魔法少女イデアル☆ことはICONOCLASM 作:エステル
山戸撫市国際会館では、毎週日曜日に百合牡丹のライブが行われている。その日のライブのMC最中、客席からざわめきが巻き起こり、それはいつまで経っても収まらなかった。それは曲が始まってからも同じで、中には怒鳴り声を上げる客までいる始末。警備員は騒動を沈められず、ライブは途中で中止。そこら中で怒号が巻き起こり、百合牡丹に向かって汚い言葉を投げつける客が多発。その全ては、男性客であった。そう……聖子の呪いが地球規模で発動したのである。
いつもの10倍はあったB-29を瞬時に殲滅した聖子は、帰り際にグリペンに乗ったパイロットの敬礼を鼻で笑い飛ばすと、一人静かに市街地へ降りて行った。空軍パイロットの間ではB-29と戦う魔女と魔法少女の存在は公然の秘密となっており、一種の戦場伝説と化していた。
「卿よ、不機嫌そうだな」
「強すぎるというのも考え者ね。雑魚を潰したところで作業にしか思えないわ」
烏は並走しながら小気味良さそうに笑う。
「それは無機物相手だからであろう。弱者を一方的に蹂躙するというのは心地よいものだぞ。人間が苦しめば魔王様もお喜びになるし、魂利息程度にはなろう」
「ふふふ……それは良い考えかもしれないわね」
それから聖子は山戸撫市警察本部に立ち寄った。署員を眠らせ、所長の小林を監禁し、性犯罪に関する事件ファイルを片っ端から閲覧・記録する。それから検察に行って同じことをして、港アイランド刑務所に収監されている児童強姦犯のデータをすべて洗い出した。
「斉田佳祐、香月俊琴、音大地、風光平、黒岩聖志、阿波根拓馬、中城義明、西坂義輝、内野宮章、早房啓輔、和建、円入竜介。以上の者を食堂へ集合させなさい」
刑務所長を洗脳して児童強姦犯達を一ヶ所に集めて。何をするか、そんなことは決まっている。去勢魔法をかけてペニスを引きちぎってやったのだ。男達の呻き声と聖子の高笑いが深夜の港アイランドにこだまする。
ピーチフィールド邸の食卓。コトハは今日も意気消沈し、暗い顔で朝食を食べていた。それはコトハだけではない、フェイスも、アリスも同じである。
「男からの評価など気にする必要はない」
エミリーはパンをかじりながらそう言ったが、朝のニュース番組のキャスターさえ、かつては考えられなかった醜い女性が登場し、男性キャスターや芸人達からチヤホヤさせている。
「ママだって、次の選挙どうなるかわからないよ」とアリスが言った。
「私が容姿で大統領に選ばれたと言いたいのか?」
「それだけじゃないけど、その要素は大きいかもね」
「ふん……女性票を集めれば再選は可能だ」
「無理だよ。女の子の価値観は変わってないから、お母さんには嫉妬して入れてくれないと思う」
コトハは雀のように紅茶を啄みながら言う。
「大統領でなくなったからといって、我が家には十分な貯蓄がある。生活の心配なら杞憂だ」
「そんな心配はしてないけど……」
コトハは決して自分の容姿について驕ったり鼻にかけたりする人間ではない。だが学校ではもちろん、炊き出しをしていても以前のように話しかけられることはなくなったし、買い物に行っても男性店員から無視されたりと、あらゆる場所で影響があった。しかしコトハが悩んでいるのは自分のことだけではない。2人の姉や、聖子や、クラスメイト達まで同じ目に遭っていること、そして価値観が逆転する前は、今や2大ヒロインのブタ美やブス恵がこれほどの扱いを受けていたであろうことである。
何が正しいのか分からなくなっていた。自分が聖子を倒せば、今度はブス達が虐げられることになる。しかしこのまま放置して聖子の目論見通りにことが動けば―――――人類は滅亡する。
通学路。聖子はいつものように上機嫌だった。あぁ、彼女は本当に男が嫌いなんだなと、コトハはようやく理解する。聖子にとって男に興味を持たれないということは幸福以外の何ものでもないのだ。スキップしたりくるくる回ったりして全身で喜びを示している。十三やアレクシスなど、もう聖子に挨拶するどころか目を向けることさえないというのに。
戎宮北口で南北線に乗り換えたが、その車内に百合牡丹の二人が珍しく乗っていた。しかも絡まれている。相手はオタク。聞くに堪えないような暴言をぶつけ、今まで使った金を返せと迫っている。
聖子は特殊警棒をもってオタクの何が入っているのか分からない分厚いリュックサックを思い切り殴りつける。
「何をする! うわぁ、ブサイクな子供だな。百合牡丹以上のブスを見るのは久しぶりだぜ」
「人の容姿を馬鹿にする前に、自分の顔を見たら? ほら、窓にキモイオタクが映ってる」
「プププ……俺がいくら不格好と言ってもお前に比べたらイケメンだわ! よくその顔で歩いてられるな。整形した方がいいぞ?」
