「よう、シケた顔してるな」
地下バ道出口付近で声を掛けてきた聞き覚えのあるウマ娘の声に、ギャロップダイナは顔を上げた。不敵な笑みを浮かべた鹿毛のウマ娘。その顔は、よく見知った親友のものだ。
「シリウスシンボリ……」
「なんだ、GⅠレースの前だってのに腑抜けた顔してんな」
「ちょっとね」
声を掛けてきたのはシリウスシンボリ。今年のダービーウマ娘だ。
かたや天下のダービーウマ娘、かたやパッとしないモブウマ娘。けれどもシリウスとギャロップダイナは、妙に仲が良い事で有名だった。よく練習を抜け出してはシリウスが面倒を見ている落ちこぼれ達と野良レースをしたり、みんなで買い食いしたりと、いわゆる「悪友」というやつだ。あまりシリウスと関わるなと生徒会に注意を受けた事もある。
「しっかりしろよ。私はアンタが皇帝サマをブッ飛ばすのを楽しみにしてるんだからな」
「シンボリルドルフに勝てたらそりゃ1着だろうな、私もGⅠウマ娘の仲間入りだ」
「優勝賞品は車だそうだぞ、アンタ免許持ってないけどどうするんだ?」
「そうだなぁ、トンカチでぶっ壊すか!」
ツボに入ったのかシリウスシンボリが大笑いする。釣られてギャロップダイナも笑った。ソフィアの事もあって張り詰めていた気分が、少しだけ楽になった気がした。
GⅠのファンファーレが響く。間もなく出走だ。
じゃあな、と言ってすれ違った時、シリウスがポツリと言った。
「ルドルフを負かしてくれよ」
シリウスシンボリは確かダービーまではルドルフと同じチーム・リギルに所属していた筈だ。けれど、今はリギルを離脱している……シリウスの離脱に際しては、学園中を巻き込む大騒動があったと噂になっていた。
ギャロップダイナは騒動に関する詳しい事は知らない、親友だからこそ聞けない事もある。けれども、ルドルフを負かしてくれというシリウスの声が、普段の彼女とは違うーーあまりにも悲壮に聞こえたのが気になった。
「ルドルフを負かしてくれよ」
「あなたは勝ちたいと思っていないの?」
出走直前になっても、2人の親友の言葉が耳にずっと残っている。
レースに出て走る以上、そりゃあ勝てたら嬉しい。けど……
(相手は皇帝なんだぜ、アタシごときのかなう相手かよ)
悶々とした気持ちを抱えたまま、ギャロップダイナはゲートへと入る。
秋の天皇賞、そのゲートが開かれた時だった。
(……え!?)
ギャロップダイナを含めた全員の視線が、ある1点に注がれる。
皇帝シンボリルドルフがスタートで躓き、出遅れた。