魔法少女イデアル☆ことはICONOCLASM 作:エステル
それからしばらく時間が過ぎた。夏休みの間、空襲は日本全国に拡大し、太平洋側だけでなく日本海側まで攻撃を受けた。だが夏休みが終わると今度は再び山戸撫市への集中攻撃が行われ、他の地域での空襲はぴったりと収まったのである。
そんな秋のある日、コトハはいつものように戎宮前公園で聖隷教会の炊き出しを行っていた。軍拡中の日本連邦軍では、空海軍の人員が致命的に不足しており、若いホームレスやストリートチルドレンを積極的にリクルーティングしているため、今では山戸撫市のホームレスは空襲前と同程度に高齢化していた。エミリーは与党日本共和党からも軍国主義への道を着々と進んでいると非難されていたが、陸軍の予算はむしろ削減しており、日本連邦軍が掲げる「専守防衛」を忠実に実行しているのだと反論し革新派議員達を抑え込んだ。
炊き出しと言っても今日はパンと紅茶を配るだけだ。姉アリスがバイトしている市内3店舗に展開するベーカリーチェーン、小粋な♡泥棒『ラ=ラパン=ノワール』から焼き立てパンとサンドイッチの提供を受け、祈りの言葉と共に配っていた。聖隷教会は祝福はしても勧誘はしない。これは主任牧師マイケルの方針であった。
「ハムタマゴサンドをいただけるかしら?」
「はい、ハムタマゴサンドだね!」
そう言ってハムタマゴサンドと紅茶を渡し駆けて、コトハの手が止まった。そこに立っていたのは他の誰でもない、戎宮桜と2人の部下、アヤとカナであった。
「……桜ちゃんが食べ物に困っているとは思えないんだけど?」
コトハは冷たい声で呟きパンと紅茶を引っ込めた。
「駅前までパンを買いに行くのが面倒なので、あなた方から貰って差しあげると言っているのですわ。感謝しなさい」
「そんな理由で炊き出しに並ばないで。私達はご飯を食べられない貧しい人々のためにやってるんだよ」
「やはりあなたは貧しい人々を見下すために奉仕活動をなさっているんですわ。この偽善者! おーほっほっほ!」
なぜか巫女服姿の桜は扇子を口に当て大笑いする。お付きの子分2はクスクスとコトハを見下すように笑った。
「違うで、嬢ちゃん。コトハちゃんは神様のためにやってはるんや。それはわしらが一番よう分かっとる」
桜の後ろに並んでいた山本が口を挟む。頭はハゲ、歯並びもガタガタ、桜は声を聴くだけで身の毛もよだつ思いでガタガタと震えている。
「び、貧乏人の負け組ホームレスが、高貴なわたくしに声をかけないでくださいますか! 魂が穢れますわ」
「桜ちゃん、用がないならもう帰ってくれない? ここは桜ちゃんの居場所じゃないんだよ」
「わたくしにこんな仕打ちをしたことを、必ず後悔させてあげますわ。今、ここで!」
「どう後悔させてくれるの」
「御覧なさい!」
桜は巫女服の袖から書状を取り出し、コトハ達の前に丁寧に折りたたんだ和紙を掲げた。桜が書いたものだろうか、毛筆で公園占用許可証とでかでかと書かれてある。
「戎宮前公園は今日から戎宮八幡神社秋季例大祭が終わるまでの間、戎宮連合自治会が使用いたすことに相成りましたの。今日はそれをお知らせしに参りましたのよ。おーっほっほっほ!」
桜の勝利宣言が秋の公園に木霊する。桜の神社、戎宮神社の目の前にあるこの公園で聖隷教会が炊き出しをやっていることに対し、戎宮神社関係者が日々苦い思いをしていたのは想像に難くない。ましてや桜にとって憎きコトハが混じっているとならば尚更である。
「何の権限があってそんなこと!」
「これが戎宮区長からの許可証ですわ」
カナがポーチから取り出したのは、馬鹿げた和紙ではなく、戎宮区長が発行した政府様式の書類であった。
「でもそんなこと急に言われたって。どう思う、リーアちゃん?」
「確かに……正式な区から発行された占用許可証です」
隣で見ていた恋苺狩愛は苦虫を噛み潰すうな声で言った。
「おーっほっほっほ。当然ですわ」
「でも祭りのとき毎年公園使ってないじゃん!」
「今年は使うのですわ! 分かったらとっとと出て行きなさい」
