日本支部の推しSCPは、ねことダークホースです。
結論から言うと、世界は滅亡した。
人類初の殺人の被害者にして、狂気の殺人鬼と化した男が石棺の中で目覚めたのか?
あるいは、吐き気がするほど強靭な爬虫類が、硫酸の水槽から這い出てきたのか?
それとも、美味しいケーキで地球が埋め尽くされたのか?
首を折る石像、顔を見られたくない男、同族を増やすテディベア、ちいさな魔女、ビッグフット、妖精、それからそれから、エトセトラ……
どれもこれも、世界終焉の理由としては、あまり適切でない。
というのも、奴らが解き放たれたときには、とっくに
人類は滅んだ。他ならぬ、人類自身の手によって。
はじまりは、小さな国の紛争だった。遠い対岸の話だから、と誰も本気で止めようとはしなかった。
それはやがて、全世界を巻き込む戦火となった。
マトモな人間は「こんなのは間違っている」、「すぐにでも何とかしないと」と訴えかけていたが、大半の者は笑い飛ばした。
最初は、「戦争なんて早々起こらない」と。
戦争が始まったら、「起きてしまったものは仕方ないんだから我慢しろ」と。
その頃、お馴染みの財団は、決して黙って見過ごしていたわけではない。
当然だ。財団とて人間社会の歯車の一つ。今の時代で大戦なんて起きたら、収容活動に支障をきたすのは明白なのだから。
何とか止めようとした。どんな手を使ってでも終わらせようとした。
その努力は、財団が守ってきた人類によって、完膚なきまでに踏み躙られたがね。
滅びの過程を丁寧に語ることも出来るが、それをすると君のところの猛獣に喰われるからやめておこう。
それに、君は目覚めたらすぐこの話を忘れてしまうだろう。
え? 私の名前? ああ、トニーでもリチャードでも、好きに呼びたまえ。私には名前がいっぱいあってね。
……イッパイアッテネという名前ではないんだよ。そういうジョークじゃない。
まぁ、つまり私が言いたいのは、君には是非とも飼い猫と幸せに暮らしてほしいということだ。
その方が、誰にとっても良い結果になる。
××××
なんだか気がかりな夢を見た気がする。ついでに、腹部に圧迫感。
身を起こすと、布団の上に『ねこ』がいた。
「……おはようございます」
パチッ、と『ねこ』がこちらに視線を合わせる。色はないけど妙に強い眼力が、真っ白な毛並みの中から発せられる。
『ねこ』はしばらくこちらを見つめたあと、軽やかに布団から降りる。
そして、小さな前足で器用にも障子を開け、一度こっちを振り返ってから、スタスタと居間に入っていった。
『ねこ』は鳴かない。しっぽも振らない。いつも、目だけで何かを伝えようとする。
春に入ったとはいえ、まだまだ肌寒い今日。布団から出たくはないし、今までは二度寝の常習犯だった。
しかし、今の僕は、ひとり暮らしではないのだ。他者と生活のペースを合わせる必要がある。
意を決して布団から脱出し、すぐ隣の居間に飛び込んだ。
ストーブはまだついていない。ひんやりした畳の感触で、足裏が凍りそうになる。
「いい朝だね井上くん! 聞いてくれ、今朝はキュートでタイトなヒップの夢を……」
「そういえば僕、今朝変な夢見たんですが」
「おっとスルーかい?」
いつの間にか、コタツの上に用意されたティーカップには、温かい紅茶が入っていた。『今日は寒さに気をつけて』のメッセージカード付きで。
先にコタツに着いていた同居人の向かいに座る。『ねこ』はというと、ストーブの前に無言で丸まっている。自分でスイッチを入れる選択肢なんて、最初からないのだろう。当然だけど。
とりあえず夢の話だけしたら、ストーブでもなんでもやってあげるから。ほんの少し待っててくれ。
「なんかですね、僕はベンチに座ってて、スーツを着た男の人と話してるんですよ」
「……続けて?」
「いやでも、大したことは覚えてなくて。スーツの人曰く、『ねこを大事にしろ』って。それだけです」
それだけのはずだ。多分。何せ夢だから、話しているそばからボロボロ砂になって、指の隙間をすり抜けていく。
しかし、もどかしさは特にない。僕にとって重要なのは『ねこ』のこと以外はあまりないからだ。
「……ブライトさん? 表情険しいですけど、どうかしました?」
「いやぁ? ああそうだ、じゃあ今度は私の夢の話を聞いてくれよ。まず始まりは遠い宇宙、遥か彼方のアルティメットな……」
「ストーブつけるからちょっと離れててくださいねー」
「おっとスルーかい?」
僕、
鳴かない『ねこ』、お茶淹れが得意な先生、変わったペンダントを着けた自称研究者。
それもまた、僕の日常の範疇であり、毎日の暮らしは概ね不変を保っている。
これは、僕と『ねこ』を取り巻く、そんな日々の話だ。
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