誰がこんな設定考えたんだ!
「バクちゃん、やっほー。それとバクちゃんトレーナーもよろしくお願いするっす」
結局夏合宿には置いていかれて枕を濡らす毎日を過ごしてたけど、今日からはバクちゃんと一緒にトレーニングの予定っす。バクちゃんも秋までにはメイクデビューを終えてそこから重賞走っていく予定らしいっすけど、どこでかち合うか今から楽しみっすね。
「はい! おはようございます! そしてトレーニングもよろしくお願いします!」
「こちらこそ、来てくれて嬉しいよ。お互いに得るものがあるトレーニングになるように頑張らせてもらうよ」
うーん、こう言っちゃなんですけど、普通のトレーナーぽいんすよね。話で聞いてたみたいに突拍子もないことしそうにないし。これなら噂に聞いたいつも道着のおじいちゃんトレーナーとかフェアリーなんちゃら? なんて前いたらしいトレーナーのほうが変人じゃないっすかね?
それから始まったトレーニングも特別なことはなく、ひたすら併走だったりコースを走ったり。おもしろいものはなかったけど、トレーナーが言ってたみたいにいつもより成長が実感出来る感じっすね。後はなぜかトレーニングの疲労が溜まってくるとタイミングよく座学が入ったりしたっすけど、毎回タイミングが良すぎてちょっと気持ち悪いっすね。疲れがひどかった時バクちゃんとガン寝しちゃった時は怒られると思ったけど、なんかバクちゃんトレーナーががっくりしてたのは何なんでしょうね?
「いやー、バクちゃんと一緒に走るのも楽しいっすね。やっぱ同じ実力ぐらいのウマ娘と走るのは勉強になるっす」
「委員長として模範になれているなら本望です! しかし、あなたも流石というべき走り、私もより成長できている気がします」
トレーニングも終わり、バクちゃんのトレーナー室でまったりおしゃべりモード。ほんとは同期で距離被りな私は入らないほうが良いんでしょうけど、向こうのトレーナーから問題ないって言われたし、胸を張ってだらけてるっす。トレーナー室なんて大きくは変わらないけどなんか新鮮な気分になるっすね。ちょっと味気ない気もするっすけど、バクちゃんが初めての担当ってことで部屋を貰ってから時間も経ってないんでしょうし、私達の部屋はカレンチャンさんが色々持ち込んでるから華やかになってるっすからね。出してもらったにんじんジュース、しかも氷入りで至れつくせりで楽園っす。もう、こっちの子になっちゃいましょうか、いや、でもカレンチャンさんがいないのは大幅減点っすからね。そんなことを考えながらぼーっとまどろんでたらバクちゃん達がレースの出走計画の相談を始めたから流石に部屋を出ようとしたら呼び止められてしまったっす。なんで?
「バクシンオーが君のことを気にしているからな。俺としても君が一番の壁になると思っている」
「ん? でもバクちゃんクラシック三冠目指すんでしょ? 多分私マイルぐらいまでっすよ?」
言っちゃいけない気もするけど、私の走りを見ていれば分かるだろうし、うちのトレーナーもその辺りがバレるぐらいは織り込み済みっしょ。
「ああ、確かにバクシンオーはクラシック路線を目指す。だがそれは最低限の能力が付いているのが前提だ。少なくともマイルまでで勝てないようであれば、まだその時ではないということだ」
えーと? うーん。 あ、そいうこと。これはまた随分と舐められてるわけだ。
「バックちゃーん。ちょっと飲み物買ってきてくれないっすか? お代はちゃんと払うっすから」
「それは問題ないですが、今はミーティングの時間ですので、終わったら全速力で行ってきましょう!」
うーん、流石に駄目か。どうしよっかなって考えてたらバクちゃんトレーナーからも助け舟が出て、納得してくれたみたいで、いつもの元気満タンで買いに行ってくれた。どうやら向こうも考えていることは同じみたいで。じゃ、バクちゃんも行ったしオハナシしましょっか?