桜はコトハとホームレス達に向かって、ぐるりと指さして、薙ぎ払う様にして最後通告を宣言する。
「お、おかしいよ。私達だって占用許可を持ってるはずだよね、リーアちゃん?」
「今、区の公園担当者に確認してみましたが、どうやら戎宮区長は私達の占用許可を撤回したみたいです。宗教的公平性のためだとか」
「桜ちゃん! 何のために公園を使うの?!」
「そんなことあなた方には何の関係もありませんでしょう。とっとと出て行きなさい。警察を呼びますわよ?!」
それから桜が、というより戎宮連合自治会が何をやっていたかと言えば、各村祭典委員会の幹部を集めての飲み会である。公園中にシートを引き、仕出し弁当に灘の酒をたっぷりと用意し、そこら中でどんちゃん騒ぎをしていた。祭りの打ち合わせという名目ではあったが、聖隷教会に対する嫌がらせであることは明白であった。
「こんなもの、権利の濫用です」
道路に追い出された恋苺狩愛は悔しさを滲ませて言う。
「とりあえずパンはここにおいて行って、みんなに自由に取って行ってもらうしかないよ」
「道路交通法には違反しますが……」
「その通りですわ!」
桜が勝ち誇った顔でやってきて言った。
「もしもこの周辺で違法行為が確認された場合、即刻警察を呼んでやめさせますわ」
「じゃあ何、このパンを捨てろっていうの?」
「何なら私達が引き取ってあげてもよろしくてよ」
「桜ちゃん……ッ!」
「あらあら、私達はあのような社会の敗北者どもと違って、恵んでくれと言っているのではありませんわ。金を払って買ってあげると言っているのです」
「お金って、それ自治会費でしょう!」
「おーっほっほっほっほっほ!」
桜の勝利は揺るがない。元々は民衆から巻き上げた金であることなど、桜には関係ないのだ。
「コトハさん……ここは桜さんの"好意"に従いましょう。そのお金を皆さんに配って食べ物を買ってもらうんです」
恋苺狩愛は桜にパンの入った箱を差し出し、買い取ってもらうよう頭を下げた。
「"施す"というものは、存外に気持ちの良いものですわねぇ! おーっほっほっほっほっほ!」
コトハは屈辱と共に戎宮前公園を後にした。その背後からは桜の笑い声がいつまでも響いていた。
「許せない……許せないよ! 聖子ちゃん、桜ちゃんを何とかしてよ! 桜ちゃんと仲良いでしょ」
その足で青堀邸を訪れたコトハは、アパートの共有庭で山積になった機関銃の解体作業をしていた聖子に声をかけた。
「私が桜と仲良いように見えてんなら、あなたの目には丸太が入っているわ。あんたのママに相談しなさいよ。戎宮区長ごとき、言いなりに出来るでしょうよ」
「G17サミットでパリに行ってるよ。ニュース見てないの?」
「私にはテレビを見る時間なんて残されていないわ。これ、知り合いの弁護士の名刺よ」
そう言って聖子は財布から一枚の名刺を取り出す。
「聖エステル法律事務所? 聖エステルだなんて、なんかユダヤ教徒っぽいね」
「ユダヤ人よ」
「ジーザス! この私にユダヤ人を頼れっていうの!?」
「頼りにならない奴だけどね」
聖エステル探偵事務所は戎宮の山手にある高級住宅街の一角にあった。古めかしい洋館だ。弁護士は名をアイデンといい、法律家というよりビジネスマンみたいな風貌をした、鼻の高いユダヤ人である。初めは子供一人でのこのこやってきたコトハを小ばかにするような対応をしていたが、コトハの名前を聞くと別人のように畏まって、応接室に通し自らコーヒーを淹れ部下に御茶菓子を用意させた。
「これはこれは、大統領のお子さんとは知らず申し訳ありません。私も先の大統領選ではプレジデント・エミリーに投票しましてね。いや、彼女は素晴らしい女性だ。エミリー大統領がいなければ、この街はとっくに廃墟になっていたでしょうね」
それから一通りおべっかを使い大統領を称える美辞麗句を並べ立てると、今度はコトハの容姿を褒めて髪質から爪の一本までも褒め出したので、コトハは机を両手で叩いて静止した。
「そんなことはどうでもいいの! 戎宮区長の決定を覆す方法はないの?」