聖子は拳よりも大きな弾丸を取り出し、それを握って特殊警棒を振りかぶった。
「これ、叩いたらどうなると思う?」
「ちょっと聖子ちゃん、それ12.7mm弾じゃん! なんてものを持ち歩いてるの」
「銃刀法に弾丸を持ち歩いてはならないとは書いてないわよ」
「ひぃ……陰キャラの分際で……! 覚えてろビッチッ! いや、売春婦にもなれないネヴァービッチか! ハハハハハ!」
オタクは行ってしまったが、百合牡丹は屈辱に顔を歪ませて歯を食いしばる。
「あんな男が何だっていうのよ。あんた達も自信を持ちなさい。そりゃ私とコトハよりはブサイクだけど、まあ世界全体では上位ランクだから」
「てめぇ、馬鹿にしてんのか?」
「慰めてるのよ」
「百合牡丹は解散だ。事務所の奴ら、利用するだけ利用して私らを捨てやがった。芸能界も、もうデブとブスしか売れねえ!」
「いいえ、百合牡丹は解散なんてしていないわ」
そして聖子は遊と見里の手を取って重ね合わせた。
「ほら、2人の友情がある限り、百合牡丹は永遠よ。男なんて、関係ないじゃない」
「男が金を出さなきゃ誰が出すんだ!」
その手を振りほどいて遊は悪態をつく。温厚な見里も、不快感を隠そうともせず頭を掻きむしった。
「女性向けのアイドルになるっていうのはどうかしら?」
「そんなニッチな需要で売れる訳がないでしょう」
見里が吐き捨てる。いつも宥め役の見里がこんな風に不機嫌になるのは本当に珍しいことだ。
「あら、私はそういうの好きなんだけどな」
放課後になって、コトハは一人で教会に来た。下駄箱に手紙が入れられていたのだ。もしかしてこんな自分に好意を持っている男子がいる……ということはつまり、ユイエルの魔法に綻びが出ているのかもしれないと思い、コトハは聖子を置いて教会に駆けつけた。
その2人は一緒にやってきた。入るなり教会の扉を締め切り、2人で中央通路を手を取って歩いて来た。
「今、世界で何が起きているのか。知っているな、コトハ」
遊はコトハを睨み付けて静かに言う。
「そりゃ知っているよ。男の子の価値観が逆転しちゃって」
「結果じゃない。原因だよ」と見里が言った。
「…………」
「自分だけが特別な力を持っていると思っていたのか、契約者 - ラジョン=ヴィアージュ -」
遊の目に怪しい輝きが灯る。一瞬2人の身が光に包まれ、そこに現れたのはコトハと同じようなピンク色のドレスを着た魔法少女、隣には水色のドレスを着た見里が、魔法ステッキを構えていた。
「ま、待って。私じゃない! 私の仕業じゃないんだよ!」
「分かってる。あなたの魔力量ではこれほどの大規模魔法は行使できない」
水色魔法少女、見里が優しそうな声で言った。
「でも犯人は知っているはず」
「知ってるけど、どうにかできるならもうしてる」
「お前だけならな。私達だけでも無理だ。だが3人いれば何とかなる」
「……」
「次の空襲に紛れて襲撃する。いいな? 空襲警報が鳴ったら聖隷教会に集合だ。作戦はその時に伝える」
このところ空襲の頻度は極端に少なくなっていた。その日空襲警報が鳴ったのは午後8時過ぎ。コトハは変身して教会に向かう。敵機は約400機。今の連邦軍なら単独でも迎撃可能な戦力であったが、その夜も魔女は空に上がった。
「作戦はシンプルだ。私と見里が奴と戦う。お前は頃合いを見計らって、背後をついて奴を仕留めろ」
遊はそれだけ言うと、見里を連れて空に舞い上がって行った。B-29の大半は連合軍によって海上に叩き落されており、魔女は敵が撃ち漏らした機体を気まぐれに撃ち落としていた。百合牡丹はユイエルを確認すると、二手に分かれて雲の中に入った。
そして全速力をもって、2方向から急降下を掛ける。爆音で迫りくる2人の魔法少女は、聖子は最初戦闘機と勘違いして無視していた。しかし明確に自分の方向に向かってくるのが分かると、それぞれに向かって魔法陣が出現し、青く輝く魔力砲を撃ち放った。
百合と牡丹は間一髪で回避すると、接近はやめて空中に静止した。魔法の射程圏内で3人は睨みあう。
「新手がいたのね。私はユイエル。あなた方は?」
「立てば芍薬」
2人はいつもライブステージでそうしているように、手を取って挨拶を開始する。
「歩けば牡丹」「歩く姿は百合の花」
「二人揃って百合牡丹!」
声を合わせ決めポーズをとると、聖子は冷ややかな目で見つめる。
「あんた達、遊と見里ってこと? そうは見えないんだけど。それとも百合牡丹の真似っ子信者かしら?」
「マスタードシードが認識を歪めているだけ。私は本物の月見里よ」
「ま、あんたが本物か真似っ子かなんてどうでもいいけど。私を攻撃するってことは、私の敵ってことかしら?」
「即刻呪いを解除しろ、ユイエル。商売あがったりなんだよ」
「あぁ、そっか。男がアイドルに興味を失ったわけね。いいことじゃない。もう男に性的消費されなくて済むのよ。感謝してもらいたいわ」
