(((皇帝が、出遅れたッ!!!)))
皇帝の躓きと出遅れに、他のウマ娘達は一斉に色めき立った。重なる不運に付け込む形になるが、レースとは非情なものだ。皇帝との差を広げるべく、先行勢は一斉にハイペースを刻み始める。ルドルフの定位置は中団から先団にかけての好位。いわゆる「好位追走」と呼ばれる王道の位置だ。現在の位置は最後方、明らかに後ろ過ぎる。
(このまま行けば府中の長い直線、切れ味勝負! 後方のルドルフは追いつけない!)
(ペースを緩めるな、行け! 奴に付け入る隙を与えるな!)
(行ける!)
(行ける!!!)
まるで全員が示し合わせたかのようにペースが上がっていく。1ハロン12秒前後の高速で駆け抜けるウマ娘達。その中でルドルフは、静かに戦況を見極めていた。
(出遅れは予定外――最後の直線少し手前からロングスパート? いや……)
ルドルフは先行脚質と言われているが、実は後方からのレースも十分こなす事が出来た。ライバルであるミスターシービー程ではないが、追い込みも可能。しかし。
(――観衆が求めているのは、他のウマ娘をねじ伏せるような強いレース。なら!)
向こう正面、600m標識、ルドルフは加速を開始した。最後方から徐々に順位を上げる。7位から6位へ、そして5位、4位、3位……
「お、おい、いくらなんでも強引過ぎないか……?」
「まだ1000mも残ってるのに、あんなペースでもつのかよ!?」
「まさか、暴走!?」
観衆がざわつき始める。ルドルフのレースは、素人目にも強引過ぎた。遅れを取り戻すべく加速し、他のウマ娘達に比べて明らかにパワーを使っている。
ルドルフは半年ぶりのレースで、加減が分からず暴走しているのでは……そんな不安がレース場を支配し始める。
『さあ、1000mの標識を越えて、3コーナーから4コーナーへ向かう所、早くもシンボリルドルフが3番手まで上がって来ました!』
実況の声が興奮気味に響き渡る。
1000通過タイムは59秒、このまま行けば日本レコードが出るようなハイペース。その中でも強引に好位を取りに行くルドルフを見て、2人のウマ娘がルドルフに狙いを定めた。
(――その傲慢が命取りですわ、皇帝!)
(最後の直線、末脚勝負でお前に脚は残っていない!)
ウインザーノットとニホンピロウイナー。2人は上がっていくルドルフを追うように最終コーナーを走り抜ける。
『最終コーナーを回って直線コース、早くもルドルフが先頭に立った、先頭はルドルフ!!!』
府中の直線、長い長い500m。先頭で坂を駆けのぼる皇帝目掛けて、後続が殺到し始める。
「そろそろ胸の勲章も重くなって来たでしょう、ここで引導を渡して差し上げますわ!!!」
「皇帝は2人もいらない、そうだよなぁルドルフ!!!」
まずはウインザーノットがルドルフに並び、激しい競り合いを仕掛ける。ニホンピロウイナーはその後ろから追い込みを開始。ルドルフを抜き去り盾の栄冠を奪い取ろうと加速し始める。
ウインザーノットには負けられない理由があった。
超名門出身でありながら、デビュー戦からクラシックまでは不調。ようやく本格化し始めたと思えば骨折。「あの名門の出であの程度か」と陰口を叩かれる屈辱に耐えながら、ようやくここまで来たのだ。何としてもここで皇帝を倒し、家門に恥じぬ成果を上げ、陰口を叩いていた連中を見返してやる。
ニホンピロウイナーにも負けられない理由があった。
『マイルの皇帝』と耳障りは良い称号をいただいたが、結局は『裏街道の主役』というレッテルだ。マイル・スプリント路線は所詮、王道の中長距離の添え物。この時代では、それが現実だった。そんな事は認めない、裏街道と見下された短距離ウマ娘達の意地を、ここで見せつけてやる。
「ウインザーノット、ニホンピロウイナー。君達の強さに敬意を示そう」
皇帝は静かに息を吐く。残り200m、強引なレースでスタミナはほとんど残っていない。全身から汗が吹き出し、身体はギチギチと悲鳴を上げている。
それでもなお、自分にも負けられない理由がある。
(全てのウマ娘達が幸福に過ごせる時代を。その為にも、私は全てのウマ娘の模範たらん)
空気が、震える。
シンボリルドルフに殺到しつつあったウマ娘達の心拍が上がる。
ルドルフの周囲が帯電したように見えるのは、錯覚か、あるいは人知を超えた現象なのか。
これが皇帝の真骨頂。並みの人間やウマ娘が浴びれば失神か、腰を抜かすであろう威圧。
汝、皇帝の神威を見よ
ウインザーノット、ニホンピロウイナー、そして皇帝を見る全てのウマ娘と観衆は、信じられないものを見た。
皇帝が
「あ、あんな強引なレースをして、まだ加速するなんて……!?」
「バケモノがぁぁ……!!!」
2人はついにシンボリルドルフに競り負けた。
観衆の興奮は最高潮に達した。偉大なるかな皇帝、最後方から無理矢理先頭を奪い、追跡者を振り切るまさに横綱相撲!
シンボリルドルフは
大歓声も足音も、風の音すら聞こえない孤高の世界。
時代を作るウマ娘が辿り着く、限界の先の先。
残り100m。
今までも何度か経験したこの静寂の世界の中で、ルドルフは勝利を確信した。
だが。
(……音!?)
音がする。
自分の足音すら聞こえない静寂の世界の中で。
これは……
(そんな筈はない、そんな筈は……!?)
ウインザーノットか!?
違う、競り負けたウインザーノットはそれでも自分に追いつこうと必死にあがいている。
ニホンピロウイナーか!?
違う、ニホンピロウイナーの伸びはここまで届いていない。
足音が大きくなり、ついに迫る影はルドルフの右へと出現した。
その影を見た時、ルドルフの驚愕は頂点に達した。
「……だれ、だ」
ルドルフは、自らを追い越そうとする影が、一体誰なのかも分からなかった。
黄色と黒の
世界が崩れる。
『外からギャロップ、ギャロップダイナァァァァァ!!!』