「私の専門は刑事事件でしてねぇ、生憎行政事件は門外漢なんです。とりあえず戎宮区に対して行政不服審査法に基づく審査請求をしておきましょうか。しかしこれは第三者に対してなされた特許使用に対して出来たのかどうか……くそ、分からん。分からんが、とりあえずやってみましょう。だがその前に着手金を頂きませんと」
「カード払いでいいの?」
コトハがY&A プラチナ家族カードを抜くと、アイデンはその輝きを食い入るように見つめる。
「もちろんですとも。ちなみに着手金は30万円となっておりますが……とその前に、エミリー大統領からの同意を貰っておりますかな?」
「お母さんはパリだから無理だよ」
「親権者の同意がない場合は依頼することができないんですよ、お嬢さん」
「所長、それは違います。未成年者の場合は契約できますが取消ができるんですよ!」
部下の若い女性が口を挟む。女性は民法入門テキストのページを開き、アイデンに指示した。
「余計なことを言うなリリィ! 確かにそうなんですがね、もしも取消になった場合、それまでにかかった費用を損害賠償として請求することになりますので、」
「それも違います所長。現存する利益の範囲でしか返還請求は出来ません! 損害賠償なんて、無理です!」
「俺はFEIのロースクールを出てるんだ。その程度知らないで言ってると思ってるのか?」
「知ってて言ってるの?」とコトハは聞いた。
アイデンは目を逸らして咳払いした。
「……とにかく、大統領の許可を貰ってきてください」
「でもお母さんは許可してくれないと思うよ。お母さんは無神論者だから、教会の活動を支援するのを嫌うの」
「確かにエミリー大統領は、宣誓時に聖書ではなく社会契約論に手を置いて憲法の維持・保護・擁護を誓ってましたね!」とリリィが言った。
「なら同意は貰えんのか。無駄な時間を使わせやがって、帰れ!」
「にゃぁ……引き受けてくれないの?」
「無駄だクソガキ。諦めろ」
「―――というわけで」
「殺してやるあの無能弁護士!!」
聖子は重機関銃を一丁担いで体中に12.7mm弾を巻き付けて叫んだ。
「弁護士さんはどうでもいいよ。そんなことより桜ちゃんを何とかできないかなぁ」
「桜はクズだけど女よ? 私は原則女には手を出さない主義なの」
「聖子ちゃんの価値観よく分かんないよ。こうなったら自分で何とかしてみるよ」
翌日の放課後。恋苺狩愛は別の公園の占用許可申請を区役所に出しに行ったが、戎宮区中の公園はすでに連合自治会によって抑えられていることが判明した。"祭り"を名目に聖隷教会とホームレスに対する嫌がらせが既に始まっていたのだ。
休日の戎宮駅前では、ホームレスを追い出そうと気勢を上げるデモ隊の姿も見られた。見かねた恋苺狩愛は警察に通報したが門前払いを受ける。コトハはマイケル牧師に対し、自治会を相手どって連邦裁判所へ提訴するよう迫ったが、祭りを控える地元との関係悪化を避けたい彼は返事を渋っていた。
週末、コトハは遂に決起することにした。悪に勝つには正攻法しかない。正々堂々、力ずくで排除するしかないのだ。というわけで愛と正義の魔法少女は、愛と正義を地上に実現するための実力行使に出たのである。
「わたくしにこんな狼藉を働くのはいったいどこの下層階級ですの!? わたくしは戎宮神社の跡取り娘、戎宮桜ですのよ!」
コトハは桜の寝床へ侵入してその身柄を拘束し、山の奥深くにある廃墟に監禁していた。
「桜ちゃん、懺悔の時間だよ」
桜を十字架に縛り付け、その目隠しをとって姿を現す。魔法少女の姿では、コトハをコトハであると認識することは出来ないのだ。
「この無礼者! 即刻わたくしを解放しなさい。さもなくば、八百万の神の天罰がくだりますわよ」
「そんな妖怪変化怖くないよ。私が恐れるのは唯一、主、のみだよ」
魔法ステッキで桜の顎を持ち上げ、無機物さえもすくみ上るような低い声でコトハは言った。
「あ、あなたはいったい何者ですの?」
「主の御使い、とでも言っておこうかな」
「目的は何ですの?!」