「交渉決裂だな」
百合は敵意を籠めて魔法ステッキを構える。見里も後に続いた。2対1、しかも聖子は気まぐれに軍が撃ち漏らしたB-29を撃ち落としながら。にも関わらず、制空権は明らかに聖子が握っていた。
百合は無傷のB-29に突っ込んで内部から解体・爆発させた。その体に纏うのは12門のM2機関銃。環状に展開した重機関銃は聖子を照準し、百合の合図でその引き金を引いた。
一発で人体がバラバラになるほどの威力の銃弾。だが今の聖子にとっては、小石どころか砂の一粒を掛けられている程度のダメージにしかならない。剣と魔法の時代は銃の登場と共に終わりを告げたはずなのだが、やはり魔王の力は永久不変なのであろうか。
牡丹は複数のB-29を魔力で包み込み、音速まで加速させて聖子に突っ込ませた。爆弾を満載した超重爆撃機だが、聖子はいつものように魔力の矢で撃ち落とそうとしたが、魔力防御を纏っているB-29は一撃では撃ち抜けない。
「エクスプロージョンッ!!」
牡丹は爆弾を満載した4機のB-29で聖子の上下左右を包囲し自爆させる。40トン近い爆弾が炸裂し、聖子を全方位から押しつぶした。まだ終わらない。見里は次々とB-29に神風アタックを命じる。殺しかねない勢いで空を爆散させる牡丹。その球状爆炎を取り囲むようにして、無数のM2機関銃を並べ、百合が一斉斉射を加えた。今度は弾丸に魔力を加えて。
煙は数分の間空を覆い、はるか上空にまで達した。その煙がようやく晴れた後……聖子は勝利を確信したようクスクスと笑っていた。
「悪魔め……」
百合は思わずそう呟いた。
「私は正義の執行者よ」
そして聖子は百合に照準を向け、呪文を唱え始めた。
そのはるか向こう、海面近くにコトハは浮かんでいた。その周囲には44個の巨大な魔法陣が展開されている。
「主を讃えよ、私の岩を。私の手に闘う術を。指に戦する術を教えてくださる方を。私の支え、私の砦、砦の塔。私の逃れ場、私の盾、避け所。諸国の民を私に服従させてくださる方を」
歌うように詩編を諳んじる。魔法陣にはそれぞれ12発の巨大な魔力弾が装填され、はるか高空に居る漆黒の魔女に狙いを定めている。
「主よ、天を傾けて降り、山々に触れ、これに煙を上げさせてください。飛び交う稲妻。うなりを上げる矢を放ってください! エム・エル・エ・エス、ファイア!!」
44門の魔法陣から魔力砲弾が一斉に放たれた。攻撃と同時にコトハは空に舞い上がり、雲海を抜けて聖子の遥か頭上を目指す。百合に集中していた聖子が気付いた時には既に避けきれない位置まで加速していた。さらに1発の魔力弾は644発の子弾に分裂し、聖子を空間ごと焼き尽くさんばかりに覆い尽くす。その頭上には48の魔法陣を背負うコトハが超高速で突入してきた。
「イデアル・マジカル・アスター・トォラントゥ、ファイアッ!!」
超音速を超えるコトハから発射される48発の対空誘導弾。さらには百合と牡丹は側面から攻撃を開始し、聖子は追い込まれる。
「卿よ、四面楚歌だな」
「私を楚の項羽と一緒にしないで。私は楚の項羽が持っていないものを持っている」
「ほう、それは何だ?」
「楚の項羽になくて私にあるもの……それは、機関銃よッ!!」
聖子はローブの中からM2ブローニング機関銃を取り出し、それを放り投げると、自分の体全方位を覆う様に凄まじい数の機関銃を展開させた。
「ディ・セットゥ! ティレ・ア・ラ・ミトラィユーズッ!!」
聖子の放つそれは百合のものとは威力が桁違い。文字通り当たれば体が粉砕される。曳光弾が流れ星のように空を飛び交い、コトハの放った面制圧兵器を叩き落していく。百合と牡丹が急降下して逃げたのを確認すると、聖子は機関砲の砲門を上下に分け、その8割でコトハを狙って撃ち始めた。
だがコトハは銃弾の中を突き進み、聖子の懐に入り込んでその刃を首筋に突き付ける。産毛が焦げ、人体が焼けるときの不思議な臭いが鼻孔をついた。
「くっ……こいつ……!」
「私、思ったの。ユイちゃんは本当はすっごく優しい子なんだって。だって、ブサイクな子達がどんな扱いを受けてきたのか、私は身をもって思い知ったもん。だからそんなルッキズムに支配された世界を変えたくて、あんな魔法を掛けたんだよね」
「はぁ!? 私は単に人類を滅亡させたいだけよ」
「嘘だよ。それだけの力があるなら、自分で街を攻撃して、人類を抹殺すればいいんだ」
「嫌よ。だってネコさんとか、うさぎさんとかを巻き込むかもしれないでしょ。人間なんていくらでも殺してやるわ。でもね、うさぎさん達を巻き込むわけには行かないのよ!!」
「やっぱり。この前も私を助けてくれたし、本当は優しい子なんでしょ!? もうこんな馬鹿げたことは止めるんだよ。魔法を解いて!」
