少し内容を修正しました。
「わぁ……すごいオシャレ……!」
「そうだな……最近の雑貨ってかなり進んでるんだなぁ……」
千雪は変装用に掛けた眼鏡越しでも分かるくらい、目を爛々と輝かせて棚に陳列された雑貨を眺めていた。
やはり雑貨屋で働いている分、こういう商品を眺めるだけでも楽しいのだろうか。
今日はファッション雑誌に掲載するための写真撮影の仕事があった。
撮影は当初の予想を遥かに上回るペースに進み、予定から一時間も早く撮影が終わってしまった。
その結果時間が出来たため、俺たちは千雪が以前から行きたいと言っていた雑貨屋に立ち寄ることにしたのだった。
大通りから少し逸れた場所にある小さな雑貨屋で、店内の雰囲気が非常によく、店内で売られている商品も物珍しかったりオシャレな物が多い。
今まで雑貨に興味が無かった俺も、気付けば千雪と一緒に談笑しながら色々な商品を物色していた。
「へぇ、色んなアクセサリーとかもあるんだな。折角だし、俺もなんか車のキーに付けるキーホルダーか何かでも買おうかな」
「いいですね。ここなら色々ありますし、探してみましょう」
そんなことを話していると、不意に俺たちの元へ緑色のエプロンを掛けた店員さんが歩み寄ってきた。
落ち着いた雰囲気を纏った老齢の女性で、その顔は年齢を感じさせないほど綺麗だった。
彼女はニコニコと朗らかな笑顔を浮かべて話し掛けてきた。
「いらっしゃいませ。今日はご夫婦でお買い物ですか?」
どこにでもありふれた、特段珍しくないセールストーク。
楽しげに笑う男女、側から見たら仲睦まじいカップルか夫婦に見えるのも当然かもしれない。
だが千雪はアイドル、俺はプロデューサーだ。
決して誤解される訳にはいかない。
「いえ、ちが……」
俺が吐き出した否定の言葉を遮ったのは、千雪の弾んだ声だった。
「はい、そうなんです♪」
……は?
突然の事に呆気を取られた俺は、思わず千雪の方を見た。
彼女は何の躊躇いも無く、満面の笑みを浮かべて店員さんと談笑し始めた。
「この前二人で新居に引っ越したんですけど、部屋が殺風景だから何か飾り気のあるインテリアを探そうっていう話になって」
「あら、ということは新婚さんですか?」
「はい、つい先日籍を入れたばかりなんです」
「ということは、今が一番熱い時期ですね〜」
「……はい♪」
楽しげに会話を繰り広げる千雪と店員さんから、俺は無意識のうちに目を逸らしていた。
俺は得体の知れない恐怖のようなものを抱いた。
千雪の口振りは冗談を言ったり、店員さんをからかっているようには聞こえなかったからだ。
俺はまだ千雪に特別な事は何も出来ていないのに、千雪は絶大な信頼と好意を寄せてくれている。
まるで親密になるまでの段階を全て吹っ飛ばしたかのような彼女の態度に、俺は混乱を隠せなかった。
なんで千雪はこんなに俺のことを慕ってくれるんだ?