「ねえ、自分の担当の友人を当てウマ娘に使うって良い根性してるよね。私が勝ったらそれを理由にバクちゃんを短距離で走らせるつもり?」
「……聞いていた通りだね。プライドを傷つけられると豹変するっていうのは。結果だけを言えばそうなるかもしれな……」
クソ野郎が最後まで話すより先にネクタイを締め上げて持ち上げる。分かってる? 今目の前に居るのは担当でもなんでもないんだよ? このままふざけたことを話し続けるならその時は……
「バクちゃん喜んでたの。やっと自分の夢を応援してくれるトレーナーが見つかったって。そりゃ、バクちゃんを見れば誰だってスプリンターに育てたいでしょ。ほぼ確実に大成するんだから。でも、その中でやっと見つかった、バクちゃんの夢を認めてくれたあんたは、私を使って、夢を諦めさせようとしている? 私もバクちゃんも舐めてるよね? そんな奴いない方がいいと思うんだけど?」
既に目の前の男の足は浮き始めている。さあ、どうしてやろうか? と思ったけど、なんの抵抗もしてこないのが不思議だと目を見ればこっちを真っ直ぐに見ている。それは少なくとも濁ってはおらず、もしかしたら私の思っているような奴ではないのかもしれない。もし、私の勘違いでせっかく見つけたバクちゃんのトレーナーがバクちゃんから離れては本末転倒どころではない。一旦床に置いて説明を求める。
「ゲッホ、ゴホ……。あー、死ぬかと思った。下ろしてくれて助かったよ」
「死ぬ思いをさせた張本人に言うセリフじゃないよね? いいから説明して。それで納得出来なかったら覚悟して」
「いきなり人生の岐路に立たされるとはな……、すぐ話すから待ってくれ。前提としてバクシンオーが望んでる以上クラシック三冠を走らせようとは思っている。だが、それも今のままでは皐月賞が限界だ。2000までならなんとか食らいつけるかもしれない。いや、充分勝ち目はあると思う。だがダービーと菊は正直厳しいなんてもんじゃない。それでも走るというなら1600,2000を問題なく勝てる所まで今年の内に持って行けなければ話にならない。……おい、どうしたんだ? 顔が青くなってるぞ? 続けろ? まあいいが。それで今年の朝日杯かホープフルステークスのどちらかで判断する約束なんだ。もちろん、そこにはクラシック路線を走るウマ娘がいるレースが望ましい。でだ、適性が似ている君の意見も聞きたいと思ったんだ。トレーナー目線だけではわからないことも多いし。スプリンターを中長距離で走らせるなんて何が起こるかわからないからな。出来ることは……、おい、急にどうしたんだ?」
「すみませんっしたー!!」
土下座、もう土下座しかない。私の早とちりであんなことしたとかもうヤバさマックスっす。もし、これが原因でトレーナー契約解消とかになったらもうバクちゃんと一緒にいられないっす……! もう、どうしようもないかもしれないっすけど、まずは誠心誠意謝罪するしかないっす!
