スプリント戦線は今日も晴れのち地獄っす   作:冬眠復帰

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やっと主人公が勝手に動き始めてくれました


その背中は遠かったっす……

「いやー、いよいよG1っすね! どうっすかこの勝負服?」

 

「マ子にも衣装って言葉を思い出したよ」

 

 どうしてそうやる気が下がるようなことばっかり言うんすかね? 白地に青なんて私にぴったりな爽やかな色じゃないっすか。夏も秋も終わり順調に重賞を勝ってきた私はいよいよG1を走ることになったっす。距離は適性ギリギリな1600。朝日杯フューチュリティステークスの本番当日っす。先週の阪神ジュベナイルフィリーズをフラワーちゃんが勝って、今日は私が勝って二人まとめてお祝いと行きたいっすね。バクちゃんはやっぱりまだ距離が伸ばせなくて今回はお休みっす。だから今回のライバルは……

 

「ミホノブルボン、さっきちらっと見たが、すごい仕上がりだったな」

 

「そっすね。流石に私も楽勝とは言えないっすよ」

 

 三冠路線を表明しているブルボンちゃんが強敵筆頭っすね。マチタンちゃんもいるっすけど、距離的に結構厳しい感じぽいっすし、やっぱり注意すべきは一人っすね。

 

「さて、今日は作戦考えるか?」

 

「流石に今日は考えないと負けちゃいそうっすからね」

 

 ブルボンちゃんの能力は現段階では頭一つ抜けてるんじゃないっすかね。短距離なら負ける気はしないけど、マイルの1600は正直厳しい。走れないことはないけど短距離ほどの圧勝はできないだろう。それは向こうもおんなじハズだったんすけど。

 

「トレーナー、ブルボンちゃんがマイル走りきれると思います? 昔は私、バクちゃん、ブルボンちゃんの三人でスプリント三人衆なんて言われたんすけど」

 

「正直厳しいと思ってた。だが、あの仕上がりで出てくるなら十分以上に走りきれると思っておいたほうがいいだろう。ミホノブルボンのトレーナーは結構やばいやつでな、努力で才能を覆せる。なんて持論を持ってやがる。しかも最近できたばっかりの坂路をひたすらに走ってたそうだ。ありゃ化けてるかもしれないぞ」

 

 努力で才能を覆せたら苦労しないと思うんすけどね。それができるなら誰だって飛びつくでしょうしね。でも結局、いまだにそんなことはないことになってないっす。どれだけ頑張っても距離を走れなければ花形の中長距離を走ることはできないっす。少し上の先輩が短距離マイルは走れなかったものが落ちる場所ではない、ここは私の城だ! なんて勝ちまくって、やっと別路線としての評価がされ始めたぐらいすからね。それでやっと短距離もG1が二個になったぐらい。それでもやっぱり短距離の扱いは悪いっす。活躍できる場所も他の距離に比べれば少ないっすからね……。

 

「おい、余計なことを考えてるだろ。今は目の前のことに集中しろ。今日は楽に勝てないって言ったのはお前自身だぞ」

 

 おっと、危ない危ない。確かにその通りっす。まずは目の前のG1を勝たなきゃ何も始まらないんすから。

 

「ごめんなさいっす。で作戦はどうします?」

 

「今まで同じであるならば逃げでいいとは思う。だが、ミホノブルボンもこれまで逃げで無敗で来ている。今回は作戦を変えるのもありだと思う。お前の走りなら前目で走れれば勝ち目は十分だ。今回は距離も長い。走りやすさを重視してもいいと思う」

 

「おっけーっす。なら今回も逃げましょっか」

 

 後になって思えばもう少しちゃんと考えておくべきだったのかもしれないっすね。自分でもブルボンちゃんが強敵だって言ってたのに、心のどっかで慢心してたのかもしんないっすね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブルボンちゃん! ちっす!」

 

「……今日はよろしくお願いします」

 

パドックも終え、ゲート入りを待ってる時間、ついブルボンちゃんに話しかけちゃったっす。前にもトレーナーに相手のことを考えろって怒られたんすけど、今回はブルボンちゃんはいつもとおんなじ感じなんでセーフっす! しかし、ブルボンちゃんの勝負服ってすっごい派手っすよね。腰のやつとか尻尾のやつどうなってんすか?

