シャニマスアイドルの強くてニューゲーム   作:穏健派

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お待たせしました
色々終わって時間が出来たので投稿再開します



不穏な空気

 

「はっ、はっ、はっ、はっ……!」

 

革靴からスリッパに履き替えた足で事務所の廊下を駆け抜ける。スーツや髪が乱れるのもお構い無しに、パタパタと足音を立ててひたすら走る。

社長やはづきさんが事務所にいるかは知らない。後で怒られたっていい、今はただ一秒でも早く到着することを考えろ。

目的地は事務所の最奥、ダンスレッスン室の隣にあるボイスレッスン室。

 

曲がり角を超えた所で目に飛び込んできたガラス戸、それがレッスン室の入り口だ。

 

「お待たっ……」

 

ドアノブに手を掛けて、勢いよくドアを開けると——

 

「それでは、お疲れさまでした」

「お疲れさまでした!」

「お疲れさまでした……」

 

ボーカルトレーニングを担当してくれるトレーナーさんが、大崎姉妹と終わりの挨拶をしている所だった。

 

「ま、間に合わなかったか……」

 

俺は肩を落とし、がっくりと項垂れた。

つい一週間前、オーディションを軽々と通過して283プロ所属のアイドルとなった大崎姉妹。

今日が彼女たちにとって初めてのボーカルレッスンの日で様子を観に来ようと思っていたが、突然舞い込んだ千雪の仕事に同行しなければならず、レッスンに立ち会えなかったのだ。

 

千雪の元に来たのは『エレぇベスト』という——正直言って正気の沙汰とは思えない名前の——地上波歌番組への出演依頼。

中堅アイドルが多く出演し、そこで成功を収めたアイドルは一気に勢いを付けてスター街道を駆け上がっていく。

千雪のような、デビューから半年も経っていない新人アイドルにオーディションも介さずに出演依頼が来るのは異例中の異例だが、なにやら番組のディレクターさんが千雪のことをえらく気に入ってくれていたらしい。

彼が言うには『あの子は間違いなく売れる』らしく、周囲の反対を押し切って無理矢理オファーを出したようだ。

 

午前中はその番組の収録で非常に忙しく、結果として大崎姉妹のレッスンを見学する時間を取れなかったのだ。

 

「もう、折角初レッスンだったのに!」

「プロデューサーさんに……見て欲しかったのに……」

「ごめん……本当に……」

 

頬を膨らませる大崎姉妹に向けて、俺は荒い息を整えてながら頭を下げた。

二人は顔を見合わせると、突然笑い出した。

 

「うそうそ、冗談だよ! プロデューサーさんも忙しいし、千雪さんも人気出てきたから突然仕事が入るのも仕方ないよね!」

「甜花たちは……理解があるから……!」

「二人ともごめんな……この埋め合わせは、いつか絶対するから」

「もう、しょうがないなー☆」

「にへへ……」

 

大崎姉妹は休憩用の椅子に腰掛け、鞄から取り出したペットボトルの水を飲み始めた。

俺は立ったまま、改めて二人の顔を眺めた。

慣れない内はまったく判別が付かなかったが、一週間も経つと何となく見分けが付くようになってくる。

オドオドとした雰囲気を出しているのが姉の甜花。

天真爛漫な性格で接しやすい雰囲気を出しているのが妹の甘奈。

俺は注意深く二人を観察して、俺の近くに座る方が甜花であることを確認して尋ねた。

 

「で、二人ともどうだった? 初めてのレッスンは」

「疲れた……」

「まぁ、そうだよなぁ……甘奈は?」

「楽しかったよ! でも、思うように動けなかったかな。こうしないといけないって、頭では解ってるんだけど……」

「仕方ないよ、なーちゃん……!」

 

甜花は俯いた甘奈の手を力強く握ると、その顔をじっと見つめてにへらと気の抜けた笑顔を浮かべた。

 

「甜花たちはまだ、ちゃんと『前の状態』に戻ったわけじゃないから……これから……頑張っていこう……!」

 

力強い口調で妹を激励する甜花。流石お姉ちゃんと言ったところか。

てっきり気怠げで、アイドル活動にも然程積極的ではないと思っていたが……どうやら目測が外れたらしい。

大崎姉妹は『アイドル』に相当の熱意を寄せている。

 

