術の修業とは建前で、実際的にはただのアルバイトみたいなものばかり。

 一度だけズルをして特異点の力*2とやらを使おうとしたけど、案の定というべきか、お師匠様に釘を刺されてしまったのは苦い記憶だ。

 

「この宇宙が誕生する前には6つの特異点がありました」

 

「特異点? てっきり何も無い世界かなって思ってたけど」

 

「私も全容を把握はしていませんが、6つの特異点があったのは確かです。そして貴女の宇宙も同様に、6つの特異点に匹敵する力が秘められています。迂闊に扱えばどうなるかは想像に難くないでしょう」

 

「は、はい……」

 

 脅しのようで、客観的に考えれば筋が通った正論だから反論できない。

 我ながら宇宙規模に影響が及ぶパワーを持ってるなんて恐ろしくなってしまう。

 なにせ一歩踏み間違えれば私もろとも宇宙はドカン。多少どころかかなりスパルタでも、お師匠様から課せられたノルマをこなすしか道はなかった。

 そんなこんなで18世紀の洗礼を受けながら、やっとの思いで魔術の鍛錬に挑めるようになった時のこと。

 現実はどこまでも残酷だった。

 

「頭に思い浮かべるのです。そして流れに身を任せなさい。不条理を理解する必要はありません。斯く在るものとして受け入れるのです。さすれば自ずと……」

 

「えっ? あ、あれっ?」

 

「自ずと……」

 

「えいやっ。あれれ?」

 

「……マルグリット、貴女は才能が有りませんね」

 

「ふぁっ!?」

 

 衝撃の事実に奇声をあげてしまった私は悪くないはず。

 普段は厳しいお師匠様も、この時ばかりは憐みを浮かべていた。

 より一層胸に突き刺さるんですけど……えっ、いつもの真顔ジョークじゃなくて本当に?

 そんな私の胸中をいつもの如く見透かして、お師匠様は言う。

 

「必然だったのでしょう。貴女がアクセスできるのは自身の宇宙のみ。我々のように多元宇宙からパワーを引き出すのとはわけが違います」

 

「でもホラ、チリチリ~って光は出てるよ!」

 

 見苦しくスリング・リングを指に嵌めて円を描くと、虚空にエルドリッチ・ライトの光が弾ける────線香花火よりも小さい火花だけど。

 うぅ……お師匠様の優しい視線が辛い。でもでも、魔術の『ま』の字までは掴めたのは事実だ。修行をしていけばきっと使えるようになるはず!

 そんな甘い考えをしていたのも束の間、お師匠様の言葉に私は身を凍らせてしまった。

 

「ええ。このまま修練を重ねれば、いつかは使い物になるでしょう」

 

「でしょでしょ!」

 

「もっとも、私の見込みでは100年といったところでしょうか」

 

「そうそう後100年修行すれ……ば……ひゃ、ひゃく!?」

 

 100年。まだ10年とちょっとしか生きてない私には途方もない年月だった。

 一つの魔術を覚えるのに100年も掛かるなんて才能が無いどころの話じゃない。

 空間移動が出来るゲートは魔術師の初歩の初歩。そんなレベルの魔術に100年以上の年月が必要とは私でも眩暈がする。

 仮に100年を懸けて修練に臨んだとして、お師匠様がお亡くなりになられたら師事する人がいなくなってしまう。どのみち無理無理カタツムリである。

 

「な、なら100年後には自衛くらい出来るようになるよね!?」

 

「それも怪しいですね。良くてマスターと組み手が出来るレベルにはなるでしょうが……宇宙の脅威へと立ち向かうには力不足です。少し趣向を変えるとしましょう」

 

 私の焦りに対し、お師匠様は酷薄なまでにきっぱりと断言した。

 嗚呼マルグリット、貴女には雀の涙ほども才能が無いなんて────そんな悲劇面した軽口さえ浮かばないほど私の頭は焦燥に満ちている。

 この世界に魔術があるのなら、きっと他にも恐ろしい出来事や能力は山ほどあるはずだ。もしかしたら創作の世界なのかもしれない。けれど私の記憶に、お師匠様のような人物が登場する作品なんて存在しなかった。

 だから焦りが募ってソワソワしてしまう。そんな私を見て、お師匠様はゲートを開くとその中に私を招き入れた。

 

「着いてきてください。ああ、靴はそのままで構いません」

 

「ここは?」

 

「ミラー次元(ディメンション)。私達が生きる現実世界の裏側とでも認識していただいて結構です。ここで起きた出来事は現実にいかなる影響も及ぼしません。修行するには最適の場所です」

 

 現実世界にそっくりで、鏡写しのような世界に私はいた。

 ミラー・ディメンションと呼ばれるこの場所は、恐ろしいほど空虚が横溢している。

 少し、身震いしてしまった。現実世界とは違う、魔術とも違う。

 何か強大で恐ろしい力の奔流が、この世界の淵源に存在しているような気がする。

 震える私を見て、お師匠様は目ざとく私の胸中を言い当てた。

 

「その直感は正しい。この次元は暗黒エネルギー、すなわち暗黒次元が由来となっています」

 

「暗黒次元? 聞くからに物騒だけど」

 

「物騒極まりないですとも。暗黒次元の王ドルマムゥこそ我々魔術師の宿敵です」

 

「えぇ……そんな宿敵の力を利用して大丈夫なの?」

 