「あんたもヘテロセクシャルって訳!? 男に相手をされなくなったからって、私に八つ当たりしてんじゃないわよ」
「どういうこと!? ヘテロセクシャルって、何?」
「異性が好きなビッチのことよ!」
「それなら私には関係ないね。だって私、シスターになりたいから」
「……え?」
「男の子と付き合ったり、エッチなことをしたりするつもりなんて、生涯ないよ」
「………………あら、そう」
聖子から急激に敵意が失われる。機関銃も消失し、彼女を包み込んでいたどす黒い魔王のオーラも徐々に青色に変わる。
「私は無神論者だけど、シスターさんを攻撃するわけにはいかないわね。分かったわ。魔法を解いてあげる」
「えぇ、いいの!?」
「うん。人類を滅ぼすためには、また別の方法を考えることにするわ」
聖子は物騒なことを言いながらコトハに微笑みかけ、魔法ステッキを背負って右手を差し出した。コトハも魔法ステッキを握り替えて右手を差し出す。
「私、青堀聖子っていうの。あなたは?」
「……え、聖子ちゃん? 私、コトハだよ」
「名前は知ってるけれど……私が知りたいのはあなたの真名-マナ-よ」
「私の本名はコトハ=ジョセフィーヌ=ピーチフィールド。聖隷小学校5年ヨハネ組。お姉ちゃんはフェイスちゃんとアリスちゃん、お母さんはエミリーさんだよ」
「……それ、マジ? 私、ジョセと戦ってたの? なんてこと! あぁ、ファック・ジーザス!! なんだかジョセみたいな狂信的言動をする子だなって思ってたのよ!」
「イエス様をファックしないでよ! 私も聖子ちゃんみたいな子だなって思ってたよ……まさか本当に聖子ちゃんだったなんて」
「もう、それならそうと早く言いなさいよ。こんな馬鹿みたいな魔法さっさと解除したのに」
「ふぇぇ……それはないよ聖子ちゃん……」
その時、1機のB-29が彼女達を避けるように東へと飛んで行った。たかが1機、迎撃するまでもない。空軍に任せておけばいいと思った瞬間、目のくらむような閃光が迸った。今まで聞いたどんな音よりも大きな爆音と、天地を崩壊させるような大爆発が起こり、まるで神をファックするような巨大なきのこ雲が立ち上った。
「潮岬……あそこには串本町が……!」
「想定しておくべきだった……B-29は実戦で核攻撃を行った唯一の爆撃機……」
聖子が言葉を失う。
「他にも核を積んでいる機体があるわ! 一機も逃しちゃ駄目よッ!!」
敵梯団は30以上に分裂し、潮岬を迂回して日本全土に散らばり始めた。明らかに聖子とコトハを迂回した攻撃ルートを取っている。2人は頷き合うと、東西に分かれて敵編隊を迎撃に向かう。
≪こちらダイアンサス17、迎撃中の魔法使いへ。聞こえるか?≫
聖子の頭の中に直接航空無線が響いて来た。聖子は本土側より連合軍編隊が自分の方向へと飛んでくるのを確認する。
≪どうやってこの回線を繋いだの?≫
聖子は同じように頭の中で返答してみた。無線みたいな雑音がして何らかの回線が開通した気がした。
≪FBIの分析官に中継してもらっている。現代魔術言語をエンコードできる唯一の人間だ。我々は九州・四国南方空域の敵梯団を攻撃する。君には近畿南方空域を担当してもらいたい≫
音速を切り裂いてF-17が聖子の側面を高速で通過し、翼を傾け西側へと飛んで行った。
≪コピー≫
聖子は西進をやめて未だきのこ雲の残る潮岬の南方へと引き返す。
≪以降、君のコールサインはマジカル01とする。できればもう一人の魔法使いと一緒に連合軍司令部の指揮下に入ってもらいたい。効率的な迎撃のためだ≫
≪ネガティブ。私は政府の犬じゃないのよ。協力はするけど、命令できると思わないで≫
≪そういうと思ったよ。お互いベストを尽くそう。オーバー≫
多連装ロケットのように連合軍の戦闘機は次々と散らばっていき、編隊ごとに枝分かれした敵梯団の迎撃を開始する。
≪プリンセス01よりマジカル01、どうぞ≫
今度は脳内にコトハの声が響いてくる。マスカルポーネにはちみつを掛けたような甘ったるい声だ。
≪なんでジョセはお姫様なのよ! 私だってプリンセスが良い≫
≪聖子ちゃん、連合軍司令部が近畿の制空権を私達2人に任せるんだって≫
≪あなた連合軍の指揮下に入ったの!?≫
≪うん。だって最高司令官はお母さんだし≫
≪私は鞠子が大統領になったとしてもも従わないわよ≫
B-29の空中爆発の中からコトハが現れ、聖子の隣に静止して魔法ステッキを構える。
「連合軍のAWACSによると敵は約3万機。近畿に向かっている敵はその7割らしいよ」
「どうなってんのよ。今までとは桁違いじゃない。こんな時に遊達はどこ行ったの?」
「分からないよ。帰っちゃったのかも。電話してみたけど出てくれないし」
「あのね、こんな海の上で電話が繋がる訳ないでしょ」
「繋がるよ、そうiPhone17ならね」
