アナタは誰よりも美しい   作:Я i И

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8話

 ナイーブ・トニーを経て、社長は何か考えがあるのか、私をチャリティーイベントに連れて行ってくれた。

 アウディとは中々にセンスがいい。というより、スーツを開発するにあたって数台オシャカにしたみたいで、たまたま出入り口に近いアウディを選んだだけだったりする。

 パーティドレスだって3着までとか何とか言っていたけど、迷っている私にしびれを切らして、勧められた複数のコーデを全て買い漁るという富豪っぷり。好いてもない女の買い物は長くて待っていられないとは本人談。

 見繕ってくれたドレスに感嘆する間もなく、急かされた私は、10を超えるドレスのうち3着しか試着することが出来なかった。せっかく買ったのにもったいない。

 パーティ会場へ遥々やって来ても、お披露目するのはたった一着だけ。派手好きな社長にしては無難なチョイスのドレスだけど……うん、自画自賛できるくらいには似合っている。社長と一緒に車から登場したのも相まって、衆目を浴びるのは悪い気がしなかった。

 レッドカーペットの上を堂々歩く社長の後を追う。

 道中、数々の美人さんが社長に声を掛けていたけど、鰾膠も無く袖にされていた。

 唯一、社長自らちょっかいを出したのは、社長に負けず劣らず女を侍らせたサングラスのご老人。社長基準では彼も色男らしい。*1

 

「武器製造はスターク・インダストリーズの事業のほんの一部です。我が社と消防隊やレスキュー隊との協力関係は……」

 

「その通り。今日は新事業の応援団長も連れてきた」

 

 インタビューを受けていた叔父を遮り、社長は流れるようにインタビュアーとの間に割り込んだ。

 仰々しく紹介された私といえば、取り囲むカメラに次々とフラッシュを焚かれている。

 隣の社長は剣呑な空気。ここで気が利くマリィちゃんは、お茶目にピースサインで時間をやり過ごす。私ながら実にクレバーだよね。

 

「……決算が楽しみだ」

 

「主催者なのに呼ばれてないからね。ん?」

 

「はっはっは。なんだトニー……来たのか、驚いたよ」

 

「来てやったさ。我らが女神さまと一緒にな」

 

「女神さま?」

 

「後ろのちんまいお嬢さんだ」

 

 声を潜める社長とオバディア。何やら不穏な雰囲気だった。

 けれど私には関係ない。催促されたカメラの数々へ転々と体の向きを変えて、フラッシュに焚かれることに大忙し。随分と簡単なお仕事で拍子抜けだった。

 すると私のお仕事にやっと気づいた社長が、強引に腕を引っ張った。

 

「おい何してる」

 

「えっと、お仕事?」

 

「そんな間抜けな仕事があるか。いいから来い、でなきゃ夕食は賞味期限切れのインスタント麺だ」

 

 怪訝そうにしていたオバディアですらマジかコイツ……みたいな顔をしているけど、何も説明されていない私は悪くないはず。

 ズカズカと待ってくれることなくコンサートホールへと入っていく社長を追い、私も()()()()()()()足早に階段を昇る。ちょっとスースーするから慣れない。

 その最中、社長の背中を見据えるオバディアの視線が鋭くなった気がしたけど……考える暇はなかった。

 

「ルールその1、魔術は禁止だ。今日はマジックショーをしに来たわけじゃない」

 

「うん。でもあそこでマジシャンがマジックしてるけど────」

 

「言わなきゃダメか?」

 

「あっはい分かりました……その2は?」

 

「その2は空を飛ぶの禁止。ご老体もそこそこ来てるからな。びっくりさせちゃあいけない」

 

「うん分かったよ。まだある?」

 

「最後はそうだな……ルールじゃないが、大人の女性というのを学ぶといい。ほら、あの美人さんが見本になるだろ?」

 

 社長が指したのは、背中を大胆に露出したドレスの女性だった。

 むむむ。確かに美人さんだけど私だって……。

 

