魔法少女イデアル☆ことはICONOCLASM 作:エステル
近頃、空襲の被害が少なくなったような気がする。市民の誰もがそう感じていた。空軍の迎撃効率があがったとか、八甲山の誘導対空砲が良い仕事をしているとか、いろいろな噂があったが、もちろん全部違う。すべては魔法の力。魔女と魔法少女の頑張りによってもたらされた恵沢である。
聖子とコトハは毎朝八甲急行の戎宮北口駅で待ち合わせ、一緒に学校へ行くことにしている。なぜなら世界で二番目に可愛い少女であるコトハ=ジョセフィーヌを小学校まで無事に送り届けなければならないからだ。姉のフェイスは6年生だが、一緒には行かない。フェイスにはフェイスの付き合いがあったし、聖子とフェイスは犬猿の仲なのだ。
雲雀ヶ丘菜乃花塚駅前にある2つの尖塔を持つ大聖堂、その名を聖隷大学付属小学校という。2人が校門を潜ろうととしたところ、ハイエースが乗り付けた。聖子は腰の特殊警棒に手を当てる。だがその車から降りてきたのは男ではなく、百合牡丹こと、小鳥遊と月見里であった。聖子は警戒を緩めその手を警棒から話した。
「ごきげんよう、遊と見里」
聖子がスカートの裾を掴んで優雅に挨拶した。美里はおはようと言って軽く会釈したものの、遊びは「ああ」とだけ言って、すたすたと行ってしまう。
「遊の奴、完全に天狗ね」と聖子は言った。
今や百合牡丹はこの国において知らぬ者のいない絶対アイドルである。それが聖子には全く理解できない。なぜなら……
「私よりブスのくせに、なんであんなに人気なのかしら」
「んだと聖子! 今なんつった!」
遊が踵を返して聖子の胸ぐらを掴む。この少女は、結構ファンキーな性格をしているのである。
「私よりブスなのに、私より人気があるのが解せないって言ったのよ。もう一度言いましょうか? あなたは私よりブスなのに、」
「黙れビッチ! 客観的に私の方が美少女だから、私の方が売れてるんだよ。理解したか?」
「全く理解できないわ」
聖子は心の底から湧いてくる疑問符を顔に浮かべ、キュートに小首をかしげる。遊は舌打ちして聖子を放すと、校舎に歩いて行こうとして……歩みを止めた。少年が校舎から出て来て、彼女達の方にやって来るではないか。
その男子は、遊が密かに憧れている……いや、この学校の女子すべてが憧れていると言っても過言ではない、学校一のイケメン、アレクシス=ヨアキム=ハーバート。大統領護衛官クリストファーと、山戸撫市長ジェシカの一人息子である。出自、知能、体力、そして容姿。すべてが完璧な理想の男。絶対アイドル百合にふさわしいのは彼をおいて他にはない。そんなアレクシスが、こちらへ向かってきたのだ。
「ご、ごきげんようアレックス君」
遊は媚びまくった女の声で挨拶する。アレックスは軽く挨拶をすると……百合の横を通過して聖子とコトハの所へやってきた。
「やぁ、2人とも、ごきげんよう。今日も綺麗だね」
「なによ、アレックス。喧嘩売ってんの?」
「にゃぁ……挨拶してると思うんだけど」とコトハはふにゃふにゃした声で言った。
「今日こそ君に言いたいことがあるんだ、聖子。僕と付き合ってくれないか?」
「私と付き合いたかったら、女に生まれ変わることね。それじゃ。いきましょ、ジョセ」
遊は膝をついた。自分の唯一の理想の男が、自分よりランクの低い(遊目線)女子に告白し、そして振られたのである。遊のプライドは打ち砕かれた。アレクシスは振られたというのにショックを受ける素振りもなく、甘いマスクで周囲に笑顔を振りまいて2人の後を追った。
「ついてこないで。殺すわよ?」
「聖子は怒りん坊さんだなぁ、同じ教室じゃないかい」
「そうだよ聖子ちゃん。どれだけ男の子が嫌いだからって、殺しちゃ駄目だよ。メッ!」
聖子は足を止めた。何やら邪悪な笑みを零し、アレクシスに向けてその大きな目を見開いた。
「そうね。殺すなんて生ぬるいわね。あなたの言う通りよ、ジョセ! ククク……ケヒヒヒヒ……」
「聖子ちゃん、その悪魔みたいな笑い方やめなよ」
「そうだよ。可愛い顔が台無しさ」
最近の聖子は魔王の暗黒面に引きずられているのか、日常の中でも邪悪さを隠さなくなっており、コトハは真剣に危惧しているのだ。もしも、この無神論者を自称する大切な友達が悪魔崇拝に走ったとしたら、コトハ=ジョセフィーヌに残された道は……
放課後。聖子は今日は用事があると言い残してさっさと帰ってしまった。実に珍しいことで、そんなことは年に一度あるかどうかという頻度だ。嫉妬深い聖子はコトハが他の友人と一緒に帰ることを絶対に認めないため、コトハは仕方なく一人で帰路に付こうとした。
「おーっほっほっほ。憐れな毛唐ですわ。一緒に帰る友人もいないなんて」