「言ったでしょう。懺悔だよ、桜ちゃん。桜ちゃんがちゃんと反省して、ごめんなさいって言ったら返してあげる」
「わたくしは謝らなければならないことなど、何一つとしてした覚えはありませんわ」
コトハはiPhone17を固定する器具を桜の前に設置し、動画撮影を開始する。
「な、何をするつもりですか」
「海外でよくやってるでしょ。いわゆる、裁判だよ。さぁ、罪を告白するんだよ桜ちゃん!!」
コトハは世界最大の動画サイトであるMytubeにライブ配信を開始する。そのアカウント名は、12月24日殉教者旅団である。タイトルは『罪人・戎宮桜の公開裁判』。
この日本で少女の公開処刑が行われているという噂はたちまちネットを駆け巡り、SNS Vanitynoteや電子掲示板サイトなどで情報は拡散された。もちろん警察もすぐに動いたが、コトハは魔法でネット回線に接続していたため場所を突き止めることなど絶対に不可能である。
情報はパリにいたエミリーにまで届けられた。テロリストが日本で少女を誘拐し、首を切り落とそうとしている。サンダーソン首席補佐官は少々ゆがめられたネットの情報をエミリーに伝えてしまった。エミリーの命令を受けたFBI山戸撫支局のデイビス支局長は、エミリーの命令により、HRTと各支局にSWATを待機させ、日本全国どこでも逮捕が出来るように準備を進めていた。
捜査チームのリーダーに就任したのは、特別捜査官のジャック=フィリップスだ。ジャックはチームメンバーを集めると、その前に進み出て行った。
「おそらく犯人は連邦政府に恨みを抱くイスラム系原理主義組織のメンバーだ。ただし、ロシア人か中国人の可能性もある。トニーは最近中東から入国してきた外国人のリストを洗え。ミシェルは市内在住の敵性外国人を調査してくれ」
「ジャック、犯人がイスラム教徒や外国人であるという根拠は何かあるんですか?」とトニーが聞く。
「トニー、俺に口答えするつもりか?」
ジャックは至近距離まで顔を近づけてトニーを威圧する。
「いえ、そういう訳ではありませんが」
「俺の捜査方針に従えないのなら、今すぐに辞職しろ。いいな?」
「はい、ジャック」
そしてジャックは、忙しそうにキーボードを叩いているクロエの元へ行こうと思ったが、少し距離が離れていたので電話することにした。
「FBIオランダン」
「クロエ俺だ。Mytubeにハッキングして、動画の送信元を突き止めてくれ」
「ちょっと待ってくださいジャック。それ違法なんですけど」
「頼むやってくれクロエ。君にしか頼めないんだ」
「分かりましたジャック。やってみます」
このような感じで、FBIが捜査を開始したのである。
その動画を聖子が目にするのは、母鞠子からの電話連絡を待たねばならなかった。何しろ聖子は、"ギガ"を節約するために携帯で動画サイトを見ることなど絶対にないし、普段はテレビニュースも見ないのだ。桜が失踪し誘拐されたことで半狂乱となった桜の祖父、戎宮区連合自治会長でもある戎宮権兵衛が、知り合いや同級生の保護者に片っ端から電話しまくって、手掛かりがないか問い詰めていたのだ。
確かに桜の行動は目に余った。だからといって女子を誘拐し殺害しようとするなど、正義の執行者である青堀聖子にとっては絶対に許すことのできない所業。
「行くのか、卿よ」
重機関銃にとまっているお供の烏は鳴いた。
「人助けなど……あまり感心できることではないな」
「人助けじゃないわ。正義の執行よ」
そう言って魔女のローブを纏った聖子は、箒にまたがって山戸撫市の空へと舞い上がった。しかし動画が撮影されているのは薄暗い廃墟の中。聖子は探す手段を持たない。ゆえに聖子はデイビス支局長の元を訪れる。山戸撫市北野区にあるFBI山戸撫支局のオフィスに空から乗り込んだのだ。
「だ、誰だね君は?」
「正義の味方、といっておきましょうか」
「私には魔女にしか見えないが」
「この事件を解決するには私の力が必要よ」
そういって聖子はデイビスに洗脳魔法を掛けようとして、魔導書のページが自動的に開き……
「連邦捜査官だ、その魔導書を捨てろ」