「そしてまた……あの時みたいに『三人』で……!」

「うん! みんなでまた頑張ろうね、甜花ちゃん!」

 

きっと千雪も含めた三人で、という意味なのだろう。

大崎姉妹には既に、じきに千雪とユニットを組むことになっているとは告げている。

ユニット名はまだ決定していないが、三人で話し合って決めて貰う予定だ。

やる気はあればあるほどいい。この調子なら三人はいいユニットを組めるだろう。

 

数分ほど休憩した後、大崎姉妹と一緒にレッスン室を出てオフィスへ向かおうとしたその時、俺はトレーナーさんに呼び止められた。

 

「あの、プロデューサーさん」

「はい! ……ごめん、二人とも先に帰ってていいぞ」

 

そう言って断りを入れると、俺はレッスン用の教材を纏めていたトレーナーさんの元へ歩み寄った。

平素は快活な性格の彼女だが、今日は心なしかその表情が曇っているように見える。

 

「どうしました、トレーナーさん?」

 

俺が一抹の不安を抱きながら尋ねると、トレーナーさんは口元に手を添えると、囁くような声で訊いてきた。

 

「あの、プロデューサーさん。甘奈ちゃんと甜花ちゃん……あの二人、以前歌手活動を経験していたっていうことは無い、ですよね?」

「……えっと、確か無かったはずです」

 

その質問の意図が分からず、俺は疑問に思いながらもそう答えた。

すると突然トレーナーさんの表情が曇ったかと思うと、彼女は更に声を潜めてこう告げた。

 

「彼女たち、全部完璧なんです。身体は付いていってない印象ですけど、技術はほぼ完成しています」

「…………へ?」

「正直に言うと、教えることが何も無いです。体力と肺活量を鍛えたら、もうレッスン抜きでも自主練さえ繰り返せば充分活躍出来ると思います……」

 

ほぼ完成形に近い技術。

レッスン抜きでも済む、高い完成度。

 

 

その情報の羅列の前に、ふととある予想が頭に過ぎる。

 

 

「………………まさか」

 

 

千雪と同じパターンなのか?

 

 

いや、あり得ない。

千雪と違い、甘奈たちはアイドルになるための練習を続けてきたとは言っていない。

それに千雪みたいに臓物にズンと来るような威圧感を浴びせてくることも無い。

 

でも、もしかしたら。

 

もしかしたら甘奈が言ってた『三人』って。

 

 

甘奈と甜花と——俺?

 

 

「プロデューサーさん……早くいこ……?」

「そーだよ!」

 

ビクリと心臓が跳ね上がった。

 

咄嗟に振り向くと、レッスン室の扉の前で甘奈と甜花が俺を見つめている。

どうやら二人とも律儀に俺のことを待っているらしい。

 

…………その顔を見ていると、何故か額から冷や汗が零れた。

 

「あ、あの、二人も待ってるようですし行ってきます。今日はわざわざありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそお時間をくださってありがとうございました」

 

俺は不穏な思考を払い去るように強引に会話を切り上げた。

 

「…………千雪さんといい、甘奈ちゃんたちといい、本当に何なんでしょうね?」

 

俺はその独り言にも似た問いに答えることなく、トレーナーさんに背中を向けて足早にレッスン室を立ち去った。

 

 