「ミラー次元そのものは問題ありません。次元は次元、ただ在るものに過ぎないのですから。しかしドルマムゥの手の者とたちと戦うのであれば、被害を抑えるためとはいえ不利であることは否めませんね」

 

 そんなことを言いながら、お師匠様はエルドリッチ・ライトで扇子を形成した。

 私も反射的にギロチンの刃を展開して、お師匠様と対峙する。

 張り詰めた空気。軋む空間。お師匠様がレリックを取り出すと、いつもスパルタ教育でしごかれる。

 私の反応速度は何とか及第点だったようで、お師匠様から扇子が投擲されることはなかった。ちょこっとだけ安堵した私がいる。

 

「今日より毎日、貴女に実戦形式で稽古をつけます」

 

「ま、毎日……」

 

「なにか不服でも?」

 

「そ、そんなことないですはい。あっ、でも水汲みと薪割りはどうすれば────」

 

「しなくてよろしい。当然、魔術の修業もしなくて結構」

 

「なぜに!?」

 

「貴女の才能があまりに枯渇しているからです。無駄に時間を費やすくらいなら、能力の制御を当面の目標とすべきでしょう」

 

 ぐうの音も出ない。『至高の魔術師(ソーサラー・スプリーム)』なんて言われるお師匠様ですら投げ出すって、私の才能はどれだけ悲惨なのだろうか。

 泰然と構えるお師匠様は、有無を言わさない鋭い眼光で私を見据えている。憧れだった空間移動も100年後までお預けなのだろう。

 かの永劫破壊(エイヴィヒカイト)*3も存在しないから、どう足掻いてもお師匠様を頼る以外に道はない。あったらあったで大惨事だったけど。

 

「まずはその刃を鍛えることから始めます。破壊されたら1秒以内に再生するように」

 

「ちょっと待っ────」

 

 こうして、お師匠様直々に修業をしてもらうこと百年以上。

 私のギロチンがお師匠様の扇子とまともに打ち合えるようになるまで、ゲートを習得する百年よりも時間が掛ったのは言うまでもない。

 けれどお師匠様の言葉通り、自衛に最低限必要な能力はある程度制御が出来るようになったのも事実。

 私の宇宙に秘められた特異点の力とやらも、おおよそ把握することが出来た。

 六つの特異点はビッグバンの際に物質化したことでインフィニティ・ストーンと呼ばれているらしい。私の宇宙にも似たような力があるとのこと。

 リアリティ・ストーンはギロチンを不壊とし、パワー・ストーンは身体強化、マインド・ストーンで精神攻撃に対して耐性を獲得、タイム・ストーンは認識する体感速度を操作できるから、身体強化と合わせて超人と言えるくらいには強くなれたと思う。

 お師匠様が言っていたように、私自身に作用する効果だけが発揮されているみたい。だから現実改変だったり、パワーそのものを放出したり、相手をマインドコントロールしたり、タイム・ストーンで自由自在に過去改変や未来視が出来たりはしなかった。

 まあ私の宇宙はビッグバンなんて起きてないから物質化はしていない。一長一短だけど、奪われる心配が無いことだけは都合が良かった。

 

(お師匠様クラスなら幾らでも奪いようがあるらしいけど……そんなポンポンと居てたまるもんですか!)

 

 私のようなリスクも抱えずに不老を会得しているお師匠様クラスの魔術師が、これからポンポンと登場するかもしれないと私はビクビク怯えながら過ごしていた。

 そうして時が流れて20世紀後半、ここ百数十年もの間に何度か特異点に似たパワーを感じながらも、私が介入することにお師匠様は待ったをかけ続けていた。

 転機が訪れたのは20世紀を約10年くらい超えてから。

 ようやくゲートを成功させた私に更なる悲劇が降りかかる。

 

「ようやくゲートウェイを開くことが出来ましたね。これ以上、私が教えることはありません。教えるつもりもありませんが」

 

「辛辣すぎる……」

 

「さすがの私も100年近く付きっきりは初めての経験です。それも一番に出来の悪い弟子を」

 

「出来が悪い!? ……いつもの冗談か~、ちょっとパンチが足りないかも」

 

「いたって真面目ですが? ……まあいいでしょう。ともかく、貴女にサンクタムを任せることが出来ない以上、魔術師として扱うことはできません」

 

「つまり?」

 

「────破門です。今日限りで貴女は魔術師でも、私の弟子でもなく、ただのマルグリットとして生きていかなければなりません」

 

 唐突に破門を言いつけられた私は、スリング・リングを餞別代わりに受け取って、ニューヨークの街中で茫然と佇むことしか出来なかった。

 A.D.2009────迷子のマルグリットちゃん物語は振り出しに戻ったのでした。まる。

*1
自作したけどスルーされた

*2
パワーストーン

*3
魂を糧に聖遺物を扱ったりするなんかすごい魔術




原作前終

スペース・ストーンもどき⇒無用の長物(干渉できないため)

マインド・ストーンもどき⇒精神安定剤

リアリティー・ストーンもどき⇒セーブ&ロード不老不死、カチコチギロチン

パワー・ストーンもどき⇒パワー系マリィ「南無三ぷぁわーああああああ!」

タイム・ストーンもどき⇒「ふざけるな! ふざけるなぁ! 馬鹿野郎ォォォ!」のアレ

ソウル・ストーンもどき?⇒【閲覧不可】

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