俺はまだ千雪に、何もしていないのに。
そんな疑問が頭の中でグルグルと掻き乱れる。
……確かに、千雪のような綺麗で優しい女性と結婚出来るなら幸せかもしれない。
だが俺はプロデューサーで、彼女はあくまでアイドル。
その絶対的な境界線を曖昧にするわけにはいかなかった。
その後も俺は千雪の言葉を否定出来ず、店員さんは終始俺たちを『アイドルとプロデューサー』ではなく『新婚夫婦』と勘違いしたままだった。
結局最後まで誤解を解くことは出来なかったのだ。
千雪は雑貨屋で購入したアロマキャンディが入った紙袋を手首に提げ、軽やかに鼻歌を歌いながら店を出た。
俺は重い足を引きずって彼女の後に続いた。
「……千雪、流石に冗談、だよな?」
「へ?」
「いやいや、さっきの新婚とかどうとかっていう話だよ」
何の話だ、と言わんばかりの千雪の態度に思わず身体が震えた。
「……あっ、そっか。ふふっ、そうでしたね」
口元を抑えて何度も「そうでしたね」と呟くと、千雪は俺の方を真っ直ぐ見つめた。
「ええ、もちろん冗談ですよ」
「だ、だよな! よかった……」
「突然あんなことを言っちゃってごめんなさい。つい……」
「別に気にしなくていいよ。実は俺もちょっと嬉しかったからさ」
「へ?」
千雪はキョトンとした顔で首を傾げる。
それを見た俺は頭を掻きながら、少しだけ顔を紅潮させて言った。
「千雪みたいな優しくて綺麗な人と夫婦だったら毎日が楽しいだろうなって思ってさ……」
それが一切飾らない、俺の素直な本心だった。
千雪と出逢ってプロデュース活動を続けて数ヶ月、俺は彼女の様々な側面を見てきた。
アイドルとしての圧倒的な天賦の才能、年齢に似つかわしくない落ち着いた佇まい、相手側の要求を即座に理解しパフォーマンスに反映させる理解力。
まさにアイドルの理想像とも呼べる姿。
最初は『アイドル』としての千雪に目を取られてばかりいたが、最近になってその裏に隠れた、可愛らしい『女の子』としての千雪にも惹かれるようになっていた。
どんな食べ物でも好き嫌いせずに喜んで食べてくれるところ。
料理が上手くて、時々家でお菓子を作っては俺に差し入れしてくれるところ。
俺が疲れた時はそっと側に寄り添ってくれるところ。
必要以上に距離感が近かったり、時々大の大人でも震え上がるような威圧感を出したりと、まだまだ解らないところ、恐怖を感じるところもある。
だがそれでも、俺は千雪と共にプロデューサーとして歩んでいきたい。
それが俺の願いだった。
それを口にした途端、何だか気恥ずかしくなって俺は思わず顔を背けた。
少しセクハラみたいになっちゃったな。
口を滑らせてしまったことを少しだけ後悔して謝ろうとした瞬間、千雪はニコリと笑った。
「それじゃあ、しますか? 結婚」
「……へ?」
「……………………………………」
「……ふふっ、冗談です♪」
「は、ははは……だよ、な……」
前言撤回。
やっぱり怖い。
「はぁ……」
俺は自分の席に座って深く、深く溜め息を吐いた。
その様子が気になったのか、隣のデスクで事務作業をしていたはづきさんが手を止めて俺の顔を覗き込んできた。
「どうしたんですか?」
「あっ、はづきさん…………あー、実はちょっと相談したいことがあって……」
少し逡巡した後、俺は覚悟を決めて遂に打ち明けることにした。
この数ヶ月間ずっと考えていた、どうしようもない悩みを。
「千雪のプロデュースがですね、順調過ぎるんですよ」
「順調過ぎる、ですか?」
コテンと首を傾げるはづきさんを見て、俺は頷いた。
「はい。いつもレッスンに立ち会ってくれるはづきさんなら解ると思うんですけど、千雪って新人アイドルとは思えないくらいレベルが高いんですよ。ダンスもボーカルも」
「確かにそうですね……」
「だから見てくださいよ、これ」
俺はデスクの一番上の引き出しを開けると、その中から数枚の封筒を取り出してはづきさんへ差し出した。
「これは〜……」
「ここ数ヶ月で受けたオーディションの結果です。千雪、全部合格してるんですよ」
「まぁ!」
ここ数ヶ月間で千雪には様々なオーディションを手当たり次第に受けさせた。
簡単なものから、千雪の経験からは少々難し過ぎるものまで、本当に見境無く挑戦させた。