戎宮桜が行く手を塞いで高笑いする。聖子が四六時中付きまとっているため、コトハ1人を相手にしたことなどない。今日は、このいけ好かない女を思う存分虐められると、桜の加虐心は弥が上にも高まる。
コトハが桜を無視して後ろから帰ろうとすると、桜の子分アヤが行く手を塞ぐ。さらに方向を変えるとカナが行く手を塞ぐ。仕方がないから桜の方に振り向いた。
「どうしましたの? 震えていますわよ、コトハ=ジョセフィーヌ」
「邪魔。どいて」
「毛唐は物の言い方というものを知りませんわねぇ! 目上の人には敬語というものを使いなさい。私は戎宮神社の跡取り娘、戎宮桜ですのよ」
「そんなこというならコトハは大統領の娘だぞ」とアンナが横から口をはさんできた。
「親の身分を傘に着て、恥ずかしいとは思いませんの? 虎の威を借る鼠というのですわ」
「いや、それ多分コトハのセリフだと思うですけど。それに鼠じゃなくて狐です」と隣のアシュレイも援護射撃をする。
桜は頬を桜色に染め、地団駄を踏みながら子分に撤退命令を下す。
「助かったよ、アンナちゃん、アシュレイちゃん。もうちょっとで喧嘩になるところだったよ。いくら桜ちゃんが悪い子でも傷つけたくないからね」
3人を相手にしても負けるつもりなどさらさらないと言った風にコトハは笑う。
「別に構いませんよ。それより一緒に帰りません?」
「うん! 是非そうさせてもら、」
その時、心臓が抓り上げられたみたいに、不気味な衝撃が走った。時間が静止している。その中を白い鳩が飛んできて、アシュレイの肩に泊まった。
「感じるかい?」
「うん、なんだろうこの不吉な感じ」
白鳩はコトハの肩に飛び移る。コトハはそのまま2人を放置して教室を出た。
「コトハ、方向は分かるかい?」
「多分教会の方だよ」
コトハは走りながら桜色魔法少女へと姿を変え、開いていた窓から飛び降りて教会の前にやってきた。手に取って感じられるほどの憎しみと悪意の波動が、教会の内部からダダ漏れしている。
「サタンが地上へ侵略してきたのかな? だったら抹殺しなきゃ」
「え……サタンと戦おうなんて考えちゃ駄目だよコトハ。危険すぎるよ」
「でも神聖な教会を穢すなんて絶対に許せないよ!! 主の御名に懸けて、サタンを抹殺しに行くよ!」
その頃、照明が落とされた薄暗い教会の内部では磔刑が行われていた。男が一人、文字通り十字架に磔にされていたのである。男の名はアレクシス。そう、今朝聖子に告白した男子だ。
「な、何をするつもりだい?」
「これからお前を裁きにかけるのよ」
漆黒の魔女は杖の先を不気味に光らせ口角をゆっくりとあげた。
「な、なぜ? 僕が何か悪いことをしたのかい?」
「いたいけな少女をレイプして、子供を産ませようとしたでしょ」
「な、何の話だい?! 僕はそんなこと考えたこともない」
「とぼけても無駄よ。これからお前を去勢する。エミー、メス!」
聖子は杖を床にぶっさすと、チャーチチェアに止まっている烏に右手を差し出す。
「卿よ、魔王様はそのようなことのために力を与えたわけではないぞ」
「あんたも去勢するわよ」
「私はメスだ」
「じゃ割礼してあげる」
「……メスだ」
烏は謎の空間からメスを引っ張り出して唇に挟むと、聖子のところまで飛んで行って律儀にメスを渡した。
ギリギリと扉が開かれ、薄暗い礼拝堂に夕日が差す。太陽の光をいっぱいに反射してキラキラ輝いた魔法少女、招かれざる正義が暗黒ミサに乗り込んできたのだ。
「そこまでだよ!」
「む……?」
烏は身の危険を感じ取ったのか、聖子の肩へと退避する。
「コトハ、あいつだよ。あいつから悪の波動を感じる」
「うん、あの子、きっと悪魔と契約した魔女だね。性根を叩きなおして神様と向き合わせなきゃ! そこの子、何をしているの?」
出会い頭に悪魔崇拝者呼ばわりして詰問に及ぶコトハ。無理もない、彼女は男を磔にしてメスを持っていたし、何よりどこからどう見たって正統派の魔女なのだ。
「正義の執行よ。あんた誰?」
だが魔女は意外にも、正義という、神のみが有するべき価値観を根拠に返答する。
「私は、愛と正義の魔法少女だよ! 主の御名において、悪い子に裁きを下しちゃうから」
主の栄光をその身をもって体現するため魔法ステッキをくるくる回して、最後に魔女を照準する。
「あっそ。じゃあ私は関係ないわね。だって私は正義の味方だもの」
「子供を十字架に括り付けて、刃物を振りかざしてる子が正義の味方ぁ!?」
「当たり前でしょう。あなたの目は節穴なの?」
魔女は絶対的な自信と共に答える。その口調には一切に迷いというものがなかった。
こんなことは予想外だ。なぜなら正義とは主の御心であり、神が下す裁きのことを言うはず。なのに、なぜこの魔女はそんなに自信満々に正義を口にすることができるのだろう!