ジャックに銃を突き付けられた。
「聞こえなかったのか、魔導書を捨てろと言ったんだッ!!」
耳元で叫ぶものだから危うく鼓膜が破裂しそうなところだった。聖子は魔導書をゆっくりとデイビスの机に置く。
「その魔法ステッキもだ。それから両手を頭の上で組んでゆっくりとこちらを向け」
聖子は指示に従わざるを得ない。剣と魔法の時代は、銃の登場と共に終わりを告げてしまったのだ。
「お怪我はありませんか、支局長」
「フィリップス捜査官、落ち着きたまえ。ただの子供じゃないか」
「いいえ、ただの子供ではありません。明らかにキリストの神性を否定する悪魔崇拝者の格好です。彼女はイスラム教徒の可能性があります。名前は何だ!? 答えろ!」
「勝手にムスリム扱いしないで。私はユイエル、無神論者よ」
「フッ……無神論者だと?」
ジャックは小ばかにするように笑った。
「所属する小学校名と学年・クラスを答えろッ!」
「んなこという訳ないでしょ」
「俺に言わされたいのか?」
ジャックは銃口を舐めるように聖子の頬に沿わせ、爬虫類のような目で睨み付ける。
「やめたまえフィリップス捜査官! 相手は子供だぞ」
「支局長、彼女は被害者に繋がる唯一の手掛かりです」
「手掛かりがないからこうして聞きに来たんだけど」と聖子は反論する。
「黙れッ!!」
その時、ジャックの携帯電話が着信した。彼は聖子に銃を向けたまま、視線をそらさずに通話ボタンを押す。
「FBIフィリップス!」
「ジャック、私です。動画の発信元に解読不能な暗号コードが混じっています。これは……既存の技術体系ではありません」
「どういう意味だ?」
「信じられない……一体どういうこと!」
「クロエどうしたんだ!? おいクロエッ! 何が起こっている?」
「その……まるで魔法でも使ってるみたいです。FBIのシステムじゃどうにもならない!」
「つまりどうすればいいんだ?」
「魔法をデコードできる能力……例えば魔法使いがいればなんとかなるかもしれません」
「魔法使いだと? それならちょうどここにいる」
ジャックは携帯を仕舞って、ついでに銃も仕舞った。
「ユイと言ったな。FBIに力を貸す気があるのか?」
「あるわ」
「ならそれを証明してもらおう。俺と一緒にクロエのデスクまで付いてこい」
デイビス支局長はこの二人の正気を疑っていたが、彼らを止めることはしなかった。ジャックが上司の命令に従ったためしなどないのだから。
ジャックがクロエのオフィスまで聖子を連れて行くと、クロエは不機嫌さを隠そうともせず不審者を見るような目つきで聖子を睨む。
「誰です、この子?」
「デコーダーだ」
「いえ……確かに見た目は魔法使いっぽいですけど、でもジャック、本当にこの子魔法使えるんですか?」
「使えるわ」と聖子は断言した。
そして魔導書のページを開き、呪文を唱えるとクロエの体が浮き上がる。ジャックはすぐさま銃を抜いて聖子に向ける。
「誰が浮遊魔法を使えと言ったァ!! クロエを下ろせ!」
「いちいち怒鳴らないでよ……」
聖子はクロエを下ろすと、彼女の隣の椅子に座る。
「で、魔法で書かれたコードってのはどれな訳?」
「これよ」
クロエが魔法だと表現するのも無理はない。Mytubeのソースコードにはうさぎさんやネコさんのイラストが躍っており、それは絵文字ではなく明らかにアニメーションで、表示機能が壊れているのでなければ、魔法という他なかった。
「何よこんなの。簡単じゃない。ラビッティー語よ」
「ラビッティー語? そんなプログラミング言語聞いたことないけど」
クロエは子供に対しても不機嫌そうに返答する。
「ラビッティー語は現代魔術言語のひとつよ。このうさぎさん達の配置と猫さんの動きからして……」
聖子はクロエのキーボードを高速で叩き、最後に魔法の杖でエンターキーを思い切り弾いた。踊っていたうさぎさん達は1byte文字に変換され、英数字の羅列が現れる。
「ジャック、電波情報から座標が特定できました。あなたやるじゃない」
