地下バ道で俯くギャロップダイナは、鳴り出したスマホを急いで取り出して通話を起動した。
「ソフィア! ソフィア、無事か!? 足は平気なのか!?」
相手はシャダイソフィア、先ほどのレースで骨折したという親友だ。相手が喋り出す間もなくまくし立てるように質問をぶつける。
「あなたね、もうすぐ出走でしょ、大丈夫なの?」
「アタシの事なんてどうでも良いだろ! レース終わったらすぐ向かうから、ええと……」
「レースに集中しなさい。折角のGⅠなんだから、きちんと全力を尽くして」
「勝てるわけもないレースよりも、お前の足のほ」
「ギャロップダイナ!!!」
まるで雷鳴のような声に、思わず声を失う。周囲のウマ娘達も何事かと訝しげにこちらを見ていた。
「勝ちたいと思っても、私は出ていないから勝てない――いいえ、もうレースに出られるかも分からないのよ」
「ソフィア……」
「それでもあなたは出走するんだから、勝つチャンスはあるのよ」
「あなたは勝ちたいと思っていないの?」
通話が切れたスマホを誘導ウマ娘に手渡し、コースへと向かう。脳裏には、先ほどの声が木霊していた。
『あなたは勝ちたいと思ってないの?』
その言葉を聞くのは、二度目だった。
ミーティングが終わり、寮への帰り道。
ソフィアとギャロップダイナは三女神像の前を通りかかっていた。
「あーあ、勝負服なんて作ってもらえないし、モブ服着るのかぁ」
「共用勝負服、でしょ」
ため息を吐くギャロップダイナをソフィアが嗜める。
ウマ娘の勝負服は高価で、しかもレースに耐えうる素材を使いデザインも華美。とても費用がかかるシロモノだ。これを作ってもらうには、最低でも重賞、いわゆるGⅢ級で勝利するのが条件だった。ギャロップダイナはGⅠレースどころかGⅢも勝っていない(それどころかデビュー戦以外で勝ったのは全部ダートな)ウマ娘で、当然ながら専用の勝負服など望むべくもない。そういう記念出走のウマ娘の為に用意されるのが共用勝負服――いわゆる「モブ服」だった。こちらもそれなりに華美なもので、着るだけでも栄誉とされていたが、GⅠ級ウマ娘の華美で個性的な勝負服の横で走るのは、なかなか屈辱的とも言われていた。
「あの皇帝のジャラジャラした勝負服と一緒にモブ服で走るんだぜ」
「なら、皇帝に勝ってみせなさいよ。『皇帝がモブウマ娘に負けた』って大騒ぎになるわ」
「ソフィアでも冗談言うんだな」
ギャロップダイナは笑ったが、ソフィアは笑わなかった。
こういう所でソフィアは真面目すぎる。どんなレースにも手を抜かないし、その小柄な身体から出ているとは思えない威圧感でこちらにも真剣にレースに取り組むよう求めてくるのだ。ギャロップダイナは逃げるように三女神像の方へ向かった。
「えーっと、良いレースが出来ますように!」
適当にお願いを言ってからパンパンと手を合わせる。はて、三女神様へのお祈りはこんな感じで良いんだっけか?
「良いレースって……」
「ほら、ソフィアもなんかお願いしろよ」
ギャロップダイナに言われたソフィアは静かに手を合わせて言った。
「この足が折れるまで走り、勝ち続けられますように」
折れるなんて不吉だな、と思ったけどその時は何も言わなかった。ソフィアは相変わらず真面目だなぁ、と思っただけだ。自分はいつまで走り続けられるかなんて、アタシは考えた事も無かったから。
「あなたは勝ちたいと思ってないの?」
突然、ソフィアがこちらを見つめてくる。何か適当に返そうと思ったが、その真剣な瞳に、何も答えられなくなった。少しの間を置いて、ソフィアは寮へ向かった。慌てて追いかけるギャロップダイナ。
あぁ、アタシは、なんて答えれば良かったんだろう?