魔女との議論は無意味だ、とコトハは思った。悪と対話しても得るものは無い。悪に必要なのは一つ! 愛の鞭だけだ。
「問答は無用だよ、シャルジュ!」
爆風のように加速した魔法少女は、ステッキの先に魔法の槍を展開し、魔女を突き殺す勢いで突っ込んできた。
「ディ・セットゥ、ル・ブクリエ!」
対する魔女は、とっさに左手の魔導書をコトハに向ける。魔導書は自動的にページをめくり主を守るための防御魔法陣を展開させた。
「愛と正義の魔法少女ってのは、名乗りも上げずに襲い掛かるの!? あんたモンゴル軍出身?」
「ご、ごめんなさい。私の名前は」
「うるさい!」
聖子は突き刺さった刃に向かって自分の杖を叩きつけ、魔力を注ぎ込んで防御魔法ごとコトハをふっ飛ばした。その衝撃で十字架が粉砕されてアレクシスが逃げ出してしまったが、もはや聖子には些末な問題だ。男を庇う女は、聖子にとってただの男よりも許しがたい。
「ユイエル卿よ、気を付けよ。あ奴からはとても強い力を感じる」
「ユイちゃん? あなたユイちゃんっていうの?」
「ちっ……ならば聞きなさい。我が名は大魔女ユイエル、永劫地獄の使者にして神を殺す者よ。もう一度我が名を短縮呼称すればあなたの命はないわ」
「今度はこっちの番だねユイちゃん。コトハの名前はね、コトハっていうんだよ」
聖子は激怒した。よりにもよってこの魔法少女は、彼女のパートナーと同じ名前を名乗ったのである。死に値する、と聖子は思った。この世にコトハは2人も要らない。
「穿てディ・セットゥ、ティレ・デ・フレッシュ!」
神聖な教会に青く輝く矢が17本、コトハに向かって砲弾のような速度で放たれる。コトハは猫のように俊敏な動きで飛び跳ねたり、チャーチチェアを盾にしたり、魔法ステッキで叩き落したりして、その全てを回避した。続く第2波も、障害物を巧みに利用した回避戦術ですべて逃れる。教会はもはやボロボロだが、これは悪魔との聖戦。教会など所詮は作られたものだから、コトハにとって守るべき対象ではない。
「イデアル・マジカル……」
第3波から逃げながらコトハは魔法の言葉を口ずさむ。コトハの周りに展開する小さな環状魔法陣。弾丸は同じく17発。
「ミストラール!!」
機関砲のように発射される桜色の魔法ミサイルは聖子の矢を全弾撃墜し、教会内部で大爆発を起こしてステンドガラスをふっ飛ばした。
「そう、あんたも魔法が使えるって訳」
「魔法なんて使えない。これは神様の奇跡だよ」
「呼び方なんてどうだっていい。これ以上ここで戦えば学校が破壊されるわ。場所を変えましょう」
「そうだね。決戦に相応しいバトル・フィールドへ移動しよう」
聖子は箒を呼ぶと割れたステンドグラスから警戒心全開で飛び上がり、猛烈な速度で天に向かって飛んでいく。コトハはその後ろを誘導ミサイルみたいにくねりながら尾行する。2人は八甲山の上空に到達すると、ようやく歩みを止めて相対した。
「かかってきなさい、悪魔の使い」
「悪魔はそっちじゃん! 叩き落してからお説教してあげる。イデアル・マジカル・クロタル・エヴォリュエッ!!」
さっきよりも大きい環状魔法陣から、爆発的な勢いで魔法の対空ミサイルが射出される。
「ディ・セットゥ、フ・レ・パィエッツ!」
魔女の杖からは何万何千の小さなキラキラ星が飛び出し、やってくるミサイルに纏わりついてあらぬ方向へ誘導して空中爆発に追い込む。彼女達は二人とも、B-29との戦闘である程度の対空戦闘はコンバット・プルーフ済みなのだ。コトハは何度かミサイルを振りまいたが、敵に通用しないのが分かると、目くらましにもう17発の魔力弾を放って全速力で距離を取った。
「マスタードシード、カノンモード!」