「……」
新型高級スマートフォンを見せびらかすコトハから目を背け、聖子は近づいて来たB-29に稲妻を撃ち込んで爆破炎上させる。
「とにかく、近畿上空には1機たりとも近づけちゃ駄目よ。全機が核搭載機だと思って事に当たりなさい」
「うん! じゃあ行くよ、C&Y長距離殲滅コンビネーションッ!」
「何よそれ?」
「連携攻撃だよ」
「いや練習してないし」
「いいから構えて!」
聖子は言われるがままコトハの横に立ち、魔法の杖を構えた。コトハの背後から次々と魔法陣が出現したので、聖子の負けじと同じくらいの数の魔法陣を撒き散らした。
「C&Y長距離殲滅コンビネーション……ショックィエ・フォア、ファイアッ!!」
圧倒的火力が真昼のように上空を輝かせる。何発か核爆弾が誘爆し、一気に数百機を巻き込んでふっ飛ばした。無数に放たれる無誘導魔力弾。だが敵は半径500キロ近い半円状の範囲に分散しており、とても一撃では殲滅できない。
「ジョセ、室戸岬をお願い。私は潮岬を封鎖するわ。本土上空と紀伊水道には一機も通しちゃ駄目よ」
魔女と魔法少女は実によく奮闘した。事実、彼女達の築いた絶対防空圏を突破できた機体はなかった。しかし、関東と九州からは連合軍が撃ち漏らした編隊が対空砲も届かない本土の成層圏を悠々と飛行していた。爆撃はしていない。敵は目的地をただ一つ、山戸撫市に定めていたからだ。
≪ポートアイランドよりマジカル01及びプリンセス01、敵梯団はあと10分で山戸撫市を攻撃圏内に捉える。破片を市街地に落としてもいい。可能な限り迎撃してくれ≫
聖子は反論するでもなく指示通りに山戸撫市上空に引き換えそうとする。黒い烏が並走しながら笑みを零した。
「何が面白いのよ」
「いやなに、卿よ、魔力を使いすぎではないかね?」
「何よ、生贄が必要だっていうの? 後にしてくれる。空襲が終わったらいくらでも男をぶっ殺して捧げてあげるわよ」
「ククク……少し遅かったな。申し訳ないが魂元本を確定させてもらった。魂根抵当権は直ちに実行される。魔界裁判所によって汝の魂は競売にかけられることとなる。どの悪魔に買われるかな?」
そして聖子は忽然と地上から消失した。影も形もなく。
翌日。山戸撫市は多少の被害を受けたが本格的な爆撃を受けることはなった。エミリー政権は串本町への核攻撃を防衛政策の失敗として野党から攻撃されていたが、連合軍は備蓄弾薬を使い果たしており、これ以上エミリーにどうにかできる余地がないことは誰にも分っていた。
聖子のスマホはずっと圏外。コトハはいつもの待ち合わせ場所で30分待った後、仕方なく一人で登校する。担任のクレアからヒステリックに遅刻を咎められたが、そんなことはどうでもよかった。
遊と美里は欠席していた。男達は馬鹿みたいな顔をして百合牡丹の再結成を嘆願しており、事務所は金をちらつかせて2人に戻ってくるよう説得していたのだ。
学校が終わり、行くところもなかったので聖子の家に行ってみた。誰もいない。アパートの共同庭にはM2ブローニング機関銃がたくさん放置されていた。白い鳩が飛んできて、その銃に止まった。
「友達が心配かい、コトハ」
「きっと聖子ちゃんは悪魔に誘拐されちゃったんだ。今頃魔界で悪魔達の慰み者にされているに違いないよ」
「助けに行く方法があると言ったら、どうする?」
コトハは大きく目を見開いてアビゲイルを見つめた。鳥の黒い目を見ても感情は読み取れない。
「コトハ、君も悪魔と契約するんだよ。魂譲渡担保設定契約っていってね、魂の所有権を一旦悪魔に預けて、あとで買い戻すっていう契約があるんだ。一時的に魔界の住人になることで、魔界へ行くことが出来るようになるんだ」
「悪魔と契約……コトハが?」
「僕が代理で契約してあげるよ。悪魔は反逆者だけど、所詮は神様の部下だからね。主の全権によって、僕が代理で債権者代位権を行使できるんだ。どうする? 悪魔と契約するかい?」
コトハは何も言わず、白い鳩をおもむろにむんずと掴むと、バラバラにする勢いで地面に叩きつけた。
「きゃぁ! 何をするんだいコトハ!」
「悪魔と契約だなんて、冗談でも口にしないで。コトハの肉体は神から頂いたもの、そして魂は、もっと、神様のものなんだからね。君が神の代理人!? 次にそんな寝言をほざいたら、羽を一枚ずつ引きちぎった後に、踏みつけてから内臓までぐちゃぐちゃにしてアルファルトの地面で摩り下ろしてやる!! 分かったの、アビゲイルッ!!」
「ひぃぃ……! ご、ごめんよ。僕にはこの手段しか思いつかなかったんだ……」
般若の形相で相棒を怒鳴りつけるコトハに恐れおののき、白鳩はどこかへ飛んで行ってしまう。彼女は信仰上の問題に関しては譲るつもりはないのだ。たとえ友人を救うためでも、最愛の人のためだとしても、一歩も!