だが千雪はその全てを難なくこなし、その全てに見事合格してしまったのだ。
「この前営業で取ってきたラジオとか雑誌の写真撮影とかの仕事でも、スタッフさん達の期待を遥かに上回るようなパフォーマンスをしてくれますし……」
「いいことじゃないですか〜」
「だから違うんですよ!」
思わず声を荒げて、はづきさんの暢気な意見を否定する。
「千雪はアイドルとして凄い才能を持っています。それこそ、簡単にトップへ登り詰められるくらいに。だから不安なんです」
「あぁ〜……」
「挫折とか失敗とかを繰り返して、アイドルは成長出来るじゃないですか。それが無いとなんだか……仕事の中で得た活躍も名誉も味気ない物になっちゃうんじゃないかって……千雪にとっても、俺にとっても」
俺は頭を抱え、次々と胸の奥底で澱んでいた悩みを告白していく。
「しかも最近、というかずっと前からなんですけど……千雪との距離感を掴みかねてるんです。千雪は俺のことを慕ってくれるんですけど、千雪の想いに応えられるほど、千雪を支えられるほどの事を……俺は何も出来てないんです。俺はただ、なんでも完璧にこなせる千雪の力に便乗しているようにしか思えなくて……」
千雪の才能は他のアイドルから群を抜いて秀でている。
23歳という年齢は他の新人アイドルと比べると、やや出遅れているようにも思えるが、そんなものは些細な問題に過ぎない。
アイドル桑山千雪は空で自ら光り輝き、全てを遍く照らす太陽だ。
太陽は選り好みをして、照らす人間をたった一人に絞ってはならない。
一点に集中した陽光は却って照らした相手の身を焦がし、焼き尽くしてしまうからだ。
だから俺はまだ太陽にとっての特別になれない。
俺はただ、その熱を強める薪のような存在でありたい。
しかし、太陽は薪を必要とせず、それどころか少しずつ、だが確実にこちらへと接近してきている。
心のどこかでそれを受け入れようとしている自分がいる。それに漬け込もうとしている自分がいる。
これは果たして、プロデューサーとしての正しい姿なのだろうか?
俺は本当にプロデューサーとしての務めを果たせているのだろうか?
俺が俯いて押し黙っていると、突然事務所の扉が開いた。
顔を上げて扉の方を向くと、そこにはスーツを着こなした初老のダンディな男性——この283プロを率いる社長が立っていた。
「話は聞かせてもらった」
「ッ、社長!」
慌てて立ち上がろうとする俺を社長は手を突き出して制すると、顎に手を置いて唸った。
「担当アイドルのプロデュースが順調過ぎるか……確かにお前の言い分は分かる」
「……え?」
社長は部屋の中央に置かれたソファに腰掛けると、両腕を組んだ。
「過去に何があったのかは知らないが、彼女の実力は既にトップアイドル級に達している。技術もメンタルも、明らかに新人アイドルのそれを凌駕している。最初のアイドルがあれ程だと考えると、今後お前が行うプロデュースに影響が出るのは至極当然だ」
「なら……!」
「だが、最初にアイドルとして目指すべき姿を知っておくのは重要ではないか? お前自身にとっても、他のアイドル達にとっても」
「……へ?」
社長はフッと笑みを溢して言った。
「ここ最近のお前の働きと桑山千雪のプロデュース状況を見るに、あと数名他のアイドルのプロデュースを任せてもいいと判断した」
「他のアイドル……ですか?」
「あぁ。アイドル間でのアドバイスや指導を繰り返すことでユニット内、延いては事務所内で相乗的な実力向上も出来るはずだ」
「……つまり」
「そうだ。今度、新しいアイドルのオーディションを行う。準備は私やはづきがするが、書類選考から面接に至るまでの選考は全てお前に一任する」
責任重大だぞ、と社長は念を押すように言った。
その鋭い眼光から滲み出る威圧感が、社長が俺に寄せる期待を表しているようにも思えた。
「お前のアイドルだ。彼女らを導くお前自身が誰を選ぶかを決めろ」
「は、はい!」
思わず返事が上ずった。
一体どんな子が来てくれるのだろうか。
穏やかで周りの人を癒すような子だろうか、元気に満ち溢れた子だろうか、真面目で大人しい子だろうか。
どんな子が来ても、俺はその子に寄り添い、共に高め合い、遥か遠くの頂上を目指す。
それが俺の目指す、理想のプロデューサー像なのだから。