コトハは昔見たアニメを真似してそう言ってみた。「Yes, my master」との返事こそなかったが、ハートの宝石を覆うフレームはコトハの思い描いた通り、後方を覆う砲身のような形へと変形して行く。しかしアニメの魔法少女と違って、聖子にはバインドを仕掛ける隙はなかった。だから一瞬で勝負をつける必要がある。コトハはからし種一つの程の信仰心を、その杖に注ぎ込む。
「イデアル・マジカル……」
砲身を取り巻く環状の魔法陣。早く、何よりも早く、敵に向かって弾丸を叩きつけるために何が必要か。コトハはイメージし、照準する。煙の中で見失ったコトハを探す魔女の帽子を。
「ルクレールッ!!」
音速をはるかに超える速度で射出された魔力の弾丸は、聖子の不意を突きその体を貫いた……はずだった。聖子は彼女を見失った時点で全方位に防壁魔法を展開していたのだ。魔力砲撃は聖子に命中こそしたものの、大したダメージを与えられず射手の位置を露見させただけに終わった。
「ふっ……そこにいたの。行くわよ、ディ・セットゥ。魔界の主は地から雷鳴を轟かせ、いと高き魔王は御声をあげられ、雹と火の雨が続く。魔王の矢は飛び交い、稲妻は散乱する……!」
嵐が訪れる……霰が地の底から天へと吹き上げられる。地獄の雲は、天の神を殺すために雷を打ち上げるのだ。
「コトハ! 逃げて」
「逃げない! イデアル・マジカル・エグゾセッ!!」
だがコトハは強大な魔力を籠めて一発の弾丸を放つ。魔力弾は嵐の中を突き進むが、打ち上げられた雷に激突し破局的な大爆発を起こした。
「レクレール・ドゥ・デュー!」
帯電した空間に放たれた帰還電撃の数は17。コトハの放った弾丸の比ではない、光にすら追いつけそうな速度で雷撃は放たれた。
「お願い、マスタードシードッ! トゥワ・デ・バベールッ!」
魔法ステッキを掲げるコトハ。その杖は神に反逆する塔となり、柄を八甲山の頂上に思い切り突き刺した。雷は避雷針と化した魔法ステッキにぶち当たり、八甲山の中へと吸い込まれて行く。
「せぇぇぇーい!」
コトハは宝石に左手を当て、そのまま、全長数キロはあろうかという魔法ステッキを思い切り払いあげる。てこの原理により凄まじい力を内包した殺意の波動は、聖子を叩きあげるために空を切り裂く。その予想外の反撃は聖子の反応速度を僅かに上回る。反逆の一撃は聖子の立つ箒を叩き割り、股の間に思い切り叩きつけられた。
「ひぃぐっ…………!!」
言葉にならない痛みとともに空に舞い上がる聖子。無論生身ではなく、魔女の姿である今では、その痛みは当然に死を意味するというわけではない。それでも痛いものは痛いのだ。聖子は自分が女に生まれたことを信じてもいない神に感謝した。もしも男だったら、きっとこの程度では済まなかっただろう。
魔法ステッキが縮んでいき、聖子は衝撃から解放される。今や雲の上。コトハも遅れてゆっくりと飛んでくる。聖子の目には少しだけ涙が浮かんでいたが、悟られるわけには行かない。
「私は女の子は殺さない主義だけど、勢い余って殺しちゃうかもしれないわ! 食らいなさい。最強魔法、究極の裁きを!」
「卿よ、そんなもの習得していないだろう」
遅れて飛んできた烏が聖子の涙を啄みながら言った。
「黙りなさい、トリ風情が!」
「しかし分が悪いのは事実。ここはいったん引いた方が賢明ではないか?」
「ちっ……仕方ないわね。覚えておきなさい、魔法少女。この借りはいつか必ず返すわ!」
聖子は新しい箒にしがみ付くと、雲の中へと急降下して行く。
「あーユイちゃん待ってー!」
コトハもその後を追うが、分厚い雲に視界を遮られ、その姿はすぐに見失ってしまった。こうして、魔女と魔法少女の初戦は魔法少女の鮮やかな勝利に終わったのであった。