「そうだ。あの人なら何かわかるかもしれない」
コトハが向かったのFBI山戸撫支局だ。受付に行って、以前自分の居場所を突き止めた連邦捜査官、ジャックに面会申請をした。
「あの時は君を疑ってしまって……」
ジャックはそういってしばし顔を俯けると
「本当にすまないと思っている」と申し訳なさそうに言った。
「そんなことより聖子ちゃんが悪魔に連れて行かれちゃったんだ。魔界に行って助けだきゃならない」
「善良な共和国市民が悪魔に誘拐されたということか……!?」
「魔界に行く方法、FBIなら分かるかなって思ったんだけど」
「ちょっと待ってろ」
ジャックはイライラしながら電話を取り出し、いつもの番号に発信する。
「クロエ俺だ。大統領のお子さんの友人が悪魔に誘拐された。魔界に救出に行く、侵入方法が知りたい!」
「ジャック、魔界への侵入方法なんてありません!」
「クロエ、君は現代魔術言語を解析できた。魔界への侵入方法も必ずあるはずだ。頼むクロエ……君にしか頼めないんだ……!」
「分かりましたジャック。とりあえずヘリで被害者が消失した地点へ向かってください。残留魔力を解析してみます」
「コピーザッ! いくぞ、ジョセフィーヌッ!」
FBIの屋上ヘリポートに上がり、ジャックとコトハはヘリに乗り込んだ。ヘリは和泉山脈の上空でホバリングし、ジャックは試験管のようなものを取り出して空気中に漂う魔力を集め、ラップトップに接続した。コトハにもインカムが渡され、航空無線が聞こえるようにしてくれている。
「クロエ俺だ。現場上空の魔力データを送信した。何か分かるか?」
「間違いありませんジャック。このキリストの神性を否定するコードは、悪魔の力に違いありません」
「侵入方法は分かるか?」
「あるにはありますが……入るためにはキリストの神性を否定しなければなりません」
「そんな……! そんなことできないよ!」
「ジョセフィーヌ!」
ジャックはしゃがんでコトハと目線を合わせ、その目を覗き込むようにして言った。
「君がイエスを信じたい気持ちはわかる。俺だって信じてる。だがこの作戦には大勢の共和国市民の命が掛かってるんだ。俺が言っていることが分かるね?」
「でも……本当にこれしかないの?」
「ああ、これが君の友人を助ける唯一の方法だ。時間がない。選んでくれ。このまま友人を見捨てるのか、信仰を一時的に裏切ってでも友人を助けに行くのかを」
「分かったよ。私、キリストの神性を否定する……」
「ジャック。魔界へのアクセスコードは、ディナイ・クライスト。もう一度言います、ディナイ・クライスト!」
「いいな、ジョセフィーヌ。俺と一緒に言うんだ」
「うん!」
そしてジャックは銃を抜くと、小さく十字を切って主に謝罪し、銃を下段に構える。左手でカウントダウンをして……
「ディナイ・クライスト!」と叫んだ。
世界の色彩が反転し、天地が逆転した。生ぬるい風が吹き、空気の組成が変わったような気がした。ヘリごとテレポートしたわけではないので、魔界に出現した瞬間二人は転落を開始。コトハは変身してジャックの首を掴み、北へ飛んで戎宮北口駅あたりで下した。そこには戎宮北口駅らしき建物はあったし、形もそう不気味なものではなかったが、道行く人々は底知れぬ恐怖を抱え、言い知れぬ不吉さを醸し出していた。
「クロエ俺だ、聞こえるか?」
「ええ、通信は繋がっています。そこは戎宮北口駅ですが、間違いなく魔界です。青堀聖子は魂競売にかけられたはずです。魔界裁判所へ行ってください。魂売却許可決定が公告されているはずです」
「コピーザッ! ジョセフィーヌ、裁判所へ行くぞ」
ジャックは信号待ちをしていた車に銃を向けてドライバーを下ろし、恐怖に震える男を車から引きずり出して乗り込んだ。コトハも疑問に思うことなく助手席に乗り込んだ。
「クロエ俺だッ!! 裁判所まで誘導してくれ」
「その道西へ10マイル行くと魔界港神社に出ます。その手前にあるのが魔界裁判所です」
「神社? 魔界に神社があるのか」とジャックは疑問を呈す。
「そりゃ魔界だもん」とコトハは言った。
その異様に透き通った眼にはジャックすら飲み込まれそうな恐れがあったため、彼女の意見には口を挟まないでおいた。
魔界裁判所は赤レンガ造りの明治風洋式建築で、さらに不幸そうな人々が魂を抜かれたような顔で出入りしていた。2人は建物に入ると総合受付と書かれた場所に行ったが、番号札取らなければ受け付けてもらえないシステムだったので、ジャックは行列を無視して身分証を差し出した。