 

~~~~~~~~~~~

 

 

 

「まだお仕事あるの……?」

「あぁ。ちょっと先に済ませておきたい書類があってさ」

「えぇ!? 甘奈たち、プロデューサーさんと一緒に遊びに行きたかったのに!」

「はは、ごめんな? また今度、三人でどこかに行こう」

「ホント!? 絶対だからね!」

「約束……!」

 

甘奈たちにお出掛けの約束を取り付けられて別れた後、俺は残っていた仕事を終わらせるためにオフィス室へ戻ってきた。

俺とはづきさんのオフィスの前にソファやテレビが置かれ、さながらリビングのような一室。

確か今日はづきさんは非番だっけ、と思いながらオフィス室の扉を開けると、そこにはソファに腰掛けて、編み物をしている千雪の姿があった。

 

「プロデューサーさん!」

 

千雪は俺の来訪に気付くと、顔を上げてパッと輝くような笑顔を浮かべた。

 

「なんだ千雪、まだ帰ってなかったのか?」

 

午前中の収録の後、千雪は午後からレッスンも無く、オフになっている。

千雪がこの時間帯まで事務所に残っている必要は無い。

収録でかなり疲れている筈なのに、と思っていると、千雪は微笑を浮かべて俺の顔を見上げてかた。

 

「はい……プロデューサーさんを待ってました」

「待ってたって……はは、嬉しいな」

 

俺への好意を匂わせるような言葉にドギマギしながら、千雪と対面するようにソファに座った。

すると千雪は不満げに頬を膨らませて、何を思ったか突然立ち上がった。

 

「お隣、座りますね」

「えっ」

 

千雪は困惑する俺の隣に腰掛けると、体重を寄せて俺の肩に頭を寄せた。

 

「ちょっ、千雪……!」

「ごめんなさい。今日は疲れちゃったので、甘えてもいいですか?」

「でも……俺達だけならまだしも、大崎姉妹がまだ事務所に……」

 

俺が慌てている間にも、千雪は柔らかい胸を押し付けるように更に身体を寄せてくる。

まるで俺の性的嗜好を全て理解しているかのような誘惑に、俺の理性にヒビが入る。 

 

我慢しろ。我慢だ。

ここで手を出したら、俺も千雪もおしまいだ。

気付かないフリをしろ。

 

でも本当は……欲に負けたい、そう思う時もある。

千雪は魅力的な女性だ。職業倫理さえ無ければ、今すぐにでもその想いに応えていたであろうと思えるくらいに。

だが俺はプロデューサーだ。千雪はアイドルだ。

その関係だけはまだ崩せない。

 

「最近、『ライトピンク』っていう名前の、いい雰囲気のお店を見つけたんです。お値段は少し張るんですけど、前から行ってみたくて……ねぇ、一緒に行きませんか?」   

 

千雪は少しだけ身を乗り出すと、蕩けるように甘い声を出した。

 

「どうしてもそのお店に行きたいんです。二人っきりで」

 

理性を溶かされ、その後に残った獣欲さえも包み込むような甘く、痺れる美声。

 

 

——あ、行こ。

 

 

一瞬で俺の決意はドロドロに溶かされた。

 

 

「おお、いいな! 店の名前もオシャレだし、なにより千雪がオススメするお店なんだから、きっといい場所なんだろうな」

「はい♪ それで、行くタイミングのことなんですけど……今日ってお時間ありますか?」

「今日? ああ、後は書類仕事を終わらせたら直帰する予定だから時間はあるよ」

「それじゃあ、そのお仕事が終わったらお店に行きませんか? 今日の収録を頑張ったご褒美として……」

「ああ、全然構わないよ。一緒に行こうか」

 

今日の収録も頑張ってたし、最近かなり売れてきてるから息抜きということで。

変装さえすれば、カメラマンにさえ注意すれば大丈夫。

そんな風に思い付いた御託を適当に並べる。

千雪の、有無も言わさぬ勢いに逆らうことが出来なかった。

そんな事実を隠すために。

 

「じゃあ、私ここで待ってますね! お仕事が終わったら声を掛けてください!」

「ああ、わか…………」

 

 

 

「ダメだよ」

 

 

 

鋼鉄よりも冷たく、硬い声が事務所に響いた。

 

 

「……へ?」

 

 

咄嗟に振り向くと、扉の前に悍ましいほど無表情の甘奈が立っていた。

 

 

 

~~~~~~~~

 

 

 

 

 

「ダメだよ」

 

自分でもゾッとするくらい冷たい声だった。

 

プロデューサーさんも千雪さんも目を大きく見開いて、呆然とした表情で甘奈をじっと見つめている。

きっと甘奈の行動を想像していなかったんだろう。まさか甘奈が反対するなんて、夢にも思っていなかったはずだ。

 

「ダメだよ、そんなの」

 

一歩大きく踏み込んで、もう一度強い口調で言うと千雪さんの表情が少しだけ歪んだ。

僅かに眉間に皺が寄って、目つきが鋭くなる。前世では見たことも無いような、敵意と憎悪に満ち満ちた顔。

 

「え、でも千雪が行きたいって言った……」

「そこ、今日定休日じゃない?」

 

甘奈が困惑した様子のプロデューサーさんの眼前に突き出したのは、甘奈のスマートフォン。

その画面に表示されているのは、その二人が行こうとしていた店の口コミ情報。

そこには営業時間と定休日も載っていて、その情報によると今日はちょうど定休日だった。

 

ライトピンク……甘奈もそのお店の事はよく知っていた。

甘奈たちと結婚した後、千雪さんが何度かプロデューサーさんをその店に誘って二人きりでお酒を飲んでいたからだ。

 

千雪さんだから大丈夫って当時は暢気に油断してたけど、今思えばあの時の千雪さん、完全にプロデューサーさんを狙ってたよね?