 挨拶は返してくれたけど、それ以上の会話もなく、二人並んで無言なのちょっと居心地悪いっすね。いつもどおりに見えたブルボンちゃんも緊張してるんすね。いつもならもう少しおしゃべりしてくれるっすから。

 徐々に時間が近づいてきて私の中にもちょっとの緊張とおっきな興奮が湧き上がってくるっす。ここで勝てばカレンチャンさんも褒めてくれるっすかね? そのためにもこのレース絶対に勝たないといけないっすね。

 順番にゲートの中に入っていく。いよいよっす。ここからあっという間に決着がつく。今回はマイルっすからちょっと長いっすけど、それでも私達の戦いはいつでも気がつけば終わってるものっす。

 

「さあ、行くっすよ……!」

 

 ガコン、と開くゲートの先に体を吸い込まれるように走り出す。自分では会心のスタートを切れたのに先頭はブルボンちゃんっすね。やっぱり向こうもうまい。ブルボンちゃんは結構なスピードで前を走ってるけど、ちょっと速すぎないっすかね? かかってるわけではないんだろうけど、それでもペースを保ててないかもしれないっすね。作戦変更、少し後ろからプレッシャーをかけていくことにしましょ。あんまり離されると最後で追いきれない可能性もあるんで、半バ身ぐらいの距離を空けて後ろに付く感じで。

 コーナーに入ったっすけど、いまだにブルボンちゃんのペースが変わらないっすね。いや、私が変わったのに気づけてないんすかね? 今までレースで誰かの後ろを走ることなんてなかったし、いまいちよくわからないっす。最内を走るために少し距離を空けたとはいえ、プレッシャーはかけ続けてるのに全然効いてる感じがないっすね。もしかしてブルボンちゃん気にしないタイプなんすかね? まあいいいや、もうカーブも終わりが見えてきたしここらで追い越し始めましょっか。そう思って速度を上げるべく脚に力を入れる。入れたのに

 

「え?」

 

 私の脚は言うことを聞いてくれなかった。それどころか、徐々にスピードを落とそうとし始めた。

 違う! 今は加速しなきゃいけないんだ! 早く追いつかないとまずい! いくら焦ろうとも距離は縮まってくれない。それどころかブルボンちゃんの背中が少しずつ遠くなっていく。なんで! まだ最後のスパートをかける距離ですらないのに! どうして私の脚は言うことを聞いてくれないの!? その事実を認識したからか、急激に脚が重くなる。しかも汗は大量、息も切れ始めている。おかしい、ブルボンちゃんはあんなに元気なのに、私の脚はもうぎりぎりなところまで来ている。

 

「やられた……!」

 

 ブルボンちゃんにつられて無意識のうちにペースを崩されていたんだ……! 多分ブルボンちゃんにそんな考えはないだろう。ただ自分のペースで走っているだけ。それを無謀にも追いかけて、ただ私が自爆しただけの話。どんどんと体が下がっていくのがわかる。後ろから大勢の足音が近づいてくる。ああ……こんなの典型的な負ける逃げウマ娘のパターンじゃないっすか。なのに、前では逃げウマ娘が勝ちに向かって走り続けている。甘く見ていた……! レースも、ブルボンちゃんも! 自分のことを過信していたんだ……。このまま埋もれていいくのか、負けるのか……。そんなの、そんなの……!

 

「認められない!」

 

 限界を叫ぶ脚にもう一度気合を入れる。私は強いウマ娘だ! こんなところで負けてたまるか! 走れ! 走れ! 最後の力を込めてスパートをかける。後ろは突き放した。だったら後は前を追い抜くだけ!

 少しずつブルボンちゃんの背中が大きくなってくる。このまま行けば勝てる! そう思った瞬間だった。私の脚はついに私の言うことを完全に聞かなくなった。どんどん離れていくブルボンちゃん。もがきながらゴール板を抜けた頃にはマチタンちゃんも私の前にいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ……負けた。負けたんだ……」

 

 ターフの上、寝転がる私には青空しか見えない。私のことを誰も見ていない。みんなブルボンちゃんを見ている。今日、勝たなきゃいけなかったんだ。だってもう走れないかもしれないんだから。

 動きたくない気持ちと、動けない体から目をそらして立ち上がる。こんな所に一秒だって居たくない。私じゃない名前を呼ばれるなんて悔しさがどこまでも広がっていく。地下道に入る時振り返ればブルボンちゃんがこっちを見ていた。最後のプライドを振り絞って小さく手を振る。ちゃんと見てくれたようで小さく頭を下げてくれた。ああいいなあ。私もそうありたかった。

 

「いい走りだった、間違いなくな」

 

「今は聞きたくないっす……」

 

 トレーナーの慰めも今は聞きたくない。負けるなんて当たり前のことだと頭では分かっていても納得なんて出来ない。悔しさがやっと収まってきたら次に出てきたのはどこまでも煮えたぎる怒りだ。

 

「ちょっと一人にして欲しいっす」

 

「わかった。あー、やりすぎるなよ? 始末書ぐらいで済むぐらいにしてくれ」

 

「それは私にもわかんないっすね」

 

 トレーナーの優しさに甘えて控室に一人。泥だらけ汗だらけだけど今はそんなことどうでもいい。思いっきり息を吸って

 

「勝てなかった!! 情けない走りをした!!」

 

 怒りを、情けなさを吐き出すように大声で叫ぶ。近くに有った机を叩けば真っ二つに割れてしまった。

 