クロエは笑っているのか怒っているのか分からない顔で聖子を褒める。
「戦術チームは待機しているな? ヘリで向かうぞ」
ジャックは壁から銃や防弾チョッキ、無線機などの装備を取り出し、身に着けてからエレベーターに乗ろうとした。聖子は当然のように付いていこうとして、ジャックに阻まれた。
「すまないが君を巻き込むわけには行かないんだ」
「これは私の仕事よ」
「駄目だ。どうしてもというなら、自分の足で行くんだな」
「そうするわ」
そして聖子は空間から箒を取り出し、それに仁王立ちして窓から出て行った。連邦政府ビルの屋上まで上がり、ジャックの乗ったヘリを追跡する。方角は北、八甲山方面だ。
10分ほど飛ぶと、ヘリは中腹の捨てられた教会のような建物の上空に静止した。そこは、巷でマリア様の館と呼ばれ、恐れられている捨てられた孤児院。山戸撫市民の誰もが知っているが未だたどり着いて生きて帰ったものはいないと噂の心霊スポットである。
ジャックとHRT捜査官達はロープを垂らしてヘリから降下すると、M4ライフルを構えながら孤児院の周囲を包囲する。ジャックは先頭を切って孤児院の玄関前に走って行った。
「入り口をすべて封鎖しろッ! 俺の合図で突入だ」
聖子は玄関が見える上空に待機し、突入準備をしている。相手は魔法少女、つまり女であるから聖子にとっては保護対象なのだ。
HRT捜査官がドアを打ち破り、拳銃を構えたジャックを先頭に捜査官達が建物になだれ込む。
「動くなッ!! 連邦捜査官だ武器を捨てろッ!!」
コトハは桜の後ろに回り込んで魔法ステッキを突きつけ、その先に魔力の刃を灯した。
「近づいたら桜ちゃんの命はないよ」
「俺を甘く見るなよ? その魔法ステッキを置くんだ。さもないと君を射殺することになる」
「連邦捜査官って言ったよね? 桜ちゃんを解放してもいいけど、その前に大統領と話をさせて!!」
「大統領はテロリストと交渉などしない」
「それはどうかな? やってみないと分からないよ」
「黙れッ!! 早く魔法ステッキを捨てろッ!!」
「桜ちゃん殺しちゃおー」
その時、裏口で爆発が起きて孤児院全体が揺れた。ガラス窓が吹き飛びジャック達はとっさに身構える。
「不意を突こうとしても無駄だよ。この建物は魔法トラップで守護された祭壇になっているからね」
「トニー俺だ。捜査官一名が負傷。至急救急隊を寄越してくれ」
ジャックは無線に叫ぶ。隊員の一人が倒れた捜査官を引きずって行ったが、コトハは特に妨害しなかった。
「早く大統領に連絡するんだよ」
「駄目だ。俺が話を聞いてやる。君の目的は何だ? 大統領の恩赦か?」
「恩赦なんていらない。私の目的は、戎宮八幡神社秋季例大祭の無期限中止だよ!」
「なんだと……!?」
コトハの答えに、ジャックは冷静で大げさな小声で答える。
「神道の祭りの中止要求……やはり宗教絡みか。俺の読み通り、イスラム原理主義者という訳だな」
「そんなのと一緒にしないで、私は敬虔なクリスチャンだよ!」
「敬虔なクリスチャンが、市民を人質に取ったり、魔法を使ったりするはずがないッ!!」
「見解の相違だよ。どうなの? 中止するの、しないの?」
「悪いが連邦政府は政教分離原則を犯すことは出来ない」
「特定の宗教だけ優遇してるくせに!!」
「交渉は終わりだ」
そう言ってジャックは引き金を引こうとして……後ろから飛んできた箒で後頭部を強く打って気絶した。箒に乗った魔女はそのまま孤児院の奥深くに飛んで行ってコトハの手を引く。
「囲まれてるけど、正面はあいてるわ。行くわよ、魔法少女」
そういってコトハを箒の後ろに乗せ、気絶するジャック達の上空を通過する。
「ユイちゃんどうして……こんなことしたらユイちゃんまで政府に手配されちゃうよ」
「かもね。あなた、なんで桜を誘拐して処刑しようとしたの?」
「別に処刑するつもりはなかったよ。ただ、桜ちゃんは悪い子だから懲らしめようとしただけで」
「あら、そうなの。てっきり首を切り落とすんじゃないかと思ってたわ。じゃあ別に大した罪には問われないでしょう」