「ごめんなさいっす! マジでごめんなさいです! 後でいくらでも罰は受けるんで、バクちゃんとの契約解消だけは……」
「頭をあげてくれ!、こんなの見られたら誤解されてしまう! バクシンオーとも契約は続けるし、怒ってもないから!」
え、マジっすか? 恐る恐る顔をあげてみれば、怒っているわけじゃなくて焦ってるとしか言えないバクちゃんトレーナーだ。そろりそろり立ち上がっても汚れを拭くようにきれいなタオルまで渡されてしまったっす。
「あの、マジでごめんなさいっす……。トレーナーにも言われてるんすけど、どうしても頭に血が上る時があって……」
「聞いてるよ。プライドを傷つけたらどうなるかわからんぞ、なんて脅されてるからね。それに、俺の話し方も悪かった。どうだ? ここはお互い悪かったってことで流そうじゃないか」
いや、ありがたいんすけど、ほんとにいいんすか? どう考えても私が悪いのに……。そう言ってもトレーナーだからな、の一言で黙らされてしまったっす。いや、もうほんとに頭が上がらないっす。トレーナーの人って聖人しかなれないんじゃないっすかね? いや、うちの性格悪いトレーナーがいたっすね。
「よし、じゃあ本題に行こう。早くしないとバクシンオーが帰ってくるからな。バクシンオーはマイル以上、クラシックは走れると思うか?」
「はいすみません……。うーんと、あやふやにするのが一番ダメだと思うっすからはっきり言いますけど、どんなに頑張ってもマイルが限界じゃないっすか? 正直、それでもかなりきついと思うっすよ」
「君から見てもやはりそうか」
「はいっす。バクちゃんは長く走れない代わりに異常なほどの短距離の強さっすから」
会話の途切れで沈黙が流れてしまう。私はバクちゃんに夢を叶えて欲しい。バクちゃんトレーナーも同じ考えのはずっすけど、二人の結論は悲しいものっす。
「ただいま戻りましたー!」
当の本人が元気に帰ってきたからこの話はもう終わりっすね。私もこれ以上は気まずいっすから買ってきて貰った飲み物をさっさと飲んで退散しましょ。バクちゃんにお金を渡していたら、
「バクシンオー、彼女と相談して決まった。ホープフルステークス一着が皐月賞出走条件、皐月賞一着がダービーの出走条件だ。いいな?」
「はい! 了解しました!」
爆弾が落とされたと思ったら、一瞬で解体されてしまったっす。あれ、これ私がおかしいんすかね?
「てなことがあったんすよ……」
夏休みも終わり、教室で再会したみんなに自分の情けなさを告白してるっす。いやあ、ほんと穴があったら入りたいぐらいの恥ずかしさだったすよ……。
「あ、あははは。なんと言いますか、すごいですね……」
「あなたはもう少し落ち着きを覚えることを推奨します」
うわーん! フラワーちゃんも慰めてくれないし、ブルボンちゃんは正論でいじめてくるし。
「もう、こうなったら! ライスちゃーん! 慰めて欲しいっす!」
「ふえぇ!? ラ、ライスもあなたが悪いのかなって……」
抱きついた先のライスちゃんにも言われちゃったっす……。いや、どう考えても悪いのは私なんすけど、今は甘い慰めがほしいんすよ……。バクちゃんのいないタイミング狙って暴露したのに暴露し損じゃないっすか。
「そう言えば、私朝日杯走る予定なんすけど、走る人います?」
聞いて良いのかわかんないっすけど、聞くぐらいならいいでしょ。ライスちゃんはマイルは短すぎ、フラワーちゃんはジュベナイルフィリーズの方を走るらしいっす。で、最後の一人は……
「私は朝日杯フューチュリティステークスに出走予定です」
ブルボンちゃんとおそろいっすか。でもブルボンちゃんも三冠目標ならホープフルステークスの方が良くないっすか?
「確かにそうかもしれません。申し訳ありませんがこれ以上はマスターから話す許可が出ていません」
「問題ないっすよ。どっちかって言うと聞いたこっちが悪いんすから」
しかし、ブルボンちゃんと勝負か……。ブルボンちゃんが中長距離に進むならここが最後の勝負になるかもしれないっすね。ならしっかり勝たないといけないっすね。
「……すごい顔してるよ?」
ライスちゃんに言われて自分の顔を触ってみると口角がつり上がっているみたいっすね。いやー堪え性がなくて申し訳ないっす。ライスちゃんのもち米ほっぺをムニムニしながらブルボンちゃんを見つめる。無表情に見えるけど、結構付き合い長いっすからね分かるっすよ? 結構やる気まんまんでしょ。
ああ、やっぱり勝負服早く準備しないと……。楽しみでまちきれないっすよ。さあ、頑張っていくっすよー!
神河にプレインズウォークするので遅くなるかもしれません