「俺は連邦捜査官のジャック=フィリップスだ。魂売却許可決定について至急調べたい。これは国家の安全に関わる捜査だ。急いでくれ」
「は、はい、わかりました」
魔界裁判所の職員はその身分証を見ると怯えきった様子で素直に応じ、分厚い本を差し出してきた。だがその本には、うさぎやネコのイラストが描かれてあるだけで、何が書いてあるのか分からない。
「現代魔術言語で書かれてある。ジョセフィーヌ、解読できるか?」
「うん。ここ、このページのこの黒猫が聖子ちゃんを意味するでしょ。となると買主はここにとまってるハエ……ッ! ベルゼブブだよッ!」
「ベルゼブブだと!? クソッ……最高位の悪魔じゃないか。クロエ俺だッ! ベルゼブブの住所を調べろ。それと海兵隊を1個師団を送ってくれ。とてもじゃないが俺達だけじゃ対処できない!」
「ジャック! 1万人の海兵隊にキリストの神性を否定させろって言うんですか? 無茶言わないでください。私にも出来ることとできないことがあります」
「すまない。だが出来るだけ多くの戦力が必要だ。完全武装の海兵隊員を集めるだけ集めてくれ!」
「ですがジャック」
「大統領のお力をお借りするんだ。娘が地獄に居ると伝えろ」
「分かりました、やってみます」
それから1時間後、魔界は騒然となった。なにしろ人類の軍隊が魔界へ攻めてきたのだから。ジャックは市内に展開した海兵隊の軍曹を捕まえ、身分証を提示して司令部に案内させた。司令官はパウエル中将といって、連邦軍の中でも最高位に位置する軍人の一人だ。だがそんな階級などジャックにとってはあってないようなもの。身分証を振りかざし師団参謀の集まるテントに踏み込んだ。
「司令官、私は連邦捜査官のジャック=フィリップス。こちらは大統領令嬢のジョセフィーヌ」
コトハは司令官に敬礼したが、パウエル中将は鼻であしらいジャックの方を見た。
「ベルゼブブは岩庭区の高級住宅街の一角に居を構えています。陸上戦力で地上を封鎖し、ヘリボーン部隊で屋敷へ突入してください。ヘリボーン部隊の指揮権は大統領権限により私が預かります」
「大統領からはそんなこと聞いていない。我々海兵隊は地獄へと侵攻し、キリストの神性を否定する悪魔どもを根絶やしにする。そのためにここへ来たんだ」
「なんだと!? おいよく聞けクソッタレ。子供が悪魔に拉致されているんだ。お前は子供の命より利権を優先するというのかッ!?」
「子供を一人助けても、貰えるのはせいぜいシルバースター。だが地獄を制圧すれば、私には議会名誉勲章が授与されるだろう」
「この野郎、それでも人間かッ!」
ジャックは意外な常識を発揮して激怒した。エミリーにはどこまで話が届いているのか、なぜか海兵隊には魔界を占領するという壮大な任務が与えられたようだった。
「クソッ!! なら分隊を貸してくれ。それくらいならいいだろう!?」
「ふん、まぁよかろう。大統領令嬢の頼みとあらば、その程度はくれてやる」
それからしばらくすると、魔界の空にはF-18戦闘機が飛び、M1A2アブラハム戦車もそこら中を走り回っていた。だが不思議なことに、悪魔達は攻撃を仕掛けようとせず、海兵隊は一発も発砲することなく市内全域の占領を完了した。
ジャック達は屋敷を包囲して突入の機会を伺っている。航空部隊に支援を要請したが断られ続け、業を煮やして今にも突入しようとしているが、衛星画像のない状況で突入は危険すぎる。
「クロエ俺だッ!! 魔界衛星はまだハッキング出来ないのか!?」
「魔界の宇宙防衛システムに侵入して衛星を乗っ取れだなんて、無茶言わないでください」
「頼むクロエ、早くしてくれ! 君だけが頼りなんだ」
「今やってます!」
やがて爆発音がして、東の空が赤く染まった。海兵隊が戦闘を始めたのだ。無線が飛び交い、ヘリがそこら中から舞い上がり、戦車も臨戦態勢になって移動を始めた。
「軍曹、何が起きている?」
ジャックが戦術チームの一員となった古参の黒人軍曹に聞いた。
「どうやらB-29の製造工場が発見されたようです。悪魔はこれを使って地球を爆撃していたものと思われます」
「なんてこった……! クロエ聞いているかッ! B-29は魔界で生産されていたらしい!!」
「なんですって!? それってつまり、悪魔が日本を爆撃してたってこと!?」
「ああ、間違いない。そしてベルゼブブは、サタン[首謀者]繋がる唯一の手掛かりだッ!! 頼む、早く衛星画像をくれッ!」
「ハッキング完了―――! ジャック、いつでも乗っ取れます」
「よくやったクロエ! 今すぐ俺の端末に衛星画像を送信してくれッ!!」