ところがそんなことはなかった。目を覚ましたジャックは桜の拘束を解くと、FBIのオフィスに無線を発する。
「クロエッ! テロリストと魔女を衛星で追跡しているな?」
「はい、赤外線画像にY軸でフィルタを掛けてあぶり出しました。彼らは戎宮区に向かっています。でも気を付けてジャック。彼女達が地上に降りて変身を解かれたら、FBIの技術では見つけられない!」
「コピーザッ! 捜査官ヘリを出せ。至急戎宮へ向かう!」
しかし聖子とコトハはすぐに地上に降りるとお互いに正体がばれないように解散したため、ジャックは彼女達を追うことは出来なかった。
そこでジャックは、桜が念のため診察を受けていた聖隷大学付属病院へ乗り込む。桜から魔法少女の正体を聞き出すためだ。ドクターヘリが使うヘリポートに降下したジャックは、桜の入院する病室をクロエから聞き出すと、病院を全力疾走してたどり着いた。
「私は連邦捜査官のジャック・フィリップスだ。君の名前は?」
「わたくしは戎宮桜ですわ」
「桜、おそらく君を誘拐したのは国際的な反政府テロ組織のメンバーだ。次の被害を防ぎたい。テロリストの正体に心当たりがあるのなら、何でもいい。教えてくれ」
桜はしばし目線を上にあげ、考えこむような素振りをした。
「心当たりがあるんだな?」
「心当たりと言いますか……似たような言動をする人を知っています」
「その人物の名前を教えてくれ」
「い、いえ……でもその人が関係あるとは限りませんし……」
「何でもいい。思い当たることがあるのなら、私に教えてくれ」
「ですがその人はエミリー大統領の娘さん……コトハさんですから」
「なんてこった……!! この計画には大統領の家族が関わっているのか!?」
それからジャックは病院だというのに携帯を取り出して電話し始める。
「クロエ、俺だ。連邦政府内に内通者がいる。被害者の証言によると、大統領すら関わっている可能性が高い」
「何ですってジャック!? 計画って何です?」
「国家の安全を脅かす計画だ。何万何千の共和国市民が犠牲になる可能性がある。FBIに内密にして、大統領の娘、ジョセフィーヌを調査しろ。いいかクロエ。くれぐれも誰にも知られるな。俺達が娘を調査していることが大統領の耳に入れば、俺達の家族に危険が及ぶ可能性がある」
「分かりましたジャック。調べます」
「頼むッ!」
そして桜を立たせて、無理矢理病室から連れ出そうとした。
「な、なんですの?」
「現在君はコトハ=ジョセフィーヌに繋がる唯一の手掛かりだ。一緒に来て欲しい」
「ですがコトハさんはクラスメイトですし……それに彼女がテロを企んでいるとは思えませんけど……」
「君が友達を信じたい気持ちは分かる。だが君が関わったのは国家の安全に関わる事件なんだ」
「国家の安全……!? コトハさんがそんな計画に……? わ、分かりました。何でも協力いたします」
それからジャックは出て行こうとする2人を制止する医者を殴って気絶させると、駐車場に止めていたレクサスを盗んで走り出す。それから運転中に電話を掛ける。
「クロエ、俺だ。ジョセフィーヌについて何かわかったか?」
「はい、ジャック。本名はコトハ=ジョセフィーヌ=ピーチフィールド。11歳のヒメリカ系日本人。犯罪歴はなし。所属は聖隷大学付属小学校5年ヨハネ組。支持政党はキリスト教民主党、宗教は会衆派キリスト教徒です。趣味は慈善活動、好きな動物はうさぎさんとネコさん!」
「不自然なほどに真っ白な経歴で逆に怪しい。プロバイダに侵入して普段アクセスするサイトを調べたか?」
「はい。彼女はイラスト投稿サイトに、うさぎやネコのイラストを投稿しています」
「待て……今何と言った?」
「ですからうさぎやネコのイラストを……あっ!」
「間違いない。ジョセフィーヌはユイの言っていた現代魔術言語をエンコードする能力を持っている。奴が誘拐犯だ」
その時割り込み電話が入ってきた。電話の主は……ジャックが最も尊敬し、恐れるべき人物。
「君がFBIの現場担当、フィリップス捜査官か?」
「イエス・マダム・プレジデンットゥ!」