「自分の事を過信して! もっと出来ることが有ったはず……! 勝てないレースじゃなかった!」

 

 衝動に身を任せていれば控室はどんどん荒れていく。でも今は後のことなんて考えられない。自分自身を焼き尽くすようなこの怒りに身を任せることしかできない。

 

 どれぐらいそうしていたのか、後ろから声をかけられる。

 

「うーん、悔しいのは分かるけどものに当たるのはかわいくないかなって。カレンそう思うな」

 

 振り返ればいつの間にかカレンチャンさんが部屋に入ってきていたみたい。深呼吸して表面だけでもいつもの私に。

 

「……いやー、負けちゃったす。悔しいっすね。ああ!? いつの間にか部屋がこんなことに」

 

 我ながら白々しい。でもそうするしかできないんだ。そんな情けない私を背中から抱きしめてくる。

 

「良いんだよ? 悔しがっても。ものを壊すのはダメだけどウマ娘だもん。負けたら思いっきり泣いて悔しがってもいいの」

 

「そんな……、そんなこと……」

 

 もうだめだった。優しくされてしまった、抱きしめられたらもうせき止められない。

 

「負けた! 悔しい! 今日勝たないといけなかったのに……!」

 

「うんうん、でもリベンジする機会はまだあるんじゃない?」

 

「ブルボンちゃんは三冠ウマ娘を目指すって言ってるっす。でも私はもうこれ以上長くは走れない。だから今日、マイルで勝たないともうダメだったんっす。もう私は世代で一番強いウマ娘って言える機会は永遠に来ないんす……」

 

 そうだ、今日が最初で最後の機会だったんだ。これからもブルボンちゃんと走る機会はあるかもしれない。でもお互いに全力で走れる機会はあるんだろうか。なのに、そんなレースで私は慢心して……

 

「やっといつもの感じになってきたね。なら三冠ウマ娘になったブルボンちゃんに勝てば良いんだよ。いい? 遅いなんてないんだよ。二人が走り続ければきっと機会はあるんだから」

 

「カレンチャンさん……」

 

 もう我慢もできなくなってカレンチャンさんの胸に飛び込んでわんわん泣いてしまったっす。

 

「ああもう、またさんつけて。いい加減にしないとほんと怒るよ?」

 

 そんなことを言いながらでも私を優しく撫でてくれるカレンチャンさんはほんと優しくてかっこいいウマ娘っす。汗だらけ泥だらけなのに何も言わずに抱きしめてくれるカレンチャンさんの優しさに甘えてしまうっす……。はっ!? そうだ、忘れてたっす!

 

「ごめんなさい! ちょっとやらなきゃいけないこと思い出したっす! 行ってきます!」

 

 カレンチャンさんのハグから名残おしすぎるっすけどなんとか離れて部屋を飛び出す。中の惨状をみたトレーナーが頭を抱えてるっすけど、ごめんなさいっす! 次は負けないっすから! 

 それから目的の部屋を見つける。勢いで来たけど迷惑っすかね……。ええい後は野となれ山となれっす! 元気よくノックをすればどうぞと言われたので元気よく入るっす。

 

「ブルボンちゃん、さっきはごめんなさいっす! 今日はおめでとうっす!」

 

「困惑を感じます。謝られるようなことはないと思いますが?」

 

「さっき、悔しくて自分が情けなくて、勝ったブルボンちゃんにおめでとうって言えなかったす。で、図々しいんすけどお願い聞いてほしいんすけどいいっすか?」

 

 ブルボンちゃんの頭の上にハテナが浮かんでるっすね。でも聞いてくれるみたいっすから、図々しくお願いしましょ。もうここまで来たら恥でも何でも来いっす!

 

「また、私と戦って欲しいっす! で、出来ればマイルでお願いしたいんすけど……」

 

「……申し訳ありません。私はこれから三冠ウマ娘になるため、中長距離を中心に走ることになると思われます。マイルを走ることが有ってのそのための調整は……」

 

「分かってるっす! だからブルボンちゃんが三冠ウマ娘になった後もう一度マイルで勝負っす! ブルボンちゃんは全距離制覇なんて出来るかもしれないっすし、私はブルボンちゃんともう一度戦えるっす!」

 

 私に都合のいいことしか言ってないっすね。でも、もうそれぐらいしかないっす。ブルボンちゃんは考え込んでいるのか黙り込んだ後しっかりとこっちを見て言ってくれたっす。

 

「オーダーを受領。三冠ウマ娘を達成後、一番強いウマ娘になるためにマイルで勝負を行いましょう。そして、短距離でも勝負して私が勝ちます」

 

 やっぱブルボンちゃん大好きっす! 私の思いをこんなにもくんでくれて居るんすから!

 

「もう私は負けないっすから! 首を洗って待ってるっすよ!」

 

 負けたけど、勝てなかったけど、次は勝つ。やることが決まれば後は走るだけっす。さあ! トレーニング頑張るっすよ!

 

 

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