ジャックは画像を受け取ると、海兵隊員を呼び寄せて侵攻ルートを支持する。聖子は屋敷の2階に監禁されているようだ。ジャックは植え込みの脇から単眼鏡で覗き込む。屋敷にはカーテンが敷かれていて外からは様子が伺えない。
「突入するぞ。レッツムーブッ!」
コトハが魔力弾で屋敷の門を爆破し、拳銃を構えたジャックを先頭にして海兵隊とコトハが突入した。屋敷の警備員は抵抗する前にジャックの弾丸に倒れる。敵の装備は剣と魔法。ジャックの持つ銃には叶わない。剣と魔法の時代は、銃の登場と共に終わりを迎えたのだ。
「ジャック、その階段を上って。突き当りの部屋にベルゼブブと被害者がいます」
「カピーザッ!」
一行は敵を倒しながらずんずんと進んでいき、ベルゼブブの部屋にたどり着いた。海兵隊が鍵穴爆破用の小型爆弾を設置し、ジャックの合図でドアをふっ飛ばした。
「動くなァ!! 連邦捜査官だッ!!」
ソファーには一人の紳士が寛いでおり、なぜかメイドの格好をした聖子が紅茶を注いでいた。聖子はその恥ずかしい姿を見られまいとベッドの影に隠れた。
「騒がしいですね、一体何事ですか」
「両手を頭の上で組んでひざまずけッ!!」
「何の権限があって私の屋敷に踏み込んでいるんですか。魔界裁判所からの捜索令状をお見せ願いましょう」
「黙れ誘拐犯ッ!! お前が共和国市民を拉致したことは分かってるんだ」
「拉致などしていませんよ。私は彼女を競売で落札したんです」
「人身売買は国際条約によって禁止されているッ!!」
「魔界はそのような条約に関係ありませんし、そもそもこれは人身売買ではなく、魂競売です」
「黙れ殺すぞッ!! 今すぐに両手を頭の上に組んでひざまずけッ!!」
ジャックはスライドを引いてからベルゼブブの頭に銃口を突きつけた。
「よろしい。人間の分際で我に歯向かうならば、悪魔の力、とくと見よ」
そしてベルゼブブが力を解放しようとした寸前、ジャックは銃を振りかぶって鋼鉄の塊でベルゼブブのこめかみを思い切り殴りつけた。それから関節を極めて骨を粉砕すると、軍曹に命令して手錠を掛けさせ、上級悪魔を椅子に繋いだ。
「お前が何万何千の共和国民を殺戮した計画に関わっていることはもう知ってるんだッ!! 魔王[サタン]はどこだ、答えろォオッ!!」
ベルゼブブの耳元で激怒するジャック。ジャックにとってはムスリムだろうが中国人だろうが自国民だろうが、そして悪魔の王族だろうが関係ない。連邦政府に仇なす一人のテロリストに過ぎないのだ。
そうやってFBIの捜査は進んでいたのだが、コトハと聖子にはもう何の関係もないので、一緒に家から出てジャックとは別れた。だが地球に戻るには、キリストを信じることを神に誓うしかない。生憎聖子は無神論者だから、簡単に地球に戻ることは出来なかった。そこでコトハは、聖子を魔界戎宮神社に連れてやってきた。
「さぁ、この神社を魔法で吹っ飛ばすんだよ。そんでもって誓うんだ。善良な心で神様を信じるって!」
「で、でも神社を壊すなんて、そんなことで出来ないわ」
「なんで? 聖子ちゃん無神論者でしょ!? ここに祀られているのは悪魔なんだよ!?」
「……だ、誰にも言わない? 私が神社を破壊したって」
「言わないよ。心配しないで。さぁ、一思いに、最大の魔法で、一撃でぶっ壊すんだよ!」
「わ、分かったわ。主は恵み深く正しくいまし、罪人に道を示してくださいます。裁きをして貧しい人を導き主の道を貧しい人に教えてくださいます。その契約と定めを守る人にとって主の道はすべて、慈しみとまこと。主よ、あなたの御名のために罪深いわたしをお赦しください……神よ、イスラエルをすべての苦難から贖ってください!! ディ・セットゥ、ニュクレエール……フィッション……フィッション、フィッション!!」
聖子の魔法は今や神に祝福され、その力は地獄の門を粉砕する雷となり、天から地へと振り下ろされた。
「アンパクトゥ……マントゥナン!」
宇宙まで届くような閃光が迸り、魔界戎宮神社は地殻ごとえぐり取られ爆散する。あらゆる景色が一撃のもと灰塵に帰したかと思えば、次の瞬間にはそこには元の戎宮神社があり、木々があり、赤い鳥居があった。
「さぁ、もう一発! 今度は本当の戎宮神社を破壊するんだよ」
「うん……ってなんでよ!!」
「えー神社壊そうよー」
「桜を殺すつもり!?」
「桜ちゃんを悪魔崇拝の過ちから救うんだよ」
聖子の魂は解放され、B-29の工場破壊された。日本軍は魔界へ侵攻し、いずれサタンを捉えるだろう。世界は救われたのだ……誰もがそう思っている。だがもちろん、事件はそんなに簡単には終わらなかったのである。