結婚して、子供もいる男の人に色目を使って誘惑して。

 

本当にいやらしいよね。

 

今回も同じ。

今日が定休日ってことを知ってて、プロデューサーさんを誘ったんだ。

それで『残念でしたね♡』だなんて白々しい台詞を吐いて、家に誘い込むつもりだったんだろう。

プロデューサーさんって昔から、押しに凄く弱いから。 

 

まあ、甘奈たちもその弱点を突いて恋人になったからお互い様だけど。

 

「あー……マジか、結構楽しみにしてたのに……」

 

画面を見て、肩を落として落胆するプロデューサーさん。

 

その隣に立つ千雪さんをチラリと見ると、凄い顔をしていた。

目論見が成就せずに腐り落ちた、悔しさと怒りが混ざり合った表情。

見開いた瞳の奥にはドス黒い感情が渦巻いている。

 

「じゃあ、今日は仕方ないな……千雪。そのお店にはまた今度、開いてる時に行こう。今はまだ忙しくないから、きっと時間はいつか取れるだろうし」

「…………………………………………はい」

 

プロデューサーさんが振り向いた瞬間、貼り付けたような微笑みに表情を切り替えた千雪さんは小さく頷いた。

 

「それで、甘奈は何か用でもあるのか? さっき甜花と一緒に帰るって言ってただろ?」

「ちょっと忘れ物しただけだよっ。甜花ちゃんは事務所の前で待ってもらってる」

「そうか。気を付けて帰るんだぞ」

 

そう言うとプロデューサーさんはソファから立ち上がって、自分のデスクの方へ向かった。

 

甘奈はプロデューサーさんの顔をじっと見つめて、誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。

 

「…………浮気はダメだよ」

 

その瞬間、ピクリと千雪さんの肩が震えた。

やっぱり千雪さんもプロデューサーを狙ってるみたい。

 

……そういえば、前世に比べてプロデューサーさんと千雪さんとの距離が近いような気がする。

甘奈達がいない間に、何か二人の仲が進展するようなことでもあったのかな。

 

ふとその時、甘奈は前世での雑誌『アプリコット』のオーディションを思い出した。

 

甘奈の合格が決まっていた出来レース。落ちると解っていても、千雪さんは諦めずにオーディションを受けて——そして不合格になった。

あのオーディションをキッカケに甘奈達の『共にユニットを組む大切な仲間』という関係性に、『共に切磋琢磨し合うライバル』という項目が追加された。

あれ以来甘奈達は更に仲良くなったし、真にお互いを理解出来たような気がする。

 

……そういえば、前世で千雪さんがプロデューサーさんへの好意を隠さなくなったのはあの頃だっけ。

それまでも一緒にご飯に誘ったり、お出掛けしたりしてたけど、『アプリコット』のオーディションを境に千雪さんからグイグイ距離を詰めるようになった。

 

プロデューサーさんが千雪さんの猛攻に耐え切れなくなる前に告白してよかった。

もしそうしなかったら、プロデューサーさんと結婚してたのは甘奈達じゃなくて千雪さんだったかも。

 

今のプロデューサーさんと千雪さんとの距離感は、あの時を彷彿とさせる。

もしプロデューサーさんが少しでも気を許したら、一気に千雪さんが雪崩れ込んできそうなくらい千雪さんからのアタックは強い。

 

でも信じてるから。

だって甘奈たちはプロデューサーさんのお嫁さんだったんだもん。

きっと今度もまた一緒になれる。

絶対になれる。

 

 

だからちょっとだけ、ちょっとだけなら許してあげようかな。

 

 

どうせ、プロデューサーさんと結婚するのは甘奈たちだし。

 

 

でも、もしうちの人に手を出したら……

 

 

 

 

……千雪さんでも容赦しないよ?

 

 

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