「……え、ソフィアの足が、折れた!?」
「声が大きい!」
控室で思わず大声を出したギャロップダイナをたしなめるようにサブトレーナーは言う。彼は正式にギャロップダイナの担当というわけではない。あくまでチームトレーナーの補佐として、今日付き添いに来ているだけだ。
ギャロップダイナは専属トレーナーを持たないウマ娘だ。特に重賞を勝った経験も無く、チームの中ではそれほど期待される存在ではない。口さがない人々からは「モブウマ娘」と陰口を叩かれる事もある。そんなギャロップダイナの所属する「チーム・アンタレス」のエースがシャダイソフィアだ。昨年の桜花賞を勝ち、ティアラ路線を同じチーム所属のダイナカールと分け合っていた。今年は不調続きだったが徐々に復調してきて、今日もチームトレーナーと一緒に京都のレースに出ている筈だったのに!
「すぐにソフィアの所へ……!」
「無理な事言うな、これから天皇賞なんだぞ!?」
そう、天皇賞。トゥインクル・シリーズでもっとも権威ある「秋の盾」を巡る重賞、天皇賞(秋)。ギャロップダイナは何の因果か、その天皇賞に出走する事になっていた。
時は少し遡る。
「はぁ、アタシが天皇賞に!?」
ギャロップダイナは素っ頓狂な声をあげた。無理も無い、なにせGⅠレースどころか重賞すら勝った事が無い自分に、しかも最近はダートでしか勝っていないウマ娘に、何で天皇賞なんていう大舞台への出走が認められるのか。
しかしそんなギャロップダイナの疑問を無視してチームトレーナーは続ける。
「そうだ。我がチーム・アンタレスからはギャロップダイナ、お前が天皇賞へ出走するんだ」
「いや、何でアタシがそんな大それたレースに……」
「そりゃお前、みんな回避しまくってるからだよ」
「……あぁ、皇帝が出るんだっけ」
皇帝シンボリルドルフ、天皇賞(秋)より復帰。この報を聞いた各チームのトレーナーは、主力ウマ娘達を次々と天皇賞から回避させた。わざわざ負ける戦いに参加する事はない、皇帝の引き立て役に大事なウマ娘を使えない……なんとも情けない話だが、現実的な判断と言えるだろう。
「お前も結構走ってるんだし、そろそろGⅠレース経験しても良い頃だろ。勝ち負けなんて言わないから、思いっきり走ってこい」
「なるほどね、まぁ皇帝サマ相手だったら負けてもしょうがない、って言えるだろうし」
お気楽に言うトレーナーに、お気楽に返すギャロップダイナ。そんな二人に冷や水を浴びせるように隣にいたシャダイソフィアが口を挟む。
「二人とも、レースに出る以上は真剣になりなさい」
トレーナーとギャロップダイナは二人して首を竦めてはーい、と返事をする。二人とも、シャダイソフィアには頭が上がらないのだ。
「ソフィアは出ないのか?」
「私はスワンステークスに出走するから。京都から貴女を応援してるわ」
「俺もソフィアと一緒に京都へ行くから、府中へはサブトレと一緒に行ってくれ」
「へいへい」
天皇賞は秋の大一番、GⅠレース。その天皇賞に出走するギャロップダイナを差し置いてシャダイソフィアについて行くあたり、期待されていないのが丸わかりだった。
かくしてギャロップダイナは天皇賞へ出走し、「皇帝」シンボリルドルフと対決する事になる。
しかし、パドックが終わり出走を控える時になって、突然悲報が飛び込んでくる。
シャダイソフィアが出走していたスワンステークスで転倒、複雑骨折したとの事だった。チームトレーナーはただちに京都の病院へソフィアとともに向かったと言う。
「とにかく、レースが終わってウイニングライブに出たら、すぐに京都に向かう。お前の分もチケット、用意しておくからな」
「あ、あぁ、頼むよ……」
サブトレーナーに言いながらも、ギャロップダイナの頭はソフィアの事で一杯だった。
(三女神様、お願いだからソフィアの事を守ってやってくれ。あいつはアタシと違って、たくさんの人の希望を背負ってるんだ……!)
しかし、ギャロップダイナの願いは叶えられる事は無かった。