シャニマスアイドルの強くてニューゲーム   作:穏健派

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覚醒

 

 

私、大崎甘奈が学校から家に帰ってきて、晩ごはんを食べ終わった頃には時刻は午後八時。

お風呂にゆっくり入り終わって、肌や髪の手入れが終わった頃にはもう時刻は九時を回っていた。

 

「ふんふんふふ〜ん♪」

 

お風呂から出て鼻歌を歌いながら、甘奈は二階へ伸びる階段を登っていく。

 

「甜花ちゃん、お風呂上がったよー」

 

部屋に籠もってゲームをしているであろう、双子の姉の甜花ちゃん。

ドア越しに甜花ちゃんに声を掛けて、自分の部屋へ戻ると、甘奈は真っ先に通学バッグから青いビニール袋を取り出した。

それは甘奈がよく行っている、学校の近くにある本屋さんのビニール袋だった。

少しだけ皺が付いた紺色の袋には一冊の薄い本が入っていた。

 

ついさっき、下校中に買った今日発売のファッション雑誌。

毎月甘奈が欠かさず買っている雑誌の最新号で、今朝家を出た時から下校の時に買おうと決めていたのだった。

 

甘奈はワクワクしながらビニールテープの封をハサミで切った。

 

『緋田美琴大特集! 魅せるオンナのクールコーデ!』

 

クールな立ち姿が評判のトップアイドルを起用した表紙を捲ると、最新のコスメ、流行のコーデなどのファッションに関する情報が濁流のように流れ込んでくる。

このように雑誌を買ったりして情報を集め、流行の最先端を掴むのが、昔から続けている甘奈の趣味だった。

 

ベッドの脇に座って雑誌を読んでいると、偶然とあるページの——とあるモデルさんが目に留まった。

 

「あっ、この人めっちゃキレイ!」

 

緩めの服を完璧に着こなした、甘奈よりも少し年上の女性。

佇まいはとても落ち着いていて、写真越しでもその柔らかく優しげな雰囲気が滲み出ている。

ただ立っているのではなく、全身の末端まで意識が行き届いた魅せるためのポージングに心を惹かれる。

 

写真の大きさは周囲のモデルと変わらないが、その見開きの中で彼女だけが一際目立って見えた。

 

甘奈とはまたタイプの違う、とてもキレイなモデルさん。

 

「……このモデルさん、なんていう人なんだろ……」

 

なぜかこのモデルさんがやけに気になって、その人の名前が知りたくなった。

どこかに小さくても載ってないかな、とモデルさんの周囲を隈なく見渡す。

 

そして、それはすぐに見つかった。

 

モデルさんの足元、黒い文字で書かれた名前は。

 

 

「桑山……千雪……?」

 

 

思わず口に出してその名前を読んだ瞬間。

 

 

 

カチリと、どこかで歯車が噛み合った音がした。

 

 

 

『大崎甘奈です! 17歳だよ!』

 

 

 

……痛い。

 

 

 

『夢じゃない……! 甘奈、本当にやったんだ……!』

 

 

 

頭が痛い。

 

 

 

『最近声、聞いてないな……』

 

 

 

すっごくいたい。めっちゃいたい。

 

 

 

『付き合ってます……から……!』

 

 

 

いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい!!

 

 

 

『甘奈、今をサイコーに楽しんでくる!』

 

 

 

「うああああああああぁぁぁぁ!!」

 

 

 

喉が張り裂けんばかりに叫びながら、割れそうなほど痛む頭を抱えてベッドから転げ落ちた。

 

「うぐぅぅ……ぅぁぁあああああ……!!」

 

頭を殴られた痛みとはまた違う、内側から脳が膨張して破裂してしまうような痛み。

十七年間の人生の中で一度も経験したことのないような激痛を前に、甘奈は悶え苦しみ、恐怖することしかできなかった。

 

 