「不服そうだな。なに、相手が相手だ。我が助手以上の女性を探す方が難しい」

 

()()()より上の男性を見つけるよりも?」

 

「そりゃもちろん」

 

 まさかの即答である。流石の私も、スコッチの入ったグラスを傾ける社長に驚いてしまった。

 これはだいぶ重症だ。乙女の勘がそう告げている。完全にベタ惚れで口論するだけ無駄だった。

 

「社長ってば贔屓しすぎだよ。マスター、とりスパロゼでお願い。無いならとりシャン。うん、まだ何も食べてないから軽めの────」

 

「おいおいおい。ティーンエイジャーが何をカッコつけてる。マスター無視してくれ、オレンジジュースだ」

 

「え~……食前酒(アペリティフ)にオレンジはちょっと重いよ。せめてカシオレじゃないかな」

 

「阿呆言うな。ノンアルコールに決まってるだろ」

 

 さり気無く注文すれば通るかなと思ったけど、惚気ていた社長は目ざとかった。

 まあ私は大人だから文句は言わないけどね。

 渡されたオレンジジュースを口に含み、ジトーっと社長を睨んでみるけど、当の本人は助手さんとやらに釘付けだ。私のことを言う割に思春期のプレイボーイは盲目みたい。

 道行く人も、社長に声を掛けようにも目が合わないから諦めて通り過ぎていく。

 そんな中で、見覚えのある男性が私達へと近づいてきた。うーんどこかで見た覚えがあるんだけど……。

 

「スタークさん。コールソンです」

 

「ああ……あーなんだっけ、あのお役所」

 

「戦略国土調停補強配備局です」

 

「そうそう、その名前。変えたらどうだ? 君もそう思うだろ?」

 

「あっ! 移送命令の人!」

 

 耳に残るこの平坦な声音。間違いない、ローディと揉めていた戦略国土調停……云々から移送命令で私を捕まえに来た人だ。

 私の呟きにコールソンと名乗った男性はその通りと頷いた。その横で、社長は私とコールソンへと視線を行ったり来たり。状況を上手く理解できていない様子。

 

「なんだ知り合いか?」

 

「おや。ローズ中佐からなにも聞かされていないと?」

 

「あー……ちょっとな」

 

「離婚調停中だよ。些細なすれ違いって言うのかな」

 

「それは……お気の毒に」

 

「待てよ誤解するな。それとマリィ、ルールその3を言い忘れていた。つまらない冗談は禁止」

 

「はーい」

 

 やり返した気分だ。余計なことを言うなと目で訴える社長から逃げて、私は夕食をたかりにいった。

 流石は天下のトニー・スターク。チャリティーを謳ったイベントだけど、集まっているのは著名人ばかり。料理やお酒はどれも一流で、選んでいる時すら楽しくなってくる。当然、オレンジジュースだって濃縮還元じゃなくて果汁100%である。

 そうしてディナーを堪能していると、社長とコールソンは握手をして別れてしまった。

 というより、社長が強引に打ち切ったみたい。助手さんとやらに近づいたかと思えば、ダンスを始めてしまう。これにはポーカーフェイスのコールソンも、呆れの色が滲んでいた。

 

「もういいの?」

 

「……君こそ、私たちの下へ来てくれる気になったのかい?」

 

「社長よりも待遇がいいなら」

 

「世の就活生に聞かせてやりたいな。スターク社より上を求めるのか」

 

「新入社員だもん。待遇は特別良くはないかな」

 

 ローディと移送命令の件で揉めた時ほど、強引な勧誘はしてこない。

 私の冗談に肩を竦めたコールソンは、内ポケットから一枚の写真を取り出した。

 映っていたのは、アフガンの砂漠で社長をお姫様抱っこしている私の衛星写真。かなり鮮明で現代の技術にしては突出している。

 戦略国土調停補強……ナントカが、私や社長に接触したのはこういうことだったのだ。なら、ゲートや空を飛んでいたことも既に知っていたのかもしれない。

 

「君とスターク氏が接触したのはこれが初めてか?」

 