「捜査の進捗状況を知りたい。FBIはなぜ犯人を逃がした?」
「協力者を装っていた魔女による妨害です、大統領」
「……魔女だと? ふざけているのか?」
「お言葉ですが大統領。魔女も魔法少女も現実に存在し、奴らは何万何千もの日本市民の生命を脅かすテロを企てています」
「私は少女誘拐事件だとしか聞いていないのだが」
「詳細は言えませんが私を信じてください大統領。必ず奴らの計画を阻止しますから」
「ともかく一刻も早く犯人を逮捕してくれ。私も会議が終わり次第日本へ帰る」
「分かりました大統領!」
ジャックは電話を切ると、心配そうに見つめる桜と目を合わせ、
「君をこんなことに巻き込んでしまったことを……」と言って正面を見つめしばし沈黙した後、
「本当にすまないと思っている」と大げさな小声で言った。
それからジャックは戎宮北部の住宅街にある、大統領私邸付近に車を止め電話を掛けた。
「クロエ俺だ。容疑者宅に到着した」
「赤外線衛星画像によると屋敷には2名の人影があります。一人は恐らくジョセフィーヌ、もう一人は姉妹のどちらかです」
「コピー! 俺の端末に衛星画像を送ってくれ」
それから携帯を切ると、桜に車から出るよう言う。
「君に頼みたいことがある。友人として彼女の家を訪ねて欲しい」
「ですがわたくしはコトハさんと友人ではありませんわよ」
「いいか、聞いてくれ。これは国家の安全に関わる作戦なんだ。そして君にしか頼めないことだ。やってくれるか?」
「分かりましたわ。コトハさんがテロを企てているのならば……この私が止めて差し上げなければ!!」
桜は大統領邸のインターフォンを押す。しばし沈黙があって、監視カメラが桜の映像を捉えた。
「桜ちゃん、何の用?」
「いえ、用というほどのものではありませんが……扉を開けていただけますか?」
「なんで?」
「えっと……わたくしあなたと一度お話をしてみたいと思っていましたのよ。お話いたしませんか?」
「自治会の戎宮区内の公園の占用許可を取り下げるなら、扉を開けてあげてもいいよ」
桜は不安そうにジャックを見る。ジャックは銃を下段に構えると、何かしらのハンドサインを送ったが、桜には理解不能だった。
「け、検討いたしますわ。そのことも含めて、あなたとお話したいんですの」
「……分かったよ」
そして扉は開かれ……
「動くなッ!! 連邦捜査官だ、武器を捨てろ!!」
ジャックがその隙間から突入してコトハに銃を向けた。
「私をはめたんだね桜ちゃん」
コトハは呪いの声を上げるがすぐにジャックに拘束され手錠を嵌められてしまう。
「お前が誘拐犯だということは分かっている。仲間はどこにいるッ!!」
「仲間って何の話?!」
「こんな大規模な攻撃計画をお前ひとりで計画したとでもいうつもりか? 仲間の名前をはけッ!!」
至近距離で怒鳴りつけられるコトハ。ジャックは鬼のような形相で子供とか女とか一切関係なく、容赦なく尋問を開始した。
「だんまりか? いいだろう。お楽しみの時間だ」
だがジャックが女子小学生相手に得意の拷問を楽しむことは出来なかった。フェイスの通報で駆けつけてきた大統領護衛官達がピーチフィールド邸に突入してきて、数人がかりでジャックを制圧したからだ。
「捜査官、話を聞いてくれ。俺は連邦捜査官のジャック=フィリップス。胸のポケットに身分証が入っている」
護衛官は身分証を確認したが、ジャックを解放しようとせず車に乗せる。
「捜査令状もなしに小学校5年生の女の子の家に侵入し、銃を向け手錠をかけ逮捕した。しかも大統領の娘をだ。君は今や連邦犯罪者なんだ」
「捜査官、頼む分かってくれ。国家の安全のためにはこうするしかなかった」
「君の身柄を検察に引き渡す。せいぜい良い弁護士を探しておくんだな」
「クソォッ!!」
戎宮の夜空にジャックの叫び声がこだまする。こうしてコトハの危機は回避された。コトハの復讐を恐れた桜は祖父に頼み込み、戎宮前公園の占用許可を聖隷教会に譲るよう説得した。教会の炊き出しは再開され、事件は無事解決したのである。