『うん……甜花ちゃんも同じ気持ち。もしよかったら、二人一緒に……!』

『お願いパパ! 甘奈たち、本当に——さんを愛してるの!』

『甘奈たちは、——さんと結婚します!』

『髪引っ張っちゃダメだよっ、甜花ママの邪魔しないの!』

『甘奈たちね、あなたと一緒にいられてすごく幸せだよ』

 

 

突然脳内に溢れ出す、誰かの……いや、甘奈の記憶。

これは間違いなく、甘奈自身がこの身で経験したこと。

 

 

 

ずっと忘れていた、『前世』の記憶。

 

 

 

激痛の余り、床に顔を埋めて悶え苦しんでいると、突然部屋の扉が開け放たれた。

 

「なーちゃんっ……!? どうしたの、大丈夫……!?」

 

狭窄してぼやけた視界に最愛の姉、甜花ちゃんの顔が映る。

 

甘奈の声を聞いて急いで駆け付けてくれたのかな。

優しいな。嬉しいな。あとでちゃんとお礼言わないとな。

 

一瞬だけ頭痛も煩悶も何もかもを忘れて、甘奈は床に蹲りながら甜花ちゃんの顔を見上げた。

 

まるで鏡合わせみたいに甘奈にそっくりな顔。

 

 

いつも見慣れた顔の輪郭が、不意にブレた。

 

 

甘奈と同じ赤茶けた長髪をうなじ辺りで束ね、白いTシャツの上に、甜花ちゃんが好きなデビ太郎がプリントされたエプロンを掛けている。

優しげにはにかんで、とても幸せそうな温かい雰囲気を纏っている。

 

 

その胸には、すやすやと寝息を立てる赤ちゃんが抱かれていた。

 

 

ブレた輪郭が描いたのは、甘奈よりもずっと大人になった甜花ちゃんの姿だった。

 

「ぅ、ぅぁぁ……!」

 

更に頭痛が酷くなる。

このまま頭蓋骨を破って、脳が弾け飛ぶんじゃないかという激痛に呂律も回らない。

開けっ放しの口からは獣みたいな咆哮が滲み出るだけだった。

 

「もしかして頭……! なーちゃん、頭が痛いの……!? 待ってて、今救急車呼ぶから……!」

 

そう言ってスマホを手に取った甜花ちゃん。

 

 

あ、待って。行かないで。

 

 

甘奈は咄嗟に手を伸ばすと、救急車を呼ぼうとしていた甜花ちゃんの手を掴んで強く握り締めた。

 

「な、なーちゃん……?」

 

困惑した表情で甜花ちゃんが甘奈の顔を見下ろす。

その白い額には冷や汗が滲んでいて、汗ばんだ髪が頬に貼り付いている。

 

 

ダメだよ、甜花ちゃん。

 

甜花ちゃんも思い出さないと。

 

 

甘奈は冷たいフローリングの上を這うように進んで、床に投げ捨てた雑誌を手に取った。

そしてひっくり返っていたそれを裏返して、甜花ちゃんの前に差し出した。

 

「甜花ちゃん……思い出して……!」

「へ……え、あ、あ、ああ、ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

甘奈が指した場所に目が留まった瞬間、今まで聞いたことが無いくらい大きな、甜花ちゃんの絶叫が薄れた意識の中で響いた。

 

 

ああ、よかった。甜花ちゃんもやっぱり一緒だったんだ。嬉しいな。

 

 

次々と津波のように押し寄せる『かつて』の記憶の奔流に飲まれて、甘奈は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

目が覚めると、そこは見慣れない病院の一室だった。

 

病室に駆け込んできたパパとママが泣きながら言った話によると、甘奈と甜花ちゃんは二日間ずっと意識を失っていたらしい。

しかも甘奈たちは気を失っている間もずっと手を繋いでいたらしく、救急車にも一緒に乗せられたらしい。

 

 

突然の頭痛と39度を超える発熱、そして昏倒。

 