「実はそうなの。ちょっと家出してて、社長のお家に居候してるんだ」

 

「……君の戸籍は世界196カ国どこにも存在しなかった。我々としても、例の奇妙な力を含めて君を野放しには出来ない」

 

「気持ちは分かるけど……会社に黙ってお休み出来ないよ。だからごめんなさい」

 

 と、建前にもならない言い訳をしながら頭を下げる。

 毒にも薬にもならない謝罪に、コールソンは苦笑いしか出来ないようだった。

 

「移送命令はもう無くなってね。今日は君の会社の社長さんに用事があっただけだ」

 

「そうだったんだ。……ん? 社長に?」

 

「その写真をスターク氏に渡してくれ。では」

 

 拍子抜けと言ってもいいほど、あっさりとコールソンは引き下がった。

 取り残された私は、去っていくコールソンを茫然と見送ることしか出来ない。

 この写真を私に委ねた理由は、どこにいても監視していると言いたいからなのだと思う。

 きっとコールソンのお役所は私に嫌疑を抱いているのかもしれないけど……或いは()()()()()()()()のか。

 現状の手札では判断しかねて写真と睨めっこしていると、バーのブースから社長が慌てたようにやって来る。その手には、私と同様に写真を握りしめていた。

 

「社長、どうしたの?」

 

「なんでもない。会社のこれからについて討論会を開くんだ。新人くんはパーティーを楽しんでくれ。福利厚生ってことにしておこうな」

 

()()()()()を見せながら?」

 

 私の言葉を聞いて、社長は握っていた写真を咄嗟にポケットへとしまい込んだ。

 けれど遅い。私はううんと首を振る。

 コールソンから渡された写真を『黄昏の浜辺』に隠し、わざとらしく私は口を開いた。

 

「叔父さんの所へ行くんでしょ? せっかくだし、新事業についても話した方がいいと思うな。私も自分のお仕事について何も聞かされてないもの」

 

「ダメだ。今は()()()()()()()()()。新事業はペッパー……あー、秘書から聞いてくれ」

 

「発案は社長でしょ? どうしてそんな急に────」

 

「やることがある。今日だけじゃない。事と次第によっては()()()()()()()な」

 

 そう言い捨てると、社長は雑然とした人ごみをかき分けて、オバディアのいるホールの外へと出て行ってしまう。

 やっぱり、写真を渡さないで正解だった。ユーモラス・トニーに戻ったかと思えば、またすぐにシリアスモードへと突入してしまう社長は、不幸の星の下に生まれてきたのかもしれない。

 

(はあ……どうして私は)

 

 私自身、社長を慮った理由を自覚できていなかった。

 胸の中で渦巻く得体のしれない感情が、いつまで経っても社長を捨て置くことを許さない。

 ここまで他人に入れ込んだのは初めてだった。生き急ぐ社長を見ると、どうしても離れてはならないと思ってしまう。

 トニー・スタークという世界から浮いた存在に、自己投影でもしているのだろうか。

 だからこれ以上の心労を増やすまいと、コールソンからの写真に気づかれる前に、私の宇宙へとしまい込んでしまった。

 けれどいつかはバレる。数日後か、もしかしたら何年後か。この宇宙のタイム・ストーンが無いから未来視は出来ないけれど、きっとこのままだと関係がこじれるのは目に見えていた。

 かといって、社長を追いかけることも出来ない。家族との軋轢に介入するのは無粋が過ぎる。

 なら、一番に頼れそうな人の力を借りるしかない。

 

「貴女がトニーの言っていた新人さんね?」

 

 社長に置いていかれた者同士。

 どことなくシンパシーを感じる秘書さんに、私は社長の救出劇から今日に至るまでの出来事を、魔術は控えて詳細に説明してあげた。

 そして数日後。

 グルミラ*2で武装勢力*3が排除され、米軍謹製のF-22が訓練中に墜落する事故が起こった。

 

*1
スタン・リー

*2
アフガンの小さい村。インセンの故郷。

*3
自称テン・リングス


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