眠っている間に様々な検査をしたけれども、原因は最後まで判らなかった。

しかし目が覚めた途端、昨日までの高熱が嘘みたいに元気になった。身体にも異常らしい異常も見当たらない。

原因は一切不明だが、念の為明日精密検査を受けて、異常が無かったら退院することになるらしい。

 

甘奈は心配してチェインを送ってきてくれた友達全員に返信を済ませた後、スマホの電源を切って隣のベッドを見た。

分厚いカーテンで遮られているため、隣のベッドで寝ているはずの甜花ちゃんの姿は見えない。

 

病室には甘奈たち以外の患者さんはいない。

枕元に置かれた間接照明の淡い光だけが照らす病室はすこし薄暗かった。

 

「甜花ちゃん、起きてる?」

 

甘奈は少しだけ声を抑えて訊いてみた。

 

「……うん」

 

カーテン越しに蚊の羽音のような、掠れた甜花ちゃんの声が聞こえてきた。

 

「カーテン開けるね」

 

ベッドの間を隔てるカーテンを開けると、シーツを頭から被ってベッドで寝ている甜花ちゃんが現れた。

 

「……ねえ、甜花ちゃん」

 

名前を呼ぶと、甜花ちゃんはシーツの隙間から顔だけを出して金色の瞳を向けてきた。

白いベッドに散らばった赤茶けた髪が紅葉みたいに見えて、薄闇の中でも甜花ちゃんを彩っている。

 

「……どうしたの、なーちゃん……?」

 

目覚めてから一日、ずっとベッドの上で考えていた。

 

濁流のように頭に流入してきた、夥しい数の記憶の断片を繋いで、結んで、物語のように誰かのーー甘奈の前世の記憶を紡ぎ出す。

きっとこの記憶のことを言っても、誰も信じてくれないだろう。

 

前世の記憶なんて、馬鹿馬鹿しい話。

 

ましてや、甘奈たちがトップアイドルになった前世の記憶なんて、夢でも見たんじゃないかとバカにされるに決まってる。

 

 

でも、甜花ちゃんなら。

同じ血を分け、十七年間の人生を共に過ごした最愛の姉なら、きっとーー。

 

 

一つ深呼吸をすると、甘奈は改めて甜花ちゃんの目をじっと見つめた。

綺麗な瞳が、少しだけ揺れている。

 

それを見た甘奈は唾を飲み込んで、ゆっくりと口を開いた。

 

「甜花ちゃんは、『アルストロメリア』って知ってる?」

「……!!」

 

その瞬間、バッと甜花ちゃんが上半身を上げて甘奈の方へ顔を向けた。

その表情が驚愕と動揺に染まっているのを認めて、甘奈は次の質問を投げ掛けた。

 

「じゃあ桑山千雪さんって知ってる?」

 

甜花ちゃんは目を大きく見開いて数秒間何かを考え込んだ後、深く頷いた。

 

「じゃあ最後の質問だよ」

 

震える声でそう前置きをして、遂に甘奈はそれを尋ねた。

 

 

「——さんって知ってる?」

 

 

「……ぅぅ、ああぁぁ……!」

 

そう訊いた瞬間、甜花ちゃんの目から一滴の雫が溢れ出した。

ポロポロ、ポロポロと次から次へと涙は溢れ、堰が切れたダムみたいな勢いで、頬から顎を伝って零れ落ちていく。

 

 

泣かないで、甜花ちゃん。

 

 

そう言おうとした甘奈の声は、甘奈自身の嗚咽に掻き消されて言葉にならなかった。

 

その時の甘奈の顔は、甜花ちゃんと同じくらい涙で一杯になっていた。

 

「うんっ、知ってる……! 本当に、たくさん知ってる……!」

 

「だってその人は……プロデューサーさんは……!

 

 

 

 

 

甜花となーちゃんの旦那さんだったから……!!」

 

甘奈はベッドから飛び起きると、震える甜花ちゃんの身体を強く、強く抱き締めた。

 

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